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第八十八話 船頭多くして、船山に登る。

「うーーーむ。普通に食べられるのである」


「美味しくはないですね」


「所詮は馬の餌だからな」


 ハルカの兄との決闘から二週間後、長滞陣が続く中で俺は今日も魔法の訓練を終えてから趣味の料理研究に勤しんでいた。

 なぜそんな事をするのかと言うと、決められた仕事と訓練を終えると暇だからだ。

 とはいえ、それほど難しい事はしていない。

 ミズホ伯国軍陣地の中にある鍛錬所の端で、三人で携帯魔導コンロに大鍋をかけて煮込み料理を作っているだけだ。


 最近の課題は、例の馬の餌として駐屯地にも畑が大量に作られているバカ大根の活用方法であった。

 この不味いバカ大根をいかに美味しく料理するか。

 なかなか成し得ない難題だからこそ、時間を潰せる……いや燃えるというものだ。


 


『ヴェンデリンは、変わった事をするものよ』


『人間は食べないと生きていけませんよ』


 既に拡張が終わった野戦陣地に常駐するテレーゼに呆れられながらも、俺の試行錯誤は続く。


 ニュルンベルク公爵率いる反乱軍側も、この野戦陣地を警戒する数千人の部隊を幾つか近辺に配置しているが、いまだ大軍を繰り出す気配はない。

 密偵の情報によると、思った以上に中央と南部寄りの東西部の把握に苦戦しているようだ。

 いくら当主を人質にしているとはいえ、選帝侯家が素直に言う事を聞いてくれないのであろう。


『こちらも似たようなものだがな』

 

 フィリップ公爵家以外で唯一こちらについた選帝侯バーデン公爵家が、主導権を握ろうと色々と画策を始めたらしい。

 反乱軍を討った後の皇帝候補が二人しかいないせいで、次第に欲が出てきたようなのだ。


 今のところは目標が同じなので足の引っ張り合いにはなっていないようだが、バーデン公爵公子はこの状況に焦れてきて幾つかの拠点や町を攻略しようと言うようになっていた。

 

 初戦のみならず、更に幾つかの軍事的な勝利を重ねて反乱軍への優位を確立する。

 元々反乱行為なので躊躇いも多い貴族家の離反も誘えると、バーデン公爵公子は他の軍を出している複数の貴族家の支持も受けて、定例会議でこの作戦案を提案するようになっていた。


 テレーゼはそれこそが誘いの可能性もあるし、ニュルンベルク公爵が待ちの姿勢になった以上は兵力を小出しにすると思わぬ奇襲を受ける可能性があると、その作戦案を否定している。


 俺には軍事的才能など無いのでどちらが正しいのかはわからないが、個人的な意見としてはテレーゼの方針を支持している。

 なぜなら、バーデン公爵公子から焦りのような物を感じていたからだ。

 

 きっと内乱が終わるまでに、自分とテレーゼが公平に皇帝選挙を行えるように功績を稼いでおきたいのであろう。

 支持する貴族達は、バーデン公爵公子が皇帝になってくれれば利益があるか、単純に軍事的な功績を稼いで褒賞を得たいと考えている貴族も多い。

 戦後に、大幅な貴族勢力図の変更が確実視されている以上、自身の爵位と領地を増やす最大のチャンスであったからだ。




「この煮込み料理。普通の大根を使った方が美味いな」


「味噌煮込みだからいけると思ったのに……」


 携帯魔導コンロにかかっている大鍋の中には、味噌仕立てのモツと野菜の煮込みがグツグツと音を立てて煮えていた。

 

