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第九十九話 本当にそんな事をしていいのか?

「随分と賑やかだな。バウマイスター伯爵」


「白磁の製品が大ヒットしましたからね」




 前に工事などで梃入れしたとはいえ、人口五万人ほどの町の税収で合計一万人もの駐留軍が養えるはずもなく、俺は後の事も考えて手持ちの資金を減らさずに逆に増やす作戦を実行していた。

 ミズホ伯国軍の中に、磁器を作る職人達がいたので彼らと協力していわゆる『ボーンチャイナ』の作成を行ったのだ。


 彼らは輸出用のミズホ磁器を作っていた職人達で、この戦乱でミズホ磁器が売れないのでわざわざ営業に来ているほど暇であった。


 そこで彼らと協力して、食肉確保のために軍に行わせている魔物狩りで得た骨を磁器の材料にし、高品質な白磁を作る事に成功したのだ。


「魔物の骨灰か。意外な材料だな」


「配合比率は秘密ですよ。優秀なミズホ磁器の職人なら、すぐに研究してしまうのでしょうが……」


「そうだな。もう試作はしているよ。焼成も、うちは高性能の魔導窯があるのでな。バウマイスター伯爵は魔法で出来て羨ましい限りだが」


「魔法も魔導釜も、燃料は同じ魔力ですけどね」


 魔導窯は、電気窯に性質が似ている。

 導入コストが高く魔力を大量に消費するが、高温で長時間安定した焼成が可能で質の良い焼き物や磁器が作れるのだ。

 田舎貴族領などでは今でも薪を焚く竈が主力なので、ミズホ伯国は焼き物の分野でも先端を行っているというわけだ。


「研究はしているが、暫くはここでしか作らぬよ」


 俺が関わらないと作れ無いと言う事にして、この町でなるべく情報を封鎖しながら高く売れるだけ売ってしまう。

 魔骨灰の件などは情報を秘匿するにも限度があるので、今だけのボーナス期間というわけだ。


「戦後にでも、改良したミズホ磁器で帝国市場に攻勢をかけるさ。バウマイスター伯爵も自分の領地で作らせるのであろう? バウマイスター伯爵領は南端で遠いから、我らはあまり競争も発生しない。仲良くやろうではないか」


 既に、ミズホ伯国とは共犯関係にある。

 磁器の成形と絵付けは、全てミズホ磁器の職人に任せているからだ。


 粘土の製造と焼成は俺一人で一度に出来るので、今は機密保持も兼ねて砦の中にある建物の中で行っている。

 成形と絵付けは、本業が暇な職人がミズホ上級伯爵の命令で大勢きて、同じく砦の中の建物で大量生産されていた。


 無地の物や簡単な絵の付いた量産品でも、価格は従来の磁器の五倍から十倍ほど。

 イギリスのボーンチャイナのように、色取り取りの繊細な絵が付いたり、今では金箔などを施す職人も出ていて、豪華なケースを作る職人も参加して高級品はとんでもない値段になっていた。


 これらの磁器が、この三か月ほどで飛ぶように売れているのだ。

 今までに無い白さで誰も真似ができず、技術力が高いミズホ職人が仕上げを担当してる。

 作っても作っても足りない状態で、俺も魔力を使う主力をこちらに置いている。


 食肉確保のための狩りは軍の参加比率を上げ、砦や町とその周辺の公共工事はブランタークさんとカタリーナに任せていた。

 エリーゼは、毎日教会で病人や怪我人の治療を担当している。


「帝都の連中。我らに何も言えなくて歯ぎしりをしておるらしいぞ」


 今までの戦の褒美は、秋の収穫後にニュルンベルク公爵を討伐してから。

 それまでは、サーカットの町に駐留してそこの税収で何とかして欲しい。


 皇帝とその取り巻き達は、俺達への嫌がらせでそういう処置を取っていたので、白磁器製造と販売で稼いでいる俺達に何も言えない。

 商売を行うのでちゃんと代官に頼んで許可は得ていて違法ではないし、何より税金がゼロなのが嬉しい。

 いや、正確に言うとサーカットの町に法定の税収は入っているのだ。


 ただ、この税金は町の統治と駐留軍の維持費に使えと皇帝自身から許可を貰っている。

 代官達の人件費などを含めた町の予算に、軍の維持費を全て賄えて黒字になっていた。

 税金以外の利益は全て、俺とミズホ上級伯爵の懐に入っている。


「言われた通りに、町の税収で細々と一万人の軍勢を養っていますからね」


 白磁は全て高級品で、この内乱時の不景気にも関わらず毎日仕入れの商人が来て大量に仕入れていく。

 彼らを対象にした商売も始まり、町は白磁特需に湧いていた。

 町の拡張も常に行われて農地の開墾なども順調、町の財政が黒字なので予算の関係で後回しにしていた公共工事などを前倒しで行う。

 当然人手が足りないので、近隣から出稼ぎに来ている人も増えた。

 町は日ごとに拡張を続けている。


「サーカットの町は拡張しているのだ。皇帝も文句は言えまい」


 直轄地なのに、その開発を怠っていたという罪が帝国にはあるのだから。


「しかし、貴族は新しい物が好きですね」


 少し羽振りの良い庶民には無地の白磁の食器が、貴族は最近では細かな絵画風の絵まで付けられるようになったミズホ磁器職人のおかげで高級品が、注文が間に合わないほど売れている。

 ほとんどが貴族に販売されているそうだ。


「皇帝としては、白磁で無駄遣いをする貴族が嫌なのであろうな」


 内乱で滞る領地の経済建て直しと、収穫後のニュルンベルク公爵討伐に備えて軍備を整えて欲しいのに、その金で白磁を買っている貴族が多いので相当に不満なようだ。

 しかし、こういう高級品はどんなに不景気になっても一定数いる富裕層が当たり前のように買っていく。

 

 一部、高品質磁器の市場を奪われた、窯を領地に抱えている貴族が怒っていると聞いたが、こちらとて財政が赤字なのだ。

 こういうのは競争なので、自分達の力で磁器の品質を上げてくださいとしか言えなかった。


「皇帝は何も言えないさ。何しろ、南部貴族からも金を奪っているからな」


 内戦状態なのに、どういうルートかサーカットの町で磁器を仕入れて南部に売り捌いている商人達がいるそうだ。

 彼らなりの、特別なルートがあるのであろう。

 

「南部の貴族達は金を持っているからな」


 帝都を放棄した時に、ニュルンベルク公爵は膨大な帝国資産を持ち逃げした。

 その一部を、彼は味方をしている貴族に恩賞としてばら撒いている。

 ニュルンベルク公爵としても領内の開発や軍備に使って欲しいのであろうが、一セント残らず全てそれに使えと強制できるはずもない。

 懐に余裕が出来た貴族が、高品質な白磁に手を出すのは時間の問題であった。


「結果として、南部の財力も痩せさせているから皇帝は何も言えないと?」


「そういうわけだ。そんな事を気にする前に、帝都の統治状態でも気にかければいいのに」


 皇帝とその取り巻きが微妙でも、統治機構が崩壊したわけではない。

 麻痺から回復すれば、ある程度は元通りに戻る。

 税収を上手く回したり、大商人から借り入れたり、帝国債を発行したりと。

 常識的な手段で資金を確保し、西南部と東南部の騒乱もある程度落ち着いていた。

 

