第百十話 帝国内乱の終結。
地下要塞での戦いが終わってから一週間後、帝国の内乱は完全に終了し、ペーターは帝国摂政として戦後処理に奔走していた。
俺も、また『瞬間移動』が使えるようになったので、急ぎシュルツェ伯爵を連れて陛下へ報告に戻っている。
「分厚い報告書よな」
「ええ。何しろ、ほぼ一年分ですから……」
俺はシュルツェ伯爵と協力して、これまでの経緯を全て報告書に記載して陛下に提出した。
勿論メインで執筆したのはその手の作業が得意なシュルツェ伯爵であったが、俺も大学生時代にはレポートを、商社員時代にも報告書くらいは書いている。
それなりに貢献はしていて、シュルツェ伯爵からも『思った以上にやりますね。文官としてもいけるのでは?』と褒められたくらいだ。
なお、やはり親善訪問団でも偉い方なはずの導師はまるで協力してくれなかった。
あの人に、報告書の記載などを頼む方が無謀なのかもしれないが。
エリーゼは協力してくれたのに……。
血縁と能力は類似しないのかもしれない。
「帝国との講和条約か。結ばねばなるまい……」
今回の内乱では王国も損害を受けていたが、だからといって懲罰的な戦争をするわけにもいかない。
一部軍部や貴族に跳ねっ返りもいたが、総合的に判断すると損害賠償と謝罪を引き出して講和というのが一番利益が大きいであろう。
「古代魔法文明時代に使われた古の兵器か……。厄介よな」
「はい、それも内乱中に大量に出現したのが驚異的です」
現在、開発ラッシュで国力が増大中の王国と、内乱で疲弊した帝国。
戦争になれば、国力比で王国の方が有利だと思う人が多いはず。
だが、もし王国が帝国に攻め込めば、多数の発掘兵器で武装した帝国軍が防衛戦闘を行うはずだ。
魔法使いの数や空軍戦力で有利でも、そう簡単に勝利はできないであろう。
「疲弊した帝国の国力が上向くには時間がかかるが、以前よりも帝国は中央政府の力が強まった。内乱で戦闘経験を積んだ帝国兵と指揮官が多い。戦争は無謀とまでは言わぬが、適切ではない」
今までどおりに国力の増強を押し進め、帝国が経済を立て直す前に、彼らが得た古代魔法文明時代の発掘兵器類の戦力化とコピーを目指す。
「長い目で見れば、帝国の中央政府が力を増した事はかの国のプラスとなろう。だが、暫くは混乱は避けられぬ」
改易が決まっているニュルンベルク公爵家の残党に、改易や減封されて不満がある貴族達が組んで小さな反乱が勃発する可能性が高く、暫くは王国との戦争は目論まないであろうというのが陛下の考えだ。
「数十年後に帝国が体制を立て直した頃には、王国との国力差は更に増大しておる。その時に選択肢が多い方が、王国にとっては好ましい状況だの」
別に王国が、武力行使を極端に恐れているわけではない。
究極の平和主義というわけでもなく、国の歴史が長いので帝国を下すにしても長い目で戦略を考える傾向にあるだけだ。
もし国力差がもっと広がれば、帝国を従属させる事も可能なのだから。
「その間にも対策は色々と打てるかの。ところでバウマイスター伯爵、帝国の新兵器とやらじゃが……」
「こちらです」
巻き込まれた形とはいえ、俺も帝国で色々とやってしまっている。
帝国に利する結果にもなっているので、ここはバランスを取らないといけない。
○○課長ばかりと仲良くしないで、ちゃんと○○係長ともコミュニケーションを取っておく。
しがないサラリーマンであった俺の、ハブられないための心得でもあった。
「残念ながら王国の息のかかった軍勢は少なく、鹵獲品は帝国軍よりも少ないです」
傭兵も合わせて七千人しかいなかったが、王国軍は無理にニュルンベルク公爵軍と戦闘を行う必要がなかった。
そこでフィリップとクリストフは、地下遺跡内で鹵獲品を得る作業に没頭していた。
それでも人数が違うので、帝国軍ほどは確保できていないが。
「それについては仕方があるまい。勇んで兵を出し、壊滅させたアホもおるからの。それに比べれば、負けなしのバウマイスター伯爵達にケチをつける理由が見つからぬよ」
陛下は、謁見の間の端に集まってヒソヒソ話をしていた貴族達を睨みつける。
どうやら彼らは、レガー侯爵の息がかかった連中のようだ。
あとは、対帝国出兵論者、俺の責任を問いたくて仕方がない連中、こんな感じであろうか?
人に聞こえない場所で陰口を叩くくらいなら俺に直接言えばいいのに、陛下もいるのでそれは出来ないのであろう。
「ドラゴンゴーレムのブレス発射装置は、前にバウマイスター伯爵がドラゴンゴーレムごと鹵獲しておるからの。魔道具ギルドの研究で量産は可能になっておる。拠点防衛用には使えるであろう。あとは、魔砲か……」
古代魔法文明時代にも魔砲が存在し、それはミズホ伯国のものよりも性能は明らかに上であった。
最後にニュルンベルク公爵が操った巨大ゴーレムの背中に装着され、カタリーナが魔法で撃ち落とした物がほぼ無傷で、他にも予備の魔砲を数十門も鹵獲していたのだ。
どういうわけか魔銃はなかったが、これはミズホ伯国独自の物なのであろうか?
