第百九話 野望の終焉。
「遂に、大魔砲が完成したんだね! 早速作戦開始といこうか」
俺を含めて多くの人達が参加した巨大決戦兵器『大魔砲』は、製作期間一か月ほどで完成した。
その間、ペーターはニュルンベルク公爵領を含めた南部領域の統治と、ニュルンベルク公爵が籠る地下要塞の包囲、密かに情報や物資の搬入を図る敵地下勢力との戦闘に忙しかったようだ。
それを除くと、ニュルンベルク公爵領の領民達は素直に帝国の統治を受け入れている。
だが、それもこの地下要塞を落とさないと続かない。
軍費の負担に耐えかねてペーターが軍を退けば、たちまちニュルンベルク公爵が地下要塞を出てきて再び南部を制圧するからだ。
だが、地下要塞は強固な『魔法障壁』で覆われている。
それを破るための『大魔砲』がようやく完成したのだ。
砲身は直径一メートル、長さ二十メートルで、それを支える砲架、照準機、冷却装置、魔力を蓄える魔晶石連結装置、サブ動力伝達係のルイーゼという作りになっている。
「ボクの拳に集積した魔力がサブ動力って、かなり行きあたりばったりな作りだよね?」
砲身の材料である『極限鋼』は、俺が苦心して魔法で合成した。
複雑な多くの金属と希土類の配合に秘密があったので、これは地球の知識が辛うじてあった俺だから出来たのかもしれない。
おかげで、その配合比率を教えて欲しいとペーターとミズホ上級伯爵に迫られる羽目になったが。
ただ、それを知っても今の炉では精製できないはずだ。
製錬技術の問題で、それらの材料を均一に混ぜるのが一番難しいのだから。
「ヴェルは、今後は『極限鋼』作りに忙しそうだね」
「かもしれない」
混ぜるオリハルコンとミスリルはさほど多くないのに、これらの金属と耐久性、硬度、魔力伝達性にあまり差がない。
武器の素材にするには、最高の金属なのだ。
「でも、加工には同じ『極限鋼』か、オリハルコン製の工具が必要だけど」
あとは、ダイヤモンドとかでも可能だとは思う。
この世界では宝飾品や魔道具の材料としてのみ使用されているので、研磨や切削用として宝飾品にならないクズダイヤの需要が上がるかもしれない。
とにかく、将来有望な新金属である。
いや、古代魔法文明時代にはあったそうなので、古の技術の復活であろうか。
王国に戻ると、陛下から作成依頼があるかもしれなかった。
「それはあとで考えるとして、ルイーゼが補助動力ってのも変な話だな」
「装置扱いされたけど、これを握って立っているだけだよ」
ルイーゼは、砲架に繋がったコードを一本手に持って横に立っているだけだ。
「前に使った秘奥義をコードに流し込むのか?」
「その前の、大量の魔力を拳に溜めた状態。ボクは自分の魔力量の数倍の量を集められるから選ばれたみたい」
ルイーゼの傍には、袋に入った大量の魔晶石が集まっている。
ここから魔力を吸い出して拳に集め、それをコードで大魔砲に流すのだとルイーゼは説明する。
「最新技術と、ボクが混じった変な魔砲だねぇ」
ルイーゼと一緒に照準機の方に視線を送ると、そこではヴィルマが照準機の最終調整を行っていた。
俺は彼女にも声をかける。
「ヴィルマ、大丈夫か?」
「何度も試験したから大丈夫。狙撃魔銃の照準機が大きくなっただけだから」
「狙撃魔銃ほどの精度も必要ないんだっけ?」
「大体、ここに当てればいい」
ルイーゼは設置された大魔砲の照準機から見える、クライム山脈山腹の詳細図を俺に見せてくれる。
「赤い印の所は、例のブレス発射装置が設置されている」
ペーターも、この一か月遊んでいなかったようだ。
『魔法障壁』を破りつつ、同時に地下要塞の設備に大ダメージを与えられる箇所の調査も行っていた。
「このくらいの照準なら、ヴィルマなら余裕か」
「油断しなければ。最初の試射で照準機の誤差調整を行うから大丈夫」
「そうか、頑張ってくれよ」
俺がヴィルマの頭を撫でると、彼女は嬉しそうな表情を浮かべた。
「ヴェル、ボクには?」
「えっ? 前に『ボクは大人の女だから、撫でられても嬉しくない』って言ってなかった?」
「そんな事を言ったかな? ほら、不公平はよくないよ」
それならばとルイーゼの頭を撫でると、彼女はぽつりと漏らす。
「早くバウマイスター伯爵領に戻りたいよね」
「そうだな。この大魔砲による攻撃が成功すれば、すぐに帰れるさ」
「失敗したら?」
「しないと思いたいな。駄目で爆発しても、俺もここに残るからヴィルマとルイーゼは大丈夫だよ」
自分と二人だけなら『魔法障壁』で守る自信があるからだ。
他の連中に関しては、そこまで責任を持てない。
砲身を切削したカネサダさんは、『魔法による保護など不用。失敗したのなら、不出来な自分が死ぬだけなのだから』と弟子と共に語っている。
何というか、こういう覚悟の仕方は昔の日本の職人気質に似ているかもしれない。
それだけ、自信もあるのであろう。
「ヴェルがいれば安心だね」
三人で話をしている間に、着々と作戦開始の時刻が迫る。
今頃ペーターはエメラを傍に置き、本陣で地下要塞を睨んでいるのであろう。
「発射開始の合図がきた」
「ヴィルマ、派手にぶちかましてやれ!」
「了解、派手に行く」
とは言っても、照準を合わせて発射レバーを引くだけなので、ヴィルマは静かなままであった。
「魔晶石連結装置から、魔力の供給を開始。現在、充填率五十七パーセント」
一番作成に苦労した魔晶石連結装置は、無事に動いてるようだ。
ただやはり加熱はするので、こちらにも熱気が伝わってきていた。
あまり長時間の使用は難しいのかもしれない。
「充填率百五パーセント」
「ボクの方も、魔力の供給を開始します」
続けて、ルイーゼも拳にためた魔力をコードに流して大魔砲へと送り込んでいく。
サブ動力源役ではあるが、性能第一で歪な造りの大魔砲の威力を確保するには彼女の力も必要であった。
「魔力の装填を確認。照準、上に二、右に三修正。照準よし。発射」
ヴィルマは淡々とした声で全ての作業の確認を終えてから、素早く発射レバーを引いた。
途端に、大魔砲の周囲が大地震でも来たかのような揺れに襲われた。
大魔砲は、音に関しては実は魔銃に毛が生えた程度で大したものではない。
爆発する火薬ではないので、鼓膜が破れそうというほどではないのだ。
原始的な砲なので、発射のエネルギーも全て前方に放出される。
だから俺達に衝撃は来なかったが、代わりに異常加熱を抑える冷却装置の関係でまた大量の水蒸気に襲われていた。
俺は自分も含めて、二人を『魔法障壁』で水蒸気から守る。
「凄い水蒸気だね」
「前と同じ」
試作用の大型狙撃魔銃の時と同じなので、ヴィルマはミスリルコーティングのコートを着ていた。
だが、今回はそれよりも水蒸気の量が多かった。
「命中したのかな?」
「したみたい」
俺が慌てて双眼鏡を見ると、山脈の一部にかなり大きな穴が開いているのが確認できる。
例の『魔法障壁』を容赦なくぶち破り、そのまま山腹を撃ち抜いて地下要塞内で暴れて設備を破壊したようだ。
信管もなく炸裂弾でもない、ただのタングステン合金の椎の実型砲弾であったが、あの質量が大量の魔力で加速されているので、相当な威力になったのであろう。
「凄い威力だな。ヴィルマ、撃てるだけ撃つぞ」
「わかった」
ヴィルマは、地図を見ながら次の照準をつけ始める。
山腹の地図に、狙う箇所とその順番が書かれているのだ。
これは、ペーターが命じてこの一か月調査させたものである。
「次弾装填! である!」
「えっ? 導師が装填役?」
俺が大まかな形を作り、それを職人達が磨いて仕上げたタングステン合金の砲弾はとてつもなく重い。
なので、身体能力を強化できる魔法使い複数名による装填を計画していたのだが、なぜか本番になると導師が一人で砲弾を装填していた。
