第百一話 陸亀王レインボーアサルト
自らの野心を俺達に対して隠しもしない現皇帝の三男ペーターは、屈強な剣士と凄腕の魔法使いの他に、十名ほどの護衛を連れて共にサーカットの町に到着した。
公的には、俺達余所者がサーカットの町で悪さをしていないか皇帝陛下の御三男であるペーター殿下が視察を行うためだそうだ。
ただ、皇帝も兄達も取り巻きの連中も、彼には何も期待していないそうだ。
『兄達は、それはクソ親父に対して猫を被っているからね。人を見る目が無いクソ親父には孝行息子に見えるのさ』
帰りの街道上で、ペーターが馬に乗りながら今回の同行について事情を説明する。
ペーターを視察に出す事を皇帝に提案したのは、その優等生な兄達らしい。
『僕は母親が平民だし、元から期待されてもいない。同じような連中を連れて下町で遊びながら串焼きを食べていたら侍従が卒倒してね。クソ親父も、生まれた家が何たらとか五月蝿いからさ。無視したら嫌われてね』
皇家の子供がそんな言動をすれば、間違いなくおかしいと思われるはずだ。
『僕の取り巻きだってみんな妾腹で、十五男とかもいるし。見栄を張る余裕も無いのに五月蝿いよね』
おかげで、ペーター達のグループは不良集団という評価を皇宮内で受ける事になる。
ただ、皇族や貴族から見て粗野で素行が悪いだけで、別に帝都の臣民達に嫌われているわけはないそうだ。
むしろ、気さくで付き合い易いという評価を受けている。
これは、マイヤー商会の当主が帝都を離れる時に見送りに来て俺に言った事であった。
『別にいつも羽は伸ばしているけど、帝都の外に行けるのはいいね。クソ親父や兄達がいないから』
サーカットの町に到着すると、出迎えてくれたみんなは付いて来たペーターとその一行に驚いているようだ。
まさか、皇帝の三男が来るとは思っていないかったのであろう。
魔導通信機も使えないので、こういう点でもあの装置は不便であった。
みんなに事情を説明してからまずは護衛達を宿舎に案内し、ペーター、マルク、エメラの三人は俺達が寝泊まりしている屋敷に案内する。
俺達は野戦陣地にいた時と同じように、砦の中に石造りで大き目の家を建てて引っ越していたのだ。
「初めまして。ヴェンデリン様の妻のエリーゼと申します。殿下におかれましては……」
「そういう堅苦しい挨拶はいいよ。ここには、ヴェンデリンの私的な関係者しかいないのでしょう? それにしても、噂通りに美しい人だな。というか僕と同じ年なのに、もう奥さんが五人もいるんだ。羨ましいなぁ」
「ええと、随分と砕けた人なのね。ヴェル」
「会う度に息苦しいよりはいいじゃない」
イーナからすると、彼女の中の殿下像が崩れてしまうのであろう。
それほど、ペーターは変わり者というわけだ。
ルイーゼは、堅苦しい奴よりは好きという感覚だ。
「現皇帝の三男だから婚姻が面倒なだけで、その気になれば何人でも妻を持てる」
「ヴィルマちゃんの言う通りなんだけど、僕としては皇宮にいる飾り人形に興味は無いんだよね」
ペーターは先ほど自己紹介したばかりのヴィルマを、すぐにちゃん付けで呼んでいた。
ヴィルマは少しだけムスっとした表情を浮かべていたが、すぐに興味を隣に控えているマルクに向ける。
「強そう」
「マルクは帝国最強の剣士だからね。それで、マルクの方は勝てそう?」
「難しいですな。その……。ここは何なのですか?」
マルクは、俺の妻達を見て珍しく表情をわずかに崩した。
「エルヴィンも相当に曲者なのにね。戦闘能力が尋常で無い人ばかりで、ちょっとビックリだよね」
私的な空間なので、ここには普段のメンバーしかいない。
凄腕の剣士マルクは、イーナ、ルイーゼ、ヴィルマ、ハルカと見て溜息をついていた。
エメラも、カタリーナ、ブランタークさん、導師と視線を送って警戒感を露わにしている。
「エメラ、模擬戦闘とか腕試しとかは無いから大人しくね」
「はあ……」
「エメラは、僕に対する忠誠心と愛情に満ち溢れているからちょっと過敏になっているんだ」
「あくまでも仕事です。特に愛情などはあり得ません」
「二人きりにならないと普段はちょっと冷たい口調になるけどね。本当は僕に対する愛情が一杯なんだよ」
「殿下の妄想も相変わらずですね」
相変わらずこの二人の関係が良くわからないが、自己紹介も終わったので俺はペーターからの提案をみんなに説明していた。
「伯爵様、テレーゼ様を見捨てるのか?」
「見捨てませんよ。ただペーターが皇帝の方がしっくりとくるからです」
ブランタークさんは、十年前に出会った少女の頃のテレーゼに引き摺られている部分がある。
自分では気が付いていないかもしれないが、これは実は導師も同じであった。
「某も、テレーゼ様に甘いと?」
「ええ。他に候補者がいなければテレーゼでも良かったのですが……。俺はペーターを知ってしまいましたからね」
能力以前に、こいつは『いい性格』をしている。
時には他の人達の思惑など無視して自分の思う通りに事を進められないと、皇帝など務まらないというわけだ。
特に、今は戦時なのだから。
「運命の恋人同士が出会った時のような言い方だけど、僕にそういう趣味は無いから」
「それは、言わなくてもわかるだろうに……」
俺だって、男性に性的な興味などない。
「ヴェンデリンには綺麗な奥方が五人もいるからね。誤解を招くような発言は訂正していかないと」