 ニュルンベルク公爵も今は力を蓄える時期だと判断したようで、少数の即応部隊以外は動員を解いているようだ。

 防衛体制の構築、諸侯軍の再編成と訓練、領内の内政にと。

 領主として忙しい日々を送っているはずだ。

 

「金が無いと戦争が出来ないからな。大分助かったよ」


「こちらは大黒字です」


 粘土と焼成で俺の方が有利なので、磁器販売の利益はミズホ上級伯爵と折半である。

 フィリップ以下の王国軍組やエル達に小遣いを渡しても、金は増える一方であった。


「戦争になれば飛ぶように消えていくから貯めているのですが」


「本当に、戦争って金がかかるよなぁ……」


 それでも、俺とミズホ上級伯爵はマシな部類であろう。

 一部の貴族家以外と帝国政府は、財政に致命的なダメージを受けている。

 戦後に経済の建て直しで苦労する事は確実だ。


「それでも、白磁は買うのですか」


「貴族は借金が可能だからな」


 こんな時にでも、『うちの客に出すティーカップは綺麗な絵が施されていて、素地も乳白色で綺麗』という事に拘る。

 貴族は、何よりもプライドを大切にする生き物というわけだ。


「自分と同じくらいの懐事情の貴族が持っていて、自分は持っていない。そんな状態に耐えられる貴族などいないさ」


 帝国貴族を良く知るミズホ上級伯爵は、してやったりという笑みを浮かべる。


「売れる間は高く売らないと。他に同業者が出たら……」


「値下げするかね?」


「それも手ですけど、やり過ぎると共にあまり儲からないで共倒れの危険性がありますよ。元々ミズホ磁器は人気が高いのですから、もう少し帝国人に合わせた改良なども行って質で勝負すればいいのです」


「そうだな。他の産地と値下げ競争をしてもあまり意味が無いからな」


 向こうが技術的に追い付く前に、また技術力を上げて突き放すか、ブランド化して老舗として世間に周知させてしまえばいいのだから。


「バウマイスター伯爵は、商売にも詳しいようだな」


「本の知識ですよ」


 前世の経験から来ているのかもしれない。

 食品も、外国から安い材料を輸入して出来る限りコストを抑えた品に、材料から製法まで拘って作られる物もある。

 両者は住み分けがされているので、下手に競って競争する意味が無いのだ。


「秋以降も、空いている時間に作れそうだな」


「それをすると、職人達の護衛の問題が出ますね」


「兵士を増やせばいい。そのための金を稼いでいるのだから」


「その時が来たら、臨機応変で良いと思いますよ」


「それもそうだな。いやーーー、財政的に助かったよ」


 ミズホ上級伯爵は、嬉しそうに自分の領地へと戻っていく。

 そして、入れ替わるようにアルフォンスも姿を見せていた。


「テレーゼはフィリップ公爵領の統治に忙しいからね」


 これに加えて、秋の収穫以降の破綻に備えて軍備も整えていた。

 皇帝とは政治上のライバルになってしまい、テレーゼでは無謀なニュルンベルク公爵討伐を阻止する事が出来ない。

 取り巻き達も含めて、沢山の兵士を集めて討伐を行えば勝てると思っているようだが、ニュルンベルク公爵がそんなに甘いはずもない。

 かなりの高確率で皇帝が負けると、テレーゼやその賛同者達は予想している。

 ニュルンベルク公爵が皇帝を討つ時に備えて、俺も含めてみんな準備に忙しいのだ。


「ヴェンデリンは景気が良いから羨ましい」


「フィリップ公爵領は不景気か?」


「うちはマシな方だね。食料の輸出が主産業だから」


 不足気味の食料を、帝都周辺に輸出しているそうだ。


「もっとも、皇帝陛下から価格統制令が出ているからそれほど儲からないけど」


 内乱が継続中なので、特別処置で出た布告なのだそうだ。

 当然商人達から不満が上がっているが、彼らが売り惜しみや談合で食料価格を吊り上げれば帝都の治安が危うくなる。

 食料を確保しようと、貧しい臣民達が帝国政府や商人の食料倉庫を襲撃する可能性があるからだ。


「今の状態で食料の価格が高騰したら危険だぞ」


「テレーゼもそう言っていたさ」


 テレーゼとしても、今は賛成するしかない。

 断れば、皇帝から業突く張りだという評価を受ける羽目になるであろう。

 その悪評を利用して、政治的なライバルであるテレーゼに何か仕掛けてくる可能性もあった。


「実際にもうやっているよ。テレーゼの兄達に、彼女を引退させて自分の子供に継がせるチャンスだと」


「無意味な事を……。もしかして仲間割れを目的にして?」


 しかしながら、テレーゼが皇帝になれば自然とフィリップ公爵の地位が空くのだ。

 そう時間もかけずに貰える物を、今現当主に反抗してまで手に入れる価値は無い。

 皇帝派の策に、彼女の兄達が乗る心配は少なく思える。


「そんなところかもね。そんな暇があったら、南部に送る密偵でも増やせばいいのに……。皇帝陛下がニュルンベルク公爵に勝つのは既定の路線なんだよ。だから、戦後を見据えてテレーゼに嫌がらせをしている」


「末期だな……」


 即位直後にクーデターを起こされた皇帝は、とにかく政治基盤が弱い。

 ニュルンベルク公爵と互角以上に戦っているテレーゼが邪魔だが、帝国のために働いている彼女に表面上は配慮しなければならない。

 そのストレスかもしれないが、兵数だけは立派なニュルンベルク公爵討伐計画と、自分に従うコバンザメのような取り巻き連中なのであろう。


 大兵力の安心感と、彼らのおべっかが精神安定剤なのだ。

 

「こう言っては失礼だけど、あの取り巻き連中は酷い」


「おべっかだけを武器にしているんだ。優秀な人がいるはずもない」


 解放軍を裏切った貴族にしても、禁止していた略奪や暴行を指揮下の兵士達が行ったので処罰したら、逆ギレするような奴らばかりなのだから。

 前世で勤めていた会社にも、そんな人はいた。

 これは、ある程度大きな組織の宿命なのかもしれない。


「テレーゼが、ヴェンデリンに会いたがっていたよ」


 だが互いに暇も無いし、今俺とテレーゼが顔を合せると余計な推察をして騒ぐ輩が増える。

 それは、今のところは不可能であった。

 