昔は魔法使いの数が多かったと聞いているので、火力はそれで補っていたのかもしれない。
「魔刀、魔銃、魔砲、自爆型ゴーレム、他にも数多の新兵器が実際に使われ、戦争のやり方が変わった。これに対応できるようになるまで、帝国と戦争をしても意味がない。下手に相手に逆襲され、国力が上なのに大惨敗した無能な王と言われては堪らぬからの」
「ですが、帝国も運用が可能なだけです」
修理も、軽微な故障が限界であろう。
製造は当然無理で、構造を理解して難しい修理も可能な魔族はこちらで確保している。
ミズホ伯国ならば将来的には同程度の物が製造可能かもしれないが、彼らは本質では帝国貴族ではない。
「古より続く高度な技術と、独特の文化を持つ民族と領地か……」
「はい。彼らは安全保障政策上、帝国の自治領となったという面が大きいと思います。帝国宰相は、上手く呑み込もうと選帝侯の一人にする予定です。ですが、それでも彼らは帝国と微妙な距離を置くでしょう」
「なるほど。ならば、我が王国とミズホ伯国が友好関係を結べば色々と得じゃの」
「はい、彼らは領地的な野心が少ないという点も、友好関係を結ぶのに有利な点です」
帝国が獲得した発掘兵器を使ってよからぬ事を考えた時、もしくは将来的に王国の国力が増して帝国を攻める余裕ができた時に。
ミズホ伯国は、王国にとって極めて有益な同盟相手になる可能性があった。
「交易の促進、文化交流、出来れば婚姻を進めて友好関係を強化する価値があるというわけじゃな? バウマイスター伯爵」
「はい」
「その辺は、帝国と上手く交渉して我らで進めよう」
続けて、極限鋼の件と魔族の件も話をする。
だが、その前に陛下と一部閣僚達に、口の堅いワーレンさん以下近衛騎士団の数名を除いて謁見の間から出している。
部屋を出される貴族達からは不満の声があがるが、陛下は俺から報告を受けると、彼らを外に出した事に納得した表情を浮かべる。
「とんでもない爆弾じゃな。まあ、極限鋼という金属に関しては、バウマイスター伯爵しか作れないのであれば、流通量のコントロールは可能であるか。バウマイスター伯爵領内で使用する量の報告と、残りは全て王国政府に直接卸してもらおう。直接他国や他の貴族への販売は王国政府から禁止という通達を出す。加工技術が未熟で、暫くは研究と試作用以外では注文は増えぬはず。じゃが……」
「武器に使用可能ですからね」
王国の魔道具ギルドが開発の入り口にすら立っていない、魔銃と魔砲の素材をもし極限鋼にした場合、耐久性が素晴らしいので実用化が早まる可能性があった。
「そして魔族か……」
俺達が捕えて保護している魔族アーネストの存在、純粋な帝国内乱のはずが裏で魔族の国が関与している可能性があった。
一万年近くも誰も目撃していなかった魔族が姿を見せ、伝承のとおりに莫大な魔力と圧倒的な技術力を持っていたのだ。
新たなる仮想敵国の存在に、エドガー軍務卿とアームストロング伯爵の顔が歪む。
今まで対帝国と、念のために国内の大物貴族の反乱のみに的を絞って立てていた防衛・侵攻計画を一から練り直さないといけなかったからだ。
これに、新しい兵器類の開発と、それらを用いた新しい戦術の研究、部隊の再編、訓練・補給計画の見直しなどがある。
軍務卿や軍の重鎮である以上は、そこから逃げるわけにはいかないからだ。
「なるほど、魔族の国に関する情報を集める必要があるわけじゃな」
「はい、ある程度は情報は得ていますけど……」
魔族の国の位置や、人口、社会システム、文化などのあらましはアーネストから聞いて報告書にも記載している。
「自国の重要な情報なのに、変な魔族じゃの」
陛下からすると、そんなに簡単に情報を漏らしてしまうアーネストが信じられないようだ。
もしかすると、偽情報なのではと疑っているのかもしれない。
「それが、彼は民間人なので」
「民間人とな?」
「考古学者だそうで、国家や軍に仕える者ではないのです」
リンガイア大陸の地下遺跡に興味を持ち、魔族の国は国外に出るのを法で禁じていたので密出国してニュルンベルク公爵領に到着、そこで自由に発掘作業を行うために、発掘兵器の修理や稼働に協力したという話を陛下にする。
「研究バカなのか?」
「はい。彼は自分の好きな研究にしか興味がないのです。だから、それを行うためにニュルンベルク公爵に発掘兵器を大量に渡した。そして、それをどう使うかはニュルンベルク公爵次第だと平気で言える男ですから」
アーネストが魔族の国から、大陸を混乱するために送り込まれたスパイ、工作員という予想は誰でもするはずだ。
だが実際には、この大陸に来てから同朋にまったく連絡を取っていない。
本人も、研究が楽しいし家族もいないので、この数年間発掘と研究ばかりしていたようだ。