「そいつはありがとうよ」
「伯爵様、本当に殿下でいいのか? テレーゼ様は北部諸侯達の支持も厚いぞ。初の女帝かもと期待している人達も多い」
「初の女帝か。いい響きだね」
ペーターが言うように、地球でもこの手の話はよくあった。
女性が政財界などで偉い肩書きを得ると、みんなが無条件に何かが変わると思って期待をする。
女性ならではの視点とか、必ずそういう話が出る。
この世界でも、そういう風にテレーゼを見て支持している人達がいるというわけだ。
「女性だからと肯定的に捉える人と、否定的に捉える人がいますけどね。性別の問題ではなくて、単純に能力と気質の問題からです。そもそもこの混乱の責任は、皇帝を引き摺り下ろせなかったテレーゼの甘さにある」
北部諸侯達の中にも、それを感じている連中は多いはずだ。
「その責をテレーゼに問おうとしても、皇帝には微妙な腰巾着連中がいますからね。彼らは、皇帝の対抗馬としてのテレーゼに今は縋るしかない」
今さら皇帝に擦り寄っても、美味しい思いは出来ないからだ。
「問題は、この流れを全てニュルンベルク公爵が理解して仕掛けている事ですね」
反ニュルンベルク公爵派が割れてしまっているのだ。
彼からすれば、あとは時間差をつけて倒していけばいい。
「これを再統合するのに、テレーゼでは中央の連中が納得しませんよ」
「かと言って、殿下でも北部の連中が納得すまい」
「しますよ。アルフォンスがさせます」
「伯爵様。まさか……」
「テレーゼには、フィリップ公爵位から引退していただきます」
「正気か?」
「正気です。彼女としても、他に候補がいるのならこんな事からは降りたいのでは?」
みんなが期待しているから、懸命に努力して良い選帝侯、次の皇帝候補として頑張ってきた。
だが、そこに彼女の意思はあったのかと思ってしまう。
「テレーゼしかいないのであれば、可哀想ですが無理矢理にでもやらせます。ですが、ここに皇帝になりたい野心家がいるのですから」
「ヴェンデリンが言うと、皇帝の座すら面倒な義務にしか聞こえないね。僕には野心もあるけど、今の帝国の状況が極めて良くないと理解しているんだ。反乱さえ起らなければ、僕は出来損ないの三男で終わったのにね」
「というわけですが、ここにいる人達以外への情報漏えいは禁止です。ハルカ。悪いが、ミズホ上級伯爵に知らせないで貰えると嬉しい。エルの婚約者である以上は理解しているよね?」
「はい。私はエルさんの婚約者で、バウマイスター伯爵家の人間になるのですから」
ハルカは、俺の要請を受け入れた。
最悪漏れる事も覚悟しているが、ミズホ上級伯爵ならバカな真似はしないであろう。
彼らとて、早く内乱を終わらせて普段の生活に戻りたいのだから。
「おおっ! これが噂に聞く『ミズホ撫子』か! エルヴィンもいいな。綺麗な奥さんで」
「ええと。まあ……」
エルは、基本的にペーターの底の知れ無さに恐怖しているので、彼の軽口にも口籠る感じで答えている。
「私が『ミズホ撫子』……」
その隣にいるハルカは、恥ずかしそうに顔を赤く染めていた。
俺も初めて知ったが、『ミズホ撫子』とは相当な褒め言葉のようだ。
『大和撫子』と同じなのであろう。
「クソ親父が情けなくも輿に乗って帝都を出る一週間前に、僕もヴェンデリンが出す軍勢と一緒に帝都に戻るから」
そういえば、軍を率いて帝都近郊に駐屯する必要があったのを思い出していた。
「あとは、僕達で全てやるから。もう帝都に残留している人達で動いているんだけど、僕はここで適当に視察のフリをして遊ぶ事にするよ。クソ親父は甘いけど、腰巾着の中には僕に疑念を抱いているのがいるし。猜疑心だけ強い腹心とか嫌だね」
ペーターの話はそこで終わり、夕食の時間になったので、彼らはそのまま屋敷に残ってエリーゼが作った料理を食べ始める。
懇親の意味も込めて食事に招待したのだ。
「久しぶりだから余計に美味しく感じるな。帝都の高級料理も良かったんだけど」
「ありがとうございます。あなた」
最近ではミズホ料理も徐々に習得しつつあるので、俺はエリーゼの料理の虜になっていた。
たまに自分で新料理を開発したり、男の料理をしてみるのだが、やはり腕前の差でエリーゼに軍配が上がってしまうのだ。
「エメラも結構上手なんだけど、エリーゼ殿には勝てないかな。ヴェンデリンの奥さんは凄いな」
ペーターは何度もお替りをしながら、エリーゼの料理を食べ続けていた。
「料理は雇っている料理人に作らせるのが貴族だとよく言うけど、出来ないよりも出来る方が単純に凄いよね」
「ありがとうございます。殿下」
エリーゼも、ペーターから褒められて満更でもないようだ。
「マルクが普通に食べているからね。彼の奥さんは料理が上手だから、少しでも気に入らないと全然手を付けないんだよ」
寡黙な眼光鋭い剣士マルクは、ゆっくりと味わうようにして料理を食べ続けていた。
「ハルカ、タケオミさんなら勝てるかな?」
「いいえ。私は勿論、兄様でもわずかに及ばないかと」
ハルカもマルクの剣の腕前を見切って、とても自分では勝てないと思っているようだ。
「僕の自慢の家臣なんだ」
「それで、ペーターの剣の腕前は?」
「うん、さすがにヴェンデリンよりは上手だよ。僕の剣の師匠はマルクだから」
「俺に剣など不要さ」
