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第八十九話 戦術的勝利、戦略的敗北。

 俺達がターベル山地砦を落としてから一週間、いまだに反乱軍の新手に包囲されたままであった。

 こちらを包囲する反乱軍の数は、推定で一万人ほど。

 攻城戦は仕掛けてこず、最初は儀礼通りに降伏の使者を送ってきて、次はヴィルマの狙撃魔銃の射程外からこちらを窺っている。

 

 開戦後に、初見殺しをするべくヴィルマに魔力の多い順に魔法使いを狙撃させたのが原因であろう。

 当然上位の魔法使いは『魔法障壁』で防ごうとしたが、俺が銃弾に『ブースト』を重ねがけして貫通させた。

 彼らの多くは頭部を粉砕されて死亡し、残された魔法使いから報復の魔法が飛んでくるが、これはブランタークさんと導師とミズホ伯国軍の魔法使い達によって防がれる。


 こちらが狙撃以外は防衛に徹したので、反乱軍の魔法使いは味方よりも遥かに劣勢になっていた。

 元々上級の魔法使いがいなかったせいもあり、魔法戦に負けた反乱軍は狙撃魔銃の射程外まで退いて、本来の作戦である包囲作戦に戻っていた。


「近寄って来ないな」


「飢えさせて弱らせてから落とす。もしくは、降伏を促すですな」


 タケオミさんと共に城壁の上から遠方の敵軍を見るが、彼らは動かない。

 時期的にうちの食料が尽きると計算しているので、無理はしない方針なのであろう。

 今は俺付きになっているハルカの兄であるタケオミさんであったが、この人は妹が絡まなければ至極まっとうな人であった。

 その発言に、何らおかしな点はない。


「もっとも、食料は尽きていないけど……」


 テレーゼがそれを見越して俺に参加させたのかは不明であったが、魔法の袋に入っている食料で不足分を凌いでいたのだ。


『伯爵様は、大量に食料を持っているんだな。昔に、ブライヒレーダー辺境伯家遠征軍の分は返したじゃないか』


『別に買い溜めた物です』


『備えあれば……、というやつか?』


『ブランタークさんは、どうなのです?』


『俺と導師とカタリーナの嬢ちゃんは、自分の分くらいだぜ』


 人間何があるかわからないし、どうせ腐らないのだから溜め込んでも問題ない。

 それに、お金があるとどうしても衝動買いが発生する。

 魔の森での狩猟や採集で手に入れた食材などで売却していない物もあるし、帝国に来てから大量に購入した物もある。


 そのおかげで、今現在も味方は飢えていない。

 師匠に習って、魔法の袋に大量の食料を保持していたおかげであろう。

 ただし、それは個人単位で圧倒的に多いだけだ。

 千五百人に食べさせるとなると、さすがにそろそろ限界であった。


『それでも、千五百人に一週間以上も食べさせるのだから凄いけどな』


『俺は食事には気を抜かないタイプなんです』


『それは見ていてわかるけどよ』


 元から軍で持参した食料に、砦に残された食料も少しはあってこれも確保しているが、さすがにあと一週間が限界であろう。

 作戦案では、砦を落とした直後に専用の守備兵と食料が到着する予定であったが、この完全包囲下で来れるはずがなかった。


「そろそろ気が付くかな?」


「もう数日は気が付かないはずです」


 タケオミさんは、妹のハルカが絡まなければ普通に優秀な武官であり剣士でもある。

 食料が不足しているかのように見せているのは、下手に余裕があるのがわかるといらぬ攻勢を生んでしまうからだ。

 最終的には戦わなければいけないのであろうが、今はその前に籠城戦の準備なども必要であった。


 このターベル山地砦は、あまり予算が貰えていなかったらしい。

 遠方からの見た目に反して補修不足で防衛力に不安がある箇所もあり、俺が魔法で色々と直す羽目になっていたのだ。


「捕虜を返した時点で、疑われてはいないはずです」


 最初に反乱軍に包囲された時に、先の攻城戦で捕虜になった全員を解放している。

 残しても管理が面倒であるし、彼らも食料を消費してしまう存在だからだ。

 無条件の解放なので、トヨツグさんは『奮戦した敵軍の兵士達に対する敬意の表れである』というそれらしい口上を反乱軍の指揮官に述べていたが、敵軍は食料を無駄に消耗する捕虜を負担に思えたからだと確信したはず。

 身代金や捕虜交換も経ずに帰しているので、向こうは俺達が食料消費を抑えるために苦渋の決断をしたと思っているはずだ。


「もう少し油断させないとな」


 俺達がターベル山地砦を占領した直後に突然現れた反乱軍によって逆に包囲されたという事は、他の占領地でも同じ事が起こっているはずだ。

 テレーゼは、間違いなくその後詰めで兵を出さないといけない。

 兵力数や重要度的にうちが後回しになる可能性は高く、ならば時間を稼いでおくのが上策であろう。


「バーデン公爵公子達を優先するだろうからな」


「ええ……」


 余計な攻勢案を出して自爆したバーデン公爵公子であるが、有力な味方なので見殺しにも出来ない。 

 彼が戦死をすると、ニュルンベルク公爵に囚われているという彼の父親バーデン公爵の身を案じて、バーデン公爵家が反乱軍側に寝返る可能性もあったからだ。

 

「それに、ここはすぐには落ちない」


「そうですね」


 既に修理と強化を終えた城壁を降りて二人でミズホ伯国軍の陣地に行くと、そこではトヨツグさん以下の幹部が食事を取っていた。

 メニューは、焼いたパンに野菜と肉をショウユで煮た物がメインになっている。

 あとはこれに、魔の森産のフルーツやチョコレートなども支給していた。

 通常であると、軍の食事は兵士と騎士以上で大きな差が存在している。

 貴族の中には専門の調理人まで連れて来る人もいるそうだが、今回はみんな同じ食事を取っていた。


 兵士達の士気や精神状態が重要となる籠城戦なので、幹部だけで酒や美味しい物を食べていると思わぬ敗北を迎えてしまう可能性があるからだ。


「魚が食いたいな」


「早くあの連中をぶち殺して、一杯やりたいものじゃ」


「十分に食えるだけで贅沢であろう。バウマイスター伯爵様がいなかったら、今頃は食料は尽きておったぞ」


 ミズホ伯国軍の幹部達は、出された食事を早食いで食べている。

 戦争中なので、早く食べる事が肝要でマナーでもあるからだそうだ。


「明日は、米を提供していただけるそうで?」


「ええ。南方産の米ですが……」


 トヨツグさんの問いに、俺は答える。

 子供の頃に初めて手に入れた時には美味しいと思ったブライヒブルク産の米であったが、ミズホ伯国産の米に比べるとどうしても味が落ちてしまう。

 南方は気候が温暖で水も豊富なので二期作が可能なのだが、年に一回しか米を作れない北方に比べると味では負ける。

 寒暖の差が激しい方が米は美味しくなる。

 これは商社マン時代から、良く聞いている話だ。

 新潟や東北地方産の米の評価が高く、西日本の米がさほど有名でないのにはそういう理由も存在するのだ。

 他にも水の質なども左右するが、これも雪解け水などが使えるミズホ伯国の方が有利である。

 

