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第九十五話 南進開始、軽い神輿に人は集まる。

 結局、テレーゼとニュルンベルク公爵による初の決戦は、完全な決着がつかずに終了した。

 ニュルンベルク公爵が子飼いの魔法使いターラントを使って俺を殺そうとしたのだがそれに失敗し、その卑劣な方法に激怒した俺が後方の物資集積所を魔法で焼き払ったので撤退してしまったのだ。


 『腹が減っては戦ができない』の言葉通りに、ニュルンベルク公爵は捨て駒の前衛部隊を残して速やかに撤退している。

 そのせいで、彼の頼れる精鋭十一万人は督戦隊数千人以外はそれほど犠牲は出ていない。


 見捨てられた四万人は、テレーゼの追撃命令により一万五千人ほどが戦死し、二万人ほどが捕虜になった。

 残りの五千人は逃走したようだが、解放軍も二千人を超える戦死者を出している。


 損害比で言えば解放軍の完全勝利であろうが、ニュルンベルク公爵の頼れる軍勢に致命的なダメージを与えたとは言い難い。

 果たして、これが勝ちと言えるのかは疑問なところであろう。


「アルは再び逝ったな」


「もう死んでいるので、また元の場所に戻されたというのが正解であろうか?」


「どうなのでしょうかね」


 本陣が置かれたままの城壁正門前の上から、俺とブランタークさんと導師は戦闘の後片付けをしている味方を眺めながら話をしていた。

 本当は手伝わないといけないのだが、今回は負担が大きかったので免除されていたのだ。


「『英霊召喚』か。妙な魔法があるんだな。伯爵様の嫌な予感も当たるし」


「たまにはそういう事もありますよ」


 あのターラントという男はとにかく不気味であった。

 会食の時から、名前をニュルンベルク公爵から紹介され食事をしているのに、なぜか彼から何も感じないのだ。

 そこにいるのに、なぜかいるという認識しか感じない。

 少し気を抜くとすぐにその存在を忘れてしまうのではないかという不安もあって、俺はただターラントという男が怖かった。


 その勘が当たり、俺は彼の魔法のせいで一日に何度も負傷する羽目になっていたのだが。

 正直、あの後方からの一撃はヤバかった。

 無意識に急所や内臓を避けたみたいだが、それは導師の指導が役に立ったのであろう。

 嫌々ながらも訓練を受けておいて良かったというわけだ。


「師匠は、本当に強いですね」


「今となっては、魔力は伯爵様の方が圧倒的だがな。それでも、アルにはああいう怖さがあった。俺なんかよりも、圧倒的に強いわけだ」


 師匠の木偶にすら押されてしまっていたブランタークさんは、己の魔法使いとしての力量を完全に悟ってしまっているようだ。

 教え方の上手さと弟子の多さでは、間違いなく大陸有数だと思われるが。


「某の近接戦闘とはまた別の、巧妙な戦い方であろう? 自分の方が魔力は多いなどと安心していられないのである」


 三人で椅子に座って話をしているが、テーブル上には師匠の遺品である杖とコップに注いだ王国産高級ワインが置かれている。

 師匠をあの世に送るのは二度目なので、辛気臭いのは止めて酒だけお供えをしていたのだ。


 ブランタークさんと導師に聞くと、師匠はワイン派であったらしい。

 そういえば、あの屋敷の地下にも大きめのワインセラーがあった。


「死者の眠りを冒涜するとはな」


「皇帝には相応しく無い男であるな。バウマイスター伯爵はどう思う?」


「無理が祟っての、こういう戦い方でしょうね」


「無理か。伯爵様の言い方は、言い得て妙だな」


 もし彼が皇帝選挙に勝っていれば、こうはならなかったはずだ。

 もっと穏便に真綿で首を絞めるような方法で、ラン族とミズホ人の力を殺ぎつつ帝国の中央主権化を進めていたであろう。

 ところが彼は、クーデターで政権を獲得している。


「ニュルンベルク公爵にとって、ニュルンベルク公爵家諸侯軍と、支持を表明してくれている帝国軍は有力な支持母体なのです」


 だからこそ、常に彼らに対する配慮が必要となる。

 無駄に犠牲を出せないので、他の面従腹背な貴族や仕方なしに従っているような帝国軍を利用して、解放軍を減らすような嫌らしい作戦を多用する事になるのだ。


「全滅でもすれば、その貴族の領地を子飼いにでも与えて支持基盤を増やせると思ったのでしょうね」


 鬼畜・外道の戦法だと未来の歴史書には書かれるであろうが、上手くいけばそれが正義であろう。

 あくまでも、上手く行けばであるが。


「降伏した兵士が二万人か……」


「テレーゼ様が管理に頭を抱えていたな」


 使い捨て要員にされたので、ニュルンベルク公爵が軍を退いたら簡単に降伏してしまったのだ。

 ニュルンベルク公爵に怒っている貴族達も多かったが、だからといって彼らをそのまま味方扱いするのも難しい。

 領地や家族を人質に取られているので、いざ戦闘になると再び裏切る可能性があるからだ。


「捕虜すら罠なのか……」


「あまりの悪辣ぶりに、ある意味感心するのである」


 確かに、導師の言う通りであった。


「ですが、これからどうするのでしょうか? また睨み合いとか?」


「さすがにそれはないの。勿論討って出るぞ」


 三人の話に、今度はテレーゼも加わってくる。

 政務を処理しながら戦闘後の後片付けを督戦していた彼女は、ようやく書類の処理にひと段落をつけたようだ。


「弔いか?」


 続けてテレーゼは、テーブルの上に載った師匠の遺品とグラスに注がれたワインを見つける。


「師匠は十年前に無事に成仏しているはずなのです。だから……」


 たまたま顔を見せにきて、俺に厳しい訓練をしたのだという考え方で三人は一致している。

 そして、それを終えてまた天に戻って行ったのと。

 

「既に死んでいる者に葬儀は不要ですから。お供えですな」


 導師の発言に、ブランタークさんも頷いて賛同している。


「妾は遠くから姿を見ただけであったが、素晴らしい人物であったようじゃな。『英霊召喚』で呼ばれるに相応しい人物であったと」


「長生きしておれば、王宮筆頭魔導士はアルフレッドが任命されていたでしょうな。しかし、某のご先祖様まで呼び出すとは。あまり活躍はできなかったようですが」


「ターラントとやらの素養や戦闘スタイルとかけ離れておったから、実力を存分に発揮できなかったのでは?」


 いくら無に近い自分に死者を召喚して被せるとはいえ、身長ニメートル超えのパワーファイターと、身長百七十五センチほどの痩せ型の魔法使いでは、相性が悪かったのであろう。