「完全に負け惜しみだね」
悔しいが、正解である。
ペーターはどう見ても剣の達人には見えないので、俺では勝てないと言われると微妙に腹が立つのだ。
「五月蠅いやい。武芸大会予選一回戦負けを舐めるなよ」
「僕が出たとして、三回戦くらいまで行けるかな?」
ペーターが気さくな人物であったために、その日の夕食はとても楽しい時間となったのであった。
「私は、事が起こるまでは冷静に普段の仕事と魔法の鍛錬に励むだけですわ」
「カタリーナの殊勝な一言」
「ヴェンデリンさんは、最近少し稽古をサボリ気味では?」
「サボリというか、魔力をほぼ全て使ってしまうから稽古が出来ない?」
翌朝、早く起き出してカタリーナと共に魔法の鍛錬を久しぶりに行う。
このところ、磁器造りに全ての魔力を持っていかれてあまり鍛錬をしていなかったのだ。
「魔力はまだ上がっているんだ」
「相変わらず、魔力の量がデタラメですわね」
二人とも、五十メートルほど離れた場所に置いた岩を狙って『ウィンドカッター』を放つ。
命中するのは当然として、どう綺麗に岩を切り裂くかで魔法の精密さを訓練しているのだ。
「本当、羨ましい限りだ」
「お師匠様、おはようございます」
「俺も土木工事ばかりしているけどな。だからたまには練習でもするかなと思ってな」
ブランタークさんも姿を見せ、彼も『ウィンドカッター』で岩を狙う。
岩は、まるでアーモンドをスライスしたように均等に切り裂かれていた。
「薄いですね。しかも全部均等だ」
「伯爵様やカタリーナの嬢ちゃんがこの域に達するには、まだ時間がかかるな」
岩を、向こう側が透けて見えそうなほど薄く切り裂き、しかも全て同じ厚さにすべてに揃えている。
亡くなる直前の師匠ですら、ここまでの精度を持っていなかったはずだ。
数十年も鍛錬を続けた成果が出ているのだ。
「伯爵様は厚ぼったいな」
「ううっ……」
前に魔法の披露で岩をサイコロ状にしたが、ブランタークさんのように極限まで薄くスライスするのは難しい。
その細かいコントロールが、俺への課題というわけだ。
「カタリーナの嬢ちゃん。横に切り裂くはずが、斜めだの縦だのとバラバラじゃないか。もう少し精進しないとな」
「なかなか上達しませんわね」
共に、まだまだだとブランタークさんに注意されてしまう。
普段は酒ばかり飲んでいるように見えるブランタークさんであったが、伊達に師匠の師匠ではないのだ。
簡単に教えた程度の人を合わせると、王国内に彼の弟子は数百人もいるのだから。
「おはようございます」
「おう。おはようさん。お嬢さん」
暫くブランタークさんから指導を受けていると、そこにエメラが姿を見せる。
今は一人のようで、こちらの訓練の様子を興味深そうに見ていた。
「やってみるか?」
「宜しいのですか?」
「普通の訓練だ。特に秘密にするものでもないよ」
「ありがとうございます。では」
今朝もエメラは、クールビューティーさを貫いていた。
ブランタークさんに勧められて訓練に参加する。
涼しい顔で『ウィンドカッター』を放つと、風の奔流が標的の岩を切り裂く。
切り裂かれた岩を見に行くと、少しブランタークさんの物よりも厚かったが岩は均等に切り裂かれていた。
「やるな」
「まだまだです」
「いや。お嬢さんは二十歳前だろう? その若さでその精度は凄いよ。しかし、魔力の量といい、ブラッドソンは気が付いていなかったのかな?」
ブランタークさんは、なぜこれほどの魔法使いが今まで自分の目に留まらなかったのかを疑問に思っていた。
魔法の披露会にも顔を出していないので、それを不思議に思っているようだ。
「いえ。短い期間でしたが、ブラッドソン様には親切にしていただきました」
エメラは、帝都から少し離れた魔物の領域近くの村で生まれたそうだ。
両親は冒険者が狩ってきた魔物を解体販売する解体屋を営んでいて、子供の頃に魔力があるとわかった時でも、自分は魔物に携わって生きていくと思ったらしい。
「一年ほど前までは、実家に住んで狩りばかりしていましたね」
近隣の冒険者予備校に通い、卒業後は狩りばかりしていたそうだ。
「両親は解体する魔物が沢山あると喜んでいました。父も母も兄も、魔物を解体するのが大好きなので」
「そうなんだ……」
解体マニアという人種の存在を初めて知ったような気がする。
「私も、貴族様に仕えるとかは苦手でして……。狩りは黙々と出来ますし……」
性格的に宮仕えが合わないので、一人冒険者として黙々と狩りをしている間に魔力が増え、魔法の精度も上がっていった。
確かに、彼女ほどの実力があると、貴族に仕えて堅苦しい日々を送るよりも魔物でも狩っていた方が金になるのは事実であった。
「でも、その生活を捨てたと?」
「ペーター様が何度も勧誘してきまして」
直接何度も家に来て勧誘されてしまい、遂に根負けして受け入れてしまったのだそうだ。
「私は、『あなたの護衛しかしませんよ』と言ったのですが、本人は『僕だけ守ってくれるんだ。僕って愛されているね』と一人喜んでいまして……」
「ヴェンデリンさん、あの殿下は本当に大丈夫なのですか?」
カタリーナは、脳内がピンク色の妄想で溢れているペーターに不安を抱いているようだ。
俺は、彼がこうなるのはエメラに対してだけなので大丈夫だと思っているのだが。