「いくら身体能力を魔法で強化したとはいえ、よくその砲弾が持てますね」
「某にかかれば、このくらい軽いのである」
導師による弾丸装填作業も速やかに終わり、ヴィルマは次々と大魔砲を発射していく。
狙いは外れるはずがない。
多少位置がズレても、山腹に突き刺されば地下基地に確実にダメージを与えるのだから。
「やはり照準機に誤差があった。下に一、左に一修正をかける。発射」
俺が作成した砲弾は合計で二十五発、これ以上は材料がなくてどうにもならなかった。
他の材料でもいいのだが、どうせ魔晶石に溜めていた魔力が尽きるので同じだ。
それに、あの巨弾を二十五発も撃ち込まれれば、その度に『魔法障壁』の復活で大魔力を消費してしまう。
山腹にも、見てわかるほどの大穴が複数箇所空いていた。
砲弾が飛び込んで暴れた穴の奥にある地下要塞内部は、既にボロボロのはずだ。
「全弾命中した。ブレス発生装置も相当潰せたと思う」
「凄いな。ヴィルマは」
ひと仕事を終えたヴィルマを褒めていると、ペーターの方に動きがあった。
先鋒部隊と思われる帝国軍の精鋭を、穴だらけの山腹に向けて進撃させたのだ。
大魔砲による砲撃で、反乱軍側が『魔法障壁』を維持できなくなったからであろう。
それは、俺達も確認している。
「こうなると、もう功名争いが優先なのかも」
「でも、油断は禁物だろう」
イーナの発言にエルが反論する。
実際に、先遣部隊が山腹に近づくと生き残っていたブレス発生装置から攻撃が開始されていた。
だが……。
「エメラさんがいるから効かないはずよ」
ペーターも、二度も同じミスはしないというわけだ。
ブレスは先頭に立つエメラによって全て防がれ、他の魔法使い達が発射地点に魔法を撃ち込んで次々と沈黙させていく。
「まだ帝国の魔法使いも多いか。無理に徴用しているんだろうけど……」
数も質も十分に見えるが、冒険者、内政担当、魔法技術者などが割を食っているはず。
早く元の現場に戻すために、ペーターは急ぎこの地下要塞を攻略したいというわけだ。
「伯爵様、俺達も行こうぜ」
「そうですね。行きますか」
「アルニム隊! 一緒に突入するぞ!」
「遅れないでください!」
帝国軍の先遣隊が地下要塞に侵入し始めたのと同時に、俺達も軍勢を地下要塞へと向けていく。
兵数はエルとハルカが指揮する千名ほどしかないが、侵入先は地下要塞なのであまり兵数が多くても指揮が難しいはずだ。
「エルヴィン、あまり気張らずに肩の力を抜けよ」
「私と兄さんは、ミズホ伯国軍と共に行動しますので」
七千人全員で移動すると逆にスピードが落ちるので、残り六千人を率いるフィリップとクリストフは、ミズホ伯国軍と共に行動する予定であった。
「突入開始だ!」
俺達は、もう弾がない大魔砲をミズホ職人達に任せて地下要塞を目指す。
「もしかすると、ヴェルはニュルンベルク公爵の首を狙っているとか?」
ルイーゼが妙な事を聞いてくる。
「首なんていらない。欲しい奴にくれてやれ」
戦いも終盤となり、反乱の首謀者であるニュルンベルク公爵の首に価値がある事は知っているが、外国貴族である俺が彼の首を獲っても面倒事が増えるだけであろう。
現代人のメンタルからすると、首を獲るという行為自体に慣れてしないし。
それよりも、今はあの装置の破壊が優先だ。
「どうせ、競争率が高くて手が出ないぜ」
「確か、一兵卒でも貴族にだったわよね?」
「はい。法衣ですが、子爵に任じると」
「そうそう。俺達のような外国人なら多額の報奨金とかだろうね。もし運よく首が獲れても、後ろから味方に刺されそう」
「戦場ではよく聞くお話ですね。エルさん、私達は堅実にいきましょう」
「ヴェルを守るので忙しいから無理はしないよ。ハルカさん」
エルとハルカとイーナは、先ほどペーターが帝国軍の将兵達にそう言って発破をかけていたのを思い出したようだ。
大勢の貴族が没落しているので、ニュルンベルク公爵の首を獲った一人に爵位をあげるくらい痛くも痒くもないのであろう。
「かなり大規模な地下基地だな」
山腹にできた穴を覗き込むと、奥には露出した地下要塞の通路などが見える。
やはり地下遺跡を利用した施設のようで、その形状などは地下遺跡の通路そのものであった。
「意外と通路が広いね」
魔闘流の使い手なので先頭に立って敵の気配を探っているルイーゼは、地下遺跡の広さに感動しているようだ。
「元々、古代魔法文明時代の時も、軍か何かの地下基地だったんだろうな」
ブランタークさんの推論どおりであろう。
今までにニュルンベルク公爵が使った様々な魔道具の入手先がここだとすると、全て納得がいく。
普通は、一つの地下遺跡にあれほどの発掘品があるわけがないのだから。
ここは奇跡的に保存状態が良かった、未発掘の巨大地下遺跡というわけだ。
「例の装置はどこにあるんでしょうかね?」
「普通に考えれば、一番地下の奥であろうな」
そこにはラスボスもいそうな気がしたが、他の人が欲を出して確保しようとする前に装置を破壊するべきであろう。
俺達はエルが指揮する部隊に後背を任せながら、かなりのスピードで奥へと移動していく。
途中、ペーターが送り出した部隊とニュルンベルク公爵の軍勢が激突している場面に、剣戟の音が定期的に聞こえてくる。
「敵軍だ!」
「すまんな、時間が惜しい」
俺が『エリアスタン』を発動させると、こちらに向かって突進していた敵部隊が全て麻痺で動けなくなった。
魔力節約のために威力の微調整を行っていない。
もし感電死していても、戦争なので勘弁してほしいと思った。
「相変わらず、えげつないの」
テレーゼは、麻痺して動けなくなっている敵兵士達を見ながら感想を述べていた。
「まったく、付いて来なければいいのに。危ないのだから」
「ヴェンデリンの傍にいるのが一番安全そうなのでな。それに、例の装置をヴェンデリンが確実に破壊したか見届けるという仕事もペーター殿から受けておってな。妾も剣くらいは使える。自分の身くらいは自分で守るから安心せい」
敵軍に大量の麻痺者を出しながら、俺達は地下要塞を潜っていく。
ここまで奥にくると、既に味方の姿や戦っている音は聞こえなかった。
「静かですわね」
「余計に怪しいね」
ルイーゼの予感は当たり、階層が下になればなるほど通路には多数の自爆型ゴーレムや、ブレス発生装置がセットされていた。
「もう対処方法は確立されているけど」
普通の兵士ならば排除に苦労するのだが、魔法使いならばさほど困難な相手では無い。
自爆型ゴーレムは、ある一定以上の衝撃を受けると爆発する。
「バウマイスター伯爵。材料である!」
導師が地下遺跡の壁を殴って大量の岩塊を作り、俺がそれを『石つぶて』としてこちらに向かって来る自爆型ゴーレムにぶつける。
すると自爆型ゴーレムが爆発を起こし、飛んでくる破片も『魔法障壁』で防いで終わりだ。
「イーナ、ヴィルマ」
「任せて」
「撃つ!」
ブレス発生装置も同じだ。
拠点防衛用にブレスを吐く機能だけを量産しているので動けない。
遠方からイーナが槍を投擲、ヴィルマが狙撃を行い、それを『ブースト』で強化すると簡単に破壊できた。
ブレスを吐く機能しか付いていないので、ドラゴンゴーレムほど頑丈ではないからだ。
「しかし、なかなか奥に辿りつかぬのである」
俺達は例の装置のみを目指して突入していたのだが、なかなかその奥に辿りつけない。
ペーター達は地下要塞を虱潰しにする必要があるので、俺達よりも大分上の階層で苦戦しているようだ。
途中、明らかに兵士やその家族達が住んでいる居住区が建設中であった。
こういう場所を下手に押さえようとすると色々と面倒なので、俺達は無視して下の階層に降りている。