「確かに普通の大根の方が美味いが、不味いわけでもあるまい」


 導師は、大鍋から煮えた味噌煮込みを丼によそって食べ始める。

 ブランタークさんは、少しだけ味見をしてから食べるのを止めていた。


「やっぱり、バカ大根自体の味が悪いんだな」


 俺は今日も失敗だと思いながら、別の携帯魔道コンロを魔法の袋から取り出し、同じく取り出した大鍋を温め始める。

 中身は甘酒であり、上からも魔法で加熱した甘酒は数分でほど良い温度に温まっていた。


「ブランタークさん。飲みますか?」


「飲む。朝から酒を飲むわけにはいかないから、甘酒はありがたい」


 まだ寒いので粕煮にでも使おうと、ミズホ伯国軍陣地にいた行商人から酒粕を購入していて良かった。

 ミズホ料理はほぼ和食なので、俺も口に合って万々歳である。


「あまり飲み過ぎないでくださいね。エリーゼ達が朝食を作って待っていますから」


「わかっているさ」


「某にも一杯」


 俺とブランタークさんが失敗作だと判断した味噌煮込みを完食した導師は、甘酒も要求していた。

 導師の場合は、別にここで大食いしても朝食に影響はないので誰も注意などしないのだが。


「どうぞ」


「冷えた朝には、これが一番であるな」


「三人で何をしているんです?」


「普通にエルを待っている」


「恥ずかしいから止めてくれーーー!」


 多くのミズホ伯国軍兵士やサムライ達が懸命に稽古をしている端で、俺達三人は周囲の視線など気にしないで携帯魔導コンロに鍋をかけて煮込みを作っていた。

 これを堕落と言われてしまえばそれまでなのだが、そのくらい反乱軍の反応が無くて暇であったのだ。


「別に、バーデン公爵公子のように主戦論を煽っていないから構わないだろう」


「そうだな。伯爵様の言う通りだ。甘酒お替り」


「某達の事など気にせずに訓練を続けてくれ。某もお替り」


「気にします!」


 エルは、俺達の存在が恥ずかしいと思っているようだ。

 別に、鍋で煮込みを作っているくらいでそこまで気にする必要も無いと思うのだが。


「甘酒飲むか?」


「……。飲む……」


 それでも甘酒は飲むらしい。

 そっと導師から、甘酒を注いだカップを受け取っていた。


「ハルカも飲むか?」


「はい」


 エルの傍にいるハルカも、ブランタークさんからカップを受け取る。


「まあ何だ。待ちが必要な以上は、適度に気を抜く事も必要だよな」


 ブランタークさんの言う通りで、戦争が早く終わるに越した事は無いが、焦って敗北しても意味が無い。

 時には待つ事も、戦には必要であった。


「エルは内乱が早く終われば結婚が早まるから、急ぐ気持ちも理解できるがね」


 俺の指摘に、ハルカは顔を真っ赤に染めていた。

 美少女サムライガールの赤面する顔は、なかなかに絵になる物である。

 エルの方は、表面上は平静さを保っていた。

 多少は女慣れしているので、あからさまな恥ずかしさは見せないのであろう。


「いや。結婚前に焦って戦死するのも嫌だから、待つのは理解できるさ。俺が言いたいのは、鍛錬所の端で鍋を煮るなという事なんだけど……」


「腹が減っては戦ができぬ。家畜の餌にしか出来ないバカダイコンの有効活用の研究だ」


「一見正論だけど、見た目がそうは見えないな」


 ただ大鍋の煮え具合を見ている少年、中年、初老入口トリオに、エルは呆れた表情を浮かべていた。

 結局、エルの結婚についてはミズホ上級伯爵とハルカの兄が認めたので、正式に婚約は成立している。

 ただ、当初はハルカがえらく動揺して大変だったのだ。




『私が、結婚ですか?』


 ハルカ本人は、エルの気持ちに全く気が付いていなかった。

 元々恋愛の機微に疎いようだし、自分は剣を極めて一生独身であると思っていたようだ。

 自分など、妻にする男はいないと思っていた節もあった。


『エルが嫌なら強制はしないけど』


『いえ。嫌では……。逆にエルさんは、私のような女では……』


 抜刀隊の中でのハルカは、美人ではあったが口説こうとする不埒な輩は兄によって排除され、稽古なども女に負けると嫌だという隊員からは敬遠されていたらしい。

 稽古の相手は同じ数少ない女性隊員に、兄に、ハルカよりも強い隊員だけであったそうだ。


 そんな彼女からすれば、自分が女でも真面目に剣を教わるエルが好ましい男性に見えたのであろう。

 例え、エルからすればハルカから剣を教わること自体がご褒美でしかないとしてもだ。


『エルが良いと言っている以上は、あとはハルカがどう思うかだよね』


『私ですか……』


『そう。ハルカ自身がどう思うのかだ』


『バウマイスター伯爵様は変わっておられますね。強制的に命令しても構いませんのに』


『俺は小心者だからな。不満を抱えた家臣の妻に不意打ちでもされたら堪らない。無理強いはしないさ』


『そうですか。このお話はお引き受けしようと思います』


『それは重畳』


『今まで私の事を女性扱いしてくれるのは、抜刀隊の女性の同僚達と兄とエルさんだけでした。エルさんは、普段は私に優しいですから』


 エルはミズホ美人であるハルカにベタ惚れしているので、優しくしても当然だと思う。

 だが、その当たり前が彼女には嬉しかったのであろう。

 少し顔を赤らめながら、嬉しそうに俺の要請を受け入れていた。


『では。決まりだな』


 こうして、エルとハルカの婚約はすんなりと決まっていた。

 ミズホ上級伯爵は『もっと身分の高い陪臣の娘でも良いのだが』と貴族的な意見も述べたが、エルがハルカが良いと言うとすんなりと引いていたし、ハルカの兄も上からの命令には逆らえない。