「私は無愛想で、バウマイスター伯爵様達が出た魔法の披露会にも出るのを断りましたし……」
エメラは美人で、魔法使いとしての実力も高い。
帝国政府としては売り出したい逸材だったのであろうが、ようやく仕えたのが皇宮では評判の悪い三男坊で、常に彼の傍を離れないので宣伝のしようがない。
実力的には格下の、あのクソみたいな四兄弟を推していたのにはそういう事情があったのであろう。
「ブラッドソン様だけは、『魔法使いなんて好きにやればいいのさ』と仰ってくださって……」
ブラッドソンさんはエメラの実力を認めていたが、彼女があまり表に出たくない性格をしているのに気が付いて、それを尊重してくれたようだ。
「ですから、ブラッドソン様を討ったあの四兄弟を倒したバウマイスター伯爵様達に感謝しているのです。本当にありがとうございました」
エメラが神妙な顔でお礼を言うが、やはり美人はどんな表情をしても美人だなと感心してしまう。
「(イテテッ! カタリーナ、なぜに?)」
「(顔がにやけていますわよ)」
ヤキモチでも焼いたのか?
俺は、カタリーナに腕をつねられた。
「あの兄弟は、狂犬が噛みついてこようとしたから返り討ちにしただけだし、俺は一人しか倒していないしね」
「それでも、バウマイスター伯爵様には余裕があったのでは? 私やブランターク様やカタリーナさんでは、一人か二人を倒すのが限界だと思いますから」
エメラの言う通りに、あの四兄弟ならば俺一人でも余裕で倒せたはず。
彼らと同じ魔力量を持つ魔法使いでもっと手強い人は沢山いたのに、彼らの弱さは何だったのであろうかと思うほどだ。
きっと、甘やかされていたからなのであろうが。
「ブランターク様の精密さに、バウマイスター伯爵様の器用さと強力さにと。私もまだ学ぶ事が多いと思います」
それからは、朝食まで四人で訓練を続けていく。
「そういえば、導師様はどちらに?」
「導師は、こういう訓練は性格的に合わないから」
性に合わないのと、自分の長所を殺す事になると、朝から馬に乗って魔物の領域に出かけてしまっている。
現地では兵士達が交替で寝泊まりしているので、それに合流する予定だ。
訓練で兵士に犠牲が出ないように、彼がフォローを行っているというわけだ。
「物凄い方なのですね」
「物凄いね。他にあんな人はいないし」
「真似は不可能ですわね……」
真似したいとも思わないけど。
カタリーナも、きっとそうであろう。
「是非、一度一緒に狩りに行きたいですね」
「えっ!」
「何か不都合でもあるのですか?」
「そうじゃなくてね……」
俺もブランタークさんも、導師主導の狩りのせいで複数回酷い目に遭っているので、つい身を引いてしまうのだ。
「試しに一緒にやってみればいいさ」
「(ブランタークさん?)」
「(実際に経験しないとわからないって)」
「(そうですわよ。私も被害者の一人として言わせて貰えば)」
カタリーナは俺に狩猟勝負を挑んだのに、いつの間にか参戦した導師に主導権を奪われて勝負自体が有耶無耶というか、どうでも良くなってしまっている。
とにかく自分のペースに他人を巻き込むので、心身ともに疲れてしまうのだ。
「楽しみですね」
普段は無表情のエメラの顔に笑みが浮かぶ。
どうやら、相当に狩りが好きなようだ。
「(狩猟ジャンキーなのか?)」
それを確認するためではないが、俺達は朝食後に魔物の領域に出かけてみる事にする。
その前に、帝都行きの間に減った白磁用の粘土を調合し、成形と絵付けを終えた磁器を魔法で焼成する。
全てをこなすと魔力の量は半分ほどまで減ってしまうが、狩猟にはあまり影響はないはずだ。
「噂通りの魔力量ですね。凄いです」
行きの馬の上でも、エメラは俺の魔法に感心していた。
現場に到着すると、そこでは数千名の兵士達が陣を張っている。
彼らは順番に二十名ほどで領域に入って魔物を狩るのだ。
訓練にもなり、食料も確保でき、素材や採集物も売れるので一石四鳥くらいの効果があると思う。
「怪我をした方は?」
「エリーゼ様、ここに」
怪我人は多いが、それは治癒魔法使いを常時置いて対応していた。
今日はエリーゼが付いて来ていたので、早速彼女が治療をしている。
「聖女の二つ名は伊達じゃないね。凄い腕だ」
エメラと共に付いて来たペーターが、エリーゼの治癒魔法の腕前に感心していた。
「それはいいが、ペーターは狩りに参加するのか?」
「するよ」
「大丈夫か?」
「大丈夫だって。マルクもいるから」
肝心なのは、護衛の実力では無くて本人の強さだ。
不意を突かれるという可能性もあるので、本人もある程度の実力が無いと安心して連れていけない。
「マルク殿、本当に大丈夫なのか?」
「殿下は剣の達人なので」
「そんな話、聞いた事が無いぞ」
ブランタークさんは、ペーターの情報を少しは持っているようだ。
ペーターの武芸や勉学の成績は、真面目にはやっているが並程度。
これが周囲からの評価であった。
「何を言っているの。僕が兄達よりも剣や学問に優れていると評価されて何かいい事ある?」
「無いけどな」
下手をすると暗殺でもされかねないので、完全に見捨てられない程度の成績を示していたそうだ。
「それに、狩りには慣れているし」
導師の行方を聞くと、彼は大物を求めて森の奥に入っているそうだ。
早速入ってみるが、ここ数か月毎日狩りをしていたせいであろうか?