それが出来ないペーターは、攻略と占拠に時間を食ってなかなか下に降りられないようだ。
「カラクリばかり! ニュルンベルク公爵は人を信じていないようであるな!」
ある階層からは、自爆型ゴーレムとブレス発生装置しか設置されていなかった。
それらを破壊しながら進むと、いかにもといった巨大な扉があり、その前には大量のブレス発生装置が置かれている。
遠方から魔法で破壊しようとすると、その前に導師が自身に『魔法障壁』を展開しながら接近し、全てパンチと蹴りで破壊してしまう。
導師に大量に注がれた各属性のブレスは、彼によって全て弾かれていた。
「一撃全壊! チマチマとやっていては面倒なのである!」
巨大な扉の前には、ブレス発生装置群の残骸だけが残される。
「さて、ここが一番奥の部屋であるか?」
導師が一人で巨大な扉を開ける。
すると、そこにはニュルンベルク公爵と白いタキシード姿の変なおっさんが待ち構えていた。
「ニュルンベルク公爵の重臣? には見えないな……」
「伯爵様、あいつの耳を見ろ」
ブランタークさんに言われて、そのおっさんの耳を見ると尖っていた。
エルフには見えない、というかこの世界でもエルフやドワーフは想像上の種族であった。
実在などしていないのだ。
「魔族……」
ブランタークさんが、簡潔に正解を教えてくれた。
見た目は人間と大差なく、特徴としては耳が尖っている。
古代魔法文明崩壊直後から目撃例は存在しないが、必ず実在すると言われている魔族。
その現物が、何とニュルンベルク公爵に手を貸していたのだ。
「合点がいったのである! 謎の阻害装置といい、多くの古代魔法文明時代の遺産といい。魔族の手を借りていたのであるな!」
導師は、珍しくニュルンベルク公爵に激怒していた。
なぜなら、事はただニュルンベルク公爵の反乱で済まなくなったからだ。
大陸の覇権などと言っていたニュルンベルク公爵が、実は魔族の国の紐付きでしかなかったという事なのだから。
もっと最悪なのは、これが魔族の人間分断策で、ニュルンベルク公爵がわざと帝国にダメージを与えているという疑惑が浮上している事であった。
「それが何か悪い事なのかな?」
「貴様!」
「何を利用しようと最後に私が勝てばいい。勝てばその所業は全て正当化される。それが全てではないのかな?」
「なっ!」
ニュルンベルク公爵の反論に、珍しく導師は絶句してしまう。
「しかし、やってくれたな。バウマイスター伯爵」
「ふんっ……」
何をやったのかは言うまでもない。
強固な『魔法障壁』を破るために古に失われた『極限鋼』の技術を復活させ、それを材料に大魔砲を製造した。
そのおかげで鉄壁なはずの『魔法障壁』が破られ、突然の奇襲に精鋭であるはずのニュルンベルク公爵家軍は混乱している。
俺達による、地下要塞最深部への侵入を許してしまったのだ。
「俺も、古代魔法文明時代の遺品を復活させただけですよ。そこの魔族が復活させた物に比べれば微々たる物でしょう?」
「その微々たる物のせいで、我が篭城策は完全に潰えたがな」
現在、地下要塞内では二十万を超える両軍が死闘を演じている。
いくらニュルンベルク公爵家軍が精鋭でも、大魔砲による砲撃で混乱し、そこを突かれて大量に侵入した帝国軍の排除は難しいはずだ。
「結局、俺にとってバウマイスター伯爵は鬼門というわけか。惜しいが殺すしかあるまい」
「随分と目の上目線だな。今のあんたが、俺に勝てるのか?」
テレーゼから剣の達人だとは聞いているが、ならば魔法で倒してしまえばいいだけの事。
俺は彼を焼き払おうと、『火炎』魔法の準備を始める。
ところが、魔法の完成直後に炎が完全に消えてしまった。
「キャンセルがかかった?」
「正解なのであるな。魔族たる我が輩の得意魔法系統は『闇』。『闇』の強みは、他の系統魔法にはない特殊性にあるのであるな」
導師に口調が似ている魔族は、俺の魔法を瞬時に闇魔法でキャンセルしたらしい。
「こういう魔法も使えるのであるな」
「ううっ!」
「エル!」
続けて、突然エルの体を黒いモヤが包み、それが晴れるのと同時に白目の部分が黒くなったエルが我を忘れたかのようにテレーゼに斬りかかろうとする。
慌ててイーナが間に入り、エルの剣を槍の柄で防いだ。
「エル!」
「エルさん! しっかりしてください!」
「うがぁーーー!」
ハルカも魔刀を抜いて応援に入りつつ声をかけるが、エルは二人の呼びかけにも答えず、意味不明な叫び声を発しながら狂ったように刀を振り下ろし続ける。
今までに習った剣術など忘れたかのようで、まるでバーサーカーのようだ。
「相手の心を操るのか?」
「どうなのであるかな? ただその少年には、バウマイスター伯爵達が敵に見えるのであるな」
「厄介な魔法だな……」
この魔法で複数を操られてしまえば、最悪同士討ちで全滅であろう。
全員に緊張が走るが、その危険性を排除してくれたのはエリーゼであった。
俺達がいる場所全体に青白い光が走り、それが晴れた時にはエルは元に戻っていた。
「あれ? 俺は何を?」
「エルさんは、あの魔族に操られていたのですよ」
「おおっ! 『闇』と対を成す『聖』魔法の使い手であるな! 我が輩、その実力に感動したのであるな!」
どうやら、闇魔法は聖魔法で打ち消せる性質があるようだ。
ただ一定以上の力量が必要らしく、魔族はエリーゼの実力に驚いていた。
「魔族、お前の切り札である闇は効かないようだな。ニュルンベルク公爵と共に諦めて首を差し出せ」
「いきなり打ち首とは、人間とは野蛮な種族であるな」
「お前なぁ……、この帝国の惨状を見て命乞いが可能だと思うか?」
ニュルンベルク公爵と同じく、帝国人の感情的にも、法的に考えても死刑以外の罰があるわけがない。
もしここで生かして捕えても、生きているのが苦痛なくらいの拷問にかけられて最後に惨たらしく殺されるのがオチだ。
ならば、せめてここですぐに殺してやるのが情けであろう。
「お優しいバウマイスター伯爵であるな」
「違うな。お前ほどの魔力の持ち主を生かして捕えるなんて、犠牲が多くなるだけだからだ。色々と情報を聞き出せれば王国貴族としてはいいのであろうが、そこまで求めるのは贅沢だろう。お前は大量虐殺の共犯としてニュルンベルク公爵と一緒に死ね」
「我が輩、考古学者として遺跡の品に興味があっただけなのであるな」
「そんな言い訳が通用するか」
「そう言われる事は予想していたのであるな。ならば、ここは世話になったニュルンベルク公爵と共に戦うべきであるな。もしかしたら勝てるかもしれないのであるな」
そう言ってから、魔族はタキシードの内ポケットから何か四角い箱を取り出していた。
よく見ると、何かのリモコンのようにも見える。
「この地下遺跡は、古代魔法文明時代に国軍の兵器製造工廠と試作品の組み立て場であったのであるな。その中でも、とっておきの秘密兵器。出でよ! 『大人型カラクリ魔人君』!」
魔族がリモコンのボタンを押すと、ニュルンベルク公爵と魔族が立っている後方の壁が崩れ、そこから全高二十メートルほどの巨大人型ゴーレムが姿を現した。
「何だよ。またゴーレムかよ」
「このゴーレムは、ゴーレムの欠点である応用の利かなさを解決する事が可能なのであるな」
魔族が喋っている間にも、俺、カタリーナ、導師、ブランタークさんが容赦なく魔法を二人に放つが、それらは全て闇魔法を諦めて『魔法障壁』の展開に注力した魔族によって弾かれてしまう。
「伯爵様! あの魔族!」
「はい。俺よりも魔力量が多い」
今まで、俺よりも魔力量が多い魔法使いなどいなかったのだが、さすがは魔族、驚異的な魔力量を誇っていた。