 更に収量は落ちるが、実は山地で作られる米も味が良くなりやすい。

 実際に、ミズホ伯国産の米で山地で作られている米は収量が少ない分値段が高かった。

 俺も購入していたが、試しに炊いてみると本当に美味しい。

 まるで、コシヒカリでも食べているようなのだ。

 

 その代わりに、値段は十キロで二シュ、日本円で約二万円であったが。

 高級品として帝国中に輸出されているので、この値段になってしまうそうだ。


「米が食えれば文句はありません。それに、酒まで提供して貰って感謝しております」


 一度だけ例外処置として、全員にコップ一杯分の酒も提供していた。

 大量に持っていた砂糖を材料に、魔法で強引に醸造したラム酒のような物であったが、いきなりの籠城戦で酒の準備が出来なかった兵士達には好評であった。


「本当は、もっと色々とあるのですが……」


 兵士全員に分配できない品は、全て封印していた。

 自分達だけで美味しい物を食べていると、兵士達の不興を買ってしまうからだ。

 籠城戦という閉鎖空間の中での不協和音は些細な事から爆発的に広がるので、幹部だけで特別な物を食べたり酒を飲んだりする行為は禁止となっていた。


「バウマイスター伯爵様秘蔵のワインを、相場の五倍でもいいから買って飲みたいのが心情ですがな。それはここを切り抜けてからにしましょう」


「切り抜けられたら、もっと安く売りますよ。いや、一本提供しましょう」


「それはありがたい。そのワイン分は後で暴れましょう」


 それに、実は既に利益も出している。

 籠城に必要な食料は大部分俺が提供していたが、別に無料ではない。

 請求は全てテレーゼに出すし、その額は相場よりも大分高くしている。

 輸送費分を上乗せして請求しているからだ。


『ヴェル。相場の三倍で本当に構わないの?』


 請求書を書くのに必要な、提供した食料の帳簿をつけているイーナが俺の指示に確認を求めた事があった。

 きっとボッタクリ過ぎだと思ったのであろう。


『この事態を招いたテレーゼの失態だからな』


 補給の失敗は総大将であるテレーゼが負うべき責任であり、その尻拭いをしているのは俺なのだから増額報酬は当たり前であった。

 それに、あまりテレーゼが俺に借りを作るのは良くない。


『他の家臣や貴族達に、戦果は挙げたがガメつい男だなと思われた方がいい』


 向こうで、勝手に貸し借り無しだと思ってくれるからだ。

 今までの戦況から見るに、テレーゼが勝っても帝国は暫く国内の立て直しに苦労する羽目になるであろう。

 その帝国に、俺が手を出すなどと思われると面倒であった。


 傭兵としてガメつく報酬を取った方が、実は彼女のためになるわけだ。


『テレーゼ様だからヴェルの思惑は理解していると思うけど、出費が嵩んで泣いているでしょうね』


『そこまでは責任は持てないな』


 こんな会話もあり、俺達への報酬の捻出にテレーゼは苦労しているはずだ。

 下手に土地や利権を与えれば周囲から反発が出るし、借金にするとまた俺達に借りが出来てしまう。

 テレーゼは、俺達への報酬を一括で支払う義務があるのだ。


「ミズホ伯国の人間としては、帝国政府が多少弱っていた方が好都合ですからな」


 保護国とはいえ、ニュルンベルク公爵のような人物には枚挙にいとまが無い以上は、ミズホ伯国は常に帝国を仮想敵国として生き残らなければいけないからだ。

 今回の参軍も、決して善意だけで引き受けているわけではなかった。


「何にしても、その報酬は勝てないと貰えないですからね」


「確かに、勝たないと意味がないですね」


 そんな話をしてから数日後、遂に反乱軍は動いていた。

 少しずつ様子でも見るかのように、ターベル山地砦正面門前の山道を登っていたのだ。

 山道の幅の関係で、正面門に一度に襲いかかれる軍勢は二千人ほどであろう。

 だが、交代で攻められれば反乱軍は一万人なのでターベル山地砦を落とされる危険性があった。


「魔法使いは要人警護か……」


 先のヴィルマによる狙撃に警戒して、人数が減った彼らは貴族などの護衛にあたっていた。

 軍勢を詳しく観察すると、彼らは反乱軍に参加した諸侯軍の混成部隊のようだ。

 狙撃された魔法使い達の最期を直接目にして、自分の身を守る事に専念させているらしい。


「間違ってはいない。貴族の当主が死ぬと面倒だから」


 トップが消えるので、諸侯軍の混乱は必至だからだ。

 自分だけ戦死傷を避けようと見られてしまう者も多いが、それは今までの行いの差であろうから俺からは何も言えない。


「どうするの? ヴェル」


「新兵器の実験をする」


「この巨大な麻袋を投げればいいの?」


「ルイーゼの怪力で頼むよ」


「ボクは魔力で力を増やしているだけで、普段はそうでもないけど……」


 俺から怪力扱いされて少し不満なようであったが、ルイーゼは足元に準備していた直径ニメートルほどの巨大な麻袋の球を行軍中の敵軍に向けて投げていた。

 魔力のせいで数百メートルも飛んだ麻袋を兵士達は慌てて避けていたが、俺は地面に落ちる直前の麻袋に魔法で着火を行う。

 なぜか中心部から大爆発を起こした麻袋からは、岩の鋭い破片や鋳溶かすしか使い道が無い金属片、俺が作成した銃弾などが詰められていて、周囲に飛び散って多くの兵士達を死傷させる。