「かえって危険な男よな。そういう輩は、突拍子もない事をするからの」
「陛下、王国で拘束しますか?」
それならそれでいいと俺は思っている。
扱いが面倒な奴なので、王国が負担してくれるのであればそれでいいのだし。
「うーーーむ、バウマイスター伯爵はその魔族を抑えられるのか?」
「単独だと難しいです」
何しろ、向こうの方が魔力が大きいのだから。
俺、導師、カタリーナ、ブランタークさん、最低でも上級魔力保持者が四名常時傍にいないと逃げられてしまう可能性がある。
「非効率な話じゃな。ワーレン、魔法使い用の牢獄は使えるのか?」
「いえ、多額の建設予算をかけ、使用する際には維持費がかかる『魔力牢』ですが、中級までしか対応しておりませんので……」
魔法使いの魔法を防ぐ強固な『魔法障壁』を常時展開可能な牢屋があるそうだが、これを動かすと一日に百万セント以上の経費がかかる。
なので、そう簡単に『悪い魔法使い』を閉じ込めるわけにはいかないらしい。
「軽微な犯罪を犯した場合は、上位の魔法使い達を送り込んで叩きのめして罰金を取る。重罪の場合は、暗殺した方がコストがかからぬからの。上級、中級の魔法使いで滅多に重犯罪者は出ぬが、実はブランタークと、クリムト、バウマイスター伯爵の師匠であるアルフレッドは、極秘依頼で数名そういう魔法使いを始末しておる」
なるほど、だからブランタークさんと導師は内乱でも人を殺めるのに動揺しなかったわけだ。
「王国で拘束して軟禁するとなると、大量の魔法使いを用いた常時監視が必要となるわけか……。それで、その魔族は何を望んでおる?」
「バウマイスター伯爵領は元々未開地だったので、未発掘の地下遺跡だらけだそうです。これを探索、調査したいと」
「のん気な魔族よの。無理に閉じ込めても逃げられる可能性がある以上は、監視して逃げた時に捕殺した方が手間はかからぬか……。その魔族のせいで王国も被害を受けておる。賠償代わりに地下遺跡の発掘を行わせるか」
「それしか手が思い浮かびません」
危険ではあるが、生かして利用するわけだ。
もっとも、俺はアーネストをあまり危険視していない。
彼に、国のためとか、望郷の念などという感情は薄く、自分の好きな研究だけしていれば満足なのだから。
「未知の地下遺跡という餌で、バウマイスター伯爵領に縛りつける。王国もそこから利益を得るしかないの。監視の人員は密かにこちらでも出すとしよう」
陛下は、アーネストを引き取るリスクを避けた。
下手に拘束しようとして逃げられるくらいなら、俺達に預けてしまった方がいいと判断したのであろう。
思いっきり、俺達に荷物を押し付けたとも言えるが。
「帝国もバカではないので、じきに魔族の存在に気がつこう。バウマイスター伯爵の元にいた方がいいかもしれぬ……」
ニュルンベルク公爵に次ぐ戦犯だと思われるであろうが、この魔族を捕えたのは俺達だ。
捕虜をどう扱うのかは、俺の裁量だという言い訳もできると陛下は説明する。
「バウマイスター伯爵は今回の内乱で大活躍したようだが、同時に難儀を背負い込むの。ブランタークの言う、悪運が強いというのは事実かもしれぬ」
陛下にまでそう言われてしまい、俺は少し落ち込んでしまう。
確かに、思い当たる節はあり過ぎだ。
「帝国は暫く外に兵を出す余裕もなく、その間に国力の増大と新兵器の配備を行う時間もできた。一回負けたが、帝国の犠牲に比べればマシだの。バウマイスター伯爵の意見を是とする。バウマイスター伯爵達からの報告書の分析と、これからの方針決定に時間がかかる。別口で帝国に外交交渉団を送るので、バウマイスター伯爵とシュルツェ伯爵は引き続き帝国で情報の収集を行ってくれ」
「畏まりました」
政治的な案件なので、俺達が戻ってきて報告したからといってそう簡単に講和交渉にはならないようだ。
帝国への残留を命じられたが、俺には他にしなければいけない事もあった。
「久しぶりに、自分の領地に戻りたいのですが……」
「移動魔法が復活したのであれば、それは自由にして構わぬよ。バウマイスター伯爵領は、この一年で大分様変わりしておるらしいが」
報告と一部極秘命令を受けてから陛下に許可を貰い、俺はエリーゼ達を連れてバウマイスター伯爵領へと魔法で飛ぶ。
すると、領主館を中心とした街並みが一年前よりも数倍に広がり、多くの人達で賑わっていた。
更に……。
「お館様ぁーーー!」
屋敷に向かうと、正面門から一年前とまるで変わっていないローデリヒが恐ろしい速さで駆け寄ってくる。
あまりの早さに、門に配置されていた二名の警備兵が反応できずに目を丸くさせていた。
「この一年と少し、お館様のご尊顔を拝む事もかなわず、拙者は大変に心配しましたぞぉーーー!」
「またかぁーーー! 折れるぅーーー!」
俺は再び、感極まったローデリヒにサバ折りをくらってしまう。