 だから、俺程度にも簡単に撃退できてしまったのだ。

 逆に師匠のようなタイプとは相性が良いらしく、俺は大苦戦していた。


「かもしれませぬな。ところで、あのターラントとかいう魔法使いですが……」


「あれほどの魔法使いじゃ。世間に知られていて当然だと思うのじゃが……」


 解放軍にも、降伏して捕虜になった貴族や魔法使いの中にも彼を知っている者は少なかった。


「『そういう名前の者はいた』、『いたのは覚えているが、どういう魔法使いだったのか記憶にない』。こう証言する者ばかりでの……」


「ニュルンベルク公爵が、どうやってターラントを見出して雇用したのかが一番疑問だな」


 ブランタークさんの言う通りだ。

 存在が希薄な高名な魔法使いを雇うのは、かなりの難事であったからだ。


「既に死んでいる者の事を考えても仕方があるまい。それよりもじゃ」


 ターラントの話を切ると、テレーゼは俺の前で両腕を広げてとんでもない事を言い始める。


「師匠と相打つ羽目になって色々と心に負担がかかったであろう。妾の胸に飛び込んでくるといいぞ」


「はあ?」


「さあ、妾の胸に遠慮なく飛び込んでくるのじゃ」


 師匠を討って落ち込んでいる俺を慰めて、そのハートをキャッチという作戦のようだ。

 俺は勿論、ブランタークさんと導師ですらどうしていいのかわからないで、無言のままであった。


「周囲の目を気にしておるのか? そんな事は遠慮せずにほれ」


 テレーゼは両手を広げて、俺に早く胸に飛び込んでくるようにと促し続ける。

 一体どこから得た知識か知らないが、周囲にいるテレーゼの家臣達の表情は暗い。

 俺の事を縋るような目で見つめている。


「(拒否し続けて欲しいんだろう? お前達の思う通りにしてやるよ!)」


 家臣達からすれば、俺がテレーゼの婿になるなどあってはならないのだ。

 帝国人なので、上手く同じ帝国貴族から婿を探して欲しいと願っているのだから。


「あなた。そろそろお食事の時間ですか……」

 

 両手を広げているテレーゼに困惑していると、そこに昼食の準備が終わったとエリーゼが姿を見せる。

 俺はチャンスとばかりに、彼女の胸に飛び込んでいた。


「師匠!」


「えっ? えっ?」


 エリーゼはわけがわからないらしく、俺に抱き付かれたまま周囲を見回していた。


「ヴェンデリンよ。なぜ近くにいる妾に抱き付かぬ?」


「奥さんじゃないから」


「ほほう。正論よな」


 俺とテレーゼとのやり取りで、エリーゼはようやく事情を察したようだ。

 テレーゼに冷たい視線を向ける。


「テレーゼ様もしつこいですね」


「妾の人生訓は『諦めない』じゃからの。この言葉により、妾はフィリップ公爵として一本立ちしたのじゃ」


 傀儡にされまいと、諦めないで奮闘して独裁権を得たというわけだ。

 素晴らしい資質かもしれないが、俺はその被害を蒙っていた。


「とにかく、食事なので失礼します」


 俺達は、昼食を取るために自分の家へと向かう。

 テーブルの上の杖を魔法の袋に入れ、ワインは導師が一気飲みしてから空のグラスを俺に渡す。


「良いワインであるな」


「お供えを飲むなよ。導師」


「このまま捨てては、ワイン好きのアルフレッドも悲しむであろうからな」


「俺も飲みたかったんだぞ」


 ブランタークさんは、自分が飲もうと思っていたワインを導師に先に飲まれて、それが不満なようだ。


「苦情の内容はそっちであったか。しかしブランターク殿よ。こういう事は早い者勝ちである」


 人は、健康のためにも食事の時間は守らないといけない。

 エリーゼが知らせにきたので、俺達は家へと話しながら歩き続ける。

 

「あなた。テレーゼ様は、何か別の用事があったのでは?」


「そういえば、あったような……」


 『打って出る』とか言っていたような気がしたが、今は食事の方が大切である。

 あとで聞く事にして、俺はエリーゼと手を繋ぎながら家へと戻るのであった。





「ヴェンデリンよ。そなたは最近冷たいぞ」


「そうですか?」


 家に戻った俺達は、揃って昼食を食べていた。

 メニューは、前にミズホ伯国で購入したウドンの乾麺を茹でて釜揚げ風にして、おかずに天ぷら、他にもおにぎりも付いている。

 具は梅干しで、これは戦場なのでお腹を壊さないための処置だ。


 みんなで大量に茹でたウドンを食べていると、なぜかテレーゼが姿を見せて自分もウドンをフォークで掬って食べていた。


「妾が諦めない性質で、放置されても人様よりも心が少しだけ強いから問題になってはおらぬが」


 いや、テレーゼの心は少し強いどころじゃない。

 オリハルコンのように固く、神経はワイヤーロープのように頑丈であろう。


「やはり、年上なのが良くないのか?」


「そういう事ではなくてですね……」


 立場が問題だと何度も言っているのに、いい加減徒労感も出てくるというものだ。


「よし。今日から妾は十五歳だという事にしよう。『テレーゼ永遠の十五歳作戦』じゃ」


「(何だよ。その芸能人の年齢サバ読みみたいな作戦……)エリーゼ。もっとウドンが欲しい」


「すぐに追加で茹でますね」


 あまりにバカバカしいので、俺は無視してエリーゼにウドンのお替りを頼んでいた。

 

 勿論、エリーゼも聞いていないフリで逃げるように台所へと向かう。

 彼女もコメントに困ったのは確実だ。


「十五歳はないわぁ……」


「ボクなんて、逆に『ルイーゼ永遠の二十歳作戦』とかにして欲しい」


「返答に困る」


「私、実年齢よりも少し上に見られるのですが、テレーゼ様よりも年上には見られませんわよ」


 他の女性陣達からも、散々に言われてしまう。

 ブランタークさんも顔の表情が固まったまま無言で、導師は我関せずと大量のウドンを豪快に啜っていた。


「これ。そこで真面目に反応するでない! 冗談くらい解せる余裕を持て!」


「いや、冗談なのか本気なのか判断に迷いまして」


「冗談に決まっておろうが!」


 それから十数分後、昼食も終わったので全員でお茶を飲んでいると、ようやくテレーゼが作戦の話を始めていた。

 そういえば、攻勢に出ると言っていたのをようやく全員が思い出したからだ。


「アルハンスを落とす」


「重要拠点ではないですか」


 一応俺も、帝国の地図くらいは確認していたので知っている。

 このソビット大荒地と帝都との中間地点くらいにある、帝国軍の重要軍事拠点だ。

 巨大な城塞と軍事基地に、人口が三十万人を超える都市も隣接している。


 公式ではないが帝国人は副都扱いしている重要都市で、ここを取れば帝都を窺えるかもしれない。


「戦力が足りないのでは?」


「その戦力を増やすためでもある」


 前の無理な攻勢で犠牲も出ているので、兵力差を考えても勝ち目があるとは思えない。

 俺の心配を、テレーゼは例の捕虜達で補うのだと語っていた。


「アルハンス以北の貴族達の離反を誘うのですか?」


「ニュルンベルク公爵のやり方に反感を覚えているからの。彼らの領地が解放軍の勢力圏に入れば、裏切りを心配する必要が無くなる。後方から、また新規で援軍も来ておるからの。数の不利も縮小したはずじゃ」