「この大人型カラクリ魔人君は、ニュルンベルク公爵が操作を、我が輩が魔力を供給することで絶大な力を発揮するのであるな」
「お前達を殺してから、他の帝国軍を排除する事にしよう」
ニュルンベルク公爵は魔族に抱えられながら、『飛翔』でゴーレムの開いた胸部に乗り込んでいた。
そこがコックピットというわけだ。
「あの魔族、師匠が持っていた『移動キャンセラー』を付けているのか……」
俺達は相変わらず飛べないのに、魔族は『飛翔』が使えた。
つまり、あの魔道具を持っているという事だ。
「さあ、大人型カラクリ魔人君の強さに絶望するがいい」
巨大ゴーレムに乗り込んだニュルンベルク公爵の声が、ステレオ放送のように聞こえる。
コックピット内の声が外部に拡大されて放送される仕組みのようだ。
ここは魔法のある西洋風ファンタジーな世界のはずなのに、なぜかあそこだけロボットアニメになっている。
そんなことを思うのは、多分俺だけであろうが。
「武器から試してみるか」
新しいおもちゃを得て、ニュルンベルク公爵はご機嫌のようだ。
俺達の前方五十メートルほどにいる巨大ゴーレムは、その両手を前に出す。
すると、両腕の肘から下がロケットのように俺達に飛んでくる。
まるで、子供の頃に見たロボアニメのロケットパンチのようであった。
「腕が飛んだ!」
「『飛翔』の魔道具ですか?」
エルとハルカが驚くが、どうやら逃げる時間はないようだ。
俺と導師が強固な『魔法障壁』を張って、片方ずつロケットパンチを防いだ。
「凄い威力……」
「まだ止まらないのである!」
『魔法障壁』で止めても、ロケットパンチはまだ動きを止めずに俺達を薙ぎ払おうと突進を続ける。
ズルズルと押されて後退していくが、更に『魔法障壁』を強化して防ぎ、やっと膠着状態に持ち込んだ。
それから十数秒後、ようやくロケットパンチは元の場所に戻った。
「ヤバイ武器だな」
「ええ」
ブランタークさんは、ロケットパンチの威力に警戒感を露わにする。
威力も凄いし、俺と導師は『魔法障壁』への貫通を防いだだけでロケットパンチ自体は無傷でまだ何度でも放てる。
何とか対処しないと、いつか『魔法障壁』を貫通されて俺達に直撃するであろう。
「古代魔法文明時代の超兵器の威力はどうかな? バウマイスター伯爵」
巨大ゴーレムから聞こえてくるニュルンベルク公爵の声は自信満々だ。
このままでいけば、俺達を倒せると確信したらしい。
「あの野郎、本来の素の部分が出たのかな?」
今までは、顔を合せた時くらいは紳士を装っていたのに、よほど追い詰められてから逆転可能だと感じたようで、その声に傲慢なものが滲み出ていた。
「ようやく子供の頃のマックスに戻ったかの? 敵にも寛容なフリをするのも大変じゃの」
俺の後ろで、テレーゼが一人納得していた。
「テレーゼは下がれ、他の王国軍組もだ」
あんな巨大なゴーレムが出た以上は、戦闘要員以外はこの部屋から出てもらうしかない。
通常の兵士達など簡単に蹂躙されてしまうし、その前にこちらの戦闘の足を引っ張って邪魔だったからだ。
「エル」
「悪いが、俺は退かないぞ。ハルカさん、兵士達をこの部屋から出してくれ」
「エルさん! 私も残ります!」
「いや、これに参加できるのはヴェルの悪運の犠牲者のみでね。今回は、まだハルカさんは出席できないんだ」
「ですが……」
「この面子を見なよ。負けるはずがないじゃないか」
「……。わかりました」
ミズホ女性であるハルカは、エルの言う事を聞き兵を下げる決断をする。
「エルヴィン、俺はバウマイスター伯爵の護衛だ。残るぞ」
「いえ。この戦いに限ってはヴェルの護衛は俺ですよ。ハルカさんの手伝いをして貰えませんか?」
「わかった、エルヴィンに任せよう」
タケオミさんも、ハルカと共に兵達をこの部屋から撤退させる事を了承した。
「エルヴィン、死ぬなよ」
シスコンではあるが、タケオミさんはエルを認めているようだ。
珍しく、彼に優しい声をかける。
「テレーゼ様、あなたも」
「いや、妾は残るぞ」
「しかしながら、テレーゼ様の剣の腕では……」
魔法使いでもない、剣の腕もそこまで凄いわけでもない。
なのに残るのは無謀だと、タケオミさんはテレーゼに意見する。
「ヴェンデリンが負けるとは思わぬし、もし妾が死んでも帝国に何の影響もないのでな。それに、妾も役に立つぞ」
テレーゼは、胸元から何かを取り出した。
よく見ると魔法の袋で、その中からどこかで見たような物体を取り出し、付属しているピンを引き抜いてから巨大ゴーレムの方に投げる。
「目を瞑れ!」
テレーゼの指示で全員が目を瞑るのと同時に、その物体は巨大ゴーレムの元で閃光を放った。
やはり、その物体は閃光手榴弾のような物であったようだ。
「閃光炸裂魔弾は効果があるの」
「おおーーーっ! 眩しいのであるなぁーーー!」
「テレーゼ! 目つぶしか!」
再びロケットパンチを飛ばそうとしていたニュルンベルク公爵達は、閃光手榴弾のせいで一時的にその視力を奪われて混乱した。
「とんだ隠し玉だな」
「ヴェンデリン、古代魔法文明時代の遺産はニュルンベルク公爵領だけで出るわけではない。量は少ないが、こうしてフィリップ公爵家にも伝わっておるわ」
テレーゼが持つ魔法の袋には、過去にフィリップ公爵領で発掘された魔道具の中で特に貴重で危険な物が仕舞われているようだ。
「なぜそれを、当主を引退したテレーゼが持っているんだ?」
「代々の当主は、この魔法の袋に入った物を秘匿する義務があるからの。本来はアルフォンスに渡さなければいけないのであろうが、今までにない当主交代劇のせいで渡す機会を失していての。よい機会じゃ。ここで使ってしまうとするか」
テレーゼは、続けて何かを魔法の袋から取り出す。
大きさが一メートルほどの筒で、よく見るとそれはバズーカ砲に似た物であった。
「『魔導噴推砲』という名だと聞いておるがの」
「使えるのか?」
「暇な時間に、一緒に見つかった説明書は読んでおるわ」
テレーゼは、魔導噴推砲を構えてその引き金を引く。
発射された噴推弾は巨大ゴーレムの右肘に命中し、右側のロケットアームをもぎ取っていた。
「威力絶大じゃの」
「今だ!」
まだニュルンベルク公爵達の視力が回復していない今がチャンスだ。
俺、ブランタークさん、導師、カタリーナの魔法が唸り、エルとイーナが槍を投擲し、ヴィルマが狙撃を行って巨大ゴーレムの目の部分を破壊する。
肢体のほぼ全てを破壊された巨大ゴーレムは、轟音を立てながら地面に倒れてしまう。
「やったぞ!」
「いや、待て」
動けなくなった巨大ゴーレムを見てエルが喜んでいたが、魔法使い組にはわかる。
まだ魔族の強大な魔力は健在で、何か次の鼓動に入ろうと蠢いているのを。
「この程度でぇーーー! 大人型カラクリ魔人君は倒せないのであるなぁーーー! カムヒア!」
魔族の叫び声が響くのと同時に、巨大ゴーレムは損傷した頭部と手足を切り離して宙に浮かび上がる。
続けて後方の巨大ゴーレムが出現した壊れた壁の奥から、追加の手足が飛んできて合体した。
巨大ゴーレムは、すぐに元の姿に戻っていた。
「甘い甘い、甘すぎるのであるなぁーーー。この数年、我が輩は懸命に発掘品の修理を行っていたのであるな」
つまり、巨大ゴーレムの部品は大量にあり、胴体に内臓している魔晶石と魔族の魔力が続く限り、いくらでも新しい部品を引き寄せて復活可能という事のようだ。
「ある意味! この大人型カラクリ魔人君は無敵なのであるな!」
「見たかバウマイスター伯爵! この大人型カラクリ魔人君の威力を!」
いつの間にか目つぶし攻撃から復活していたニュルンベルク公爵が、俺達に向けて高笑いをする。