「俺とテレーゼが組んで、皇帝陛下を引き摺り下ろす工作の可能性か? こう言っては何だけど、俺は帝国の未来になど何ら興味が無いからな。早く報酬を払えだ」


「ヴェンデリンの立場ならそうだよね」


 それから秋の収穫を迎えるまで、ミズホ上級伯爵とアルフォンスは定期的に俺達を訪ねてきた。

 様子見もあったのであろうが、後はほぼ愚痴である。

 力の無い皇帝は、懸命にやり繰りをしてニュルンベルク公爵領に攻め込む軍勢の動員数の確認や、必要な食料などの物資確保を命令していた。


 そういう仕事は、帝国軍に人材が残っているので問題なく進んでいる。

 金が無いという致命的な弱点はあるが、まだ帝国の力は強大で生産力も残っている。

 権威と税収もあるので、商人達はこぞって金を貸していた。


「久々の借金財政だね。帝国は」


 国家統合戦争の間は数年に一度、困ったレベルの赤字が発生した事があったそうだ。

 

「我がフィリップ公爵領もギリギリで金を回している。ヴェンデリンが羨ましくなるよ。それで、だから見習いメイドに新作のメイド服を?」


 ブライヒレーダー辺境伯の隠し子フィリーネは、俺達が戦場に出ている間は従軍神官の女性達に預かって貰っていた。

 彼女自身がまだ九歳で、戦闘力と呼ばれる物が皆無なので仕方がなかったのだ。

 今は、エリーゼが貴族の令嬢としての教育を施しつつ、簡単な手伝いなどをしている。

 俺達の身の回りの世話を手伝うので、普段はメイドの恰好をさせていた。


「そのメイド服。妙に気合が入ってるね」


「やはりわかるか。我が友よ」


 この世界のメイド服は、スカート丈が踝近くまであったり、生地がゴワゴワであったりとまだ発展途上であった。

 そこで俺の適当な意見を参考に、エリーゼと町の服飾職人とで改良型の試作を行い、試しにフィリーネに着させていたのだ。


「短いスカート丈、フリルの多用、色も黒じゃないんだな」


「アルフォンスよ。メイド服は黒が基本だが、黒だけというのは思考停止だと思うぞ」


「なるほど! それは盲点だった!」


 実は前世で、会社のメイド喫茶好きの先輩にそういうお店に連れて行かれただけなのだが。

 多分、黒なのは汚れの関係だと思う。

 俺は魔法で綺麗に出来るし、その前に汚れたら洗濯しやすいようにして予備を作れば問題ないと思っていた。


 今日のフィリーネは、水色のメイド服を着ていた。

 他にも、ピンク、赤、ベージュ、ライトグリーンなども作って日替わりで着せている。

 スカート丈が短いので、ニーソックスも履かせている。

 これも、ストッキングを編む技術が無いので苦肉の策であった。

 

「お客さんには好評だよ。売って欲しいという商人や貴族もいるから、エリーゼに協力した服飾屋は大忙し」


 それほど儲かるわけではないが、町に新しい商売のネタを増やしたので俺達の評判は悪く無かった。

 よそ様の土地に駐屯しているわけだから、それなりに気を使わなければいけないわけだ。


「いや、ヴェンデリン達は物凄く評判がいいけどね」


「そうなのか?」


「それはそうでしょう。兵士が多いから治安は良いし、ヴェンデリンが作る新しい磁器で景気はいい。町や農地は拡張して、道と川の堤防も整備された。みんな予算不足で放置されていたそうだから。食肉や魔物の素材も町に出回る量が増えたし」


 軍の訓練も兼ねて、導師、フィリップ、エル、ハルカ、タケオミさん、ルイーゼ、ヴィルマが主体になって町の北部にある魔物の領域で討伐が進んでいたのだ。


「いきなり全軍で攻め入るとそれを凌駕する魔物の大群に囲まれて死ぬから、時間差で陽動をかけながらね」


 十名ほどのグループを作らせ、分散して突入させて魔物を狩らせる。

 導師達も分散して援軍に入るが、基本的には無理はしないで危なくなればすぐに領域を出るように命令している。

 

「エルには良い訓練だ」


 小規模の部隊の動きを幾つも見ながら指示を出していく。

 軍の指揮を習い始めたエルには、良い訓練になっていた。

 フィリップが使える指揮官を増やすべく、懸命に指導を続けている。


「王国軍組は元が軍人だから精強。ミズホ伯国軍の強さは元々だし、うちも悪くはない。今も訓練は続けているから」


 だがそれ以上に、ニュルンベルク公爵家諸侯軍とその寄り子である南部貴族諸侯軍は精強であった。

 彼らが守る領地に攻め入る帝国軍は相当に苦戦するはずだ。

 いや、負ける事を見越してみんな準備をしているのだから。


「アルフォンス殿。お久しぶりですな」


 アルフォンスは、ただ俺の所に遊びに来たわけではない。

 テレーゼからのメッセンジャーでもあったので、その日の夜は関係者が集まって一緒に食事がてら情報交換を行っている。

 テレーゼは直接これないので、彼女の代理でもあるのだ。


「シュルツェ伯爵殿は、大分お忙しいようですね」


「居候で、急激に拡張を続ける町の内政担当ですからね」


 色々と事情があって戻れないシュルツェ伯爵達は、サーカットの町の王国側内政担当として毎日の仕事に励んでいる。

 クリストフが軍政関係で忙しいので、自然とそういう地位になってしまったのだ。


「今のサーカットの町は不思議ですからね」


 帝国の直轄地で、住民もほぼ全て帝国人である。

 だが、統治をしている代官達は既にシュルツェ伯爵達に従って働いているような有様だ。

 

 なぜこういう事になるのかと言うと、皇帝が俺達の動きを封じるためにサーカットの町の税収の優先権を与えてしまったからだ。

 代官達は、俺達から給金を貰う奇妙な状態に陥っている。

 人口が増えて仕事が増えたのと、俺が期間限定で磁器の販売で得た利益から一時ボーナスを払っていて、それが理由で余計に逆らえなくなっているのだと思う。


 軍が、元の警備隊を除いて大半が王国人とミズホ人なのも大きいであろう。


「金の力は偉大だという事ですか」


「そうとも言いますね。ところで、こんな物があるのですが……」


 アリフォンスは、一枚の羊皮紙を俺に手渡していた。

 読むとそこには、『ニュルンベルク公爵領討伐作戦に関する概要と、動員兵力数に関するレポート』と書かれていた。


「これって、機密書類なのでは?」


 内容自体は概要なので数分もあれば読める。

 全員で回し読みしてからアルフォンスの手元に戻ると、イーナがみんなが思っている懸念を口にした。


「入手先は極秘に」


「えっ!」


「嘘だよ。イーナ殿。帝国軍本部に行けば普通に手に入るから」


「それって、機密の保護が甘いのでは?」


「甘いと認めるけど、どうせ隠せないという現実もあるしね」


 どうせ大規模に軍勢を集めるし、どこから攻め入るかなど偵察で簡単に知られてしまうそうだ。

 