「それはそうでしょうが……」 


「ニュルンベルク公爵は大量の食料や物資を失った。暫くは、全軍で攻勢というわけにはいかぬ」


 俺が先の戦いで、反乱軍の大規模補給所を焼き払ったせいらしい。

 

「再び、十万人以上の軍勢が長期間動けるほどの物資を集めるのには時間がかかる。補給切れを考慮して、帝都付近に下がっているはずじゃ」


「魔法の袋で補給を行えば大丈夫では?」


「その魔法の袋を焼き払ってしまったのは、ヴェンデリンではないか」


 軍は消費する物資の量が多いので、魔法の袋と通常の荷駄を並行して利用する。

 片方だけに依存しないのは、単純に安全保障のためである。

 あの集積所には、通常の方法で輸送された物資と汎用の魔法の袋も置かれていた。

 それらは全て、俺の魔法によって焼き払われてしまったのだと。


「かなり後方にあった集積所を焼き払う魔法を使えるヴェンデリンの力に、ニュルンベルク公爵も肝を冷やしておろう」


「そうですか?」


 予想外とは思っているが、別に俺は軍人として優れているわけではない。

 そこまで警戒はしていないのではないかと思ってしまうのだ。


「とにかく、先遣隊と共に出陣をして欲しい」


「わかりました」


 テレーゼの命令を受け、俺達は六万人規模の軍勢で南下を開始する。

 ただし、俺達王国軍組千五百名は遊軍扱いで別行動だ。

 

「エルヴィン隊長殿。今はそんなに緊張しなくても大丈夫ですぜ」


 フィリップに預けたエルは、王国軍組の内五百名ほどを預かり、中隊長として軍勢を指揮していた。 

 数は少ないが、わずか十六歳でこの重責なので、馬上で緊張のためガチガチになっている。

 

「エルさん。リラックスです」


「ハルカさんも緊張でガチガチなので、リラックスしてください」


 婚約者だからというだけではなかったが、ハルカはエルの補佐役のような仕事をしている。

 緊張するエルを解そうとして、自分もそうじゃないかと副隊長をしている中年の王国軍人に指摘されていた。


「緊張などしてませんよ」


「自分も若い頃に経験があるので、今は深呼吸をしてから落ち着きましょう。戦闘なんて暫く無いのですから」


「彼は、あんな事を言っているけど……」


 エルを補佐する中年副隊長の予想に疑問を感じた俺は、隣で堂々と馬を進ませるフィリップにその真意を聞いてみる。

 王国軍組は、どう見ても彼が指揮官にしか見えない。

 若造の俺では、どう頑張っても貫録不足であった。


「自分の子飼いで無い貴族の軍勢にあんな無茶を強いたからな。この辺に領地がある貴族はニュルンベルク公爵に怒り心頭だろうな」


 だから、作戦目標であるアルハンスまではほとんど戦闘は起きないであろうとフィリップは予想していた。

 