彼のサバ折りは、相変わらずの容赦のなさだ。
「ローデリヒさんの得意技が出た」
「エルさん、あの方は家宰の方ですよね?」
「うん。たまに感情が暴走するとああなるんだ」
「凄い方ですね……」
感極まったとはいえ、主君をサバ折りする家臣。
確かに、凄いかもしれない。
「物凄く有能な人なんだけど……」
「すいません、私にはまだそうは見えません……」
「だよねぇ……」
エルとハルカが冷静にローデリヒについて話をしていると、そこにもう一人、俺がよく顔を見知った人物が姿を見せる。
「エーリッヒ兄さん!」
「久しぶりだね、ヴェル。帝国の内乱では活躍したと聞いたけど」
一年ぶりに会うエーリッヒ兄さんは、やはりイケメンのままであった。
「気苦労も多かったですけどね。それよりも、エーリッヒ兄さんはなぜバウマイスタ伯爵領に?」
「お手伝いさ」
王国が支援をする南方バウマイスター伯爵領の開発において、領主が帝国内乱に巻き込まれて一時行方不明になるという事態が発生した。
その隙を狙ってかは知らないが、妙な貴族が複数蠢動しようとしたので、陛下がエーリッヒ兄さんに手伝いを命じたそうだ。
この一年ほど、バウマイスター伯爵領に出張してローデリヒの補佐をしてくれたらしい。
「最初はそれなりに仕事をしていたんだけどね。ヴェルが健在で内乱で活躍中という報告が入ったら、妙な連中は大人しくなった。ヴェルが戻って来た時に、手を出している事がバレると報復されると思ったようだよ」
ここ暫く紛争くらいしかない王国において、本気の戦争で大量に敵兵を討った俺達は畏怖の対象になっているそうだ。
隙を突いて人の財布に手を突っ込もうと考えるような輩からすれば、俺はエドガー軍務卿やアームストロング伯爵以上に怖い存在に見えるらしい。
「それでも、拙者は大いに心配しましたぞ!」
「すまんな、ローデリヒに全部任せてしまって」
「いえ、これでようやくお館様が戻ってきてくれると思えば……」
ただ、まだ帝国での仕事が残っているのでもう少しだけ任せると伝えてから、俺達は帝都へと戻った。
『通信』も復活したので、いつでもローデリヒとは自由に話せる。
領地に関する報告も受けられるし、エーリッヒ兄さんもいるので安心というわけだ。
「すいませんが、もう少しお任せしていいですか?」
「私は問題ないよ。陛下から、正式に命令されておこなっている仕事だから」
「お館様には、帝国関連の仕事が残っているのですな。奥様達との帰還を心待ちにしております」
二人にバウマイスター伯爵領の事を任せると、俺は再び帝国へと移動するのであった。
「やれやれ、ヴェンデリンも困った事をしてくれたね」
「そうか?」
「言ってみただけだけどね。意外と多いんだよ、ヴェンデリンへの非難が」
王国での用事を終えて帝国に戻ってくると、忙しそうに働くペーターが俺を呼び出した。
用件を聞くと、俺が反乱軍の兵士達を降伏させる時にニュルンベルク公爵の首を切り落として曝さなかった事が問題になっているようだ。
「もっと他に問題もあると思うけど……」
極限鋼の事もあるし、それよりもニュルンベルク公爵の首はいらないと思っていたのに、結局彼を討ったのは俺達であったという件もだ。
勲功第一位が外国人である俺達になってしまったので、嫉妬と引き降ろしを兼ねての非難という側面もあるのであろう。
アーネストの件については、まだ隠し通せていると思う。
どうせ、すぐにバレるだろうけど。
「ヴェンデリンがニュルンベルク公爵の遺体を丁重に扱ったからこそ、大半の反乱軍は素直に降伏してくれた。もし首を曝していたら彼らは暴発していたかもしれない。でも、その処置を温いという貴族も多くてね。本当に、皇帝の座は面倒の塊だね」
彼らからすればニュルンベルク公爵はいい主君であったから、その遺体を丁重に扱った帝国軍にすぐに降伏してくれた。
俺達を非難している連中も、それはわかっているはず。
ところが、彼らからすればニュルンベルク公爵の家臣達は暴発してくれた方がよかったのだ。
討てば勲功になるし、降伏した彼らが帝国軍に吸収されれば自分達の席が減るという現実もある。
今の帝国軍は、かなり無理をして編成されている。
その再建に、優秀な人材が多い旧ニュルンベルク公爵家諸侯軍の軍人達は必要というわけだ。
「皇帝の座は、自分で望んだんだろう?」
「まあね。それで、用事は報酬に関してなんだけどね」
帝国の財政は、思ったよりは悪くないのだそうだ。
「ニュルンベルク公爵や反乱軍に積極的に与した貴族の領地と財産を没収したからね。帝都から持ち去った財貨や物資も大半が確保できたし」
ペーターがテレーゼを強制引退させた時に、前皇后達につこうとした無能な貴族達の財産や領地も没収している。
以上のような理由で、俺へ払う報酬は確保できるそうだ。
