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クリスマス記念SS

これは、ヴェンデリンが成人する前のお話です。

「もうすぐクリスマスか……」


 なぜか地球とほぼ同じ暦を持つこの世界に転生して十年近く、十四歳になったが、今になって俺はなぜか日本のクリスマスを思い出していた。




 前世で俺一宮信吾が子供の頃、家でケーキとチキンを食べ、父親が正体のサンタさんからプレゼントをもらった。


 中学や高校の頃には、友人同士や部活でもクリスマスパーティーはあったな。


 あまり女っ気はなく、男の友人同士で、早々と彼女とクリスマスを祝う同級生や友人に呪詛の言葉を送りながら大騒ぎをした。


 大学生になると俺にも彼女ができて、クリスマスプレゼントを買うためにバイトに勤しんだ。


 卒業前にフラれてしまったが、それもいい思い出だと思う事にしよう。


 就職してからは、勤めていた商社が食品を主に扱う会社だったので裏方に回った。

 

 裏方というか、食品関係の仕事はかき入れ時の年末に向け、早いと一年前、遅くても数か月前から動く。

 ケーキを作っている食品メーカーや洋菓子店が、『ケーキの材料が足りないからもう作れません』では食べていけないからだ。


 事前に必要な物を、ある程度計算して早めに発注をかけるわけだ。


 俺達は、それを卸す準備で忙しい。

 クリスマスギリギリになっても、計算が狂って『アレが足りない、コレが足りない』というトラブルが起こる。

 『うちにもありません』で済ませてもいいのだが、うちのような二流商社はそういう肌理細やかな注文に応えてこそ、大手に対抗可能だという現実もある。


 翌年以降の商売にも差し障りがあるので、クリスマスから年末まで駆け回るような忙しさだ。

 それでも、正月くらいは休みがあるからマシであろう。


 本当、一年中商売をしている方々は凄いと思う。


 などと、なぜ急にこんな事を思い出したのかと言えば……。


「バウマイスター男爵! 今年も『謝肉祭』の季節である!」


 導師から、この時期に行われる面倒な行事への参加を強制されたからであった。





「ああ、面倒くさいなぁ……」


「本当だよなぁ……」


 エルも俺と同じように愚痴るが、それもこの『謝肉祭』という行事のせいだ。

 実はこの風習というか行事は、王都周辺でしか行われていない。


 そういえば、子供の頃から獲物を卸しにブライヒブルクまで行っていたが、謝肉祭など聞いた事がなかった。

 俺の実家については言うまでもない。

 バウマイスター騎士爵領では、結婚式と葬式と収穫祭以外の行事はほぼ存在しないのだ。


「教会の行事なのよね?」


「ボクも聞いた事がないな」


 ブライヒブルク育ちであるイーナとルイーゼも、謝肉祭という行事は知らなかった。

 教会の行事なら、ブライヒブルクの教会でも行われているような気がするのだが、そういうわけでもないらしい。


「この行事はですね。今から五百年前、教会により聖人認定されたヴァレンティーン枢機卿が、孤児やスラムの方々にお肉を贈るために始めた行事です」


「炊き出しみたいなもの?」


 教会は、孤児院やスラムで定期的に炊き出しを行っていた。

 それと類似する行事なのかと、イーナはエリーゼに尋ねる。


「ほぼ同じなのですが、狩猟枢機卿と呼ばれたヴァレンティーン枢機卿の誕生日に行われ、振る舞われるのが獲物のお肉という点が特徴的ですね」


 狩猟が上手な枢機卿というのはどうかと思うのだが、この世界では俺以外誰も気にしない。

 彼の生まれた日が地球でいうクリスマスに近く、神官である彼は貧しい人達に施しを与えるのに寄付を募るとかではなくて、自ら弓矢を持って狩猟に赴いたというわけだ。

 なかなかに逞しいというか、アグレッシブな人物であったようだ。


「ヴァレンティーン枢機卿は、狩猟の名人であったそうです」


「(金を出さずに、体を動かしたんだな……痛っ!)」


 エリーゼに聞こえないようにエルが核心を突くツッコミを入れたので、俺は静かに肘打ちを加えておく。

 人間、それが事実でも口にしてはいけない事もあるのだ。


「謝肉祭という命名はどうなんだろう?」


 ヨーロッパでは、仮装パレードとお菓子の振る舞いが行われる祭りだと記憶しているが、この世界では、ボランティアが狩った獲物を調理して孤児と貧民に振る舞う行事である。

 ボランティアは、神官、貴族有志、冒険者、富裕な平民有志、時間のある狩りが出来る人達だけだ。

 これを始めたヴァレンティーン枢機卿の名前からして、バレンタインという事もなく、時期はクリスマスだけど俺達が何か食べられるわけでもない。


 王都周辺でしか行われないのは、参加可能な人数が集めやすいのがここしかないからかもしれない。


「エリーゼ、去年はこんな行事あったのかしら?」


「勿論毎年あるのですが、去年のヴェンデリン様はお忙しかったので……」


 王都に来たばかりで様々な大人達に振り回され、誕生日も多くの貴族達に囲まれて疲れていた。

 なので、ホーエンハイム枢機卿が誘ってこなかったのだとエリーゼは説明する。


「みんな忙しいので毎年は出なくてもいいのですが、王都在住の教会の信徒である程度裕福な方は、数年に一度は出た方が宜しいかと」