その様子は、まさに意地の悪いラスボスそのものだ。
「戯言を。伯爵様、何回か潰せば部品も尽きるだろうぜ」
「そうですよね」
ブランタークさんの説に賛同した俺達は、再び全員で攻撃を行って巨大ゴーレムをボロボロに吹き飛ばした。
ところが……。
「カムヒアなのであるなぁーーー!」
再び手足と頭部の備品が飛んできて、巨大ゴーレムを元通りにしてしまう。
「ヴェンデリンさん、続けますわよ」
「そうだな、三度目の正直だ」
もう一度、魔法の集中砲火で巨大ゴーレムを攻撃する。
再びボロボロになるが、すぐに新しい手足が飛んできて元通りになってしまう。
「キリがないな」
「残念だったな、バウマイスター伯爵よ! 魔族よ! 止めを刺せ!」
「それでは、再び攻撃開始なのである!」
ニュルンベルク公爵は、巨大ゴーレムのしぶとさに余計に自信をもったようだ。
巨大ゴーレムの両腕からロケットパンチが飛び、今度はいつの間にか背中に装備していた背負い式の魔砲からも弾が発射される。
ロケットパンチの他に砲撃も加わり、俺達は防戦一方になった。
『魔法障壁』の展開で、魔法使い達は徐々に魔力を減らされていく。
「これって、まずくないか?」
「あと何回壊せば、あの巨大ゴーレムは復活しないのであろうな?」
二本のロケットアームに加えて魔砲による砲撃も防ぎながら、俺は導師とこれからどうしたものかという相談をしていた。
「テレーゼ、何か秘密兵器とかはあるか?」
「攻撃力でいえば、そう魔砲と変わりないからの。その前に一つ聞いてもいいか?」
「何か疑問でもあるのか?」
「うむ。ゴーレム本体を攻撃するよりも、その後方に攻撃して備品を補充する仕組みを破壊した方がよくないか?」
「……それだ!」
そんな当たり前の事を、俺はテレーゼに指摘されるまで忘れていた。
ゴーレム自体を破壊してもすぐに新しい部品が飛んでくるのなら、その部品を飛ばす仕組みを破壊した方がいいというわけだ。
「目標! 巨大ゴーレム後方にある手足が飛んでくる部屋!」
「伯爵様と導師が撃てないから、俺達で頑張るしかないか……」
ロケットパンチと砲撃を防ぐのに忙しい俺と導師は、この攻撃に参加できない。
ブランタークさんとカタリーナが大量の『ファイヤーボール』を放ち、ルイーゼとイーナが魔力を篭めた槍を、テレーゼはまだ弾が残っている魔導噴推砲を連射する。
発射された魔法や弾は巨大ゴーレムをすり抜け、その後方にある壊れた壁に開いた穴に入り込み、暫くすると大爆発を起こした。
「何とぉーーー! 合体システムがぁーーー!」
テレーゼの策は正しかったようだ。
壊れていない手足などの備品が、誘爆に巻き込まれて破壊されてしまったらしい。
「魔族! それよりもあの装置だ!」
「あの爆発では故障した可能性が高いのであるな。我が輩のせいではないとだけ言っておくのであるな」
「あの装置?」
もしやと思って『飛翔』を唱えると、俺の体は宙に浮く。
ほぼ一年ぶりに、俺は久しぶりに飛ぶ事が可能になっていた。
「意外と呆気ない最後だったな。例の装置は」
「伯爵様、今のうちに全員で畳みかけるぞ」
「隙を与えて復活でもされると困難ですね。全員攻撃開始!」
巨大ゴーレムは、壊れた部品の供給システムを破壊されて復活が不可能になった。
ならば、今の内に完璧に破壊しておくべきだ。
「一気に行くのである! ふぬぁーーー!」
導師は魔法で身体機能を強化してから『魔法障壁』を解き、そのまま両腕でロケットパンチを掴み、万力のように締め上げはじめる。
導師による魔力を惜しまない攻撃で、そのロケットパンチは徐々にひしゃげて罅が入っていく。
「イーナ!」
「エル!」
次は、二人で投擲用の槍を投げる。
槍は巨大ゴーレムのロケットパンチとの接合部分に当たり、その部分がひしゃげた。
これで、二度とロケットアームを合体させられないはずだ。
「次はボクね」
『飛翔』を取り戻したルイーゼは、俺が『魔法障壁』で動きを止めているロケットアームの上に軽業師のように立ち、強大な魔力を篭めた一撃を上から振り下ろす。
ロケットアームはバラバラになって地面へと落下する。
「伯爵様! 行くぞ!」
「はい!」
ロケットパンチの完全破壊を見届けてから、俺とブランタークさんは巨大ゴーレムへと駆け寄る。
相変わらず魔砲による攻撃は続いていたが、カタリーナが極限まで圧縮して威力を増した『ウィンドカッター』を操作してゴーレムの後方に回し、魔砲を背中から切り落とした。
「お師匠様から言われていた、魔法のコントロールが上達していてよかったですわ」
切り離されて魔力の供給を絶たれた魔砲は、そのまま沈黙してしまった。
「魔族! 何とかしろ!」
「これが俗にいう、大ぁーーーい、ピぃーーーンチ!」
「殺すぞ!」
「うるさい、見苦しい、チームワークがなっていない。撃つ」
ニュルンベルク公爵の慌て怒鳴る声が聞こえてくるが、追加でヴィルマが狙撃で巨大ゴーレムの両眼を撃ち抜き、彼らの視界を完全に奪ってしまう。
「ここは、我が輩の魔法で……。うぐっ!」
「魔族! 何事だ!」
「体が上手く動かないのであるな。体中水ぶくれで、頭もフラフラするのであるな」
「なぜそんな事が? バウマイスター伯爵の魔法か?」
「残念ながら、俺じゃないよ」
「私です」
魔族の闇魔法を抑える役割を静かにこなしていたエリーゼは、同時に魔族の方に奇襲で逆撃を仕掛けていた。
魔族も生物なので人間と同じく治癒魔法で回復するという性質を生かし、少しずつ強く、繰り返しで治癒魔法をかけたのだ。
どんな治癒魔法でも、かけすぎれば逆に害になる。
エリーゼは、遠方から魔族だけを狙い撃ちして、高濃度の治癒魔法をその体に浸透させるという難事に成功したのだ。
「過治癒状態になると、肌の水ぶくれ、動機、息切れ、眩暈、精神への悪影響が起こります。更にそれを放置しますと……」
最悪、死に至る事もあるとエリーゼは俺たちに語る。
「あれ? 前に俺の治癒魔法が強過ぎるって……」
「必要量の数倍~数十倍くらいなら何も起こりません。必要量の数百倍以上をかけませんと」
「これは予想外なのであるな」
巨大ゴーレムの壊れた部分を交換するシステムが破壊され、自分も過治癒の副作用で調子が悪い。
魔族は相当に弱っているようだ。
止めを刺す最大のチャンスは、今をおいて他にないはずだ。
「ブランタークさん!」
「おう!」
ここで、魔力を温存していたブランタークさんと共に巨大ゴーレムに向かって走り出す。
「接近を許すな!」
「魔族使いが荒いのであるな」
過治癒に悩みながらも、さすがは魔族。
その強大な魔力を使って、『ウィンドカッター』をまるで嵐のように展開する。
「だから俺がいるんだよ!」
だが、それらは全てブランンタークさんの展開する『魔法障壁』によって防がれていた。
「伯爵様、あの巨大ゴーレムの胴体部分がかなり頑丈なようだがどうする?」
ブランタークさんが展開した『魔法障壁』を使って前進しながら、俺はどんな魔法であの巨大ゴーレムを戦闘不能にしようかと考える。
確かに、どんなにダメージを与えても肢体はともかく操縦席がある胴体にはダメージを与えられなかったからだ。
「放出する魔法では……」
威力が低いので、巨大ゴーレムの胴体部分にダメージを与えられない。
ではどうするのか?
答えは、前に師匠と戦った時に見出していた。
「膨大な魔力を放出せず、一点に纏めて……。いや、この場合は『一刀』にか……」
師匠の形見である魔力剣の柄を取り出し、今までにないほどの膨大な魔力を篭める。
だが、具現化させる刀身はなるべく細くだ。
長さも最低限にするが巨大ゴーレムを切り裂く物なので、短くなり過ぎないようにする。
俺のイメージの問題なのか?