 威力の関係で、貴族に降りかかった破片は護衛の魔法使いによる『魔法障壁』で防がれていたが、別に目標は貴族ではない。

 なるべく多くの兵士達を死傷させる事にあり、攻城戦を断念させる事にあった。


「全部投げちゃって」


「こういう武器なんだ。凄い威力だね」


 準備していた破片入りの麻袋は合計で十個、全て無事に行軍中の兵士達の近くで破裂して多くの死傷者を出す。

 死者はそれほど出ていなかったが、破片で負傷した兵士は多い。

 重傷者は無事であったり軽傷の兵士達によって後方に下げられていく。


「治療が終わるまで攻撃には参加できないわけだ」


 加えて、あまり充実していないはずの従軍神官達への負担も増す事になる。

 多くの怪我人を治療して魔力を失い、魔力が回復しない内に無理に攻勢を強めれば、負傷者が治療できないで助けられない事態も考えられる。

 完全に時間稼ぎのためだけに準備した物であった。

 死者も三桁以上は確実に出ているので、攻撃兵器としても有効であったが。


「悪辣だねぇ。ヴェルは」


「うん。褒め言葉だと思って受けておこう」


「旦那様としては、頼もしい限りだね。でも、何で爆発したの?」


「使わないクズ魔石を使ったんだ」


 地球ならば火薬を使うのであろうが、俺に火薬製造の知識は無い。

 木炭、硫黄、硝石が原料だと聞いたような気もするが、実際に配合するのも面倒だし、配合中に爆発でも起こせば面倒だ。

 それに、この魔法優位の世界で魔法が使える俺がなぜ火薬を普及させなければいけないのか?


 誰かが発明してしまえば仕方がないが、実はその点も心配していない。

 ミズホ伯国が、魔力で弾を撃ち出す魔銃を実用化してまったからだ。

 間違いなく、両国はこれの普及に全力を注ぐようになるはずだ。


「魔石を?」


「多少の工夫は必要だけどね」


 魔物を狩って得られる魔石には、小さかったり籠っている魔力が少なかったりであまり値段にならない物も多い。

 魔道具作りで薪や炭のように消耗品扱いする使い方もあるのだが、需要がそこまで無いので冒険者ギルドに買い叩かれてしまうのだ。

 古代魔法文明時代ならば、大量のクズ魔石から魔晶石を製造する技術もあったそうだが、生憎と今は研究中である。

 魔道具ギルドと魔導ギルドが試作する量程度で需要が増えるわけもなく、俺は集めたクズ魔石を無駄に死蔵していた。


 このクズ魔石を麻袋に入れてドッヂボール大ほどのコアを作り、そこに『同調』の魔法をかけて魔力の質を変質させておく。

 次に、大量の石片やクズ鉄、銃弾などの中心に入れて先ほどの巨大な麻袋を作り、遠方に投げさせてちょうど良いタイミングで爆発魔法を発生させる。

 炸裂弾と同じ効果を狙った物だが、ここで鍵となるのは魔力の『同調』である。

 わずかに違う自分の魔力とクズ魔石の魔力の質を『同調』させる。

 これをするとクズ魔石の魔力量が半分ほどに減ってしまうが、これをしないと遠方から着火させる事は出来ない。


 胡乱な方法に見えるが、今は戦争で相手は大軍なので魔力は出来る限り節約したい。

 この方法だと、遠距離に同程度の魔法を放つよりも圧倒的に魔力が節約できるのだ。


「某も使えたら良いのにとしか思えぬな」


 移動系の魔法が封じられているせいで、『高速飛翔』が使えない導師は魔力で腕力を強化して石を投げ続けていた。

 投げる石はいくらでもあるので、それを選んだのであろう。

 石が直撃した兵士は動かなくなっていたが、あまり効率が宜しくない。

 導師が使える蛇の放出魔法は、威力の割に魔力の消費が激しいそうで今は使っていなかった。

 反乱軍との距離もあるので、投石で十分だと思っているようだ。


「あいつら。進撃を止めないな」


 俺の自家製炸裂弾に、導師の投石で数百名の犠牲を出しつつも反乱軍は次第に正門前に近づいてくる。

 貴族達は数少ない魔法使いによる『魔法障壁』で守られているので危機感がなく、攻撃を続行するつもりのようだ。

 ブランタークさんは味方の弓矢による攻撃を魔法で強化しながら、魔法使い達の動向に注目している。


「魔法使いが、攻撃に転じませんかね?」


「自分の守りを解いてまで攻撃命令を出せる連中がいないようだな」


 反乱軍は混成部隊で、前に戦った帝国軍と選帝侯家諸侯軍の混成部隊よりも練度や装備が劣る。

 ついでに、あまり軍勢の指揮にも慣れていないようだ。


 ただ多数で正門に殺到できれば勝ちだと思っているのかもしれない。


「向こうも酷い物だな」


 ブランタークさんは呆れ顔だ。

 味方はテレーゼが完璧な主導権を取るのに苦心しているし、反乱軍は一見ニュルンベルク公爵が主権を完全に把握しているように見えるが、邪魔な貴族や帝国軍幹部の力を落とすのに犠牲を厭わぬ無理攻めを強行、いや誘導しているのであろう。

 少しでも敵を削れれば良しで、駄目でも犠牲を出して力を落としてしまうのでニュルンベルク公爵にとっては好都合だ。


「短期的には良い手だと思うがな」


「長期的には最悪ですよね」


 出した犠牲の回復で、帝国は膨大な時間と金を必要とするからだ。

 破壊の後の再生というやつかもしれないが。


「ヴェンデリンさん。近づいて来ましたわよ」


「そろそろだな」


「魔銃隊! ちゃんと狙えよ! 撃てぃ!」


 いつの間にか城壁の上に集合していた魔銃隊による射撃が始まり、鹵獲されたバリスタや普通の矢なども大量に発射される。

 正門前で多くの兵士達が撃たれて地面に倒れ、少し後方から反乱軍による弓攻撃も始まるが、これはカタリーナが一人で防いでいた。


「あまり多用は出来ませんわよ」


 カタリーナは、『強風』の魔法を駆使して反乱軍からの弓矢攻撃を反らしている。

 風魔法に煽られた大量の矢は、パタパタと地面に落下していった。


「治療します」


「すいません」


 たまに矢が命中してしまう者もいたが、反乱軍に比べれば圧倒的に数が少ないのでエリーゼ他数名の治癒魔法使いによってすぐに治療されていた。

 