 俺と決闘をして負けたという事実もあるので、表面上は快く妹の結婚を受け入れている。


 その代わりに、婚約が決まったので毎朝楽しそうに一緒に鍛錬をする二人を端から恨めしそうに見つめる光景が名物になっていたのだが。

 

 俺達三人の調理よりも、彼をどうにかした方が良いと思うのだ。

 あとは、結婚が決まって幸せ一杯のエルが少々ウザかった。

 俺も新婚当初はそうなので何も言えないが、ハイテンションで俺に刀でも習ったらどうかと勧めるのだ。


『ヴェルも、ハルカさんから刀を習えばいいのに』


『嫌だ』


 エルは刀の才能があるから良い弟子になれているが、俺が彼女から刀を習っても無駄に疲れるだけであろう。

 俺に刀の才能など皆無なのだから。


『浮かれ過ぎて戦死するなよ。古来より兵士などが『俺、この戦争が終わったら結婚するんだ……』とか言うと、実はかなりの確率で戦死する』


『そんな話、聞いた事がないぞ』


『そうなのか?』


『何の本の知識だよ……』


 どうやら、地球では良くあると言われている死亡フラグなどは存在しないようだ。

 少なくとも、エルは知らなかった。


『私は知っているわ』


『イーナは知っているぞ』


『どうせ何かの物語だろう』


『でも、過去の経験から作者は書いたと後ろ書きに書いてあったわ。他にも、子供が生まれるとか……』


 俺は見た事が無かったが、イーナはやはりそういう物語の設定を見た事があるらしい。

 世界が違っても、やはりそういう法則のような物を感じる人はいるのだ。


『夫婦して縁起でもない事を……。俺はハルカさんと戦後に幸せに式を挙げるんだ』


 幸せ絶頂のエルは、俺とイーナの発言を完全に無視していた。

 自分でも物騒だと思うので、あまり浮かれないようにしてくれれば全く無視してくれても構わないのだが。





「俺達の調理よりも、あの辛気臭いのをどうにかしろよ」


 俺達の調理は悪くないのだ。

 今も、導師が希望者に甘酒を配って好評であるし、鍛錬後に栄養豊富な甘酒は健康に良いのだから。

 そう、甘酒は健康食品なのだ。

 部活後にスポーツドリンクを飲むのと変わらない。


「それは抜刀隊の偉いさんにも言われているけど、どうにかなるのか?」


 今もハルカの兄は、エルとハルカを恨めしそうに見ている。

 鍛錬や仕事はちゃんとしているのだが、抜刀隊の幹部から『雰囲気が悪くなるので何とかしてくれ』とエルに苦情が行くようになっていた。

 導師が可哀想に思って甘酒を配るが、飲み干すとまた恨めしそうな表情でエルを見つめている。


「ハルカ。お兄さんって何が好きだ?」


「ええと。刀です」


 物凄くわかりやすい回答ではあった。

 似たもの兄妹なのであろう。


「ならば……。おーーーい。ハルカのお兄さん」


「バウマイスター伯爵様。私の事はタケオミで構いませぬが……」


 ハルカの兄は、可愛い妹を奪ったエルには恨めしそうな視線を向けるが、普段は伯爵であり決闘で自分を下した俺に敬意を表している。

 俺が呼ぶと、恭しく頭を下げていた。


「実は、この前頼んだオリハルコン刀の試し切りを頼みたいのですが」


 カネサダさんは、この短期間で既に二組の大小を完成させたそうだ。

 