柄からは日本刀に似た赤い刃が現れた。
赤色なので火系統なのだが、炎のような物は見えない。
極限まで刃を細くしたせいだ。
「これで焼き切る」
『飛翔』で巨大ゴーレムの前まで接近してから、一気に炎の刀身を振り下ろす。
「いくらバウマイスター伯爵とはいえ、この巨大ゴーレムの胴体も『極限鋼』とミスリル合金の複合装甲なのだぞ。斬る事など不可能……何ぃ!」
ニュルンベルク公爵から驚きの声があがる。
なぜなら、巨大ゴーレムの胴体が切り裂かれ、その亀裂からニュルンベルク公爵の姿が見えたからだ。
ただ、完全に両断は出来なかった。
あれだけの魔力を篭めたのに、巨大ゴーレムの前部装甲を切り裂いただけだ。
「もう一度……」
と思ったのだが、予想上に魔力を使ってしまったらしい。
俺は眩暈を感じてその場に座り込んでしまう。
「伯爵様」
「ブランタークさん、続きを……」
「俺の魔力量じゃ、ひっかき傷も怪しいところだよ。導師!」
「無理であるな。ここに侵入するまでと、巨大ゴーレムの手と戦っていたら魔力の消費が予想以上に激しいのである」
「カタリーナの嬢ちゃんは?」
「私の残り魔力を結集しても、ヴェンデリンさんのような刀身は出せませんわ」
「なぁーーー!」
地下遺跡の一番奥にあるこの部屋に向かう途中での戦いと、巨大ゴーレムとの戦闘で全員の残り魔力量は心許無い。
通常の戦闘ならば十分に余裕があるが、巨大ゴーレムの胴体部分を壊す事など不可能であった。
「困った……」
まだ、巨大ゴーレムは活動を完全に停止していない。
早く止めを刺さないと敵に援軍がくる可能性もあり、俺はどうにか巨大ゴーレムを破壊する方法を考え始めた。
だが、その心配は予想外の人物によって解決される。
「ヴェル! 俺が行く!」
「エル?」
「待て! お前は魔法なんて使えないだろうが!」
相手が相手なので、今まであまり攻撃を行っていなかったエルの突進を、慌ててブランタークさんが止めに入った。
「これがありますよ! ルイーゼ!」
「了解! エルが駄目なら、ボクとイーナちゃんの投擲で止めを刺すから」
「これを、ハルカさんから借りていてよかった!」
エルは、ハルカから借りていたらしい魔刀を抜き、それに限界まで火魔法を刀を纏わせる。
まだ肢体を壊されたゴーレムは宙に浮いていたので、そこまでの移動はルイーゼによる強制打ち出しだ。
「投石機の石になった気分だな」
「いくよ! エル!」
魔力を纏ったルイーゼによって撃ち出されたエルは、先ほど俺が作った亀裂を広げるようにゴーレムの胴体に正確な一撃を加える。
着地したエルはすぐに魔刀を仕舞うが、見た目では巨大ゴーレムが斬られたような印象は受けない。
「エル、何も変化がないけど?」
「安心しろ。既にあの巨大ゴーレムはもう真っ二つだ」
エルが自信満々に答えた直後、本当に巨大ゴーレムは縦に真っ二つに割れて崩れ落ちた。
さすがに、ここまで壊れると宙には浮けないようだ。
ガシャンと音を立てて地面に落ち、ただの残骸と化して活動を停止する。
「だから言っただろう。もう切れているって」
「ええっ! 凄いな!」
最後の最後で、一番の難敵に止めを刺した。
エルは、かなり美味しい所を持っていったのだ。
「エル! 凄い一撃だったな!」
「タネを説明すると、あの巨大ゴーレムはヴェルの一撃で大ダメージを受けていたのさ」
見た目には胴体部分の正面装甲の一部が切れただけに見えたが、実際には他の部分も見えない傷でボロボロになっていたらしい。
そこにエルが、魔刀で一撃を加えてその崩壊を促したのだと言う。
「それで真っ二つであるか……」
みんな大量の魔力を使ってしまったが、あのしぶとかった巨大ゴーレムは倒れた。
一番頑丈だった胴体部分も真っ二つとなり、崩壊して崩れ落ちている。
「ヴェンデリンよ、あの二人の確認をしないと」
「そうだった」
テレーゼの指摘で急ぎゴーレムの残骸の山へと向かい、ゴーレムに乗っていたニュルンベルク公爵と魔族を探す。
まず最初に、右腕、右足が切り落とされ大出血したニュルンベルク公爵の姿を発見した。
俺とエルの両断に巻き込まれて、その身を切り裂かれたようだ。
辛うじて意識はあるようであったが、その怪我の具合と出血量を見ると助かりそうにない。
「あなた、『奇跡の光』がありますが……」
そうだ、エリーゼの『奇跡の光』だけは例外であった。
俺に使用するかどうか聞いてくるが、それに答える前にニュルンベルク公爵の方が声を上げる。
「ここで中途半端に情けをかけるな。魔法で全治しても、あのバカ皇帝の三男の裁きを受けてどうせ死刑になる。なら、ここで無様に死んだ方がマシだ」
「いや……、しかし……」
さすがに死にそうな人間を放置する事への罪悪感と、生かしてペーターの元に差し出すという案もあるのだという考えで揺れていると、そこにテレーゼが意見を述べる。
「そうじゃの。このまま死なせてやれ。反乱の首魁は帝都で曝し首になるはずじゃ。死体から切り落とすも、生かして首を刎ねて処刑するも同じであろう」
「テレーゼらしい言い方だな。だが今は感謝する」
俺はテレーゼの言に従い、ニュルンベルク公爵をこのまま死なせてやる事にする。
「やはり負けたな。最初にテレーゼを帝都で殺し損ねた時に……そしてそれを助けたのがバウマイスター伯爵であると聞いた時にそういう予感はした」
ニュルンベルク公爵の口調は普段と変わらなかったが、手足の切断と大量出血で苦しそうな表情を浮かべていた。
「せめて、苦しみの無い死を」
それを見たエリーゼが、緊急で切断傷を塞いでこれ以上の出血を防ぐ。
失った血を補填していないのでじきに死ぬが、傷の痛みなどは消えたはずだ。
「感謝する。敵に情けをかけるとは聖女の二つ名に相応しいのか……。羨ましいな、バウマイスター伯爵」
「はい」
こういう時にどう答えていいものかわからない。
なので、一言で簡潔に答えておく。
「いい奥さんであるという一般的な羨ましいはともかく、俺はバウマイスター伯爵が羨ましいよ」
「そうですか?」
魔法は使えるが、中身が小市民なのと優柔不断なせいで、色々と利用されてしまっているように思うのだ。
「貴族で次男以下に生まれてその身分を失う。俺にはその悲哀があまり理解できなくてな。話に聞いた事を抽象的には理解できても、俺は長男で跡取りだ。次男以下でもないのに理解できるという方がおかしい」
「そうですね」
ニュルンベルク公爵が言いたい事は、俺にも理解できた。
自分がその立場でもないのに、その気持ちがわかるという奴は、ただの偽善者であったからだ。
「だから、子供の頃には冒険者などになって自由に生きていける彼らを羨ましいと思っていた。彼らからすれば、公爵家の跡取りである俺がそんな事を言えば激怒するのであろうが……」
人は、自分にない物を欲しがる。
『隣の芝生は青い』というのが正しいのであろうか?