「六万の軍勢の内、かなりをアルハンス以北に領地を持つ貴族達が占めている。彼らは、領地に戻ってから解放軍への参加を表明するはずだ」


 解放軍に味方を多数殺されたとはいえ、ここでノコノコ反乱軍に合流してもまた使い捨てにされるだけ。

 かと言って、今まではニュルンベルク公爵が怖くて従うしかなかった。

 俺は、貴族達の悲哀を直接感じてしまう。


「その辺の帰属交渉とか占領後の軍政とかはアルフォンス殿に任せて、我らは前進だな。どうせ、一番前に出ているわけでもないし」


「補給路を断つゲリラ戦とかに対応しないのか?」


「それは勿論しているが、千五百名では出来る事と出来ない事がある。それに、この部隊は余所者で傭兵扱いだからな。クリストフ」


「はい。兄さん」


「例の地図を」


「どうぞ」


 クリストフは、俺に一枚の地図を渡す。

 そこには、かなり詳細なこの近辺の道などが細かく記されていた。


「荷駄による補給は一応確保されているが、これは絶たれる可能性を考慮している。バウマイスター伯爵が大量の食料を持っているのはそのせいだ」


 これは、先の戦いの教訓から魔法の袋に入れる食料を増やしていたのだ。

 あとは、カタリーナの方も同様に強化している。


「念のために、何かあった際の逃走ルートは五か所を想定している」


「過去の教訓を生かして、あまり人が通らない山道ルートも調べてあります」


「それなら安心だな」


 フィリップとクリストフの説明に、俺は納得する。

 駄目ならとっとと逃げるという彼らの方針に大賛成であったからだ。


「その能力を、紛争で生かせたら良かったのにね」


「だからそれを言うな」


 俺の余計なひと言に、フィリップは顔を曇らせていた。 

 それからも、俺達による進撃は続く。

 途中で幾つかの貴族領や町を通過すると、そこで足を止められてしまう。

 なぜなら、彼らはあまり食料を持っていないので売って欲しいと頼まれてしまったからだ。


「食料が無い?」


「はい。先日に行われたと聞いている戦いの前と、その後にもお上の軍勢が買っていってしまいまして……」


 さすがに略奪はしなかったようだが、相場よりもかなり安い金額で強制的に買い取られてしまったそうだ。


「収穫までかなりギリギリという事もありまして、少しでもお持ちならば売って欲しいと……」


「微妙な焦土戦術ですねぇ……」


 内乱で同じ帝国領のため、露骨な略奪は避けたのであろう。

 余剰の食料を全て買い取っているので、進撃する解放軍への妨害工作としか思えない。

 解放軍が食料を強引に現地調達して、現地住民の反発を買うのを狙っているとしか思えなかった。


「すまないな。俺達も食料に余剰は無いんだ」


 要請を断り続けながら前に進んでいく。

 領主の軍勢が戻り解放軍に参加した領地も多いが、戦いで領主が戦死して所属不明や、この期に及んでニュルンベルク公爵に味方して攻撃を仕掛けてくる貴族も存在していた。

 地元なので地の利を利用して、こちらに奇襲をかけようとしたのだ。


「あまり犠牲を出すわけにはいかないな」


 山道の横合いから数十名が奇襲をかけてくるが、既に察知していたので素早く対応していた。


「騎士爵くらいか。エルヴィン。包囲するから左翼を担当せよ」


「了解」


 潜んで俺達に奇襲をかけようとしたようであったが、先に見付かって包囲されてしまう。

 エルもハルカと副隊長の補佐を受けて、ちゃんとフィリップの指示通りに部隊を動かしていた。


「一気に押し包むか?」


「いや、『窮鼠猫を噛む』と言うだろう?」


「一回も戦わないで降伏するか?」


「するさ」


 フィリップは懐疑的であったが、俺は前に出て極微弱の『エリアスタン』を潜んでいる敵軍にかける。

 威力は低周波治療器ほどなので、彼らは驚き叫んでその位置を完全に曝してしまう。


「降伏しない場合は、俺達に斬りかかる間もなく全員死んで貰うが」


「降伏する!」


 奇襲が失敗に終わると、指揮官の貴族はすぐに武器を捨てて降伏していた。

 初老の騎士と思われる下級貴族に、兵士などは大半が装備が粗末な農民などを徴集して諸侯軍を編成したようだ。


「戦っているフリくらいはしませんと……」


 初老の貴族は貧乏騎士で、この内乱に大きく翻弄されていた。

 最初は反乱軍に参加を表明し、あまりに小身なので前線に出ないで街道の警備などを命令されていたそうだ。

 そのおかげで、解放軍の野戦陣地に攻め入らないで済んだので犠牲は出さずにいる。


「降伏した身でこういう事を言うのはどうかと思うのですが、内乱はどうなるのでしょうか?」


「ええと……」


 両勢力の境目にいる、小領主の悲哀というやつなのであろう。

 下手に付く勢力を間違えると、自分達のみならず領民達すら皆殺しにされる可能性もあるのだから。


「まだ南下を続けるから、じきにここも解放軍の勢力圏になるはずだ」


「はあ……。アルハンスですか」


「作戦中なので、それは言えない」


 妙に勘のいい老人だ。

 はぐらかしてみたが、普通に考えればアルハンスが当面の目標になるのはニュルンベルク公爵も気が付いているはずだ。

 守り切るか、戦力の集中のために放棄してしまうか。

 それはわからないが、俺はアルハンスだけ死守してそれ以外の北部領域は一時放棄すると思っている。


 帝国中央北部から北部領域南部は、細切れの直轄地と小領主が多数モザイクのように混在してその管理が面倒だからだ。

 軍勢を連れていけば、すぐに降伏して味方すると言う。

 だが、実は裏切るかもしれないし、それを防ぐために警戒を強めれば余計な人員を使ってしまう。

 信頼する子飼いの軍勢を割く必要があるからだ。


 そんな面倒な地域なので、俺は後方の軍政担当の連中に降伏した彼らを任せて前進を続ける予定であった。


「そういうわけなので、余計な事を考えずに領地で大人しくしていてくれ」


「あの……。連れて行ってくれないのですか?」


「えっ?」


 俺は、思わずフィリップに視線を向けてしまう。

 降伏したばかりの軍勢を加えて前進する。

 戦記物では良くあるパターンだが、信用できるかどうかわからない。

 

 もし更に南下したところで裏切られでもしたら?


 判断がつかないので、俺はフィリップに助言を求めた。


「バウマイスター伯爵はどう思っている? 総大将である貴殿が判断しないと話は進まない」


「軍勢が増えるし、道案内役にもなる。アルハンスを確実に落とせばこの辺も安全圏になるので、多分大丈夫かなと」


「俺も考えが同じだ」


「道案内ですな。お任せください。改めて自己紹介をば。ヴェルナー・ギュンター・フォン・ポッペクです、しがない貧乏騎士爵家の当主をしております。ところで、私の随伴の件なのですが……」


 それから数時間後、再び俺達は南下を続けていた。

 道案内役としてポッペクという騎士の爺さんが付いて来たのだが、一時領地に戻ってから連れて来た軍勢も爺さんばかりであった。


「余剰の食料はニュルンベルク公爵に安く買い叩かれてしまいましたし、若い者には畑仕事がありますからな」


 三十名ほどの軍勢の大半は、老人という編成になっていた。

 

「バウマイスター伯爵殿。私の近所の領主達も合流させたいのですが」


「フィリップ殿?」


「集めた方が面倒が無くていい」


 フィリップの賛成により、次々と近辺の領主が軍勢を率いて合流してくる。

 

「彼は、直轄地の代官です。細切れで狭い場所の代官なので、ほぼ世襲貴族みたいなものですがな」


 見た目は普通の爺さんであるポッペクは、意外と顔が広いようだ。

 彼の参加から一週間で、多くの貴族や直轄地の代官たちが手勢を率いて参加し、軍勢は三倍近くの四千人ほどにまで増えていた。

 しかしながら、兵士の大半は老人であった。

 動けないような者は参加していないので問題は無いと思うが、クリストフの予想が実現しつつあったのだ。


『食料がギリギリなので、老人が率先して兵役を務めているようですね』


 体の良い姥捨てのような気がしなくもないが、思ったほど弱そうには見えない。

 みんな若い頃に領地や利権争いで紛争には参加しているので、隊列を整えて歩くなどの行動には慣れていたからだ。


「後方からの補給も予定通りに来ていますから、今は問題は無いという事で」


 軍勢の数が増えると、それが目立ってまた他の貴族の参加を呼ぶ。

 ただし、老人が多い事を見抜くと、その貴族も老人兵ばかり連れてくる。


「戦闘にならない事を祈るしかないな」


「それは無理だろう。それに、新兵よりはよほど使えるから」


 老人兵達は、食事の支度も寝るためのテント作りにもとても慣れていた。

 更に二週間ほど南下を続けてアルハンスの東側に到着した時、老人達のリーダーのようになっているポッペクがとんでもない事を言い始める。


「サーカットを落としましょう」


「サーカット?」


 俺達が慌てて地図を広げて探すと、ここから十キロほど南にそういう名の町があるのを見つける。


「こんな町を落としてどうするんです?」


 エルの疑問ももっともであった。

 むしろ、これ以上の南下を止めてアルハンス攻めに参加した方が楽であろう。

 こちらは老人ばかりなのだから、後方で待機させてくれるであろうし。


「この町の隣には、廃棄された砦がありましてな」


「廃棄された?」


「ほれ。昨今のアレですよ。予算節約のために軍事施設の統廃合を行ったと」


 サーカットの町に隣接する砦は、昔は重要防衛拠点として機能していた。


「大昔、まだ帝国が小国で中央北部領域に敵国がいた頃に、重要防衛拠点だったのですよ」


 その後、帝国の北伐は無事に進んでサーカットの町に隣接する砦はその価値を大幅に減じてしまう。

 数百年前から破却の話が持ち上がっていたが、それが実現したのは三十年ほど前だそうだ。

 