『一度打ち始めると、他の刀の事など忘れてな』


 さすがにそれだけに集中すると他の仕事に差し支えるので、まずは二組分のオリハルコン刀を完成させたようだ。


「エルはまだ刀は未熟ですからね。ここは、タケオミさんに試し切りを……」


「任せてください! まさか、生きてオリハルコン刀の試し斬りが出来るとは……」


 ミズホ人のサムライにとって、オリハルコン刀とはいつか手に入れたい至宝であると聞いている。

 タケオミさんのように小身の陪臣からすると、触れるだけで幸運という代物だそうだ。


「朝食後に、またこの鍛錬所で行います。カネサダさんが完成したオリハルコン刀を持ってくるそうなので」


「お任せあれ」


 タケオミさんの不機嫌そうな表情は完全に消え、逆に完成した直後のオリハルコン刀の試し斬りが出来るとあってその顔は喜びに満ち溢れていた。


「(剣術ジャンキー……)あの。それでですね……」


 エルに対して、不機嫌そうな表情をしないようにと一応頼んでおく。

 多分駄目だとは思いながら。

 仕事はちゃんとしているし、俺に対してそういう表情を向けているわけでもないので、実は注意をする根拠が無かったりするのだ。


「いくらバウマイスター伯爵様の命令でも。これは本能ですから」


「そうですか……」


 彼の迷い無き回答に、俺はシスコンの業の深さを心から理解する事になるのであった。





「綺麗な刀ですね」


「見ていると魅き込まれるような刀身だな」


 エリーゼ達が作った朝食を食べた俺達は、再びミズホ泊国軍陣地にある鍛錬所に集合していた。

 そこには、先の戦いで鹵獲した反乱軍戦死者のプレートメイルやシールドが数十体分訓練用の案山子に装着されて配置されている。

 損傷が激しく、鋳溶かして再利用するしかないクズ鉄扱いなので試し斬りのために提供されたのだ。


 案山子の前には、俺、エリーゼ達、ブランタークさん、導師、ハルカ、タケオミさんと、いつものメンバーが揃っている。

 他にも、ミズホ上級伯爵やその側近達に、カネサダさんが完成した二組のオリハルコン刀を三方のような物に載せて弟子達と共に控えていた。


 早速に、カネサダさんが一本のオリハルコン刀を抜いて刀身を見せてくれるが、その美しさに刀に縁の無いエリーゼですら見惚れている。

 ミズホ上級伯爵達も、感嘆の溜息を漏らしていた。


「さすがはカネサダよ。初代作のカネサダと比べても劣る点が見つからない。しかし残念なのは、私の刀で無い事かの」


 この二組の大小の所有者は、エルであった。

 その代わりに、ヘルタニア渓谷で岩ゴーレムを豆腐のように斬っていたオリハルコン製の剣は今現在は俺の腰に刺さっている。

 俺はまだ剣の方が普通に使えるので交換したからだ。


「魔法使い殺しに使えるな」


「ええ。初級の魔法使いには脅威でしょうね」


 ブランタークさんが輝く刀身を見ながら、複雑な笑みを浮かべていた。

 オリハルコン刀は、下手な『魔法障壁』などは突破できる力がある。

 魔刀と同じような性質を持ち、初級魔法使いが張る程度の『魔法障壁』なら突破が可能だ。

 オリハルコン製の剣では難しい事が、オリハルコン刀ならば出来る。


 これらの技術が、ミズホ伯国の独自性を保てた最大の要因なのであろう。


「バウマイスター伯爵よ。あと三組の作刀を依頼しておるそうだが……」


「はい」


「やはり、売っては貰えないのかな?」


「売ると言いますか、戦後に結ぶ通商協定とか色々とありますよね?」


 ただ相場で売るのは簡単であったが、それでは脳が無い。

 バウマイスター伯爵家のために、それ以上の価値を持たせるのが貴族という物であろう。


「(と、エリーゼが言っていたな)」


「段々と、貴族らしくなってきたな。バウマイスター伯爵は」


「あれだけ人が死ぬのを見ましたからね」


 自分や妻達の身もそうだが、この内乱が収まっても、戦後は帝国と王国の著しい国力比の格差が是正されるには時間がかかる。

 俺達が傭兵扱いで帝国で戦っている点も含めて、王国で俺を利用したり敵視する貴族も増えるであろう。

 王族の反応も怖く、帝国やミズホ伯国と縁を結んでおく事も必要だと思っていたからだ。


 オリハルコン刀がその道具に使える以上は、なるべく高く売る必要があった。


「今強引に頼んでも、バウマイスター伯爵の機嫌を損ねるだけかな」


 俺とミズホ上級伯爵が話をしていると、カネサダさんからオリハルコン刀を預かったタケオミさんが静かに構えてから案山子を連続して切り裂く。

 袈裟斬りにされたプレートメイル装着の案山子は、見事な切り口を曝していた。


「鋼製のプレートメイルを真っ二つですか……」