「圧倒的に味方が有利ではあるが、諦めないな」


 エルも、俺の傍でハルカやタケオミさんと共に弓矢で敵を攻撃していた。

 まだ城壁を登って来た敵はいないので、刀を振るう機会はまだ訪れていなかったからだ。


「エル。魔銃は使わないのか?」


「すまないけど、足りないから貸してくれと言われた。元々向こうのだし、まだ扱い慣れていないから仕方が無いな」


「どうしてもミズホ伯国軍が優先されますからね」


 メンテナンスは向こう持ちで魔銃を借りていたのだが、エル、ハルカ、タケオミさん共に腕前はヴィルマに遠く及ばない。

 今回はミズホ伯国軍が持って来た魔銃が少ないそうで、より有効的に使える向こうに返してしまった。

 同朋であるハルカとタケオミさんも同じなので、エルも素直に返すしかなかったのであろう。


「となると、あとはヴィルマの物だけか……」


 ただ、ヴィルマも狙撃魔銃は使っていなかった。

 一発ごとに魔力の補充が必要だし、貴族を狙っても魔法使いの『魔法障壁』によって防がれてしまうからだ。


「こちらの方が効く」


 ヴィルマは、事前に集めていた岩を反乱軍に次々と落としていた。

 彼女は怪力で直径二メートルほどもある岩を、軽々と城壁の下に落としていく。

 当然、下敷きになった奴が生きているわけがない。


「なかなか諦めない」


 既に相当の犠牲も出ているし、先ほどの炸裂弾の攻撃で出た負傷者への治療で治癒魔法使いの魔力は枯渇しているのであろう。

 後方に下げられた負傷兵達は、数時間後も戻って来なかった。


「そろそろ諦めればいいのにな」


「それが出来るのなら、最初から攻めて来ないであろう」


「導師。急に正論を吐くなよ。冗談なんだから」


 ブランタークさんの気持ちはわかるが、いくら落とし難い山頂の砦でも七分の一ほどの守備兵しかいない砦を奪還できなければプライドに関わるのであろう。

 貴族らしい指揮官達は、犠牲も厭わずに攻撃命令を出し続けているようだ。


 良く見ると、遠方から激しい身振り手振りで攻撃命令を出している。

 本人は、傍にいる魔法使いに常時『魔法障壁』で守られているので危険は少ない。


 兵力の無駄な消耗に何も感じず、自分は安全な場所から命令だけ出している。

 こういう連中だからこそ、数で押す戦法には使えると思ってニュルンベルク公爵が彼らを指名したのかもしれない。

 消耗しても特に惜しいとは思われていないのであろう。


「こちらの犠牲を抑えつつ、防戦ですね」


 他の攻略部隊がどうなっているのかを確認しようがないが、この人数では助けにもいけない。

 命令されても、断固拒否するしかないであろう。

 負けないようにして、どうにかテレーゼがいるソビット大荒地の陣地に逃げ帰らなければいけない。

 当然、このターベル山地砦は放棄するしかない。

 補給も無いのに、こんな山頂の砦など維持できないからだ。


「魔銃隊! 第二小隊と交代!」


 反乱軍は相変わらず勢いよく攻め寄せ、こちらの手痛い反撃を受けて死傷者を増やしている。

 負傷者は回収して後送しているが、死者は放置していて、正面門や城壁の前に折り重なっていた。


「良く狙って撃てい!」


 味方は、攻城部隊の後方から飛んでくる弓矢を避けながら銃弾と弓を撃ち続けている。

 たまに犠牲者も出ていたが、損害比率は比べるのも可哀想なくらいだ。


「新兵器その2」


 味方は数が少ないので、なるべく休養を取らせてあげたい。

 そのために犠牲者の上乗せが必要だと思った俺は、魔法の袋からミズホ伯国製の新兵器を取り出していた。


「魔砲か……」


 ダジャレやオヤジギャグではなく、魔法で砲弾を撃ち出す大砲の事であった。

 実はこの兵器は、似たようなコンセプトの物が王国でも開発されている。

 前に、そんな話を聞いた事がある。

 ただ砲弾はあまり飛ばないし、魔力効率も悪くて今も採用には至っていない。

 ミズホ伯国でも多少性能がマシ程度で、俺に貸与されたという事は使い道が無いと判断されたからだ。

 砲身が一メートルほどもある魔砲は、照準をつけやすいようにと大八車のような木製の台車に乗っている。

 これも魔銃と同じく、前込め式であった。


「ヴェル。弾は?」


「これから装填する」


 ここで普通ならば、砲丸投げで使うような砲弾を装填する。

 だがそれだとあまり威力がないので、先に数キロ分のクズ魔石を、続けて布袋に入れた大量の銃弾や鉄クズを装填する。

 次に、魔砲に付属している魔晶石に触れて砲身内のクズ魔石を『同調』して、これで発射準備完了だ。


「照準は、なるべく敵兵の密度が高い所」


「了解」


「俺も手伝う」


 イーナとエルが台車の上に乗った魔砲を動かして、その砲身を次に城壁に迫るべく集結していた後方部隊に合わせる。

 

「イーナ。ここでいいのか?」


「今城壁に取り付こうとしているのは、味方で十分に対応できている。次に攻め寄せようと集結しつつある敵部隊を撃った方が効率的よ」


「なるほど」


 イーナの意見に俺は納得していた。


「エル。頑張って勉強しないと」


「イーナって、実は将校としての才能有り?」


「そんな物は無いと思うけど……」


 二人によって魔砲の照準が無事に定まり、俺は素早く砲身内のクズ魔石を爆発させる。

 爆音と共に銃弾やクズ鉄が標的へと飛んで行き、次に城壁攻撃をするために集結していた敵軍部隊の前衛をズタズタに切り裂く。


「従軍神官! 治癒魔法を!」


「さきほどの炸裂弾による負傷者の治療で魔力が尽きたそうです」


「なぜお館様は攻撃を明日にしなかった!」


 クズ魔石で嵩上げして威力を増した砲撃により、反乱軍は更に死傷者を増やしていた。

 丸い砲弾よりも、炸裂タイプにした方が効果があるようだ。

 信管など望めないので、丸い砲弾だとどうしても効果が限定されてしまうからだ。


「次!」


「わかったわ」


「おう!」


 続けて、炸裂弾による攻撃を行う。

 なるべく反乱軍兵士達が集まっている場所に砲撃を行うが、弓も届かない場所で安全だと思って部隊を整えていた反乱軍は混乱し、魔力切れで治療も侭ならない。

 増え続ける犠牲にようやく心が折れたのか?