「幼少の頃に、何度か妾と冒険者ゴッコをして遊んだの」
「あの時は楽しかったな……、テレーゼも女剣士役をして……」
ニュルンベルク公爵の脳裏には、子供の頃にテレーゼと一緒に冒険者ゴッコをした光景が浮かんでいるのであろう。
「だが、俺はニュルベルク公爵で、テレーゼは結局フィリップ公爵になったな。俺らから言わせれば、これは血の呪いであろう」
「そうじゃの。『嫌だ、継ぎたくありません』とは口が避けても言えぬ。誰かに言うわけにもいかぬ」
「千二百年の歴史があるニュルンベルク公爵家とはいえ、俺が自分で創設したわけでもない。惜別の念など沸かぬよ。ただ義務感でニュルンベルク公爵をやっていたのだから……」
能力があったニュルンベルク公爵は、公爵就任後によき為政者となり、帝国中枢でも軍事の天才として将来帝国軍を率いる立場になる事を期待された。
若き才人として期待されたわけだが、それを本人が望んでいたわけではない。
だから次第に、心に闇のような物が生まれていったのであろう。
「よき領主様、将来を期待された軍指揮官。こんな俺を周囲の人達は称賛し羨むが、俺は全然嬉しくなくてな……。だから、こう思ったんだ。ならば、この能力と地位を使って何か大胆な事をしようと……」
どうせなら、帝国を掌握して王国も攻め滅ぼして大陸を統一する。
そのくらい無謀な夢に挑もうという結論に至ったのであろう。
「そう思って動くと虚しさを少し忘れられてな。それで出る犠牲者の事なんて考えなかった。勝てば虐殺者であるはずの俺が称賛される。負けても無謀な賭けに出て敗れ去った愚か者としての評価が残る。楽しいじゃないか」
「……」
みんな、誰もニュルンベルク公爵を非難しなかった。
なぜなら、そんな事をしてもこの男には何ら効果がない事に気がついたからだ。
「俺が無様に敗死して、歴史あるニュルンベルク公爵家は断絶する。テレーゼは俺に勝ったのにフィリップ公爵位と次期皇帝の座を失った。皮肉なものだな……」
ニュルンベルク公爵は、俺に意味ありげな笑みを浮かべながらテレーゼと話を続ける。
「そうよな。今の妾は強制引退させられ名誉伯爵となった。帝国におれば飼い殺しは確実で、為政者としてのペーター殿の心変りがあれば消されるかの。まあ、その心配は帝国を出るので無用ではあるが」
「帝国を出る? 自分一人で自由に生きていくのか?」
「平民のように全く自由というわけではないが、フィリップ公爵時代よりは遥かに自由じゃの」
「そうか……」
「ペーター殿とヴェンデリンによって引き摺り降ろされた時には驚いたがの。今にしてみれば、これ幸いというわけじゃ」
テレーゼが笑いながらニュルンベルク公爵に言うと、彼は一瞬だけ羨ましそうな表情を浮かべた。
「テレーゼがこれからどう自由に生きるのか見物だな……。数十年後……あの世で会おう……」
「そうじゃな、さらばだマックス」
そこまで話したところで、ニュルンベルク公爵は静かに目を瞑った。
最後の気力を振り絞って気丈に話を続けていたが、これが限界だったようだ。
「亡くなられています」
エリーゼが呼吸と脈を確認して、ニュルンベルク公爵の死が正式に確認される。
「自由にか……、バカ者めが……」
テレーゼは、顔を上を向けながら呟いていた。
そうしないと、涙を流しているのが俺達にバレてしまうと思っているのであろう。
大貴族が人の前で泣くなど、みっともない行為とされている。
今は構わないのだが、昔の癖でそうしているようだ。
「そんなにニュルンベルク公爵の地位が嫌なら、自分で辞退して出て行けば……。いや、それは妾にも出来なかった。だから、マックスの事は言えぬか……。しかし、他に選択肢は無かったのか? お前は本当にバカ者じゃ」
「ねえ。ヴェル」
「いや……」
イーナは『テレーゼとマックスが、お互いに異性として好意を抱いていたのでは?』と思ったようだが、俺はそうは思わない。
どちらかと言うと友情寄りで、二人は若い身で継ぎたくもない選帝侯という地位とそれに伴う重責に耐えていた同志のようなものだと予想した。
「反逆者として永遠に批判されるかもしれぬのに、他にもっと違う選択肢はなかったのか?」
テレーゼは涙を溢さないように上を向いたままだ。
「真面目過ぎたんだろうな」
今まで静かに耳を澄ませていたブランタークさんがボソと自分の考えを漏らす。
「伯爵様みたいに出来ないと割り切って、他に任せて自分の好きにするみたいな事が出来なかった……」
「ブランターク。前にマックスがヴェンデリンは天才だと言っておったのを覚えておるか? 妾はそれに一部賛同する。ヴェンデリンの魔法の才は他の貴族としての才能など簡単にカバーするから、領地の運営が人任せでも問題ないのじゃ。妾がそれをしたら、あの兄達の傀儡であったの。ニュルンベルク公爵家は武断の家柄、軍系の家臣達の力が強いから、それをすると軍事一色に染まる危険があった。バウマイスター伯爵領のようにはいかぬよ」
「そうですか……」
「世の中とは、なかなか思うようにいかぬの」
「そうですね。ニュルンベルク公爵の遺体を回収して、他にも仕事がありますよ」
例の装置は壊れたようだが、まだ破壊が完全ではないであろう。
他にも、この奥に大量の発掘品が眠っている可能性もある。
これも、なるべく回収なり破壊する必要があった。
「そうよな。これらの兵器群を手に入れたペーター殿が狂わない保証もない。人とは、本当にわからぬのだから……」
戦いも終わったので、エルは部屋の外で待機していた兵士達を呼び寄せ、ニュルンベルク公爵の遺体を担架に乗せて運ぶように命令を出す。
「ねえ。敵の親玉の最後のシーンで忘れていたんだけど」
「忘れていた?」
「魔族って死んだの?」
「しまった! 忘れてた!」
ルイーゼからの指摘に、俺は慌てて巨大ゴーレムの残骸から探すように兵士達に命令する。
すぐに見つかり、ガレキの下から魔族が姿を現した。
ただし水ぶくれが酷く、体も機能がマヒして上手く動けないようだ。
「ですが、致命傷ではありませんね」
「魔族、頑丈だなぁ……」
エリーゼからの報告に、俺は魔族の生命力の強さに呆れていた。
「出来れば治して欲しいのであるな」
「そんな事をして、お前にまた暴れられても対抗できないからな。出来れば、そのまま死んでくれ」
この魔族には、まだ強大な魔力が残っている。
下手に治療してまた暴れられると、再び戦闘不能にするのは困難であった。
いや、俺達でも殺されてしまう可能性があったのだ。
「ここでトドメを刺した方が無難かも」
イーナの意見に、魔族以外の全員が首を縦に振る。
「ううっ……、バウマイスター伯爵は意外と残忍であるな……」
「内乱を誘発して、大量虐殺の片棒を担いだ魔族にそんな事を言われたくないな」
この負傷でも魔族は喋れるのが驚きであった。
しかも、俺に皮肉を言うくらい余裕がある。
「ヴェル様」
この魔族をどうしようかと考えていると、ヴィルマが俺のローブを引っ張って呼ぶ。
「何か?」
「この魔族を殺すと、魔族の国と問題にならないの?」
「おおっ! それがあったの」
妙に勘がいいヴィルマに、この中で一番そういう話に強いはずのテレーゼも納得する。
「自国民を殺されたからと、兵を送る可能性もなきにしもあらずじゃの」
国家同士に真の友人などおらず、それを口実に攻められると厳しいかもしれない。
「テレーゼさん、この魔族は内乱の片棒を担いでいますが……」
「それは事実じゃが、魔族の国との戦争では考慮せざるを得まいて……」
俺もカタリーナの意見に賛同なのだが、テレーゼは冷静に魔族の国と揉める危険性について考慮する。
「内乱がようやく終わるのに、帝国は再び魔族の国との戦争になる。いや、この場合は王国も狙われる可能性があるの。両国の関係が修繕される前に攻められると危険じゃ」
「この方の、ヴェンデリンさんを超える魔力は凄いと思いまずけど、魔族とはそこまで脅威なのでしょうか?」
この中で魔族に関する知識がありそうなのは、元フィリップ公爵であるテレーゼであろう。
俺と同じく俄か貴族であるカタリーナには、その知識は無かった。
「魔族とは、みんなかなりの魔力を持っておるそうじゃぞ」
敵軍の全てが、強力な魔法使い。
味方の数少ない魔法使いを投入してある程度倒しても、魔力が切れた俺達も殺されてしまうので、あとは魔法が使えない兵士達が蹂躙されるだけ。
確かに、おいそれとは殺す選択は出来なかった。
「導師、どうしましょうか?」
「おい魔族! 治してもいいが、抵抗はお勧めできないのである!」
導師は、この自分と口調が似ている魔族がどうも気に入らないらしい。
だが、自分の感情と政治的な選択は別と感じたのであろう。
彼を助けるという選択肢を選んでいた。