「タケオミは期待の若手剣士だからな。ちょっと妹が絡むと暴走する癖はあるが……」


 主君にまで知られているほど、タケオミさんの剣の腕は優れているようだ。

 同時に、シスコンである件も有名なようであったが。


「タケオミも、バウマイスター伯爵に暫く預ける事にする」


「どういう事ですか?」


「今。テレーゼ殿が何をしているか知っているか?」


「会議だと聞いています」


 そのおかげで言い寄られないのは素晴らしいが、その会議こそがミズホ上級伯爵に言わせると頭痛の種だそうだ。


「勿論、テレーゼ殿やアルフォンスの頭痛の種でもある」


 この一か月ほど戦闘が無かったので、いよいよバーデン公爵公子達が焦れてきたらしい。

 他の貴族達からも支持者を集めて、一部都市や城塞などの占領を主張しているそうだ。


「ここで兵力分散の愚を犯すのですか?」


「この一か月、攻め寄せて来ないとなると、罠の可能性も考慮する必要があるな」


「欲しいのは、戦功と略奪品ですか?」


「さすがに内乱なので、一般市民への略奪や婦女子への暴行は打ち首だな」


 タコが足を食う行為なので、テレーゼが厳格に禁止を通達している。

 バーデン公爵公子も皇帝を目指しているので、下手な悪評は防ごうとするであろう。


「ただし、例外がある」


 反乱軍を撃破して得られる鹵獲品や、反乱軍の備蓄物資や軍用資金などである。

 これが結構バカにならない稼ぎになるのだ。


「ここより南に三十キロ。商業都市ハーバットの攻略を主張しているようだな。あとは、その近辺などに付属する城塞などもか」


 バーデン公爵公子達は、このソビット大荒地にある野戦陣地を安全な後方拠点にして、前線をハーバットとその周辺にある複数の城塞のラインにまで前進させたいようだ。

 テレーゼとアルフォンスは拒否をしているが、思いの外攻勢案に賛同する貴族が多く、今行っている会議はそのための物であるらしい。


「ミズホ上級伯爵は参加しないで宜しいのですか?」


「我らは、見事にハブられたからな」


 伝説にまでなっているサムライの奮戦、魔銃や魔刀による高威力の攻撃、魔法使いの数や質も劣っておらず、追撃戦でも精強な騎馬隊のおかげで多くの戦果をあげたミズホ伯国軍は、今回は遠慮して欲しいとバーデン公爵公子から言われたそうだ。


「別に、私が皇帝になるわけでもないのにな」


「戦後の領地分けとかでしょうね」


 ミズホ上級伯爵の顔に、一瞬苦み走った物が浮かぶ。

 テレーゼは、参戦してくれたミズホ伯国には領地の加増を約束していた。

 あとは選帝侯家への任命もである。

 これは一見名誉に見えるが、要はミズホ伯国を帝国に縛り付ける物でもあった。

 領地は、ご丁寧に海に面した場所をくれるらしい。

 海産物が大好きなミズホ人には嬉しいはずだが、同時にアキツ盆地以外に守る土地が増えるので防衛が面倒になる。

 新しい領地に住む人達への統治の問題もある。

 異民族を抱えてしまうので、色々と面倒な事が起こりそうだからだ。


 本音では断りたいが、断るわけにもいかず、ミズホ上級伯爵としては痛し痒しなのであろう。


「時代が変わるというわけだな。変化の進め具合の匙加減が難しいが……」


 ミズホ伯国も、難しい舵取りを迫られるというわけだ。

 勝っても負けても、王族や貴族とは仕事が増えて面倒であった。


「テレーゼ殿を女如きと侮ると危険ではあるな。だが、バーデン公爵公子達の攻勢案を却下できるかな?」


 いつの間にか、オリハルコン刀の試し斬りはハルカへと移行していた。

 彼女の腕前はタカオミさんには少し劣るようであったが、名人には違いない。

 まるで紙でも切るかのように、フルプレートを着せた案山子を真っ二つに切り裂いていた。


「妹も良い腕をしている。バウマイスター伯爵の護衛には最適であろう」


「護衛は前からそうですが、何か我々に仕事でもあるのですか?」


「ある可能性が高い。全く、自分達だけで攻めれば良いものを……」


 試し斬りは無事に終わり、二組のオリハルコン刀はエルとハルカが使う事になった。

 三日後にはもう一組が完成するので、これは俺付きになったタカオミさんに貸与する予定だ。


「貸与でも素晴らしい」


 タケオミさんは大喜びであったが、やはりエルを見ると顔の表情が怖くなる。

 シスコンもここまで拗らせれば、ある意味素晴らしいのかもしれない。


 そしてミズホ上級伯爵の言う通りに、家に戻るとそこにはテレーゼが申し訳無さそうな表情で待ち構えていた。


「すまぬ。反対し切れなかった」


「俺達にも出番が?」


「ミズホ伯国軍にもな。目標はターベル山地砦じゃ」


 テレーゼ様は、一枚の地図をテーブルに広げていた。

 