 昼過ぎになってからようやく撤退を開始していた。


「ヴィルマ!」


「任せて」


 勿論、反乱軍の方が圧倒的に数が多いので追撃は行わない。

 だが、ヴィルマに狙撃を行わせて敵を減らしておく必要があった。


 ヴィルマは狙撃魔銃を構え、俺はそれに魔力を供給しながら背中を向けた魔法使いの中で一番魔力量が高い奴を探す。

 とはいっても、そういう奴は貴族指揮官の傍にいるのでわかりやすかった。


「あいつだ」


 ヴィルマに指示を出すと、すぐに標的に照準を合わせて引き金を引く。

 既に弓矢の有効射程距離の数倍も距離が離れていたが、俺の魔力で威力が強化された銃弾は魔法使いの頭部を柘榴にように破壊していた。


「次はあいつだ!」


「わかった」


 あり得ない距離からの狙撃に、反乱軍は撤退の速度を早めた。

 どうやらあと一人が限界のようだ。


「逃がさない」


 ヴィルマの射撃はもう一人の中級魔法使いの頭部を吹き飛ばし、これでようやく今日の戦闘が終了するのであった。





「エリーゼ。すまないが」


「いえ。これは、神官でもある私の役目です」


 戦闘終了後、俺達は反乱軍が大分後方まで下がったのを確認してから門を開けて死体の処理を行う事になる。

 とはいっても、いつ反乱軍が攻撃を再開するかもしれないので、遺体の埋葬などは行えない。

 使える物を剥ぎ取り、ある程度纏めてエリーゼ達神官が事前に作っていた聖水を振りかけてお祈りを捧げる。


 これをしておかないと、魔物の領域で無くても稀に死体がアンデッドになってしまう事があるからだ。


「戻ろうか?」


「はい」


 数時間後、一緒に作業を行ったミズホ伯国軍の兵士達と共にターベル山地砦に戻る。

 エリーゼと手を繋ぎながらであるが、こうでもしないと死体の山で陰気な考えしか浮かばなくなってしまうからだ。


「ヴェル。夕食が出来ているわ」


「ありがとう。イーナ」


 明日も攻撃があるはずなので、食事を取って早めに寝てしまうに限る。

 それでも、俺達には夜警などが割り振られていないだけマシであろう。


 地形的に夜襲を試みてもすぐに見付かってしまうので意味は無いが、こちらの士気を落とすために攻めるフリくらいはしそうなので警戒はしていたのだ。


「無理をさせているなぁ……」


 この状況で妻達と夜の生活などあり得ない。

 俺達は、男子用と女子用のテントに分かれて寝ていた。


 魔法使いは寝ないと魔力が回復しない。

 いつ魔力が必要になるかわからないので、常に休む事を優先される。

 エル、ハルカ、タケオミさんは、貴重な魔法使いを失わない盾としての役割を期待されているので交代で俺達のテントを護衛している。

 ミズホ伯国軍からも人を出しているし、彼らは三交代制で反乱軍への警戒も怠っていない。


 休む時間は十分に与えられているのだが、慣れない戦闘と死体の山ばかりで精神が休まらなかった。

 だが、男である俺が弱音を吐くわけにはいかない。

 エリーゼ達は、女性の身でそれに耐えているのだから。


「みんな。伯爵様が旦那だから付いて来ているんだ。辛いとは思っても、表面上は口には出さないさ」


「なら。それを聞かないのが情けですか……」


「伯爵様といると恵まれた待遇は受けられる。だが、こういう不測の事態に巻き込まれやすい。それに耐えられない奴は、伯爵様からの恩恵を受ける資格は無い。エリーゼ達は、それがわかっているから戦っているんだぜ」


 この世界は、そんなに甘くない。

 俺が養える人間の数には限度があり、こちらからの恩に奉公や忠誠で答える必要がある。 

 それは妻も同じで、そこに甘い色恋沙汰など関与する余地は無い。

 地球の恋愛創作物の世界から見れば、ブランタークさんが語る価値観はおかしいと思われるのであろう。


「(日本も、昔はそうだったみたいだけど……)それにしても、このアホみたいな作戦の結末ですよ」


「テレーゼ様は、軍の指揮権を纏め切れなかったな。バーデン公爵公子達の勇み足を防げなかった」

 

 冷徹な貴族としてのテレーゼは、ある程度の失敗は織り込んだのであろう。

 致命傷になる前に救出して、その貸しを利用してバーデン公爵公子よりも優位に立つ事を考えている可能性が高い。

 

 だが、別に好んで兵を出しているわけでもないミズホ上級伯爵は面白くない。

 無駄な犠牲を出しているし、俺達だって言いたい事が山ほどある。


「それを言えるかどうかもわからないがな。言えるように寝ようや」


「導師って、どんな時でも良く寝てますよね」


「神経にオリハルコンの芯が通っているんだろうな……」


 俺とブランタークさんは、導師のイビキに耐えながらも疲れているので就寝してしまう。

 そして、それから三日間は防衛戦闘に従事し続けたので詳しい描写は割愛しようと思う。


 弓、魔銃、魔砲によって次々となぎ倒されるも、なぜか攻勢を止めない反乱軍の兵士達。

 既に損害は数千人にも達しているはずであったが、一向に攻勢を止めないのだ。


「頭がおかしいのと違うか?」


「いえ。もう少しで落とせると思っているのでしょう」


 その日の夕方、全員で夕食を取っていると救護を担当しているエリーゼが自分の意見を述べる。


「現時点で、ミズホ伯国軍の戦死者は百二十三名にも達しています」

 

「もう少しで一割か……」


 俺達の中には、当然死者はいない。

 たまにエルやタケオミさんが負傷していたが、軽傷なのですぐにエリーゼが治してしまうからだ。


「一割はキツイな」


 ゲームでならともかく、実際の軍勢で一割以上の犠牲を出すとかなりキツイ。

 士気が落ちてしまう事も珍しくない無いのだが、それがないミズホ伯国軍は真の精鋭と言っても過言ではなかった。


「はい。向こうは既に四割くらいは失っているはずなのですが……」


 最初の、反乱軍の総数は一万人という数値はあくまでも推定だ。

 なぜなら、地形の関係で反乱軍は全軍でこのターベル山地砦を攻められない。

 最高でも三千人までしか一度に攻められないので、それが余計に損害を増やしているのかもしれない。

 だが、いくら殺しても次々と新手を投入する反乱軍に、ミズホ伯国軍の中でも懸念の声が上がり始めていた。

 いくら殺して大戦果を挙げても、最後には数に押し潰されるのではないかという不安が広がりつつあるのだ。


「すまないな。苦労をかけて」


「いえ。私は、戦闘には参加していないので」


「参加しているじゃないか。後方支援が無い軍なんて瞬時に崩壊するから。それに、エリーゼがいなければ死者は倍以上になっていたはずだ」


 普通の男でも後ずさってしまいそうな重傷者を、彼女は血塗れになりながら治療を続けていた。

 そのおかげで、ミズホ伯国軍兵士達の間でもエリーゼは聖女扱いされている。


 同時に、『あんなに美しい聖女様を妻にしているバウマイスター伯爵はいいな。代わって欲しい!』という風聞も流れ始めていたが。


「あなたにそう言っていただければ嬉しいです」


 エリーゼの治癒魔法は、かなりの重傷者でも治せてしまう。 

 ミズホ伯国軍本軍ならともかく、トヨツグさんが指揮するこの別働隊の中でエリーゼに匹敵する治癒魔法使いなど存在せず、だからこそここまで戦死者を抑えられたのだから。


「私は、利き腕にだけ余分に筋肉がついてしまったわ」


 イーナは、俺の傍で魔砲の照準を手伝ったり、投擲機を使用して槍を大量に放っていた。

 反乱軍が引き揚げると、戦死者が持っていた槍を大量に回収してそれを投擲していたのだ。


 血塗れで何度も回収されているのでボロい槍ばかりであったが、投げるのには不都合は無かった。

 魔力で強化された槍は多くの反乱軍兵士達を死傷させていたが、もう一つ、イーナには戦術眼のような物があるようだ。

 魔砲の照準を、攻め寄せる反乱軍の攻勢を崩壊させる位置に的確に合わせたり、各部隊の連携を阻害する位置に合わせるのが得意であったからだ。


『イーナ。何でここに攻撃するの?』


『この部隊が次に正面門の破壊を試みているからよ。今正面門の破壊を試みている部隊は、既に損耗も激しいく足を止められている。撤退は時間の問題だから、これは他の味方に任せればいい』