「ただし、二十年分割でね」
戦後復興と、新しい経済政策も実行するので予算の確保は必須のようだ。
「だと思ったよ」
「その気になれば一括でも払えるけど、そうすると帝国政府が何もできなくなってしまう。すまないけど」
「払ってくれるならいいけど」
「払うよ。払わないと、ヴェンデリンが王国軍を率いて押しかけてきそうだし」
「俺はそんなに野蛮じゃない」
「ヴェンデリンがそう思っても、家臣達が許せなくてそういう事になるケースって多いから。王国が侵攻の理由にもしかねないしね。ちゃんと王国との講和の席でも約束するから」
「律儀なのな」
「国や貴族同士の交渉では、表面上は誠実さは必須だよ。勿論裏ではドロドロだったりするけど。早くヘルムート王国と講和を結んで、交易の規模の拡大に、戦後復興もしないといけないしね。予算は何とか確保できそうだし、帝国は直轄地が増えて中央の力が増した形になった。期せずして、ニュルンベルク公爵の政策が彼の敗北でかなえられたわけだ」
俺もペーターも、何という運命の皮肉だと思ってしまう。
「ニュルンベルク公爵が最後に語った話はテレーゼ殿から聞いた。あの貴族のお手本のようなニュルンベルク公爵が貴族になりたくなかったなんて。ああいう有能すぎる人も考えものだね。装うのが上手すぎる」
「その無茶が、彼を勝ち目のない内乱に導いたとも言える」
「無意識下の破滅願望か……。人間とは本当に複雑だね。ところで……」
これ以上ニュルンベルク公爵の話を続けても仕方があるまいと、ペーターは別の話題を振ってくる。
「テレーゼ殿を預かってくれるそうで?」
「預かるというか、本人の移住希望を受け入れるだけだ。しかしいいのか?」
「僕としては、ありがたい事だと思っているよ」
そうであろう。
今のペーターにとって、テレーゼは一番の政治的なライバルなのだから。
彼に蹴落とされるまでは、テレーゼは解放軍のトップとして特に大過なくニュルンベルク公爵と戦っていた。
帝都解放も、テレーゼの手柄なのだ。
「彼女本人は皇帝の座にまったく未練がない。けど、彼女を神輿にしようとする連中が出るかもしれない。悪い事に彼女は未婚だしね」
大物貴族が、自分の息子なりをテレーゼの婿として派閥を形成する。
もしこれが行われれば、為政者であるペーターは非情の決断をせざるを得ない可能性も出てくるのだ。
「個人的には、テレーゼ殿はうら若き女性でもある。そういう決断はしたくないね」
「奥さんにすれば解決じゃないか?」
実は、それが一番てっとり早い解決方法である。
双方に愛情があるかとかそういう話は、貴族や皇族なのでまったく必要ないのだから。
「それで、夫婦で政治的に張り合う日々を送れと? 僕には、僕のエメラが傍にいれば十分だから」
「ペーター様、私はペーター様の物ではありません」
「またまた。エメラの恥ずかしがり屋さん」
「事実を述べただけです」
相変わらずエメラは無愛想だが、必ずペーターの傍にいて彼を嫌っているわけでもない。
やはり、彼女はツンデレさんなのだ。
俺達の前では、絶対にデレは見せてくれないのであろうが。
「あっ、そうだ。他にもいくつかあったんだ」
ペーターの話は続き、まずは俺の帝国領内の移動についてであった。
「ヴェンデリンは帝国の名誉伯爵でもあるからね。制限をかける理由がないんだよ。自分と家族と護衛くらいなら問題ない。軍勢を連れて移動されると問題だけど」
「『瞬間移動』では、軍勢の移動は無理だよ」
「ならいいさ。交易についてだけど、一部禁輸品を除けば直轄地では帝国の法に、貴族領ならその貴族家が制定した法に従っての購入だね。関税とか、かけている貴族領もあるから」
両国共に、貴族領とは一種の自治領なので、関税を掛けるか掛けないかは領主が決めている。
とにかく収入が欲しいので普通に掛ける貴族、それよりも流通量が増える事を重視しているので掛けていなかったり、極端に関税が低い領主と。
貴族ごとに、それぞれというわけだ。
「それは王国と同じだな」
「あとは、王国との講和案の草案をヘルムート三十七世陛下に届けて欲しいかな。今専門家に作らせているけどね。それを元に条件のすり合わせもあるだろうし」
「わかった」
「戦後処理の多さに眩暈がするね。なるべく早く皇帝選挙も行わないと駄目だし」
「選挙をするのか?」
「他に立候補者がいないから、ただの信任投票だけどね」
今回の内乱後、選帝侯家で生き残ったのはわずか二つ、それにミズホ伯国も加わるが、彼らは皇帝選挙には永遠に出馬しないと宣言している。
結局ペーターしか立候補しないので、選挙はただの信任投票になってしまうそうだ。
「選挙をする意義は、形式だけなんだろうけど」
「世の中には、形式を重んじる人が多いけどな」
「そういうわけさ。ヴェンデリンは今日はこれからどうするんだい?」