「場所は、ここから南東に二十キロほど。標高六百メートルほどの台形型の岩山の上にある砦じゃ」


「メインの商業都市は、バーデン公爵公子達の獲物ですか」


 派手な戦果は自分達で独占して、オマケのような砦は俺達に押し付ける算段らしい。

 その前に俺達は、この砦を落とす意義を見出せないでいたが。


「山登りかよ」


「ブランタークさんの年齢を考慮して、他の砦にしませんか?」


「人を年寄り扱いするな!」


 余計な事をほざいたエルに、ブランタークさんの拳骨が落ちる。


「地図だけで判断しても、何ら軍事的な意義を見出せないが……」


 導師も、ターベル山地砦攻略の意図を掴み切れないようだ。


「この砦は、帝国が北方攻略をしていた頃の前線基地であったからの」


 当にその役割を終えていて、今では山賊対策などのために存在している事になっている。


「とはいえ、北方街道に山賊など出ないがの。たまに強盗が出るくらいじゃ」


 常に警備隊の巡回があるので、徒党を組んだ山賊では逆に捕まりやすくなってしまうそうだ。

 では、なぜこの砦が存在するのかと言えば……。


「下手に放置して、変な連中に住処にされてもな。それと、帝国軍でもあるのじゃ。ポスト削減に反対する勢力が」


 ターベル山地砦の長は重要なポストなので、これを無くそうとすると軍内の反発が大きいらしい。

 自分達が就けるポストが減る事に軍内からの反発が大きく、今まで削減できなかったようだ。


「どこかで聞いたような話ですね」


「軍事予算の無駄遣いは誰にでも理解できるが、その削減で自分の役職や給金が消えるのは嫌だからの」


 その辺は、王国も帝国も差は無いようだ。

 

「それにな。今の戦況では使い道が無いわけでもない」


 位置的に、我々が帝都に向けて前進をすると、ここから兵を繰り出して補給を絶つ戦法に出る可能性があるとテレーゼは説明する。

 なので、一応占領して守備兵を置く必要があると。


「あのバーデン公爵公子。物凄くバカでもないのですね」


「普通に公爵家の跡取りは務まる器じゃの。だから逆に困るのじゃ」


 カタリーナの毒舌に、テレーゼは困惑した表情を浮かべていた。

 実際に短期間で、自身の派閥とも言える攻勢案に賛成のグループを結成してしまうのだから。


「それで、俺達だけで落とせと?」

 

「さすがにそれはない。我々との共同作戦だな」


 前回のソビット大荒地野戦陣地攻防戦において、新兵器である魔銃まで繰り出したミズホ伯国軍の功績は巨大であり、メインであるハーバット攻略の任からは外されてしまったらしい。


「千五百人ほどを出す。指揮は弟に任せるが、なるべく犠牲を出したくないの」


 ミズホ上級伯爵が独自に出している偵察によると、ターベル山地砦には元々百名ほどの守備兵がいたそうだが、今はニュルンベルク公爵がもう百名ほど追加で援軍を送っているそうだ。