「陣借りの方々が多いですね」


 エリーゼは、動員兵士に占める陣借り者の多さに驚いていた。

 確かに軍事費削減には役に立つのだが、それにしても多過ぎだと思ったようだ。


「動員数が約三十万人で、その半分が陣借り者。多く無いかな?」


「勝手に志願しているからね。それも私からは何も」


 元々、俺達王国軍組、フィリップ公爵家、バーデン公爵家、ミズホ伯国などは参加を拒否されている。

 これ以上手柄をあげられるのを防ぎたい意図があるのであろう。


 それを補う大兵力と、経費を削減するための陣借り者というわけだ。


「北部諸侯もほとんど参加していない」


 大半がテレーゼ派なのと、距離的な問題からだそうだ。

 

「主力は、帝国軍、中央領域の諸侯、何とか新当主を立てた選帝侯家だね」


 復讐戦であり、褒美で何とか財政を建て直したい意図が見え隠れする。

 帝国軍はクーデターに助力した勢力が多く、今もニュルンベルク公爵に付いて行ってしまった者達が多い。

 皇帝からの信頼を回復したいのであろう。


「取らぬ狸の何とやらだなぁ」


 ルイーゼは、もう勝った気でいる皇帝達に呆れているようだ。


「実際に、下も勝てると思っているんだよね」


 だから、実際の戦争なのに過去に例が無いほどの陣借り者の多さともいえる。

 

「この戦争で戦功をあげてですか。これも、取らぬ狸の何とやらですわね」


 カタリーナも呆れていたが、南部の諸侯達は全員爵位と領地没収がほぼ確定している。

 その分け前を巡って、色々と水面下で争いが起こっているのであろう。


「功績を挙げた順とはいえ、皇帝は自分の子飼いに優先して領地などを与えたいはず。大規模な帝国貴族の再編があるのさ」


 陣借り者達からすれば、仕官のチャンスというわけだ。

 中央の軍、役所、加増された貴族家の家臣にと。

 最大のチャンスだと考えて、大量に志願しているのであろう。


「貴族の子弟だけじゃない。過去に貴族から没落した平民の子供に、平民の次男三男だってチャンスだと考える」


 そういう連中の欲を利用して、大規模な兵力を低コストで集めているというわけだ。


「連携もへったくれもない」


「ヴィルマの言う通りだな。それで、作戦案には三方向からの同時侵攻とあるけど」


「ヴェンデリンはどう思う?」


 なぜかアルフォンスは、俺に逆に質問をしてくる。


「どこから攻めるのかとかは、地元の地理に詳しい帝国人に任せるとして……。三つに割るから十万ずつと想定して。さすがに侵攻ルートは機密だけど、ニュルンベルク公爵にはわかっているだろうね」


 十万人が纏まって進撃可能なルートは限られているので、南部の地理に詳しく軍事に精通しているニュルンベルク公爵なら簡単にわかってしまうはずだ。


「でも、別に不利にはならないよね。兵力分散は」


 同じく向こうも、軍勢を三つに割る必要がある。

 むしろ、軍事能力に優れたニュルンベルク公爵が関われない軍団を二つ作れるから有利かもしれない。

 南部の広さを考えると、全軍を一つに纏めたニュルンベルク公爵が時間差をつけて撃破というわけにはいかないからだ。


「それでも防衛戦だから、ニュルンベルク公爵の方が有利なんだよなぁ……」


「某を相手に散々時間稼ぎをした自爆型ゴーレム。アレを大量に配備してあったら。他にも防衛なので拠点などに据え置きの魔道具があると困るのである」


 導師も、その数と投入タイミングのせいで苦戦を強いられた。

 戦闘経験に乏しい討伐軍ならば混乱は必至だ。


「テレーゼは負けると予想して準備に余念がない」


 本当ならば、事前に可能性を指摘して損害を減らす努力をすべきなのであろう。

 だがそれは、皇帝の力と能力の無さを証明する事にもなる。

 言えるはずが無いし、言ったところで否定されるだけだ。


「実際に負けないとわからないんだろうな」


「それで死ぬ方々は哀れですね」


「確かに哀れだなぁ。その後にニュルンベルク公爵に敗北したらもっと哀れだけど」


 皇帝が敗れてもテレーゼは健在で、必ずニュルンベルク公爵を討ち破る。

 そうさせるために、アルフォンスを俺達の元に派遣しているのであろうから。


「あっそうそう。皇帝がヴェンデリンに新しい嫌がらせを始めるから」


「今度はどんな手で?」


「最近羽振りがいいから、負担の増加策だね」


 アルフォンスがサーカットの町を離れた翌日、今度は皇帝からの勅命を持った使者が姿見せる。

 そして金貨百枚ほどが入った袋と、臨時防衛警備隊隊長への任命書を手渡していた。


「臨時防衛警備隊長って、どういう役職なんだ?」


「使者の話によると、特に仕事は無いみたい」


 サーカットの町周辺で、皇帝が出兵中は治安維持を頼むという事らしい。

 今までと同じような気もするが、一応正式な役職ではある。


「なんでそんな回りくどい事?」


 エルは首を捻っていたが、すぐにその答えはわかってしまう。


「バウマイスター名誉伯爵様。俺を雇ってくれ!」


「私は槍に自信が!」


 町に多数の陣借り者が押し寄せてきたのだ。

 

「そういう事か……」


 皇帝親征で行われるニュルンベルク公爵討伐の時に、定員過剰で参加できなかった者達を俺が纏め、治安維持という名の警備を行う。

 思った以上に陣借り者の数が多過ぎたようだ。

 もう志願兵と呼んで差し支えないようにも見えるが、彼らを組織化して軍を作り、後方の治安担当と予備兵力扱いなのかもしれない。


「あなた。磁器の販売益が無ければ大変でしたね」


「本当だな」


 最大の狙いは、テレーゼの協力者と見なされている俺の財力を殺ぐ事なのかもしれない。

 陣借り者なので給金は必要ないが、食、居は負担しなければいけない。

 

「あの皇帝。ムカ付くな」


 ニュルンベルク公爵がああいう思想でなければ、彼に協力したくなるほど酷い統治者であった。


「住む所は、また空き地に石材で組めばいいよ。軍の訓練も兼ねているし」


「そうだけど、今から陣借り者を引き受けるのか?」


「それがねぇ……。さっき王国軍の人に聞いたんだけど……」


 あまりに陣借り者が多いので、ルイーゼが軍人で詳しそうな人に世間話がてら聞いてみたそうだ。


「陣借り者を称しているけど、ただの農家の三男とかね。五代前は貴族だったとか自称しているけど、経歴が怪しいとか」


 所謂、戦に乗じて一旗揚げようとか、職が無いからとかそういう人も多いそうだ。

  

「というか大半? 訓練しないと使えないよ」


「ルイーゼと私でやる事になった」


「俺が頼んだんだ」


 フィリップが二人に依頼したらしい。

 基礎訓練を一か月ほどしてみて、駄目な奴なら脱落するであろうと。

 それを潜り抜けた者達だけを部隊編成して、残り二か月から三か月で本格的な訓練を行うそうだ。


「そのくらいで皇帝は兵を出すはずだ。最低限は使える軍勢が何とか完成する予定だな。あと、全く無給なのも問題だと思うぞ」


「フィリップさんの言う通りだと思う」


「エルも賛同するか」


 指揮官教育で世話になっているからなのであろうか?