「帝国軍がコスト削減に反対したのか……」


 それでも、時間をかけて既得権益を持つ帝国軍上層部と粘り強い交渉の後にサーカットの砦は廃止という事になる。

 王国でも良くある事例であったが、徐々に萎む軍に危機感を覚えてニュルンベルク公爵の反乱に参加したのではと、個人的には下種な勘繰りをしてしまうのだ。

 

「でも、破却したのでしょう?」


「予算が無いとかで、民間に貸していますよ」


 頑丈で防犯性に優れた石造りの倉庫があるので、これを町の商人達が借りているそうだ。

 浮浪者や犯罪者が入り込まないように、定期的に警備の人間を動かして管理しているらしい。


「サーカットの町にはたまに買い物に行くので、知っているのですよ」


「一つ質問!」


「何でしょうか? ルイーゼ殿」


「サーカットの町って、アルハンスのように栄えなかったの?」


「人口が五万人はいるはずですから、中堅の商業都市ですかね。色々と理由があって、アルハンスに繁栄を奪われたと聞きます」


「ヴェル。どうする?」


「イーナはどう思う?」


 俺は地図を見ながら、これからの行動をどうしようかと悩んでいた。

 アルハンス攻めは主力に任せるというテレーゼの話なので、このまま無視してアルハンス攻めを後方から見学しているだけでも手柄は十分であったからだ。

 俺に付いて来ている貴族は五十名近いので、これで十分に功績になるのだから。


「偵察して、駄目ならアルハンスに行けば?」


「それが無難かなぁ……」


 試しに行ってみようという事になり、王国軍組とポッペク達が出す老人兵を組ませて偵察部隊を前に出しながらサーカットの町へと進んでいく。

 三日ほどで偵察部隊が戻り現地の状況を伝えてくるが、反乱軍は百名ほどの駐留部隊を残して全て後方に下がってしまったそうだ。


「また食料の買い取りとかしてそうだな」


「しているでしょうが、サーカットの商人なら隠匿も上手でしょうし、無理強いも出来ませんでしょう?」


「反乱軍が強要するかも」


「不可能じゃないかな?」


 ポッペクの意見に、エルも賛成のようだ。


「どうしてそう思う?」


「確実に食料を引き揚げるために、反乱軍は弱いポッペクさん達を狙い撃ちしたのだろうけど、サーカットの住民は五万人もいる。千や二千の軍勢で食料を買い取ろうとすると、反抗するんじゃないのか?」


「五万人の半数は男性で、子供や年寄りを除いても万はいるな。どうせ大量に食料を消費をして足を引っ張る存在だし、少数の守備兵だけ置いて放置したんだな」


 フィリップも二人の意見に補強を行い、部隊内の意見はサーカット攻めで一致していた。


「サーカットの住民が敵に回らない事を祈るよ」


「バウマイスター伯爵殿。こういう内乱などの時には、庶民は冷静に勝者へ付くだけです」


 反乱軍が居座っていれば反乱軍だが、俺達が追い払えば解放軍につく。

 ただそれだけなのだとポッペクは言い切る。


「それを卑怯だと言ってはいけませんよ。彼らには彼らの生活があるのですから」


 別に俺は、嫌悪感は抱いていない。

 『勝てば官軍』だし、わざわざ強者に無謀な挑戦をする事もないのであろうから。


「つまり、勝てばいいと?」


「サーカットの砦を補修しながら粘れば、アルハンスとのラインで帝都にプレッシャーを与えられますぞ」


「ポッペクさん。あんたは……」


 間抜けな奇襲をかけたかと思えば、降伏してからは有能な参謀に早変わりしている。

 軍の事にも詳しいようだし、田舎の騎士にしてはかなり違和感のある人物だ。


「私はただの貧乏騎士ですよ。昔は帝国軍にいましたけどね」


 次男なので帝国軍に勤めていたが、兄が早死にしたので領地に戻ったのだそうだ。

 

「兄には娘がいたので、私の息子と結婚させて領地を継いだわけです。昔は、これでもエリートコースに乗っていましてね」


 簡単に自分の事を語ってから、ポッペクさんは俺の肩に両手を置く。


「最初は反乱軍に組せざるを得ませんでしたが、良い時にバウマイスター伯爵が来てくれました」


「えっ?」


「他の貴族と兵士達もみんなジジイで、失敗して死んでも跡取りはいますから、頑張ってサーカットを落としましょうか。フィリップ公爵閣下へは良い手土産でしょう?」


 元は帝国軍のエリートであったが、兄の病死のせいで貧乏騎士になった男ポッペクさんは、ここで功績を稼いで最後の一花を咲かせるつもりらしい。

 彼の後ろにいる貴族達も、全て同じ気持ちのようだ。


 だから、みんな死んでも惜しくは無い年寄りばかりなのかもしれない。


「バウマイスター伯爵殿におきましては、公正な手柄の報告をお願いしたい次第でして」


「はあ……」


 俺は、爺さん達の迫力に辛うじて返事をするしか出来ないでいた。




 ようやくサーカット町の近くに到着した俺達であったが、町に駐留する反乱軍の兵士数に変化は無かった。

 町の治安は元々警備隊の管轄で、彼らは居候状態である。

 一番防御力が高い砦に籠ればいいのに、そこだと倉庫内の食料や物資が横領される可能性があると商人達に反対され、仕方なしに町に居候していた。

 ただ、あまり質もよろしく無い連中なので、買い物や遊びに行ける町を好んでいるようで、この時点でニュルンベルク公爵はここをまともに防衛するつもりがないのかもしれない。


「重要拠点だと思うのですが……」


 エリーゼは、反乱軍の陣容に呆れ顔であった。


「すぐに取り戻せると思っているからでしょう」


「そうでしょうか?」


 エリーゼは、町と砦の南を隣接するように流れている川を見て、奪還はそう容易ではないと思っているようだ。


「解放軍に入り込まれても、帝都周辺と南部だけ死守すれば反乱軍は痛くも痒くも無いからね」


 ニュルンベルク公爵にとって重要なのは、十一万人の子飼いの部隊なのだ。

 彼らさえいれば、帝都解放を目指して南下を続ける解放軍を誘引して、帝都周辺で撃破も可能である。

 だから、ここで町の一つや二つくらい一時的に無くしても何の問題も無いと思っている。


「補給は南部と帝都周辺から受けられる。解放軍は余剰の食料を引き揚げられているので、暫くは補給体制の維持で時間を潰すな」


 その間に訓練を施して、使える子飼いの戦力を増やそうと思っているのであろう。

 