えらく獲物が少ない。
たまに出没するが、それらは……。
「取り過ぎじゃない?」
猪型の魔物は、俺達に突進する前にルイーゼが上空からひじ打ちを落として一撃で倒した。
相変わらずの早業である。
「このくらいの密度の方が安全に訓練できる。全部、導師のお仕事」
もう一匹の鹿型の魔物も、ヴィルマが狙撃用の魔銃で脳天を撃ち抜いて倒していく。
彼女は、何度か細かい改造を重ねた狙撃型の魔銃を上手く使いこなせるようになっていた。
「それが噂の魔銃だね。僕も欲しいな」
「それは、ミズホ上級伯爵に言ってくれ。俺達も簡単な仕組みはともかく、製造に関してはチンプンカンプンだから」
こちらもデータ収集のために、何とか借りている状態なのだから。
俺に貸しておくと、魔力が補充し放題でヴィルマがバンバン撃ってくれるから貸してくれているわけだ。
一見、仕組みが簡単で帝国にもコピー可能なように見えるが、その試みは全く上手くいっておらず、だからニュルンベルク公爵も戦場に出していなかった。
「普通の魔銃でも週に一度、この試作型は三日に一度はメンテが必要だから」
「撃てなくなるの?」
「ただ撃つだけなら一週間は大丈夫だと思う。でも、暴発の危険性があるから駄目だとさ」
「ちなみに、暴発するとどうなるの?」
「腕とか頭が吹き飛ぶかもって」
「そうなんだ……」
多分、魔銃普及のネックの一つに素材の強度問題があるのだと思う。
ミズホ伯国でも、実験中に暴発して多くの死傷者を出し、その犠牲の上に普及しているのだと前に話を聞いた。
「残念だね。じゃあ、僕も狩りをしようかな」
ペーターは持参した弓を番えてから、木に止まっていた『ハクレイドリ』を一撃で射ち落とす。
一応魔物のカテゴリーに入っていてたまに嘴で頭を突かれるが、それで大怪我をする事もない。
この地方独特の魔物だそうだが、肉が美味しいので初心者には人気の獲物であった。
「良い腕だな」
「こうやって小遣い稼ぎをしていたのさ」
ペーターは皇家の三男なので、それなりにお小遣いは出ている。
だが、取り巻きや御付きの人数を増やすには全然足りなかった。
「狩猟は副業なのさ」
同じような立場の、貴族の次男・三男以下に商人の子供などで集まって帝都郊外の森などで狩りをしていたそうだ。
「満足に給金も出せないからね。みんなで集団で狩りをする」
「一種の軍事教練にもなり、肉は食べられるし、素材も売れるか」
「皇家のバカ息子が愚連隊を連れて遊んでいる設定だから、素材の売り先はマイヤー商会だったのさ」
「あの当主、やっぱり曲者だな」
「一年ほど前から僕は援助して貰っている。向こうは、保険のつもりなんだろうけどね」
帝都でも有数の豪商で政商な彼はペーターの器量に気が付き、あとで何かの役に立つかもしれないと密かに援助していたのだから。
素材の売却益に、他にも彼は同志兼家臣達に命じて副業を行わせて金を貯めていたと思われる。
実家に気が付かれると困るので、偽装とマネーロンダリングはマイヤー商会の仕事だったのであろう。
「町中で磁器を売るならマイヤー商会がいいと聞いたが、俺は上手く誘導されたな」
「マイヤー商会は貴族相手にはえげつなく稼ぐけど、庶民には薄利多売でそう嫌われていないよ。クーデター後に、火事場泥棒をほとんどされていないし」
あの規模のクーデター騒ぎともなれば、貧民街の住民などがドサクサに紛れて商家などに盗みに入るのが普通だ。
それで被害を受けた商会は多い。
商売あがったりなので、商人が政権の安定を望む最大の理由であった。
そのために政権に癒着していると思われて、権力者が没落すると時に運命を共にしてしまう政商も多いのだが。
「貴族、軍人、商人とシンパはいるのか。ペーターが成功する事を祈るよ」
「勿論成功させるよ」
どんどんと魔物の領域がある森を進んでいくが、やはり獲物の数はまばらであった。
元からそれほど大きい領域では無いのと、常に数千の軍勢が駐屯して訓練がてら魔物を狩り続けたのだ。
導師が率先して間引きを続けていた事もあって、俺達一行は話をしながらでも余裕で奥まで移動する事に成功していた。
「導師……」
「暇そうにしていたからな」
王国人なので、帝国人主体で増加した軍や統率は任せられないし、かといって王国軍を任せるのもどうかと思ってしまう。
治癒魔法が使えるのでそちらにとも思ったが、それはエリーゼ達でも十分にこなせるし、統治の手伝いや工事などにも適性が無く。
ここ暫くは、この領域での討伐に集中していたようだ。
「噂に聞いたけど、王国の筆頭魔導士殿は凄いな。この領域の魔物が絶滅寸前だよ」
「あの……、それで宜しいのですか?」
常識人であるエメラが、俺に心配して聞いてくる。