『イーナは凄いな。なぜわかるのかが不思議だ』


『このくらいの判断は、指揮官なら普通にするでしょう』


『でも、イーナには指揮官の経験が無いじゃないか。本を読んでいたからか? 妙な恋愛物だけを読んでいたんじゃないんだな』


『エル。気を悪くするわよ』


『すまん。俺にちょっとそういう事を教えて。トリスタンさんの教育は戦争のせいで中断しているから』


 こんなやり取りがっあったようで、エルは夜にイーナから戦術論などを教わっていた。

 意外にも、彼女はそういう本をかなり読んでいたようだ。

 イーナはエルの良い先生になっていたが、一人だけ気を悪くしていた人がいる。


『確かに、私では教えられませんけど……』


 ハルカがヤキモチを焼いてしまったのだが、彼女もエルと同じで剣の技量優先で軍の指揮などは知識が無かったので教えられなかった。

 イーナにも無いが、彼女は知識をちゃんと得ている。

 これは、勉強をしていなかったハルカのミスであろう。


『兄様は、エルさんに教えられないのですか?』


『ハルカよ。サムライは、ただ刀を振るえば良いのだ』


『……』


 ならばと、自分の兄に頼んだらしいが、この兄もその方面では頼り無かった。

 元々使用人くらいしか雇えない小身の陪臣家の出であるし、抜刀隊はただ目の前の敵を斬れば良いという教育しか受けていない。

 少し普通の軍隊とは性格が違っていたのだ。


『兄様は、まるで頼りになりません』


『なっ!』


 ハルカは珍しく毒舌を吐き、タケオミさんはそれに物凄いショックを受けていた。

 シスコンには、厳しい一撃だったかもしれない。


『ハルカさん。俺は人の奥さんに手を出すような真似はしない! それにもしイーナが独身でも、イーナはありません。だって、あいつ怖いし』


『どういう意味よ!』


 エルは上手くハルカを宥めたようだ。

 逆に、イーナの機嫌は思いっきり損ねていたが。


『どうって、そのまま』


『ヴェルからは、そういう事は一回も言われた事は無いわよ! ヴェルは私の髪が綺麗だとか、肌が綺麗だって褒めてくれるし』


『いや、そんな人様のノロケとかいらんわ』


 イーナにも色々とあって大変であったし、今の彼女の目下の悩みは槍の投擲で腕に導師のように筋肉が付いてしまうのではないかという事のようだ。

 両腕を見比べながら溜息をついていた。


「大丈夫じゃないの? ルイーゼとかヴィルマは全然そういう様子も無いし」


「ボクの悩みは、『その筋肉を上手く胸に集めて大きく出来ないのかな?』という事だね」


 戦闘の悲惨さなど、今さら言うまでもない。

 あえて口に出さないのは、一時でもそれを忘れるためであった。


「ボクも、ヴィルマも、導師も。石ばっかり投げているから」


 移動系の魔法を封じられたので、導師とルイーゼは空中戦闘を封じられている。

 まさか反乱軍が押し寄せているのにターベル山地砦から一人で出るわけにもいかず、『魔法障壁』や巨大な岩を投げるだけの仕事に従事していた。

 この三人が投げる岩なので、攻め手からすれば災厄でしかないのだから。

 実際に、多くの反乱軍兵士が岩に潰されて死傷している。


「戦いはまだ何とかなるけど、外の情報が入って来ない」


「ヴィルマさん。その情報の元が来ましたわよ」


 カタリーナの視線の先には、先ほどトヨツグさんのいる本陣に向かったタケオミさんの姿があった。

 彼は席に座ると、早速に報告を始める。


「バウマイスター伯爵様。ようやく本陣からツバメ便が来ました」


 孤立しているターベル山地砦に伝令など送っても無駄なので、通信用のミズホツバメが手紙を送ってきたらしい。


「それによりますと、我々以外は惨敗したようです」


 わざと兵員と物資を引き揚げた手薄な拠点を簡単に落とせて油断したところに、補給を絶って大軍で包囲する。

 食料が不足しているので籠城は不可能であり、脱出を図ったところを攻撃されて惨敗したと文に書いてあったそうだ。


「壊滅は、テレーゼ様が後詰を出したので防げたようです。反撃でかなりの損害を与えたとも」


「よそ様は良かったようだけど、うちはどうしようか?」


 俺達は敗北はしていないが、いまだに反乱軍の包囲下にある。

 食料の問題もあってそういつまでも籠城など出来ず、どうにか撤退する方法を模索しないといけない。


「幸いにして、援軍が向かっているそうです」


「では、挟み撃ちか?」


 援軍と俺達を攻撃している反乱軍が激突したら、こちらも打って出て敵を挟み撃ちにする。

 誰でも思いつきそうな策であったが、現実の戦争とはそういう物であった。

 そう簡単に、奇策など使えないのだから。


「ここを出る準備をしておくか……」


 夕食後にトヨツグさんと作戦会議を行い、いつ援軍の戦闘が始まってもいいように撤退の準備だけは進めておく事にする。

 砦は持って帰れないが、他の物はなるべく全て持って帰ろうとしたのだ。

 今の戦況で、このターベル山地砦を保持すること事が無謀であった。


「時間的に言うと、今夜か明日の早朝だな」


 最悪な事に、味方は商業都市ハーバット攻略を目指した主力以下全てが敗北している。

 手をこまねていると、勝利の余勢で更に大軍がこのターベル山地砦の包囲に参加する可能性が高い。


「私達。全滅の危機にあるの?」


「ある」


 イーナの言う通りで、俺達は全滅の危機にある。

 いくら俺達が奮戦しても、徐々にトヨツグさん以下のミズホ伯国軍の損害は増えている

 食料だって、たまたま俺が大量に魔法の袋に入れてあったから今は飢えていないだけ。

 このままでは、あと一週間ほどで食料が尽きる計算であった。


「援軍は、今夜に夜襲をかけてくる可能性があるな」


「夜襲が出来るほど練度が高いの? フィリップ公爵家の軍勢は」


「最低限の訓練はしているはず」


 大敗北はしたが、あのブロワ辺境伯家諸侯軍でも夜襲は行えていた。

 ターベル山地砦に目が向いている反乱軍の後方から襲い掛かるくらいは可能なはずだ。


「主力を救うのに傾注しているはずだから、私達への援軍はそれほど多く無いと思う。ヴェルの考えが正しいかも……」


「俺も出まかせ言っているかもしれないぞ」


「いや。それほど荒唐無稽な意見でもないのである」