 義務ではないが、俺は教会の名誉司祭なので定期的に顔を出せという事のようだ。


「ヴェルならさ。寄付して終わりでいいんじゃないの?」


「いえ、これは謝肉祭ですから……」


 どんなに偉い貴族様でも、この謝肉祭だけは自ら狩猟を行って獲物を調理し、貧民達に振る舞う事が重要なのだという。


「ええと……パフォーマンス?」


「ルイーゼ、ストレートに言い過ぎ……」


 寄付でも金額が多ければありがたいような気もするのだが、謝肉祭への参加は一種の政治的パフォーマンスのようだ。

 持つ者が、持たざる者に自ら奉仕活動を行う。

 だから、自ら参加しないと意味がない。


 そういう事なら理解できる。

 日本でも、周囲の目を気にしてそういう事を行う金持ちや政治家、芸能人が多かった。


「事情はわかったけど、導師だけ妙に嬉しそうだな」


 エルは、俺達を誘いつつ狩猟の準備に余念がない導師を見て不思議そうな顔をする。

 何が楽しくて、こんな行事に参加するのであろうかと。


「伯父様は、ここ暫く毎年の参加ですね」


 王宮筆頭魔導師なので、参加すれば目立つから都合がいいというわけだ。

 どうせ、王城での面倒な書類仕事などは下に任せきりなのだ。

 謝肉祭の時にサボっても今更で、むしろ宣伝にはちょうどいいと思われているのであろう。


「某は狩猟は好きなのである! 動物だろうと魔物だろうと、沢山狩れれば嬉しいのは人間の本能なのである!」


「そうですか……」


 謝肉祭への参加準備に余念がない導師を見ながら、俺達は全員こう思ったはずだ。


「「「「「(ヴァレンティーン枢機卿と導師って、似た種類の人間だったんだろうな……)」」」」」


 それだけは確信する俺達であった。





「ヴェル、沢山獲れたわね」


「沢山獲れても、俺達は肉の欠片一つ食べられないけど」


「屋敷に戻ってからの食事を楽しみにしましょう」


「そうだな……」


 謝肉祭は早朝から行われる。

 この日のために、普段は入猟料が獲られる狩猟場が無料開放されたり、普段は立ち入り禁止の猟場が解放される事もあって、獲物は大量に獲れた。

 夕方まで狩猟に勤しんだ俺、エル、イーナ、ルイーゼ、導師はある種の達成感を得ていたが、実は謝肉祭はここからが本番だ。


 獲った獲物を調理して、孤児や貧民達に分け与えないといけないのだ。

 そのために、エリーゼは狩猟ではあまり役に立てないと、俺達と別行動で教会本部にて調理作業に参加している。


「ヴェンデリン様、大猟のようですね」


「まあまあかな」


 俺達も、獲物の下処理を手伝った。

 血を抜き、毛皮をはぎ取る。

 切り分けた肉は煮たり焼かれたりして、集まって来た人達に無料で配られた。


「聖人ヴァレンティーン枢機卿により始められた、全ての人々に血肉を分け与えるこの儀式を……」


 人々に肉料理を配っている横で、老いた枢機卿が挨拶なのか説話なのかよくわからない話をしているが、ほとんど誰も聞いていない。

 参加者達からすれば、無料で肉料理が貰える事の方が重要なのだから当たり前だ。


「そういえば、ブランタークさんは来なかったな」


「去年、ブライヒレーダー辺境伯様から命じられて強制参加だったらしいよ」


「今年はもういいって事かな?」


「だろうな」


 ブライヒレーダー辺境伯家は王都に屋敷があるので、毎年家臣の誰かが謝肉祭に参加する事になっているそうだ。

 去年は、ブランラークさんの当番だったらしい。


「それはお気の毒に……ふぐっ!」


 またエルが余計な事を口走るので、俺は肘打ちで黙らせてから肉料理を配る作業を続ける。


「料理も大量にあるけど、並んでいる人も多いわね」


「疲れたなぁ……」


 イーナとルイーゼは、早朝から狩猟に調理に配膳にと大忙しで疲れたようだ。

 当然、俺とエルもである。


 クリスマスに似ているというか、時期が重なっている行事があると聞いて少しワクワクしていたのに、タダ働きさせられて碌に飯も食えない。

 俺は、『こんなクリスマスモドキ、もう二度と参加したくないと!』と思うばかりであった。


「これにて、料理の配膳を終了します」


 ようやく準備していた料理がなくなったのは、夜になってからであった。


「これで終わりか」


「ヴェンデリン様、まだ後夜祭が残っていますよ」


 片付けが終わると、俺にそう教えてくれるエリーゼ。

 『後夜祭』と言うからには、高校の学園祭のあとで行われる打ち上げパーティーのようなものだと推察できる。


「(なるほど、夜まで大変だったから慰労でご馳走が出るのか)」


 いくら何でも、朝から夜まで飯一つ出さないのは異常であった。

 ここでご苦労様と、教会が食事を出してくれるのはありがたい。


「飯なら何でもいい。食えるものならそれで十分」


「デザートとか出るのかしら?」


「お酒は未成年だから飲めないけど、デザートは嬉しいよね」


 俺と同じような結論に至った、エル、イーナ、ルイーゼも嬉しそうであったが、それに止めを与えたのはエリーゼであった。


「いいえ、これから日付が変わるまで、教会本部において大説話会が……」


「えっ?」


 どうやらパーティーではなく、夜中まで教会の坊主達が順番にありがたいお説教をするらしい。

 