「この領域自体はなくなってもいいみたい。代官がそう言っていた」
「町の拡張に邪魔だからね」
町自体の拡張に邪魔というよりも、この領域が中央北部にある直轄地や小領主連合地域とのアクセスを邪魔している点が問題なのだそうだ。
「それなら、ボスを倒して解放すればいいのに」
「予算の問題とか、優先順位とか色々あるんだろう」
「ブランターク殿の言う通りだね。今までは副都扱いされているアルハンスが優先だったから。サーカットは、ヴェンデリンが広げるまではイマイチな町だったからね」
「なるほど。この領域を解放すれば、サーカットの町と南を流れる川との水運、そして開発が遅れ気味の中央北部が一丸となって開発が進むと」
さすがというか、エメラはお抱えに相応しくその分野の勉強もちゃんとしているようだ。
「というわけなので、バウマイスター伯爵よ。戦いの時間であるぞ」
「導師……」
そこに今まで姿が見えなかった導師が現れ、みんなの顔を見て満面の笑みを浮かべていた。
「この数か月、某は毎日率先して魔物を狩り続けて数を減らしたのである。あとは、某が把握済みのボス『陸亀王レインボーアサルト』を始末するのみ」
「この領域のボスって、竜じゃないんですね」
「本来、大亀系のボスは入門編扱いの一番弱いボスなのであるが……」
「ああ、わかります。ひっくり返せば良さそうに見える」
アンデッド、老成、金属、巨岩と。
竜は竜でも常識外れの個体ばかり相手にしてきたので、陸亀くらいなら簡単にいけてしまうのではないかと思ってしまったのだ。
「あの、お二方……。領域のボスに入門編も何も……」
「嬢さんよ。俺も含めて、三人で竜は複数相手にしているから」
「私は、飛竜までしか相手にした事がありません」
「普通はそうだろうな。それで別に変じゃないし」
エメラは、俺達の魔物討伐経歴の濃さに絶句していた。
「それよりも、俺達はただ視察に来て『軍の訓練の状態はどうかな?』とか、『ちょっと狩りをして帰りましょう』とかで終わる予定だったのに。そういう大行事があるなら先に言ってくださいよ」
無駄だとは思いつつも、一応導師に苦情を述べておく。
「バウマイスター伯爵、今伝えたので宜しくなのである」
「俺の魔力は、今半分くらいの量なのですが……」
「『陸亀王レインボーアサルト』の討伐は、明日の予定である」
「計画が既に立っている!」
「我が親友ギルベルトと共に立てた計画である」
編成・訓練途上の帝国軍を率いるボンホフ準男爵が、その達成度を見たいと今回の計画を立てたらしい。
「一万五千人を動員してこの領域を囲み、我らが『陸亀王レインボーアサルト』を倒した後に散ってしまう魔物を討つ予定になっておる。魔物自体は、大分減らしたのでそう犠牲も出ないであろう」
導師が数か月も討伐に専念したのだ。
この狭い魔物の領域では、絶滅寸前にされても不思議は無かった。
「まあいいですけど、その陸亀王レインボーアサルトってどんな魔物です?」
「少し甲羅が特殊な大陸亀なのである」
齢千年を超える老陸亀で、全長は三十メートルほど。
常に甲羅がレインボー色に輝いていて、それが全属性魔法を完全に防いでしまう。
更に、甲羅には百を超える突起が付いていて、そこから魔法の矢を大量に発射するらしい。
「この特性のせいで、今までに何度も討伐が失敗しているのである。防御力が恐ろしく高いわけであるな」
「対物理、対魔法。共に対応する甲羅ですね」
「亀ゆえに行動範囲が極端に狭いので、こんな町近くの領域で君臨しておるわけであるが……」
領域のボスの強さは、ほぼ領域の面積に比例する。
この程度の広さの領域だからこそボスは陸亀であったが、彼は王と呼ばれるほど長生きして君臨し続けているというわけだ。
「レインボー色に輝く魔法を跳ね返す甲羅か。導師。魔法以外の攻撃はどうなのです?」
「元々、陸亀の甲羅を武器や打撃で壊すのは困難である。過去には巨大な投石器を運用した例もあったそうだが、それでも失敗したそうである。魔法も『ファイヤーボール』を連発した程度では甲羅に閉じこもって終わりであるから、我ら高威力の魔法が使える魔法使いが重宝されるわけであるな」
威力の高い魔法で攻撃する。
甲羅を破壊可能なほど強固な魔法で攻撃するか、高温の魔法で蒸し焼きにした偉大な魔法使いが過去にはいたそうだ。
「ところが、甲羅がレインボーに輝く陸亀王レインボーアサルトには魔法が通じないゆえに」
虹色に輝く甲羅は、全ての系統魔法を完全に無効化してしまうらしい。
治癒魔法は効くそうだが、陸亀王レインボーアサルトはアンデッドでは無いのでダメージは与えられない。
「また厄介な魔物を……」
「ねえ。面倒だから止めない?」
「この際、それも有りよね」
面倒ならば討たなければいい。