「導師の言う通りだな。荷物を纏めておこう」


 トヨツグさん達も、俺達と同じ結論に至ったらしい。

 夜になるまでに全ての荷物を纏め、全ての馬に馬具を装着して見張り以外はゴザの上に寝て夜戦に備える。

 ウトウトしながら日が変わる直前になると、突然ターベル山の麓から火の手があがる。

 続けて、馬の走る音や、人の掛け声、悲鳴などが混じって聞こえてきた。


「バウマイスター伯爵様。行きましょうぞ」


「敵の策で偽装と言う可能性は?」


「無いと存じます」


「では、本陣に帰りましょうか?」


 俺達は全軍をあげ、一気にターベル山地砦から出て唯一存在する山道を麓に向かって下っていく。

 すると、俺達を何日も攻め立てていた反乱軍が後方から味方援軍の夜襲を受けて大混乱していた。


 陣地に火矢を放たれ、騎馬隊によって踏みにじられ、死傷者が増大して既に軍隊の呈を成していない。


「壊滅させろ!」


 この中で一番爵位が高い俺が、自然と命令を出す事になる。

 今俺達がすべき事は、援軍の夜襲を助けて反乱軍を壊滅させ、その追撃を防ぐ事にあった。


「了解なのである!」


 今までは防衛戦で投石しか出来なかった鬱憤を晴らすためなのであろう。

 導師は『魔法障壁』を体に纏わせると、単独でまだ敗走していない敵軍へと突入していく。


「何だ! あの化け物は!」


「下らぬ戦を先に起こした己等に言われたくないわ!」


 導師がパンチや蹴りを放つと、フルプレートを纏う騎士ですら首をへし折られ、頭部や服部のプレートがあり得ないほど凹んで地面に突っ伏してしまう。

 あれでは脳や内臓に致命的なダメージを受けて即死であろう。


 兵士達については、言うまでもない。

 

 導師に殺されないようにするには、彼の進路を塞がないで逃げる事だけなのだから。

 単純な戦闘力では、間違いなく師匠でも勝てないはずだ。


「伯爵様。感心しないでいくぞ」


「はい」


 俺達は、ミズホ伯国軍と共に援軍と同士討ちにならないように反乱軍へと斬り込んでいく。

 抜刀隊と、タケオミさん、ハルカ、エルもオリハルコン刀を試すべく先陣で切り込んでいく。


「やあやあ! 我こそは!」


「チェスト!」


 バカな事に、この状況で名乗りを上げたバカな貴族がいた。

 ブロワ辺境伯家とのような紛争であったら礼儀に則った行動であったが、今はただのバカである。

 エルの一撃で、剣を斬られて武器を失っていた。


 オリハルコン刀の威力が証明されたわけだが、金属を斬るには相応の技量が必要であり、エルも厳しい訓練で腕を上げているようだ。


「ワシはヒルデスハイム子爵だぞ。捕虜としての待遇を」


 剣を斬られた敵貴族が降伏しようとするが、この状況で捕虜など取る余裕はない。

 エルに一撃で首を刎ねられていた。


「逃げればいいのに」


「ハルカさん。前に行くぞ」


「はい。エルさん」


「妹よ。俺もいるのだが……」


 三人は俺達の前に出て次々と敵兵を切り殺していく。

 ブランタークさんもカタリーナと共に、小規模な『ウィンドカッター』で敵兵を次々と切り裂いていた。


「させるか! 我こそは、『突風』のアレン!」


「知らねえな。逃げなきゃ殺さざるを得ない」


「はんっ! 貧乏なフィリップ公爵家に雇われた冒険者崩れの癖に!」


 自分こそが半端な雇われ者の癖に、ブランタークさんの前に立った魔法使いは偉そうに口上を述べていた。

 

「お師匠様を知らないなんて……」


「カタリーナの嬢ちゃんよ。俺は別に男に顔を知られていなくても構わないさ。それにな……」


「ジジイ! 余裕そうだな!」


「ああ。お前はもう死んでいるし」


「死んで?」 


 ブランタークさん密かに放っていた『ウィンドカッター』が、後方からその魔法使いの首を斬り飛ばす。

 『突風』が気が付かない内に、ブーメランのように『ウィンドカッター』を飛ばしていたのだ。

 

「初級か。後ろに『魔法障壁』を張る余裕はないのはすぐにわかったさ」


 ブランタークさんは、首の無い『突風』を一瞥してからすぐに別の標的を探し始める。

 攻撃は更に続いてたが、それから一時間もしない内に反乱軍はほぼ全て討たれるか、陣地から敗走していた。

 

「俺の出番が無い……」


「ヴェルは、魔力を残しておかないと」


「無事に戻るまでが戦争だからね」


 ルイーゼが、小学校の先生のような事を言う。

 確かそれは、『遠足は家に帰るまでが遠足です』だったような気がするけど。


「いや。ルイーゼ。戦争自体はまだ完全に終わっていないから」


「そうだった。戦闘に修正しておくよ」


 ターベル山地砦を攻めていた反乱軍は壊滅したが、無事に本陣まで撤退できるかどうかはまだ不透明であった。

 こちらを討つために、反乱軍の新手が追撃してくる可能性もあったからだ。


「やあ。無事だったかい?」


「何だ。援軍の指揮官はアルフォンスか」


「テレーゼから言われてね」


 残敵の掃討をほぼ終えた頃に、俺達はようやく援軍を指揮していたアルフォンスとの再会を果たす。

 彼は、テレーゼの命令で四千人の援軍を率いて来たそうだ。


「意外と指揮官振りが板についているな」


「全部部下がやってくれるからね」


 本人の武芸はからっきしであったが、やはりアルフォンスは優れた指揮官の資質を持っているようだ。


「では、とっとと逃げようか。その前に、十五分だけだぞ!」


 何が十五分かと言えば、戦場での戦利品の収集行為で使える時間であった。

 死体から、武器や防具、持ち物、陣地に燃え残っている物資などを持って帰るのだ。

 戦争には金がかかるし、戦利品は命をかけて戦う兵士達に認められた正当な権利である。

 特に今回は内戦なので、もしこれから町などを占領して住民達からの略奪は禁止されている。

 違反者は首を刎ねるとテレーゼが布告しているので、あとは敵軍から奪うしかないというわけだ。


「バウマイスター伯爵達は、人数が少ないから大儲けでしょう?」


「まあ。儲かるけどね」


 貴族や騎士が持つ高価な武具や所持品に、魔法使いには魔法の袋を持っている者も多い。

 当然、討った人間に権利があるので、傭兵としての俺達は儲かっている。

 