「テレーゼの屋敷に行く予定だ。移住の件の打ち合わせとかな」
「そうだね。そういうのは早い方がいい」
ペーターの元を辞した俺は、その足でテレーゼの屋敷へと向かった。
「再び妾は平穏で暇な時間を満喫中じゃ。移住に関しても、もう荷造りは済んでおるからの」
テレーゼの屋敷に行くと、彼女は庭に出した椅子に座ってノンビリとお茶を飲んでいた。
「もう荷造りを? 早いな」
「夜逃げでもあるまいし、そんなに荷物などいらぬ。フィリップ公爵家の紋章が入っているような物は、全てアルフォンスに返したからの。必要な物があれば、向こうで買えばよいのじゃ。その方が、ヴェンデリンの領地に役に立つであろうからの」
自分は、もうフィリップ公爵家の人間ではない。
と周囲に表明するため、テレーゼは自分が持っていた紋章入りの品を全て処分してしまったそうだ。
「あのフィリップ公爵家秘伝の魔道具は?」
当主しか持てない魔法の袋に入っていた品だが、まだ他にも色々と入っているとテレーゼからは聞いた。
さすがに、アルフォンスに返さないと駄目だと俺は思うのだ。
「勿論返した。『フィリップ公爵家秘伝の魔道具が、ニュルンベルク公爵を討ち取るのに大いに役に立った』とペーター殿にも伝えての」
テレーゼが勝手に使ってしまったが、魔道具はフィリップ公爵家の物であったから、それらを提供したフィリップ公爵家の功績も大きい。
という事にして、上手くニュルンベルク公爵討伐の功績をフィリップ公爵家に譲ってしまったそうだ。
今のテレーゼには功績など邪魔で、それを新当主となったアルフォンスに譲ったというわけだ。
「おかげで、荷物は少ないぞ」
大きなトランクとバッグが一つだけ、そして随伴は若いメイドが一人だけだとテレーゼは語る。
「本当は一人で行く予定だったのじゃが、今妾の屋敷にいるメイドは孤児出身で家族もおらぬから、外国でも構わぬらしい。次の職があるかわからぬみたいだし、この娘は妾で面倒を見る。向こうで婿を探してやらねばの」
テレーゼは、傍に控えるメイドに視線を送りながらそう答える。
「そういう考え方は、やっぱり貴族だな」
「そう簡単に今までの癖は抜けぬよ。ところで、少し買い物に付き合ってくれぬか? まったく準備なしというわけにもいかぬ」
「付き合いましょう」
俺とテレーゼは、買い物へと出かける。
「どうだ。似合うであろう?」
「よく似合うな」
テレーゼは平民の若い女性がよく着る服装に着替え、俺もそれに合わせて衣装を替えた。
見た目は、平民の若い恋人同士がデートをしているようにも見える。
「もう賑わっておるの」
内乱が終結した事実は、既に帝都中に公表されている。
いまだに戦後処理は続いているが、既に戦地ではない帝都では多くの人達が楽しそうに買い物などを楽しんでいた。
「こういう光景を見ると、妾も少しは苦労した甲斐があるのかの」
「前半戦の功労者だからな」
「後半は、ペーター殿に出し抜かれたがの」
「それについては、すまんとしか言えないな」
「別に妾は気にしておらぬ。権力者に正義もクソもない。負けた奴が悪くて、妾が負けたにすぎない。負けたのに生き残れ、今の生活は楽しいからの」
テレーゼが、俺に腕を絡ませながら自分の考えを述べる。
「マックスは自分の本当の考えを最後まで上手く心の奥底に仕舞えた。妾は駄目じゃった。最高権力者になるのを避けたいという感情を、完全に隠せなかった」
そういう部分が隙になって自分は敗れたのだと、テレーゼは語る。
そして、自分は今の状況を悪く思っていない。
むしろ、楽で楽しいと思っているのだと。
「仕方なしに引き受けたアルフォンスは、今頃苦労しておろう。あの男は今までは能力はあってもやる気が薄かった。じゃが、今はそれを表に出せない」
だからかもしれない。
最近はあまりアルフォンスと顔を合わせていない。
それだけ、権力者になるというのは大変なのだと。
「その点、ヴェンデリンは魔法があるから便利よの」
やる気があろうと無かろうと、トップにいて家臣に任せれば勝手に統治してくれる。
それで実権を奪われる可能性もない。
大変に羨ましい境遇だとテレーゼは羨ましがっていた。
「軽い神輿だからな」
「じゃが、本当に軽いわけでもない。羨ましい限りじゃ」
そういう話はそこで止めて、俺達は商業街で買い物をする。
「どうじゃ、似合うか?」
「もう少し明るめの色がよくないか?」
「そう言われるとそうかの?」
テレーゼが服の試着を行い、俺が素直に感想を述べる。
「この色にするかの」
「そうだな。このくらい明るい色の方が似合う」
他にも、アクセサリーなども購入していた。
服もそうだが、フィリップ公爵に相応しい高級な物ではなく、庶民以上下級貴族くらいのグレードの物を多目に購入する。