いつもならズっこけてしまいそうなルイーゼの意見であったが、今は時期も時期なので無理をする必要が無い。
他の魔物を討伐し続ければ軍の訓練にもなるので、イーナも作戦の中止に賛成していた。
「えーーー。倒さないの?」
「今ふと思ったんだけど、ペーターが邪魔だった」
「あっ! 僕か」
「そう。魔物の特性を考えると、ペーターがいると邪魔。マルクさんも、今回に限っては役に立たない」
物理攻撃無効の陸亀王レインボーアサルトに、いくら剣の達人でもダメージを与えられるはずがないからだ。
「オリハルコン製の剣でも駄目かな?」
「過去にとっくに試した奴がいると思うが……」
「じゃあ。エメラは?」
「えらく拘るな」
「だって、あの亀の甲羅を僕が事を起こした後に帝都の広場にでも飾ったら効果絶大でしょう?」
こすい手ではあるが、俺もバウマイスター騎士領でヴィルマが仕留めたサーペントの頭を飾って領民達の関心を得た。
陳腐な手であるがゆえに、効果も絶大というわけだ。
「新しい帝都の主は、討伐した陸亀王レインボーアサルトの甲羅と共に臣民達の前に姿を見せるというわけだ」
「ペーターは倒していないけどな。倒すにしても、俺達が倒すだけで」
「ヴェンデリン。そこは、僕の有力な支持者である君の成果は僕の成果作戦でね?」
「ああ。いいよ」
「助かるよ」
「ちゃんと金払えよ」
ペーターも、あの皇帝の血を引く息子である。
完全に信用してはいけない。
代金は払えと、念を押しておく。
「勿論払うさ。でも、エメラを手伝わせるから値引きして」
「わかったよ」
こうして、俺達と訓練途上である軍と共同しての、領域解放と陸亀王レインボーアサルト討伐作戦が決定する。
「ああ。でも、導師が殴り殺せば済む問題では?」
「いやいや、それはもう試して失敗したのである」
「えっ! マジで?」
「エルヴィン少年が疑う気持ちもわからないではないが、事実なので直接目で確認するがよかろう」
俺達は、導師の案内でそのまま領域の奥へと向かう。
「導師、道に詳しい」
「ここ数か月、毎日のように探索して庭のようなものである」
「どうりで、昼間は見ないと思った……」
軍が訓練で領域に入る時に、大量の魔物に囲まれないように間引きを続けていた。
といえば聞こえはいいが、それは結果論で、毎日冒険者時代に戻ったかのように討伐に精を出していただけとも言える。
みんな、サーカットの町の開発や統治で忙しかったのに、唯一自由に行動できた人物でもあったというわけだ。
「さて。ここがそうである」
森に囲まれた領域の中心部には、開けた草原と岩場が存在していた。
そして、導師の話どおりに虹色に輝く大量の突起が付いた甲羅を持つ巨大な亀もいる。
亀は、ノンビリと草を食んでいた。
「あまり強そうには見えないね」
「みんな、最初は殿下と同じような感想を抱くのである」
草を食べ終わると、亀は岩場に移動して甲羅干しを始める。
見た感じでは、甲羅の色が派手なただのデカい亀にしか見えない。
「本当に強いの?」
「殿下の疑念を解消するため、某が戦いを挑んでみるとしよう」
導師は亀の様子を伺っていた大木の影から出ると、そのまま亀に向かって全力で走り出す。
「伯父様!」
エリーゼが思わず声を挙げるほどの危険な行動に見えるが、亀の方は導師を確認しても何もせずに甲羅干しを楽しんでいた。
「亀、余裕だな」
「ああ」
導師に攻めかかられているのに、亀は全く警戒していない。
俺とエルは、亀の度胸の良さに感心していた。
「ふんっ! 『魔導機動甲冑』!」
「あっ、久しぶり」
王都で修業していた時以来である。
ルイーゼが懐かしげな声を出していた。
「あれが噂の……」
「そう、アレが噂のです。普通の属性竜くらいなら、魔力が尽きる前に撲殺可能だと思うよ」
「あの……、属性竜を殴り殺せる人はそう世の中にいないとは思うのですが……」
「そう言われるとそうだね」
「……」
隣で驚きを隠せないエメラに声をかけると、彼女は更に続く導師の行動に視線を外せないでいた。
ハンマー型に変えた杖で、連続して陸亀王レインボーアサルトを殴り始めたからだ。
一撃ごとに、爆音のような衝撃音がこちらにまで響いてくる。
「威力が上がっているな」
「魔力が増えていますからね」
ブランタークさんの解析は正しい。
パンゲニア平原でグレードグランドを倒した時よりも導師の魔力は増えていて、ルイーゼから効率の良い格闘術まで習っているのだ。
攻撃力が増して当たり前であろう。
「凄い威力だけど、全然効いてないな」
「そうですね」
亀は攻撃されるギリギリまでノンビリしていたが、己の危機が迫ると甲羅に頭と足を引っ込めてしまった。
亀らしい防御方法であったが、強固な甲羅が導師の攻撃を全て防いでしまっているようだ。