 エルは、フィリップの意見に賛同していた。


「単純に、陣借り者には無報酬だと昔から決まっていると割り切るのもいいけど、不公平感が出るから」


 傭兵扱いである王国軍組には、小遣い程度だが手当を毎週支給している。

 金が無いからという理由で、町で略奪、窃盗、無銭飲食などをさせないための処置だ。


「いくら陣借り者扱いでも、実際は傭兵みたいな物だろう? 少しは出さないと、町で悪さとかをするかもしれない」


 その悪行は俺に付いて回るわけで、エルはそれを心配しているのであろう。

 皇帝派の攻撃材料にされて、報酬無し、最悪軍規違反で処刑という事態を避けたいわけだ。

 

「あの皇帝。本当にムカつくな。見習い扱いで生き残っている間は手当を支給する」


「そうですね。ミズホ伯国の兵士達も手当は別に出ていますし」


「俺も、バウマイスター伯爵様付きになったら増額されたな」


 ミズホ伯国軍の兵士達も、給金や俸禄以外に遠隔地手当などのような物を貰い、それで非番の時に買い物などをして町の経済に貢献している。

 ハルカもタケオミさんも、かなりの額を貰っているそうだ。

 俺にも、そういう事を求められているのであろう。


 しかし、ここまでやらせてあとで報酬を踏み倒されたら笑うしかない。


「まあいい。今の時点で信用できる人が少ない以上は、兵力を蓄えておいて損は無い。皇帝が自ら許可しているのだからな」


 俺とテレーゼとの接触を危険視する勢力がある以上は、最悪フィリップ公爵家も当てには出来ない。

 独自に力を蓄えておく必要があるであろう。


「バウマイスター伯爵の考えに賛同だ。ところで兵はそれで集まるとして、問題は指揮官だな」


「王国軍や、大使館から逃げてきた人達は?」


「王国軍組は、元が八千人規模の軍勢だったからな。偉い連中は軒並み戦死するか捕まって処刑されていてな。五千人規模の指揮でも結構無理をしているんだ。若い幹部候補とベテランの下士官を選抜して俺が教育を施して何とか目途が付いている。引き抜けば、普通に弱体化するな」


 フィリップの説明に、俺は何も言えなかった。

 ようやく再編と訓練を経て精鋭になった王国軍を再びバラせば、ただ数だけ増えて使えない烏合の衆が出来上がってしまう。

 軍人を育てるというのは、本当に時間がかかるのだから。


「大使館にいた連中も駄目だ。一部俺が引き抜いて再編したし、元々あそこには軍政畑の人間が多い。クリストフとシュルツェ伯爵に預けているから、もう回す人間がいない」


 軍人は、ただ戦ったり訓練をしているだけではない。

 後方支援要員も必要で、その人員を纏めているのはクリストフであった。

 シュルツェ伯爵に至っては、臨時に付けた適当な役職でサーカットの町の統治を半分担当している有様であった。

 仕事が増えたのに、皇帝が人手不足を理由に代官からの増員要請を無視していたからだ。


「エルは?」


「駄目だ。エルヴィンには千人規模の部隊を任せている。今さら他に移せない。いいか。確かにエルヴィンにはそういう事をこなせる才能があると俺は思う。だが、いきなり何でも出来る天才肌の人間ではない。俺も同じだ。三十歳の半ばを過ぎて、ようやく数千人規模の部隊の指揮に自信が持てるようになった。今のエルヴィンは、ハルカとベテランの幹部が補佐をしてようやく指揮官としての目途が立ち始めている。だが、やはりまだ十七歳の若造なのだ。無理をさせ過ぎて、彼の将来を潰すつもりか?」


「いや、俺はそんなつもりは……」


 俺にそんなつもりは無い。

 ただ本人が望むので、将来はバウマイスター伯爵家諸侯軍を指揮するために仕事を覚えて貰おうと思っただけであった。


「前にバカな男がいた。本人は数千人を指揮する程度が限界の人間なのに、妻の実家や周囲の家臣に推されて、辺境伯の地位を求めて弟と下らない争いをした。結果は、多くの犠牲を出して王国中に恥を曝し、それでも何とか爵位を貰って生き延びている。人間には努力も必要だが、それは出来もしない事を出来ると言って周囲に迷惑をかける事ではない」


「フィリップ殿……」


「そのバカな男にも欲があって、周囲の期待の大きさに何も言えないで争いを始めたという罪があるがな。結果、弟も巻き込まれて一緒に没落する羽目になった。元々文官なのに、こんな無謀な出兵に付き合わされて可哀想な弟だ」