「もう妾が目立つ必要などないからの。このくらいの方が気軽に着られるし、種類も多く買えてお得というわけじゃ」
とは言いつつも、やはりテレーゼは元大貴族である。
そういうオーラがあるし、美人でスタイルも抜群にいい。
何を着ても似合うのは羨ましかった。
「エリーゼ達も休みの日には色々と着ているからの。少し張り合ってみた」
「同じくらい似合っているさ」
「ほほう。随分と優しい評価ではないか。前は嫁達が一番で、妾には冷たかったのに」
「ああ。それは……」
今のテレーゼは特に力も持たない名ばかり貴族だし、別に無茶を言ってくるわけでもない。
年上のお姉さんと話をしているようで、安心して付き合えるというものだ。
「妾が面倒ではないのか?」
「フィリップ公爵は面倒でも、テレーゼは面倒じゃないな。俺は綺麗な女性には優しいんだ」
「ふっ。年下なのに生意気じゃの。なるほど、面倒ではないか。褒めてくれたお礼にケーキでも奢ってやろう」
「年下は、素直にお姉さんに奢って貰うか」
「遠慮なく食べるがよいぞ」
買い物を終えた俺達は、同じく商業街にある一軒の喫茶店へと向かう。
「聞くところによると、ここの新作ケーキが美味しいらしい」
「それは楽しみだ」
俺はコーヒーでテレーゼはマテ茶、一緒に新作ケーキも二つ頼む。
出て来たケーキを食べると、とても美味しかった。
「このレアチーズケーキの上に乗っているリンゴのソースが絶妙だな」
「北方の特産品だからの。リンゴは」
この世界でも、リンゴは寒い地方の特産品であった。
これも、是非とも輸入したいものだ。
「本当に未練はなかったのか?」
「うん? 皇帝の座のか?」
「それも含めてだな」
俺は彼女の可能性を摘んでしまったわけで、そのせいで実は恨まれているのではないかと思っていた。
「アーカート神聖帝国に初の女帝が! うむ、歴史学者や、この世の政治に絶望している連中には甘露じゃの」
どの政治体制でも、若い指導者とか、初の女性皇帝などは、世間の関心と期待を多く背負うものらしい。
「大いに期待されたのに、成果を挙げられなかった時の民衆の絶望こそ酷いと思うがの。最初に過剰に期待していた分、余計にであろう。妾は、別に皇帝になりたいなどと思った事は一度もないの」
「次期皇帝候補に近かったから仕方なしに?」
「有体に言うとそんな感じじゃの。妾を出し抜いたペーター殿は、ヴェンデリンと年齢に差がない。若き帝国の改革者とか持ちあげられるのは最初のうちだけじゃ。すぐに足を引っ張ろうとする輩も増えてくる。あの者の道は茨の道でもある」
「よく自分から皇帝になりたいとか思うよな……」
俺なら死んでもゴメンである。
「ペーター殿には、あの少し無愛想な女魔法使い殿がおるではないか」
「ああ、エメラね」
あの人は綺麗だが、基本的に職務に忠実で普段は笑わない。
無愛想だと言う貴族も多かった。
ペーターとランズベルク伯爵は、自分の妻にしたいと常に公言していたが。
「普段も、ペーターにはそっ気ないからなぁ……」
「表面上はそうでも、あの女魔法使い殿はペーター殿の安全確保に必死じゃ。筆頭魔導師にはなっておるが、かなりの仕事を部下に任せてペーター殿のボディーガードに徹しておる。それに不満を漏らす事もなく、あの二人はそういう関係なのであろう」
さすがは、同じ女性というわけか。
テレーゼは、エメラの気持ちをよく理解しているようだ。
「今思ったが、ペーター殿とヴェンデリンは似ておるの」
「何がですか?」
「年上の女にウケがいい」
「ははは……」
何とも返事がしずらい。
そういえば、アマーリエ義姉さんは元気であろうか?
早く会いたいものだ。
「ヴェンデリンが帝国を離れるのと同時に妾も自由の身となる。楽しみじゃの」
「バウマイスター伯爵領で何かする予定は?」
「何も決めておらぬ。暫くは自由を満喫するのみじゃ」
喫茶店を出てから更に数店舗を回って買い物を行い、時間はそろそろ夕暮れとなった。
「ヴェンデリンは、屋敷に戻って夕食か?」
「エリーゼが何かを作っているから」
「料理も練習したいの。貴族の令嬢には必要ないものじゃが、今の妾なら覚えたら面白いからの」
「やっぱり作れなかったのか……」
前に、料理が作れると言っていたのは嘘だったらしい。
「いや、作れるぞ。ただ、レパートリーが極端に少ないのじゃ。解放軍で出したフィリップ公爵家伝統のメニューがあったであろう?」
「あったね、毎日同じメニューで辟易したけど」
エルも、エリーゼ達もみんな飽きたというので、独自に食事を作る原因にもなっていた。
「そのくらいは作れた方がいいというのが、フィリップ公爵家の女に課された義務での。だから作れたのじゃ」
「なるほどね」
作れる料理の数は少ないが、包丁使いなどの基本ができていれば、そう料理の習得に苦労しないか?