「あの攻撃を防ぐとはな」
「ちょっと特殊な甲羅ですね」
魔法のみならず、物理的な衝撃まで全て防いでしまっているようだ。
「俺はこう考えるんだ。あの甲羅は、物理攻撃も完全に防いでしまっているのだと」
「例えば、亀をひっくり返してその下で薪をくべながら火の魔法を長時間発動させるとどうなるのか?」
普通の陸亀なら蒸し焼きにされてしまう。
陸亀王レインボーアサルトの甲羅が魔法しか防がないとしても、いつかは蒸し焼きにされてしまう可能性が高い。
なぜなら、魔法自体は防いでもそれによって発生した熱を防げる可能性は低いからだ。
「この方法を試さなかった奴はいないと思うんだ」
「あとは……。あの方法も駄目か……」
導師が大量の魔力を全身に流して身体機能を強化し、巨大な亀の甲羅を持ち上げて上空へと放り投げた。
あの巨大な亀を数十メートル上空まで放り投げる導師のパワーは、デタラメとしか言いようがない。
引っ込んだままの亀の甲羅は、下にある岩場に落ちて派手な激突音を立てる。
岩の方は粉々に砕けたが、甲羅には傷一つ付いていなかった。
「限界であるな」
今の攻撃で、導師の魔力は限界に達してしまったようだ。
急ぎこちらに走って来てから、『魔導機動甲冑』を解いて元の姿に戻る。
「あれでも死なないのですか?」
「死なないどころか、ノーダメージであるな」
あの高さから、あれほどの巨体が岩に落ちてダメージが無いとは。
どうやら、俺達の想像を上回る防御力をあの甲羅は持っているようだ。
「一種の魔道具になっているのかもな」
「それだ」
ブランタークさんの言い方が一番シックリと来ると思う。
突然変異か、数多の討伐を乗り越えて進化したのかはわからない。
だが、あの甲羅に引っ込んでいる間は、とにかく陸亀王レインボーアサルトはダメージを受けないのだ。
「となると、対策が必要だね」
「全員で魔法を大量にぶっ放しても無駄だからな」
ペーターの意見に全員賛同するが、それと同時に導師が俺の肩を手で叩き始める。
「まだ何か? 導師」
「実は、まだ終わっていないのである」
導師が陸亀王レインボーアサルトの方を見ているので視線を合わせると、そこでは絶句するような光景が広がっていた。
例の虹の甲羅が眩いばかりに光り輝き、百以上もある突起に大量の魔力が集まり始めていたのだ。
「これは……」
「前に攻撃した時もこうなったのである。あの甲羅は全ての攻撃を魔力に変換して、自分を攻撃した者に強かな反撃を加えるのであるな。自分からは攻撃はしてこないのであるが、大量の属性魔法の槍がまるで夕立のように……」
「えっ?」
全員の視線が同時に、導師へと向かう。
普段の陸亀王レインボーアサルトは危害を加えなければ攻撃してこないが、攻撃をすればその攻撃を甲羅が魔力に変換して属性魔法の槍を降らせるというのだ。
「導師様のお話を総合しますと、これまでに導師様が加えた攻撃が全て魔力に換算され、それがそのまま導師様に降りかかると」
「左様。この前は、死ぬ気で逃げ出す羽目になったのである。今日は、みんながいてくれて助かったのであるが」
「それってつまり、僕達が巻き添えになるって事?」
「そうとも言うのである。幸いにして、多くの『魔法障壁』を使える魔法使いがいるので安心ではあるが」
「あーーー。全員、俺の周囲に集合」
ブランタークさんの命令で全員が円を作り、彼による『魔法障壁』が展開した瞬間。
甲羅の突起から発射された火、氷、風、岩の槍が、まるでゲリラ豪雨のように降ってくる。
「逃げるぞ!」
領域の外に向けて全員で固まって逃げる。
隠れていた森の木々はとっくに魔法の槍によってズタズタに切り裂かれ、俺達を見つけた魔物ですら無残に魔法の槍で切り裂かれて殺されていく。
「普段は大人しいのに、恐ろしいボスであるな」
「「「「「あんたが言うな!」」」」」
その前に、先に口で説明すれば済む話だったのだ。
いくら逃げても亀は導師をロックオンしているようで、その周囲にいる俺達にも容赦なく魔法の槍が降ってくる。
俺達の逃走ルートは、槍に切り裂かれて倒れた木と魔物の残骸だらけになっていた。
「しかし、止まないな」
「止むはずが無いだろう」
「どうしてだ?」
「導師の魔力の大半が亀の甲羅に蓄積されているから」
「それって、相手の攻撃力や魔力が強いほど反撃がキツイって事?」
「良く出来ました。エル君」
「そんなの正解しても嬉しくねぇーーー!」
結局、亀の反撃は領域を出るまで続き、ブランタークさん、カタリーナは『魔法障壁』で魔力を使い果たし、エメラも半分以上の魔力を『魔法障壁』で使用する羽目になってしまうのであった。
正直、とんでもない偵察行になってしまった。