「若いのに、良くニュルンベルク公爵の戦術を見抜くな」


 フィリップも俺と考え方が同じようで、珍しく俺が適当に予想した戦術論を褒めていた。


「帝都北部付近を遊撃しながら、長躯した解放軍の息の根を一気に止めようとしている。解放軍の陣容から見て、ほぼ全力で決戦を挑まないと負けるからな。反乱軍は、そこでフィリップ公爵殿や主だった者達を討てば、あとはドミノ倒しであろうな」


 指導者や幹部達を失った解放軍など、それこそ簡単に反乱軍によって鎮圧されてしまうであろう。


「勝利後の帝国領内について何も考えていませんね」


「ニュルンベルク公爵は、どうしても軍人の思考に片寄りがちですからねぇ……。不満は北部からの搾取などで中央と南部を優遇しつつ。帝国の一本化を計り、ある程度経済を建て直してから南下を試みるとかそんなところでしょう」


 クリストフの予想に、俺も含めて全員が納得しながら頷く。


「先の話よりも、まずは目の前の拠点を落とす事だな」


 とはいえ、もう策は決まっている。


「反乱軍ども! とっととサーカットと砦を寄越せ!」


「何だぁ? ジジイが何の用事だ?」


 ポッペクさんが、選りすぐりの老人兵達を連れて町の入口で守備隊を挑発し始めた。

 彼らが顔を出すと、そこには七十歳を超えた兵士ばかりが自分達を挑発している。

 数に差は無いが、『こんなジジイ達に負けるか!』と激怒しながら町から出て彼らを追撃し始めた。


「逃げるなジジイ!」


「落ちこぼれで置いていかれたのに、声と態度が大きいの。町でも厄介者扱いの癖に」


「ジジイ! 絶対に殺す!」

 

 図星を突かれたようで、守備隊の兵士達は我を忘れてポッペクさん達を追いかけていた。

 暫く鬼ゴッコが続くが、とある岩場に入り込んだところで彼らは自分達が包囲されている事に気が付く。


「ごきげんよう。お客様は丁重におもてなしをしないと」


 彼らの前に姿を見せたカタリーナは、『ウィンドカッター』の魔法で巨大な岩を綺麗に切り裂く。

 あまりの威力に、彼らは口をあんぐりとさせたままだ。


「戦うと仰るのでしたら止めはしませんが、その時にはみなさん顔と胴体が永遠にお別れですわね」


 半ば見捨てられた拠点に、カタリーナと対抗可能な高位の魔法使いなどいるはずがない。

 守備兵達は、全員武器を捨てて降伏する。


「かなりの重要拠点のはずなのに……」


 武装解除を指揮するハルカは信じられないといった感じであったが、それでも無事にサーカットの町と砦を落とす事に成功するのであった。






「無防備都市宣言ですか?」


「そう。戦時には俺達は砦に立て籠もるから、そちらに配慮とか出来ないし。治安維持は警備隊に、行政は代官殿に任せます。今まで通りでしょう?」


「はあ……」


 犠牲も出さずに占領したサーカットの町の役所で、俺は代官に軍政は敷かない旨を伝えていた。

 理由は、そんな人手があったら砦の強化工事でもしていた方がマシだからである。


 サーカットの町の南部には川が流れているし、砦の方も思ったよりも傷んでいなかった。

 それでも、一秒でも早く補修や改築を行って防衛能力を強化する必要があったのだ。


「あとは、商人の方々へ」


「倉庫の食料と物資でしょうか?」


「ええ。出来れば売って欲しいですね。相場で」


「相場でですか?」


 商人達は渋っていた。

 今は戦時なので、粘れば相場以上で売れると思っているからであろう。


「この町と解放軍との補給ルートが繋がれば、そこまで値上がりはしないと思いますけどね」

 

 後背に領地がある貴族達も味方なので、食料の不足は無くなるはずだ。

 それに、俺達に高値で食料を売って一時の利益を得ても、あとでテレーゼに睨まれれば意味が無い。

 ニュルンベルク公爵のように安値で買い叩くわけでもないので、俺は相場で売る事を強く希望していた。


「無理強いはしませんが」


「……」


 商人達は、渋々といった表情で余剰の食料を相場で売ってくれた。

 

「それと、わかっているとは思いますが……」


 反乱軍側への情報提供や、密偵の匿いなどを行えば死刑だという脅しをかけてから、四千人までに膨れ上がった軍勢は砦に入る。

 昔は重要拠点だったので、全軍が砦に入る事ができた。


「不要な部分だけ壊して、町の拡張に使えば良かったのに」


「お上からの意向で、有事の時に使うかもしれないからそういう使い方や改装工事は止めてくれと言われたそうですよ」


 いつの間にか、老人達のリーダーになっていたポッペクさんはその辺の裏事情に詳しかった。

 何にしても助かったのは事実だ。

 すぐに長期籠城に備えて、全員がテキパキと動き始める。


「何か。平均年齢が高いのな」


 エルがボソっと漏らすが、老人達は物凄く役に立っていた。

 紛争レベルではあるがみんな従軍経験があり、田舎の領地で生活しているので色々な事が出来る。

 早速、長年放置されて崩れかけていた壁と塀を漆喰で補強し始めたり、捕虜の管理なども自発的に開始していた。


「俺やエルよりも役に立っているみたいだぞ」


「内部は任せるか」


 フィリップは王国軍組を警戒に回し、残りの老人達に砦の補修を頼んでいた。

 俺とカタリーナも近場の岩山に出かけて、使える石材の確保を行う。


「サーカットの町が発展できなかった理由がわかりましたわね」


 南の川は良しとして、残りの周囲に点在する湿地帯と岩山、小規模ながら魔物の領域もあって、町の拡張がこれ以上は不可能だった。

 その気になれば開発は可能であろうが、多分アルハンスの方が優先されて放置された物と思われる。


「ヴェンデリンさんなら、短期間で埋め立てられそうですが」


「土砂が無いから。取りに行くのに移動魔法も使えないし、ここは他所の国だからな。面倒なのでパス」


 二人で石材を採集してから砦の拡張と強化を行う。

 もし反乱軍が攻めてきても、俺達だけで防衛可能なように砦の工事を行うのだ。

 サーカットの町にいる代官には、その時には俺達と無関係であると宣言するようにと言っている。


 物理的に町まで防衛できないし、反乱軍も同じ帝国人なので住民の殺戮や略奪などはしないであろう。

 それを行えば、悪評を利用される事くらいはニュルンベルク公爵も理解しているはずだ。


「何いうか、慣れているのな……」


 エルが城壁増築工事の監督を行っているのだが、老人達は故郷で家や道の修復くらいは自分でやっているので、積んだ石材に器用に漆喰などを塗っていた。

 力仕事に難があるが、これは若い者達に任せるか、石材の積み上げはほぼ俺が魔法で行っている。

 作業は順調に進んでいた。


 砦の中でも、老人達は器用に丸太小屋などを建設していた。


「老人パワー恐るべし!」


 前世の日本のみならず、この世界にも元気な老人は多いようだ。

 