「ヘルムート王国の魔法使い達は、慎重派なのであるな。ここで貴殿らと戦って逃げられたとしても、上の階にいる帝国軍兵士達や魔法使い達に捕捉されて死ぬのであるな。我が輩、無駄な事はしない性質なのであるな」
「減らず口を……。エリーゼ、治してやるのである」
「はい。伯父様」
エリーゼが軽く治癒魔法をかけると、過治癒魔法のせいでダメージを受けていた魔族は回復して立ち上がった。
過治癒によってダメージを受けた体は、いつまでも治癒魔法が残留するわけでもないので適性な治癒魔法で回復してしまう。
過治癒という状態がなかなか利用されない原因の一つであった。
それなら、普通の魔法で攻撃した方が効率がいいからだ。
「治療に感謝なのであるな。我が輩は、アーネスト・ブリッツ、魔族の国の考古学者なのであるな」
「考古学者?」
謎多き白タキシード姿の中年男性は、自分を考古学者だと自己紹介する。
「その通りなのであるな。我が輩の人生の目標は、未知の地下遺跡の探索と調査なのであるな」
魔族から事情を聞くが、彼は魔族の国がある西の島から一人密入国でこの大陸に潜り込んだと誇らしげに話す。
密入国後に、ニュルンベルク公爵領内に多数ある未発掘遺跡の噂を聞き、そこの探索が可能なように発掘品の修理などを請け負った。
あくまでも、ギブアンドテイクの関係だと彼は言う。
「ギブアンドテイクね……」
「これだけ犠牲を出して、随分と虫のいい話ですわね」
元ボッチゆえに、この中でも自分を貫く事が多いカタリーナも、導師に続きこの魔族には呆れているようだ。
「とはいえ、我が輩は考古学者なので地下遺跡の探索と調査を行いたいのであるな。そのためには領主であるニュルンベルク公爵の許可が必要なのであるな」
魔族には、魔道具職人や研究者としての才能もあった。
だから、ニュルンベルク公爵家軍が装備していた発掘品を修理して使えるようにした。
「ナイフを使えるようにして、渡した持ち主が殺人を犯しても我が輩にはどうしようも出来ないのであるな」
「お前! ふざけた事を言うな!」
「エルさん、落ち着いてください!」
魔族のあまりの言い様に、エルはブチ切れてしまった。
ハルカが慌てて止めに入る。
「そこで怒られても、我が輩はそういう契約でニュルンベルク公爵領内にある遺跡を自由に調査できたのであるな」
俺は納得がいった。
彼は、心の奥底から学者であった。
ただ自分の知識欲を満たすために行動し、それで発生する周囲への迷惑など考慮しない。
マッドサイエンティストまではいかないが、典型的な学者なのかもしれない。
そしてこういう人は、欠けている部分があるからこそ成果を挙げたりするのだ。
ニュルンベルク公爵との契約に従って地下遺跡発掘で得た品を修理し、それが戦場で猛威を振るった。
内乱に加担はしているが、それをしたのはあくまでもニュルンベルク公爵である。
巨大ゴーレムでの戦闘も自衛のためという考え方もあり……いや、彼の出自を考えるとやっぱり安易には処刑できない。
「もういい。もし逃げたりこちらに害を成そうとしても、みんなで袋叩きにすればいい話だ。この最深層にある部屋の探索が先だ。案内して貰うぞ」
「任せてくれなのであるな。まずは、この壁に刻まれた装飾の文様であるが、これは古代魔法文明時代後期では一般的に……」
「そっちの考古学の解説じゃない」
魔族は、いきなり地下遺跡の壁の文様について解説を始めようとする。
今は意味がないので、慌てて発掘品のありかの方に話を誘導した。
「発掘品の方であるか? もう調査も終えて学術的な価値を見い出せないのであるな」
「考古学者であるあんたはそうでも、現実の世に生きているとその価値を必要以上に見出そうとするのがいるから処分が必要なんだ」
「わかったのであるな」
魔族は、まずは巨大ゴーレムが壁を破って現れた部屋の奥へと案内する。
そこには、全高十五メートルほどの巨大なアンテナとタイプライターが融合したような装置が置かれていた。
「これが、『移動』と『通信』を阻害する装置?」
テレーゼの忠告で、魔法を撃ち込んだのがよかったようだ。
アンテナの一部が壊れて、妨害波を発射できなくなっていた。
「直せばいいのであるかな?」
「いるか。こんな魔道具」
俺の唯一の長所である魔法を阻害する装置など、わざわざ残す価値も無かった。
「壊すのは構わないのであるが、先に使える部品などを取っておく事を勧めるのであるな」
高度な魔道具は様々な部品の集合体であり、他の魔道具に流用可能な物も多い。
いきなり壊さず、そういう部品を取ってから壊すべきだと魔族は忠告をする。
「特に、この装置に使われている魔晶石は巨大なのであるな」
「あんたが装置で使う魔力を供給していたんだよな?」
「我が輩には、本職の調査や分析、それに発掘品の修理やメンテナンスの仕事もあったのであるな。だから、常にこの装置の傍にいるわけにもいかず。巨大な魔晶石に大量に魔力を込めて装置を発動させていたのであるな」
魔族が装置の裏側に付いたハッチを開けると、そこには巨大な魔晶石が設置されていた。
「早く壊すか……」
俺の命令で、エルが率いていた兵士達が最下層にある魔道具などの回収を始める。
破壊されたブレス発生装置と巨大ゴーレムの残骸、他にもそれらの部品やよくわからない試作品らしいゴーレム、武器のように見える品など多くが集められてくる。
「技術解説や修理ならば可能であるな」
「ならばよし」
俺は、集めた物を全て魔法の袋に仕舞う。
元々戦利品の扱いは、ここが帝国領とはいえ俺にあった。
内乱終了後、ニュルンベルク公爵領から接収した魔道具によってペーターが帝国軍を強くし過ぎると、今度は王国との戦争になる可能性もあるので全てこちらで鹵獲だ。
あとは……。
「アーネスト・ブリッツ。何とか変装できないのか?」
「我が輩の名前を憶えているのは感心であるな。変装は可能であるな」
「では、人間に化けろ」
この魔族をペーターに渡すわけにはいかない。
こいつは未盗掘の地下遺跡が発掘できれば満足なので、そのためにどんな悪党とだって手を結んでしまう。
だから、王国なりバウマイスター伯爵領に匿って魔族に関する情報を聞く必要があった。
ここ一万年近く、この大陸に魔族は姿を見せていない。
それなのに俺が魔族など連れていたら、すぐにその裏事情がバレてしまう。
「古代魔法文明時代には、変装用の魔道具も存在していたのであるな」
アーネストはポケットから一個の指輪を取り出して、それを指に填める。
すると、どこにでもいそうな中年男性兵士に変装していた。
「これで安全であるな。ただ、唯一の懸念があるのであるな」
「懸念?」
「そう、懸念なのであるな」
アーネストは、テレーゼに視線を向ける。
名誉付きとはいえ、帝国貴族であるテレーゼがペーターに漏らせばすぐにバレてしまうとその顔が語っていた。
「そのような心配は無用じゃの。妾は帝国を出るし、そもそも次期皇帝の座をペーター殿に奪われた身じゃ。義理など一セントとてありはせぬ」
「なるほど、それは納得なのであるな」
最下層での始末を終えた俺達は、ニュルンベルク公爵の死を宣伝しながらいまだ激闘続く地下要塞内を駆け巡る。
両軍の戦闘は、主に最下層よりも上にある軍駐屯所や建設中であった居住区がメインであった。
特に、ニュルンベルク公爵家館が置かれている場所では、熱狂的な彼の家臣や兵達が残存する自爆型ゴーレムやブレス発射装置を据えて奮戦し、攻める帝国軍に多大な犠牲を与えていた。
「降伏しろ! お前達の親玉は死んだぞ!」
「くだらぬ嘘を言うな! お館様は最下層に新兵器を取りに行かれたのだ!」
俺の降伏勧告に、屋敷周辺の防衛を担当している重臣が怒りを露わにしながら答える。
ニュルンベルク公爵が死んだなど、意地でも認められないのであろう。
「これを見ろ!」
俺の指示で、ニュルンベルク公爵の遺体が曝される。
首を斬り落として見せてはという意見もあったのだが、それをすると彼らが感情的になる可能性がある。
だから、そのまま遺体を曝した。
「お館様!」
「嘘だ! よく似せた偽物だ!」
「そんな時間はない! 本物のニュルンベルク公爵だ! 彼の野望はこれで終わった。旗頭がいなければもはや野望の成就は叶わないのだからな。残された君達には潔い態度を望む」
「……どうする?」
「最後の一兵まで戦うさ!」
「でも、そんな事をして何の意味がある?」
俺の説得に、残された反乱軍の指揮官や兵士達は意見が割れて言い争いを始める。
そして、遂に最上級者が決断した。
「もやはこれまで。降伏する……」
この後も戦闘が続く各地に移動して説得を行い、地下要塞攻略作戦開始から十八時間後、全ての反乱軍が降伏して戦闘が終了する。
帝国軍の戦死者七千八百五十七名、反乱軍の死者五千六百七十八名。
共に大きな犠牲を出した戦いではあったが、これでようやく帝国の内乱は終了するのであった。