「兄さん……」


 フィリップの意外な告白に、クリストフは目を潤ませていた。


「愚痴が過ぎたな。エルヴィンはまだ半人前だから俺が預かる。バウマイスター伯爵よ。王国軍の十七歳の軍人は、どんなに良い家の出でも雑用と基礎訓練だけだぞ」


「すまんな。エル。無理をさせ過ぎてしまって」


 エルは俺の護衛役を離れ、懸命にフィリップから軍の指揮について学んでいる。

 ハルカもそれを補佐し、刀の訓練も前と同じくらい厳しく行っているのだ。

 そのせいで、最近では顔を合わせる時間が減っているほどなのに、悪い事を言ってしまったと思っていた。


「いえ。お館様。俺が自分で望んだ事ですので」


 みんながいるので、エルは家臣としての口調で俺に話しかけてくる。


「フィリップ様にも気を使っていただいて」


「エルヴィンの教育は、バウマイウター伯爵から依頼された正式な仕事だからな。教育相手に潰れられてしまったら意味が無い。気にするな」


 フィリップは照れくさそうにエルに答えていた。


「それと、もし俺に才能があったとしても、この仕事には向かないと思いますけど」


「どうしてだ? エル」


「俺は王国人で、預かる部隊は百パーセント帝国人です。反発は必至かと」


「そう言われるとそうだな……」


 能力や適性以前に、感情的な問題なので性質が悪い。

 気にしない人もいるはずだが、全員ではない。

 これが部隊の結束を乱して、戦場で致命的なミスに繋がる可能性もあった。


「こうなると、帝国人も雇うか」


 面倒な仕事なので高給を払う必要があるが、その方がトラブルが少ないかもしれない。


「問題は、候補がいるかですね」


 シュルツェ伯爵も、指揮官を帝国人で補う意見には賛成している。

 だが、一番の問題がどこから探してくるかという点にも気が付いていた。


「当てはあります」


「俺は誰だかわかったな」


「某もである」


 俺の指揮官の当てとやらに、ブランタークさんも導師も気が付いたようだ。


「それは誰なのだ?」


「フィリップ殿は、前に会っていますよ」


 それから数日後、サーカットの町の外れで陣借り者達の受け入れが始まっていた。

 氏名、出身地、年齢などを聞いてから、最初に一人につき五組の下着と服を渡す。

 ただの緑色の上下の服であったが、見た目はジャージその物である。


 最初はこれを着て、ルイーゼとヴィルマの元で基礎訓練を始めるのだ。

 ランニングや、各種基本トレーニングを行う。

 メニューは、俺が学生時代にしていた部活の強化バージョンである。


「まずはランニング」


「指導教官が、こんな小娘?」


「へえ。偉そうな口を叩くね。という事は、ボクやヴィルマよりも体力があるんだね」


 ほぼ全員見た目だけで二人を侮り、最初の耐久ランニングでその鼻をへし折られた。

 みんな汗まみれで息が乱れているのに、同じ距離を走った二人は涼しい顔をしている。

 二人からすれば、この程度は本当に基礎訓練なのだ。


「ボク達に不満があるのなら、あそこにいる導師様はどう?」


「若人達よ。某と共に魔法格闘技を極めようではないか」


 なぜか同じくジャージに着替えた導師が、ボディービルダーのようなポーズを取りながら彼らに話しかける。


「……。ルイーゼ様とヴィルマ様の指導でいいです……」


 導師との特訓に地獄の光景しか想像できなかった陣借り者達は、それからは素直に訓練に応じていた。

 基礎訓練を行い、その過程で優れた者はすぐに本採用となって本格的な訓練を始める。

 王国軍組と共同で、部隊を編成しながらである。

 本当に貴族の子弟である陣借り者もいたので、彼らは最低でも十名程度の部下は持つ事を前提に訓練を続けていた。


「思ったよりも、予算が厳しいです」


 公共工事や磁器作りの合間に視察をしていると、そこにクリストフが姿を見せる。

 補給や人事などの後方支援要員は、陣借り者の中からそういう系統に才能がある者達を探して抜擢している。

 だが、やはり上が決まっていないので、今はクリストフが全体の面倒を臨時で見ていた。


「追加で出す事はやぶさかでないけど、何で?」


「こちらの想定を超えて多いからです」


「あのクソ皇帝、もっと面倒見ろよ」


 全て討伐に連れて行けない事情はわかるが、こちらに余ったのを全て押し込むのは止めて欲しいと思う。


「でも、思ったほど掃き溜めでもないな」

 

 むしろ優秀な人間も多い。

 勿論駄目なのもいるが、比率は帝国軍側とさして違わないように感じた。


「それはそうでしょう。上なんて、いちいち一人一人陣借り者の適正なんて見ませんから」

 

 よほど酷く無ければ採用されて、数が埋まればあとの優秀な者ですら不採用にされる。

 そういう採用事情なのだそうだ。


「もっと人を見て決めるのだと思った」


「何十万人も帝国中から来ているのです。全員見ていたら採用担当者が過労死します。それに、枠もありますしね」


「枠?」


「コネとも言います」


 陣借り者程度なのだから俺が推薦した奴を入れろよと、貴族や軍人で採用担当者に採用を強制するケースが多いようだ。


「遠い親戚とか、ちょっとした知り合いとか、そういう人を優先するのですね。勿論、能力など見ません」


 微妙なコネとも言えるが、彼らはまだマシな人間なのだそうだ。


「酷いのになりますと、賄賂を貰って採用させる貴族や軍人もいます」


 陣借り者なので、それほど金額が出せるはずもない。

 他の仕事で稼いだ中から、五十セントから百セントくらいを賄賂として渡し、採用を確実にするというわけだ。


「金額が微妙だな」


「一人百セントだとしても、千人の裏推薦枠を持っていれば十万セントです。良い小遣い稼ぎでしょう? 私の下にいる採用された軍政担当の方に聞きましたけど、面白い方がいましたよ。カーヴィン伯爵です」


 帝都在住で、代々軍家系の法衣伯爵家の当主だそうだ。

 クーデター時にはニュルンベルク公爵に擦り寄り、帝都解放後はいち早く皇帝に媚びてその地位を保全した。

 今回の出兵で、陣借り者の採用を皇帝から一任されている。


「それは、皇帝に媚びた甲斐があったな」


「彼は裏で採用者に賄賂を要求しています。一人二百セントなのは、協力してくれた家臣や寄り子達にも配分が必要ですからね。十万人の裏推薦枠を持っていると噂されていたそうです」


 払えば確実に採用されるので、貧しいのに陣借り者達は泣く泣く支払った者が多かったそうだ。

 結局、五万人ほどが二百セントを支払ったらしい。


「合計で一千万セントです。半分を協力者に払ったとしても、カーヴィン伯爵は五百万セントが懐に入りました」


「悪党だなぁ……」


「皇帝の取り巻きには、こういう人材に事欠きません」


 恐ろしいほど無能な奴は少なく、小悪党で利益や利権を嗅ぎ分ける能力に優れた人間が多いというわけだ。

 ニュルンベルク公爵などに言わせると、ゴミ虫のような連中であろう。


「そんなわけでして、優秀なのに賄賂が嫌でこちらに来てくれた人材もいるので、これは幸運でもありますね」

 

 本当に意味で、余り者ばかり来れらていたら詰んでいたので、ある意味カーヴィン伯爵に感謝しないといけないのかもしれない。


「下と中間はある程度揃いますけど、問題は指揮官ですよ」


 陣借り者の応募数は、どういうわけか予想を遥かに超えている。

 確実に一万人は超すであろう。

 となると、それを指揮する人材の確保が必要だというわけだ。


「今日に来る予定で……。来た」


 その人物は、約束通りの時間に姿を見せていた。


「ポッペク殿でしたか」


 クリストフは、俺が言う指揮官候補がポッペクさんだと知って安堵の表情を浮かべていた。

 彼の手腕に付いては、既に確認済みであったからだ。

 彼は俺達がサーカットの町に戻るのと同時に、あの老人主体の混成諸侯軍を解散して領地に戻っていた。

 今は、サーカットの町との交易促進で忙しいはずなのだが、俺が無理に指揮官としての仕事を依頼。


 それを快く受け入れて貰えたのだ。


「帝国軍人時代のコネで、元軍人も集めて来ましたぞ」


 彼の後ろには、十数名の年配の元軍人達が立っている。

 大半が彼と同じく五十~六十代の老人達であったが、その中に一人だけ導師にも匹敵する体格を持つ屈強な中年男性が一人立っていた。

 全身が鋼のような筋肉に包まれていて、軍人の定型を絵に描いたような人物である。

 岩石を切り出したような厳つい顔に、金髪を軍人定番の角刈りにしていた。

 そればかりではなく、背中にバスターソードを背負っていてその腕前も凄そうだ。

 見様によっては、凄腕の冒険者にも見える。


「元帝軍人で、『剛力将軍』と呼ばれたギルベルト・カイェタン・フォン・ボンホフ準男爵殿です。私が爵位を継いで領地に戻る前の数年ほど、先輩として指導していました」


「先輩には大変お世話になっていました」


「彼も将軍にまで上り詰めたのですが、数年前に実家のボンホフ準男爵が疫病で当主以下の家族を失いましてね。彼が急遽戻ったのです」


 軍人としては優秀で三男なのに独自に騎士爵まで得ていたが、実家の断絶を許すわけにもいかずに領地に戻って準男爵位を継いだそうだ。

 中央の将軍位よりも、地方の領地。

 俺は前者の方が良いような気もするが、貴族にとって家の断絶とはトラウマに近いのかもしれない。

 