「とにかく、いつ反乱軍が再奪還を図るかわからない。警戒を続けながら作業だ」


 主だった者達の意見が一致したので、早くに砦の強化工事を終えようと懸命に作業を進める。

 ただし、老人が多いので定期的に休みをちゃんと入れつつだ。


「なあ。反乱軍が来なくねぇ?」


 サーカットの砦に居を置いてから一週間、なぜか川の向こうに反乱軍の姿は見えなかった。

 二十四時間体制で警戒を続けているのに、一向に姿を見せないのだ。


「ヴェル。ここって本当に重要拠点なの?」


「地図だとそうなんだが……」


 帝都との間を川が遮っているが、直線距離でいうとアルハンスと距離でもそう違いは無いのだから。

 俺はルイーゼに地図を見せながら説明をする。


「それよりも、町の代官がまた来ているわよ」


「またかよ……」


 イーナの視線の方向には、また代官の姿があった。

 軍政を敷かないと宣言しているサーカットの町であったが、南との交易が途絶えたので数日で苦情は入ってきた。

 そのために、俺は砦の工事をフィリップ、クリストフ、ポッペクさんに任せて北部との街道整備を行う羽目になる。


『バウマイスター伯爵様。北方との交易が始まらないと、我らは飢え死にですぞ』


『わかった』


 既に街道はあるのだが、実はサーカットの町の北部は広大な湿地帯である。

 それを避けて曲がりくねった道なので、回り道の分だけ北部との交易が落ちるらしい。


『南部との交易が途絶している以上は、北部との交易を……。砦にいるポッペク様達領主連合との交易の促進を進めませんと……』


『そういう理由なら仕方がないか』


 俺は、サーカットの町から真っ直ぐ北に伸びる街道の整備を行う。


『ここって、何で湿地帯なんだ?』


『南を流れる川の水が流れ込んでいるようですわね』


 共に駆り出されたカタリーナと共に工事を始めるが、まずは湿地帯をどうにかしないと道など作れるはずがない。

 先に川の治水・護岸工事をして、湿地帯に川の水が流れないようにする工事から始める羽目になっていた。

 洪水対策で土による堤防を作り、続いて湿地帯に次々と『ファイヤーボール』を撃ち込んで強引に乾燥させていく。


 もし地球の環境保護団体がこの光景を見たら、『湿地帯の生態系の破壊だ!』と大騒ぎであろう。


『あまりエレガントではありませんわね』


『じゃあ、カタリーナが華麗で手間がかかる方法でやる?』


『さあて。工事を続けましょうか』


 カタリーナは、自分も次々と『ファイヤーボール』を連発して強引に湿地を乾燥させ始める。

 道を作る部分だけ念入りに乾かし、表面の土を剥いでから石材を敷いてこれで完成だ。

 暫くは地盤の沈下があるかもしれないが、それは後でサーカットの町の連中がどうにかする事である。


『いやあ。予想以上に素晴らしい道ですねぇ』


 代官は褒めてくれたが、それよりも気になるのは道の端で排水避けの溝を掘る工夫達の存在だ。


『あくまでもついでに、街道の完成度を高めています』


『ついでねぇ……』


 代官が独自に人を雇って工事させているらしい。


『あの連中は?』


 ある程度乾いた湿地を耕し、雑穀の種を撒いている農夫らしき人達もいた。


『この湿地帯は地下水由来の水が原因ではないので、バウマイスター伯爵様が河川の工事をしてくれたおかげで、じきに住宅地の開発が進められます。ありがたい事で。ただ、地面の完全な乾燥には時間がかかると思いますので、食糧確保の観点からも雑穀を栽培しておこうと。水分も作物に吸収されますしね』


『そうなんだ』


 この代官、地味に農業などにも詳しいようだ。


『バウマイスター伯爵様のお手は煩わせません。私達が勝手にやっている事ですので』


『はあ……』


 そんな経緯もあり、一週間ほどで北方へと続く石畳の街道は完成していた。


「それで、今日は何か用事で?」


「実はですね……」


 湿地帯のため、無駄に西に迂回している街道の整理をお願いしたいのだそうだ。


「バウマイスター伯爵様は、西にあるアルハンスとの連絡を強化して、そのラインで帝都に圧力をかけるそうで」


「軍事機密なので言えない」


 とは言ってみるが、少し知識があれば子供にでもわかる作戦方針である。

 この代官が気が付かないわけがない。


「ええ、わかりますとも。バウマイスター伯爵様は、この方面の軍勢を任されている指揮官様でございますからね。軍事情報の秘匿にご熱心でいらっしゃる事は重々承知しております」


 この方面の指揮官というのは誇張であろう。

 メインはアルハンス攻略の大軍で、俺達は遊軍みたいな扱いなのだから。

 サーカットの町に来たのも、ポッペクさんの入れ知恵のせいであった。


「つまり、西にも真っ直ぐな街道を作れと?」


「実は、町の人間も西の開発を切望しておりまして……。南部との交易が絶たれましたでしょう。北部はバウマイスター伯爵様のおかげで良い街道が出来ましたので、交易も進むでしょうが……」


「はいはい、西ね」


「アルハンスとの交易が促進されれば、この町の戦略的な価値も上がりますでしょう?」


「……」


 俺は、またカタリーナを連れて町の西へと向かう。

 そして、なぜこの町の規模が小さいのかを理解してしまう。


「北は湿地で、西は丘陵地帯になぞの岩山か……」


 とにかく、平坦な土地が一平方メートルも存在しない。

 町を拡張しようにも、場所が無いのだ。


「湿地よりは楽か……」


 俺とカタリーナは、地面を平らにしながら西にも道を広げていく。

 丘を削って出た土は川の西側の堤防の材料に、石材は堤防の強化に、町でも需要があるとかで商人が購入していった。


 あとは……。


「砦の第二期工事?」


「なぜ?」


「人員が増えたから」


 北の街道が完成した直後から、町に北方の貴族で解放軍に軍を出していなかった貴族が兵を送ってきたそうだ。

 他にも、サーカットの町からも義勇兵が志願してきたらしい。


「志願兵? それはまずくないか?」


 戦闘時にはサーカットの町は中立を宣言するのに、そこから兵士が出てはまずいと俺は思ったのだ。


「だからこその、義勇兵なのですよ。個人で志願しているから、町は関係ありませんよというスタンスです」


 クリストフは、そういう事情なので受け入れたと事後報告してきた。

 