 ターベル山地砦はターベル山の山頂にあり、攻め入れるのは唯一山頂へと続く山道だけ。

 砦の正面入り口はその山道からの一か所だけで、あとは断崖絶壁で囲まれているとの事前情報であった。


「損害が出そうですね」


「そうだな」


 守備兵は二百名で、魔法使いもいないし、特に精鋭が守備しているわけでもない。

 だが、バカ正直に千五百名で砦正面門に殺到すれば、弓矢などで大きな犠牲を出すであろう。


「魔銃で狙撃するとか?」


「距離にもよるが、まだ精密な狙撃は不可能だ。有効射程は百メートルほどで、それくらいだと弩や大弓での反撃もある」


 ミズホ上級伯爵としては、あまり意味の無い小砦の攻城戦で犠牲を出したくないのであろう。

 まだニュルンベルク公爵との決戦が残っているのだから。


「魔法で何とかするしかないのかな」


「是非に頼む。報酬に関しては、テレーゼ殿が特に加算すると言っていたぞ」


「はあ……」


 ただ働きは嫌だが、テレーゼの場合、自分の体で支払うとか言いかねない。

 男としては有りだと思ってしまいそうだが、戦争の報酬としては安いような気がしてしまう。

 むしろ、デメリットを考えるとマイナスであろう。


「バウマイスター伯爵は、えらくテレーゼ殿に気に入られておるの。お互いに立場があって大変であるか」


「ええ」


「公爵でなければ、美しい女なのだがな」


 その日の試し斬りは無事に終わり、それから二日後にはバーデン公爵公子と十数名の貴族による混成軍一万五千人がハーバット攻略に向けて出撃していた。

 他にも、四か所の城塞や拠点を落とすために一万人ほどの兵を貴族達が出していて、最後にミズホ伯国軍と俺達もターベル山地砦攻略に向けて兵を出していた。


 テレーゼは、後方から得た追加の援軍と共に三万人ほどでソビット大荒地野戦陣地に留守番である。

 総大将なのでバーデン公爵公子から前に出るなと言われたらしいが、手柄の取り合いと、やはり女性当主なので戦場に出ようとすると嫌がられるらしい。


「急ぎ落として戻るか」


 偵察によると、出している戦力でどこも簡単に落とせる予定になっている。

 だが、兵力を分散しているのには違いが無い。

 思わぬ奇襲を受けて敗北する可能性だってあるのだ。

 俺達だけでも手早くターベル山地砦を落として、それに備える必要があった。


「ヴィルマ。新型の試作品魔銃はどうだ?」


「使ってみないとわからない」


 ターベル山地砦への行軍は、丸二日ほどで終わっていた。

 ミズホ伯国軍は砦正面門から、弓矢が届かない位置まで離れて待機していて、先ほど伝令が降伏勧告を出しに行っていた。

 奇襲をしない点でまだ甘い部分があるのかもしれないが、山道以外に攻め上る方法が無いのでどうせ奇襲など出来ないという理由も存在している。


 もし素直に降伏してくれれば犠牲が出ないので、試しても損は無いというわけだ。


『降伏勧告はありがたいが、死守が命令ゆえに』


 もっとも、砦の守備隊長からこう言われて見事に断られてしまったようだが。


「魔法で狙撃しようかと思ったけど、まさかこんな試作品があるとはね」


 俺がヴィルマに調子を聞いているのは、ミズホ上級伯爵から貸与された新型の魔銃であった。

 砲身が長く、初めての試みであるライフリングに、照準に使うスコープ、銃床の形も改良されている。

 理論値では三百メートルくらいの距離は狙撃可能らしいが、この狙撃魔銃は所謂不良品であった。


 魔力の消費効率が悪く、付属の魔晶石では一発しか撃てないそうだ。


「ヴェル様。これを使うのと、魔法で撃つのはどちらが効率的?」


「実は、この試作狙撃銃の方」


 前のように自作したタングステン入りの椎の実型銃弾を魔法で飛ばしてもいいのだが、この距離で狙撃をするとなると魔力の消費が大きくなる。

 大規模な魔法をぶっ放そうかとも考えたのだが、なるべく無傷で占領して後続の守備隊に渡さないと防衛拠点としての意味を成さない。


 そこで、俺が魔力を補充して武器の扱いに慣れているヴィルマに任せる事になったのだ。

 実は、魔銃に関してはエルとハルカとタカオミさんにも貸与されている。

 貸与なので貰えたわけではないが、どうせ定期的に謎メンテをしないと使えなくなるので、貰っても意味が無いはずだ。


 先日、バーデン公爵公子達も、魔銃を手に入れ損なって残念そうにしていたようであったが。


「ヴェル様。誰を狙うの?」


「ええと……」


 俺とヴィルマは、ミズホ伯国軍から少し後ろに下がった、山道から外れた巨大な岩の上で双眼鏡とスコープで砦の様子を観察していた。

 城壁の上には五十名ほどの兵士達が弓を構え、防衛用のバリスタを準備している。

 そして、彼らを指揮する数名の隊長やその部下の姿もあった。


「まずは、指揮官をだな」


「了解。まずは撃ってみる事にする」


 事前の試射では、並み居るミズホ伯国軍魔銃隊の猛者達にも匹敵する実力を見せたヴィルマであったが、今度の標的は的ではなくて人間である。

 思わぬ動揺を見せて失敗する可能性もあった。


「大丈夫か?」


「大丈夫」


「無理をするなよ」


「私はヴェル様の妻であり、盾と矛でもある。だから大丈夫」


 ヴィルマは、狙撃用の魔銃を構えながら珍しく言葉を続ける。


「ヴェル様は、私に楽しい時間と居場所を作ってくれた」


 ヴィルマは、英雄症候群のせいで普通の貴族家には嫁げない身であった。

 運良くエドガー軍務卿に拾われたが、それでも俺以外には嫁ぐのは難しかったであろう。

 いくら腕っぷしが良くても今の王国軍には仕官できないし、エドガー軍務卿の隠された子飼いの部下として裏仕事をするか、冒険者でもして己の食い扶持を稼ぐしかなかったのだから。