「ようやく領地の建て直しに成功したらこの内乱です。ニュルンベルク公爵には正直なところ反乱軍に誘われていました」


「断ったから、ここにいるのですけどね」


 先に、サーカットの町で軍政を敷いていた時には顔を出していなかったと思う。


「彼は当主ですし、ニュルンベルク公爵の誘いを熱心に受けていた件もありまして、最初はバウマイスター伯爵殿に顔を見せていなかったのです」


「今は、俺に手を貸していただけると?」


「私はニュルンベルク公爵からの誘いに迷っていました。ささやかな準男爵領と、力で帝国を支配するかもしれない反逆者ニュルンベルク公爵の腹心のどちらが良いのかと……」


 どんな人間にも欲はある。

 ボンホフ準男爵は実力で将軍にまで登りつめたのに、実家の都合でそのキャリアを捨てる羽目になった。

 領地のためとは思いつつ、色々と思うところがあったのであろう。

 

「私は帝国軍幹部の大半が嫌いです。疎まれてもいました」


 準男爵の三男が、将軍の席を一つ埋めていたのだ。

 『下級貴族の分際で生意気な!』と、他の家柄自慢の軍系貴族家に疎まれていたのは想像に難くない。


「それでも、ニュルンベルク公爵に付く決断が出来ませんでした。反乱軍についてまで、大軍を指揮する自分が正しいのかとの疑問に答えが出なかったのです」


 ニュルンベルク公爵に付かず、帝都解放後は人手不足のはずなのに帝国軍にも相手にされず、腐りつつ領地を運営していたところをポッペクさんに誘われたそうだ。


「聞けば、千人以上の軍を指揮させてくれるとかで?」


「こう言うと帝国の人達に失礼かと思うけど、陣借り者と食い詰め者ばかりの集まりで、俺は苦労を他の人に押し付けているだけだよ。金は出すけど」


 治安悪化の要因になるかもしれない連中を俺に押し付けて、ニュルンベルク公爵討伐中に悪さをしないために纏めているような連中だ。

 採用してみると優秀な人も多かったが、討伐には参加できないで冷や飯食いとも言える。


 二つ名まである元将軍様が指揮するような軍勢ではなかった。


「それで構いません。バウマイスター伯爵殿は、もうひと波乱あると予想しているのでしょう?」


「ええと……」


 ポッペクさんに視線を向けると、彼は意味ありげな笑みを浮かべていた。


「ギルベルトを見た目で判断してはいけませんよ。私は、ニュルンベルク公爵にも負けない軍人だと思っていますから」


「それは先輩の買い被りでしょう」


「いいじゃないですか。私が勝手にそう思っているのですから。それで、彼を指揮官にして私は参謀に回ろうと思うのです」


「えっ? それでいいんですか?」


 ボンホフ準男爵の方が指揮官としての才能があるとはいえ、ポッペクさんは二十歳近くも年下に付く事に抵抗は無いのかと思ってしまうのだ。


「そんな理由でギルベルトの才能を潰したら、それは帝都のバカ達と同じではないですか。それに、私は元々参謀畑の人間です。大軍を指揮するには『将器』が必要ですから。私だと、数千人で限界でしょうね」


「そういう物なのですか……」


「そういう物だな」


 声のした方に振り返ると、そこには導師を連れたフィリップの姿があった。


「久しぶりに見た。将の将たる軍人がいる」


「将の将たる?」


「軍人の才能の限界だな」


 フィリップによると、人は軍人としての努力を続けるとある到達点にみんな到着するのだと言う。


「まるで人を率いる才能が無い奴、数名が限界の奴、数十名、数百名。ある程度は教育で何とかなるが……」


 軍系の貴族家では、代々受け継いだ教育によってよほどのバカで無ければ数百人くらいは指揮できるようになるそうだ。

 たまに救いようの無いバカがいるので、それはお飾りの指揮官にして部下に任せてしまう。

 平和な世の中だと、別にそれでも不都合はないわけだ。


「うちの若い連中も?」


「エルヴィンより数歳年上くらいだから数百人が限界さ。もう十五年もすれば、数千人は大丈夫になる。王国の名だたる軍系貴族家の子供だからな。経験不足の間は家臣が何とかするんだよ」


 そういえば、トリスタン、コルネリウス、フェリクスらには実家に仕えている家臣の子供や親族などが陪臣として彼らの補佐を行っていた。

 下級貴族や平民出身者は、最初の教育と補佐する人材がいないのでなかなか数百名の軍勢を指揮できるようにならない。

 高級指揮官に上級貴族家の者が多いのには、そういう理由があるのだそうだ。


「それで、ボンホフ準男爵殿は?」


「だから、将の将たる器だ。俺はもう十年ほどで二万人くらいまでは何とかする自信がある。クリストフや優秀な部下が複数いれば五万人くらいまでは何とかなるかな? ところが、ボンホフ準男爵なら十万人の軍勢を率いていても誰も不思議に感じない。それが『将器』という物だ」


 軍記物語で聞いたような設定であったが、俺は軍事に素人なので何となくしか理解できなかった。


「直接は見ていないが、ニュルンベルク公爵もそうだな。彼は少数から大軍まで巧みに指揮をする。軍事においては天才だな」


「そう言われると、そんな感じがする」


 そこで踏みとどまって優秀な軍人で終わっていてくれたら、俺がこんなに苦労する羽目にはならなかったのだが。


「ボンホフ準男爵が指揮官で、参謀として能力が高いポッペク殿が補佐するのが一番シックリくる」


「ポッペクさんがそれで納得ならそれで構わないけど」


 フィリップの助言もあって、陣借り者達を集めた帝国軍の指揮はボンホフ準男爵とポッペクさんに任せる事にした。

 さて、これからどのくらい兵が集まるのかは知らないが、とにかく養っていかなければならない。

 磁器の量産に、魔物狩りによる食肉の確保、交易の促進で食料の輸入体制を維持、人数が増えた分は町の開発も進めないと駄目であろう。


「フィリップ殿の言う通りに、ニュルンベルク公爵やギルベルト殿は素晴らしい軍人なのであろうが、それよりも怖いのはバウマイスター伯爵だな」


「導師の意見に賛同だ」


 導師とフィリップの発言で、その場にいた全員が俺の方に視線を向ける。


「陛下は、バウマイスター伯爵に払う報酬を惜しんで対ニュルンベルク公爵戦から外したが、ニュルンベルク公爵にとって一番のジョーカーは貴殿なのにな」


「えっ? 俺?」


 俺は、ボンホフ準男爵の発言内容が理解できなかった。

 魔法で無双は可能かもしれないが、それも敵に魔法使いが複数いれば威力が落ちる。

 軍の指揮能力など無いし、剣の腕もサッパリで、とても指揮官として役に立つとは思えなかった。


「貴殿は優秀な魔法使いなので殺すのが難しい。稼げるから勝手に兵士が集まるし、その中から使える軍人も出てくる。それに任せて金だけ出して平然としている。小悪党でも怖かろうな。一見隙があるから金や物資でも誤魔化して蓄財しようとか考えても、すぐに何で泰然自若としていられるか理解できなくなる」