「扱いが面倒なので、もしここに反乱軍が攻めてきたら防衛戦には参加する。ただし、我ら進軍後には、ここを守る防衛軍として再編成するですか。それは、ご老人達も同じですね」


 確かに思ったよりも役に立つが、ニュルンベルク公爵が率いる精鋭達との決戦には使えない。

 彼らも、この時点で十分に功績を挙げているので無茶をしないはずだ。


「テレーゼが軍監を送ってきたら、そいつに指揮させてここの防衛を任せるさ」


「その前に、バウマイスター伯爵が見事にこの町の代官に利用されていますが、ここは精々利用されてください。我らの安全のために」


「ちくしょう! 十分に自覚していたよ!」


 そんなわけで、俺とカタリーナはまた一週間かけて町の西に石畳で立派な街道を整備した。

 さすがにアルハンスまでの街道全てに工事は行っていないが、余計な迂回路が減って距離は大分短縮されたはずだ。

 他にも町の西に広大な平地が広がり、川の堤防も西に伸び、平坦にした町と隣接している箇所では、代官が大工達に住宅地を作るように指示していた。


「住宅地の造成?」


「この町では、最近住宅の不足が問題になっておりましてですね。土地も無いので困っていたのですが、大変にありがたい事です」


 俺とカタリーナの工事のおかげですと、代官は嬉しそうにしていた。

 大工達も早速土台から工事をしている。

 ちなみに、家の材料は俺達が切り出して売った石材がメインになっていた。


「お礼と言っては何ですが、フィリップ様とクリストフ様が砦の拡張工事を行っておりますので義勇工夫達を送り出しておきました」


 クリストフが言うまでも無く、俺は代官に利用されている。

 だが、そのおかげで食料などは適正価格で売って貰えるし、工事用の人足達も町が日当負担で出している。

 統治に手間もかかっていないし、お互いのために俺は魔法で工事を続けないと駄目なのであろう。


「こうなれば、どんどんやるぞぉーーー!」


「あなた。あまり無茶をしないでくださいね」


「エリーゼは優しいな。戦闘じゃないから全然無茶じゃないけどね」


 北、西と来て、今度は町の東部もある。

 こちらも地形が悪く、全長二十メートルほどの岩が大量に突き出している場所が川にぶつかるまで続いているので、これも魔法で強引に切り取って平らにし、道を整備して、東側の河川の堤防工事も行っていた。

 これら全ての工事が終わるまでに一か月、なぜか反乱軍は再奪取に向けて攻めて来ない。


 おかげで、工事は予定通りに全て終了していた。

 三方が開けたサーカットの町には建設の槌音が響き、周辺の解放軍に帰順した領地から多くの人達が交易や建設工事で仕事を行うためにやってくる。


 そしてその頃になると、テレーゼから定期的に最新の情報が届いていた。

 

『アルハンスは包囲中じゃ。暫しそのサーカットの町で待て』


 ニュルンベルク公爵の子飼いではないが、反乱軍二万人ほどが籠城しているので包囲して犠牲を減らして落とす方針にしてしまったそうだ。

 すると、包囲中の解放軍にニュルンベルク公爵が別働隊を編成してちょっかいをかけてくる。

 解放軍を消耗させるつもりなのは目に見えているので、テレーゼも援軍を率いてアルハンスの包囲戦に参加していると手紙で知らせてきた。


『ニュルンベルク公爵はこちらに夢中で、ヴェンデリンにちょっかいを出せぬようじゃの。油断せぬように、サーカットの強化を頼むぞ』


「強化って、何をすればいいんだ?」


「もうしているじゃないか」


「もうしていますね」


「代官殿が、旧下町の取り壊しをバウマイスター伯爵殿に依頼してきましたが」


「あのクソ代官。俺を利用し尽す腹だな!」


 一応表面上は激怒しておくが、依頼を受ける事は身の安全にも繋がるし、よくよく考えるとバウマイスター伯爵領にいた頃とあまりやっている事に変わりはない。

 軍や貴族の管理は、フィリップ、クリストフ、ポッペクさんにお任せなので、あとは飯を食べて風呂に入って嫁達と戯れるくらいしかする事がないのだから。


「町人達がありがたがってこちらにえらく協力的だし、砦の拡張に川の船着き場の整備も終わっている。軍勢も六千人まで増えたし、フィリップ公爵閣下の期待には応えているぞ。良かったな。あとで沢山褒美が貰えるぞ」


 フィリップ達はそれで良いのであろうが、俺としては早くバウマイスター伯爵領に帰りたいものである。


「ところで、エルは?」


 俺は、フィリップにエルの所在を尋ねる。

 今ではハルカの補佐を得て、それなりに軍勢を指揮できるようになっていた。


「あいつなら、今日は非番だから。ハルカ嬢と町にデートに行ったぞ」


「何ぃ! あのエルが!」


 人が毎日コツコツと工事をしているのに、自分は婚約者とデートとか。

 許されざる暴挙であろう。


「工事に嫁同伴、夜は嫁達とお戯れ。バウマイスター伯爵こそ許されざる男だな」


「兄さんの見解に賛成ですね」


「羨ましい限りですな。私ももっと若ければ努力するのでしょうが」


 それから一週間後、ようやくアルハンスの反乱軍が降伏したという連絡が入る。

 アルハンスとサーカットを繋ぐラインを確保し、その後背を解放軍の勢力圏にする事に成功したわけだが、アルハンスの商人が仕事を再開してサーカットに来ると、みんな驚いた表情を浮かべていた。


「西の街道が真っ直ぐで、石畳で舗装されていて、町の拡張工事が進んでいる! なぜだ!」


「理由は簡単だ。俺が工事担当なのと、ここの代官の人使いが荒いからだ」


 ついでに言うと、この代官は帝国の官僚で、反乱軍が勝とうが解放軍が勝とうが代官職を世襲しているサーカットの町が栄えるためなら何でもするという事なのであろう。


「あなたは、頑張りましたものね」


「うん。人様の国で頑張った」


 驚く商人の声を聞きながら、俺と嫁達はようやく休暇を取って買い物に出かけるのであった。

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― 新着の感想 ―
こういう代官キャラ、大好きです(笑)
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