「エリーゼくらい色々と作れたら人生が豊かになるかもしれぬ。時間もあるし、教えてもらうとするかの」
「それがいいかもね。そうだ、今夜も食べて作り方を教えて貰えばいい」
「ほほう。ヴェンデリンも、さり気ないレディーの誘い方を覚えて、お姉さんは安心というものじゃ」
「さり気ない誘い方ねぇ……」
俺とテレーゼは屋敷へと歩いていく。
これから二人の関係がどうなるのかは、正直なところまだわからない。
だが、帝国貴族としての大半を捨てたテレーゼが魅力的に感じられたのは、決して俺の勘違いではなかった。
「これより、アーカート神聖帝国とヘルムート王国との講和の儀を執り行います」
テレーゼとのデートから一週間後、ようやく帝都にある皇宮において両国による講和の儀が行われていた。
帝国側はペーター自らが、王国側は外務卿だけではなく格を合わせるために王太子殿下が出席をしている。
外務卿がハブられているような気もするが、彼も別に暇ではない。
王太子殿下の傍についているし、事前に両国の外務担当者同士による協議が行われて条件のすり合わせは終わっていた。
「ようやく終わりですね」
「そうですね」
内乱に巻き込まれた実務能力のある上位貴族、という枠に入っていたせいで忙しかった俺とシュルツェ伯爵はようやく安堵の溜息をついていた。
こういう時に本当は仕事をしないといけない導師は、能力はともかくやる気はゼロなので何もしていない。
だから余計に、俺達の負担が増していたのだ。
「予想では、細かな条件で紛糾すると思ったのですがね」
両国は一度戦端を開いてしまっているので、その賠償額や、帝国の方が内乱で弱ったイメージがあるので王国側が強気で交渉してくるかと思っていた。
ところが実際に蓋を開けると、どちらかというと王国の方が早く講和を結びたいように見える。
「王国軍が弱かったからでしょう」
いくら無能なレーガー侯爵が指揮していたとはいえ、八千人の先遣隊が一方的に撃破されたのだ。
フィリップとクリストフの活躍によって何とか恥はかかないで済んだが、もしこのまま戦争になっても王国は実戦を経験した精鋭たる帝国軍に敗れるかも、という不安が王国軍内に広がっていた。
勿論、表立ってはそんな弱気は認めない。
だが、心の中ではその可能性を考慮する貴族が増えていたのは事実だ。
「あとは、ニュルンベルク公爵の遺産ですか」
地下遺跡から発掘された魔道具類に、ミズホ伯国軍が実戦で使用した魔銃と魔砲もある。
特に魔道具の方は最後の戦いでかなりの数が鹵獲されており、これを実戦で使われると王国軍が不利になる可能性が高い。
よって、その対策が出来るまでは、大人しく穏便に和平と通商の拡大などをした方が得策という結論に至ったようだ。
「(バウマイスター伯爵もかなり回収したのでしょうけど、帝国軍の方が数が多いから数は確保しているはずです)」
俺の傍にいるシュルツェ伯爵が小さな声でささやく。
使い方も、降伏したニュルンベルク公爵家の兵士達から教えて貰えばいい。
訓練にもさほど時間がかからないはずだ。
「王国軍は慎重にならざるを得ない。藪を突いて蛇が出かねないのだから」
「実戦も経験して精強ですしね」
旧ニュルンベルク公爵家軍以下、改易されたり没落した貴族の軍勢に王国軍領地の切り取りを許可されると逆に王国の方が領地を失いかねない。
ならば、相手から謝罪と賠償を受け取って素直に講和した方がマシなのだ。
「一部、何もわかっていない貴族が帝国再侵攻を口にしていますけどね」
「そんな事は不可能だと思いますけど……」
「それがわかっていないから、陛下から鼻つまみ者扱いなのですよ」
事前に交渉を繰り返して条件が決まっていたので、両国の間で講和が締結されていた。
結局、王国北部にも及んだ『移動』と『通信』の阻害は、反逆者ニュルンベルク公爵による独断とされて、彼の罪を今の帝国政府が謝罪と賠償する旨で合意している。
やはり、戦争で負けると完璧な悪役にされてしまうようだ。
『勝てば官軍』とは、よく言ったものだ。
他にも、交易に関する交渉も纏まっている。
双方の経済拡大のためと、帝国としてはこれを復興の財源としたいのだ。
「両国共に、許可を得た人間が直轄領には自由に出入り可能。貴族領内には別途許可を得る事ですか」
「反乱の幇助を行われると困るからです」
ニュルンベルク公爵にも、おかしな魔族がついていた。
あの男は、俺の勘では国家の命令で動いていたわけではない。
自分の知識欲を満たすために、反逆者に手を貸しても何ら罪悪感も湧かない奴なのだ。
魔族の国でも、彼の扱いには困っていたはず。
何しろ、彼の魔力は魔族の中でもトップレベルにあるようだし。
ただ、エリーゼの『過治癒』で苦戦したように、彼の本業は考古学者で戦闘に優れているわけでもないのだ。
頭がいいので、発掘品の修理や整備でニュルンベルク公爵には相当貢献していたようだが。
「交易が拡大しますと、経済は回りますが密輸や密入国などは増えます。帝国も軍が精強になったとはいえ、暫くは小規模の内乱や騒乱に悩まされるでしょう」
内乱中にペーターが強引に推し進めた減封、転封、改易などの処置に反発する者が出るのはこれからであろう。
彼は、帝国の再建と開発を行いながら、そういう物を上手く鎮圧していかないといけない。
「あの若さで大変だと思いますね。バウマイスター伯爵と同じ年ですか」
「ええ」
「それは大変だ。その苦労が忍ばれます」
俺とシュルツェ伯爵の前で、王太子殿下とペーターによる調印が行われる。
これでようやく、一年以上にも及ぶ内乱とそれに関連する両国間の紛争が終了するのであった。