「儲かればいいというわけにもいくまい。今回の作戦は特に……」


 無駄な作戦で包囲殲滅されかけたのだ。

 俺達も怒っているが、特にトヨツグさん以下のミズホ伯国軍に不満の種が広がっている。


「テレーゼが、ミズホ人を戦後の帝国統治のためにわざと減らしている。諸侯軍の力を奪っていると憤っている者もいる」


「まずいな……」


 トヨツグさんがアルフォンスに挨拶に来ないのには、そういう事情もあったのだ。

 公式には、撤退に向けた軍の再編成と死傷者の確認のためと言っているが、そんな言葉を信じている者は一人もいなかった。


「ニュルンベルク公爵の謀略に乗せられているな」


「何でもかんでもニュルンベルク公爵のせいにするなよ」


 有能な敵なのであろうが、今回はテレーゼがちゃんと軍の単独指揮権を確保できなかっただけの事である。

 こちらの不協和音を煽る謀略の類については、これはお互い様なのだから。


「戦争はミスが少ない方が勝つ。これからは、テレーゼのミスの方が少ない事を祈るよ」


「うむ。至言であるな。どこかで聞いた事があるような気がするが……」


 単独で戦っていた導師が戻ってくるが、彼のローブは血塗れであった。

 俺は『洗浄』の魔法で返り血を取ってあげる。

 導師はなぜかこういう細々とした魔法が苦手なのだ。

 いや、なぜかというのはおかしいのか?


「すまぬな。バウマイスター伯爵。テレーゼ様には手厳しい意見であるか」


「導師様の言う通りだ。確かにテレーゼには厳しい意見だねぇ」


「総大将なら仕方がないでしょう」


 導師とアルフォンスはテレーゼを庇おうとするが、俺はそれに釘を刺しておいた。 

 女性だからと甘やかすと、また同じ失敗をする可能性があるからだ。


「さてと時間だ」


「逃げるとしようか」


 戦利品を漁る時間が終わると、援軍とミズホ泊国軍は急ぎ寝る時間も惜しんで本陣へと移動を開始していた。


「敵軍の追撃は」


「今のところはなし」


 眠い目を擦り、時おり馬の上で船を漕ぎながらも撤退を続ける。

 俺達は後方で殿を務めていて、たまに馬に同乗しているヴィルマに後方を確認させていた。

 もし追撃部隊が来たら、容赦なく魔法をぶっ放して追撃の意志を挫くのが俺の役割だ。


「追撃は来るかな? ヴィルマはどう思う?」


「多分来ない」


「だといいな」


「敵軍は壊滅したから、後詰が来ても躊躇するはず」


 ターベル山地砦に籠っていた俺達を攻撃した反乱軍は、無謀な攻城戦で三千名以上を失い、続けて夜襲でも二千人は討っているはずだ。

 更に言えば、夜襲で援軍が火矢を放ったのだが、それが彼らの逃走先である冬の枯れた森林や草原地帯に火災を発生させていた。


 近隣に人はほとんど住んでいないらしく、また余裕も無いので消火は行っていない。

 そう簡単に焼け死ぬとは思えないが、あそこから立て直して追撃をかける余裕はないはず。

 陣地が燃えて食料などの物資を全て失ったのも痛いはずだ。


「貴族も沢山討った」


「魔法使いもな」


 攻城戦では魔法使いが、夜襲では貴族と魔法使いが共に多く討たれている。

 指揮官と最大戦力が不在では、再編成すら侭ならないであろう。


「とにかく、早く帰って寝たいな」


「ヴェル様。一緒に寝よう」


「そうだな。みんなで寝ようか」


「エリーゼ様」


「そうですね。みんなで一緒に寝ましょうか」

 

 隣で馬を操っているエリーゼが、ヴィルマに意見に賛同していた。


「そういう寝るじゃなくて、本当に普通にベッドに入って寝たい」


「イーナちゃんの意見に賛成」


「私も、今にも瞼がくっ付きそうですわ」


 今日は、六人で一緒に寝る事になりそうだ。

 無事に辿り着ければ、それも良いであろう。


「あのハルカさん。一緒に寝ませんか?」


「えっ! ですが、まだ結婚もしていないので……」


「エルヴィン。刀の錆にしてもいいか?」


「冗談ですって!」


 半分寝ぼけているせいか?

 冗談なのか?

 エルが妙な事を口走って、タケオミさんの怒りを買っていた。

 多分、添い寝くらいの感覚なのであろうが、ミズホ人に言わせるとそれでも結婚前には御法度なのであろう。

 タケオミさんが怖い顔で刀を抜いてエルに向けていた。


「私達はまだ結婚していませんし。でも、そういう事は嫌いではないですよ。少し憧れのような物が……。それで、朝に優しくエルさんを起こしてあげてとか。前に見ました『若奥さん奮闘記』という物語本で……」


 人間、眠気が酷いと寝言のような事を口走る物らしい。

 ハルカ本人は、顔を赤く染めながら自分の世界に浸っていた。


「眠いが、我らは何とか生き残れたか」


「だが、前途は多難だぜ。導師」


「であるな」


 導師とブランタークさんの表情は暗い。

 俺達とミズホ伯国軍は、今回の作戦で勝利して唯一大戦果をあげた。

 だが、戦略的には大敗北であり、結局千五百名中三百二十一名の戦死者を出したトヨツグさんなどはアルフォンスと必要以上に口を利かなくなった。

 生き残ったバーデン公爵公子達からしても、勝った俺達は面白くないはず。


 理不尽ではあるが、人間の感情とはそういう物なのだから。


「敵を大量に討ったのに、大惨敗したように疲れたな」


「まだ竜の大軍の方が楽であるな」


「言えてる」


 人間同士の戦争はとにかく疲れる。

 早く魔物を狩る冒険者生活に戻りたいものだ。

 そんな事を俺が思っていると、その後方で導師とブランタークさんも暫く愚痴を言い合い続けるのであった。

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