「飯は?」


「はい、勿論ささやかな物が出ます」


 この場合、エリーゼの言うささやかとは嘘偽りのない質素な食事なのは明白だ。

 朝から夜中まで、ただ教会の指示に従って働き続けてから坊主の説教を聞く。


 地球でも、厳格なクリスチャンはクリスマスにパーティーなどしないでミサに参加するそうだが、謝肉祭も同じなのであろう。


「ええと……」


 俺は参加したくないのだが、まさか『嫌です』とも言えない。

 エリーゼは参加する気満々なので、逃げ出すわけにもいかなかった。


「ヴェンデリン様、たまにはこういう行事に参加するのもいいですよ」


 エリーゼの満面の笑み。

 彼女は、心の底からそう思って俺に言っているのだ。

 それに、普段のエリーゼは俺に教会の行事に参加するようにとは言わない。

 数年に一度の、更に俺がブライヒブルクを生活の拠点にしてしまえば永遠に参加しないで済むかもしれない行事なので、ここは周囲の目も考えて参加すべきだと。


 俺に気を使う彼女の優しさはよくわかるのだが、やはり参加したくなかった。

 何しろ、俺は俗な一般人なのだから。


「行こうか……」


「はい」


 エリーゼと一緒に後夜祭の会場である大聖堂に向かうが、ここに至って逃げ出そうと考えている者達がいた。


「俺、急用が……」


「私、食事の準備をしないと」


「ボクも、イーナちゃんを手伝う」


 エル達が逃げ出そうとするが、当然俺は逃さなかった。

 魔法で『縄』を作り、それで三人を拘束する。


「お前ら、本当に逃げられるとでも? さあ、一緒にありがたいお説教を聞こうぜ」


「ヴェルが代表でいいじゃないか」


「ヴェルと婚約者のエリーゼの二人でバランスがいいし」


「そうそう、イーナちゃんの言うとおり」


 俺だって、本当は逃げ出したいのだ。

 したがって、エル達を逃す理由などどこにもない。

 ただし、一人だけ上手く逃げおおせている人がいた。


「導師がいないね?」


「はい……伯父様は、今までに一度も後夜祭に参加した事がありませんので……」


 なるほど、大好きな狩猟と、パフォーマンスである炊き出しにまでは付き合うが、関係のない後夜祭には断固として参加しないのか。

 俺は導師の強かさに、心から感心してしまうのであった。






「聖書の第七節三項のお話、神の使徒ハイウェルは道に倒れていた旅人を助けましたが、その時に……」


 強制参加させられた後夜祭は、死ぬほどつまらない。

 一応食事は出たが、硬い黒パン一個とブドウジュースだけであった。


 教会の教えでいうと、黒パンは肉の、ブドウジュースは血の元となるものだそうだ。

 一つ教会に関する知識を得たが、為になったとは思えない。


 それだけの食事では全然足りないのでお腹が鳴り続けているが、この偉そうな坊主達の説話が終わらないと、俺達は屋敷に戻って飯を食えない。

 先ほどから、神やその使徒達の本当にあったのかも怪しい話や、過去の聖人達の言動などが神官達によって語られる。


 参加者は、それを静かに聞いているのだ。

 

 ハッキリ言って、何が面白いのかがわからない。

 よく見ると、半数以上の参加者が死んだ魚のような目をしている。

 早朝から参加しているのと、別に好きで参加しているわけでもないので疲れていて当然だと思う。


 中には一部、目を輝かせながら聞いている人がいた。

 信仰心が篤いのであろうが、こういう人が邪教に嵌るんだなと、俺は意地悪な考えを抱いてしまう。


「(腹減ったなぁ……うげっ!)」


「(静かにしてろ)」


 俺は三度エルに肘打ちを食らわせ、つまらない説話に集中させる。

 結局、後夜祭が終わったのは日付が変わってからであった。


「日本のクリスマス! お前ら大半がキリスト教徒じゃないし、浮ついたパーティーばかりとか言ってごめんなさい!」


 大学卒業前の彼女にフラれ、就職後は碌にクリスマスを祝っていなかったので、捻くれて日本式のクリスマスにケチをつけてごめんなさい。

 

 ケーキに、チキンに、シャンパンに、プレゼントにと。

 浮わついたクリスマスが、俺は何よりも大好きです。


 後日、俺は日本式のクリスマスパーティーを後夜祭として世間に普及させるため、アルテリオさんに指示を出す事になるのであった。

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