「任せているだけなのに、勝手に軍勢が出来上がるからな。ニュルンベルク公爵はバウマイスター伯爵が怖いだろうな」


「そうなのか……」


 怖かろうが何だろうが、俺の敵に回ったので死んでいただかないといけない。 

 ああいう手合いは、生かしておくと碌な事にならないからだ。


「とにかく、ボンホフ準男爵に帝国人達を任せますので」


「時間は短いが、何とかする」


 ボンホフ準男爵は、ポッペクさんを補佐に陣借り者達の指揮官に就任した。

 皇帝からの命令書によると、この軍は『帝国中央領域における、治安維持を担当する独立部隊』だと書かれている。

 独立なのでよほど大軍を集めないと問題にはならないはずで、同じく独立なので暫くは俺が手弁当で金を出している。

 独立採算性とか抜かしたら魔法でもぶっ放してやろうかと思ったのだが、経費は全て後で清算してくれるそうだ。

 当然、功績に見合った褒美も出ると書いてあった。


 解放軍時代のと合わせて今までに銅貨一枚も貰っておらず、唯一貰ったのは昔の皇帝が着ていた古い服だけという時点で、色々と不安になってしまうのだが。


「しかし、予想以上に集まっているな」


 ボンホフ準男爵が通称『帝都周辺警備軍』の指揮官に就任してから二週間ほど、サーカットの町には多くの陣借り者がいまだに詰めかけていた。

 どうやら、ボンホフ準男爵の軍人としての名声は物凄く高いらしい。

 退役して数年経っているにも関わらず、多くの志願兵が詰めかけていた。

 指揮の補佐をする幹部達も、昔のツテで順調に集まっているようだ。


 基礎訓練、軍事調練、町と砦の拡張工事、野生動物と魔物の狩猟と、参謀長になったポッペクさんが立てた綿密な計画によって全て順調に進んでいた。


「しかし、二万人も集めて大丈夫なのかな?」


「あの皇帝。どれだけ人気が無いんだろうな」


 王国軍組の指揮だけに専念できるようになったフィリップは、次から次へと来る陣借り者や志願兵の多さに驚いていた。


「食わせる力があると、人は集まって来るのか」


 経費も、磁器や服飾製品の販売で何とかなっている。

 衣食住を効率良く支給して小遣い程度しか与えていないので、辛うじて収支を黒字にしていたのだ。

 勿論、後で経費を請求するために詳細な請求書は、テレーゼ時代の物から含めて保管してあるのだが。


「ギルベルトが陣頭に立つと、軍が上手く収まる。なるほど、将器とはよく言った物である」


 最近は強力な魔物を多数狩って財政に貢献している導師が、軍事調練で陣頭に立つギルベルトさんを見て感心していた。

 共に似たような風貌で、片や大軍を指揮する才能に長けた男、もう片方は個人で世界一の戦闘能力を持つ男と。

 俺も含めて全員が気が合わない可能性を考慮したのだが、最初の顔合わせの時に……。


『貴殿の名は?』


『クリムト・クリストフ・フォン・アームストロング』


『王国の最終兵器と呼ばれている男か』


『そなたは、ギルベルト・カイェタン・フォン・ボンホフであったかな?』


『そうだ』


 お互いに自己紹介をすると、二人はその場で伏せてなぜか腕相撲を開始していた。

 導師は魔法を使わずに、己の筋力だけで勝負している。

 『なぜ腕相撲なのか?』という俺達の疑問を他所に、二人はほぼ互角の勝負を繰り広げていた。

 とはいっても、そのまま動かないだけなのだが。

 そして数分後、二人は腕を離して勝負を止める。


『やるな。貴殿』


『そなたもな』


 武闘派には、武闘派なりの友情の構築方法が存在するようだ。

 俺には一生理解できないと思うが。


『よくぞ来てくれた。今日は某が一杯奢るとしよう』


『遠慮なく受け取ろう。俺は大量に飲むがな』


『某もそうである。気にするな』


 既に指揮官就任が決まっているので良かったのだが、二人はまだ夕方なのに町にある酒場に向かって歩いて行ってしまう。

 

『仲良き事は美しい?』


『さあ?」


 俺と同じく文系人間であるクリストフは首を傾げていたが、二人はあれから明け方まで飲んでいたらしい。

 それでも次の日の仕事に支障が無い点は素晴らしかったが、一つとんでもないお土産を俺に渡してくれた。


 翌朝、簡単に書類のチェックをしていると、そこに町の酒場のオヤジが請求書を持って現れたのだ。


『導師様と、お連れの方の分です。何でも、バウマイスター様が払ってくださるそうで……』


『俺が?』


 なぜか二人の飲み代は、全て俺が負担する事になっていた。

 と言うか、そんな許可を出した記憶が無い。

 酒場の親爺に渡された請求書を見ると、そこには二万五千六百七十セントというとんでもない数字が記載されていた。


 なるほど、どうせ俺が払うから何も問題ないわけだ。


『飲み代で一万セント超え?』


『お二方は、我が店秘伝の五十年物のブランデーをひと樽空けてしまいましたので』


『……。あの二人、遠慮という言葉を知らないのか……』


 導師は魔物狩りで財政に貢献しているし、ギルベルトさんは得難い人材である。

 一回くらいならと考えて、俺はその請求書の金額を支払った。


 これで調子に乗って何回も同じ事をすればバカだが、引き際を弁えているのでそれ以降はそんな事はしていない。

 なるほど、これが優秀な軍人なのかと俺はある意味納得してしまったのだ。


「バウマイスター伯爵が奢ってくれた、五十年物のブランデーは美味しかったのである」


「そんな貴重な物を樽で飲まないでくださいよ」

 

 代金は支払って貰ったものの、酒場の親爺は他の客に出せなくなったと少し落ち込んでいたのだから。

 物が物なので、金さえ払えば手に入る品ではないのであろう。


「バウマイスター伯爵よ。お主ほどの男が、細かい事を気にしては駄目なのである」


「痛い。導師。肩が痛い」


「あはははっ! まだ鍛え方が足りないのである!」


 紆余曲折があり、俺はほぼ独力で帝国内に兵力を保持する事になった。 

 これが後にどのような形で俺の未来に関わって来るのか?

 それは、まだ誰にもわからないのであった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 国賓である使節団に対してこのような扱いをする皇帝という設定自体破綻していると思いました。ボロボロになった後絶対攻め込まれますよね。誰でもわかることだと思いますが。
[気になる点] エルは無理なのかって聞いただけなのに、なんでフィリップ君はこんなにヴェルを責め立ててるの? この世界的に考えても不敬だし、見てて不快。
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