「ヴェル様と一緒にいると毎日楽しい。だから私は、この居場所を守るために顔を知らない人達を殺す罪悪に身を染める。私はエゴで、自分とヴェル様と知っている人達のために人を殺す」


「そうか。俺も実は同じだな」


 俺が唯一得意な魔法を阻害する装置まで駆使して反乱を起こしたニュルンベルク公爵を殺し、その装置をバラバラに破壊する。

 そのために、俺は既に数百名の人間を殺し続けているのだから。


「エルも、エリーゼ様も、イーナも、ルイーゼも、カタリーナも同じ」


 最初は打算で俺の仲間になったのであろうが、今は運命共同体である。

 だからこそ、エリーゼですらターベル山地砦攻略についてきているのだから。


「さっさと終えて、夕食のメニューでも考えようか」


「それがいい」


 ヴィルマは、狙撃銃に俺が大きさを調整した銃弾を詰める。

 魔銃は全て前込め式で、本来の銃弾は火縄銃と同じく丸い。

 だが、丸い弾ではライフリングの意味が無いので、今回は自分が魔力で飛ばすのに使っていた椎の実型の銃弾を銃身に合わせて魔法で大きさを調整したのだ。


「スルリと入る」


 ヴィルマは、俺から貰った銃弾を銃身に込めていた。

 銃身はともかく、魔銃には奇妙な仕組みが多い。

 火薬の代わりに魔力で弾を飛ばすので、全て魔晶石が内蔵されている。

 引き金を引くと弾が発射されるが、なぜ引き金を引くと魔力が銃弾を飛ばすのかが不明である。

 今までに類似品の研究は両国で行われていたはずだが、完成していないのはその辺の仕組みの難しさから来ているのかもしれない。


「引き金を引くと弾が飛ぶ魔法の仕組みが意味不明だな」


 火薬なら着火させれば爆発するが、魔晶石に蓄えられた魔力が銃弾を発射する魔法に変化する仕組みを人工的に再現しているのだから魔法使いである俺には意味不明であった。

 これを解決したミズホ伯国が、ニュルンベルク公爵から警戒される理由であろう。


「今は弾が飛べばいい」


「ヴィルマの言う通りだ。指揮官からやる」


 俺も双眼鏡で、砦の城壁の上で指揮を執る守備隊長の姿を確認していた。

 他にも副官や部隊長などもいるが、これも標的とする。

 

「上を殺して士気を殺ごう。結局、一番これが効率が良い。無駄な犠牲も出ない」


「わかった」


 狙撃魔銃を構えていたヴィルマが引き金を引くと、双眼鏡に映っていた守備隊長が勢い良く後ろに吹き飛ばされて倒れる。

 隣にいた副官達が慌てて助けようとするが、ヴィルマの狙撃は経験が少ないにしては正確だ。

 頭部に銃弾が命中して血と脳漿をぶちまけて死んだ上官を見て、彼らは恐れ慄いているようであった。


「ヴィルマ」


「続ける」


 続けて、副官らしき人物、二名の部隊長、少し離れて弓隊を指揮している男性も標的にする。

 全員、頭部や胴体部分を撃たれて、即死か戦闘不能になっていた。


「銃身が……」


 不思議な事に魔銃は、五発ほど撃つと銃身が熱されて冷ますまで撃てなくなってしまう。

 ミズホ伯国軍では水をかけて強制冷却しているが、俺はヴィルマから受け取った狙撃魔銃を『冷却』の魔法で素早く冷ましていた。

 これならば、銃身が濡れる心配もない。


「続けて、バリスタを操る人員だ」


 ヴィルマの射撃は続き、今度は城壁の上でバリスタを操っている兵士達を標的にする。

 最初は撃たれてもすぐに交代の人員が駆け寄ってきていたが、そこに移動すると狙撃される事に気が付き、次第に誰もバリスタに近寄らなくなる。

 続けて弓兵への狙撃が始まり、三名ほどが撃たれると全員が弓を捨てて城壁の上から逃げていた。

 止める兵士もいたが、あまり偉くない人のようで誰も耳を貸さない。

 何しろ偉い人達は、既に大半があの世に旅立っていたのだから。


「ヴェル様。撃てる人がいなくなった」


「まあ。必要が無いみたいだけど」


 一方的に遠距離から偉い人達を撃たれ、自分達には成す術がないのだ。

 彼等の士気は砕かれ、城壁には数本の白旗が舞っていた。

 

「降伏してくれたか」


 こうしてターベル山地砦は、味方の死傷者を出さずに攻略に成功するのであった。

 



「これが成功? いや失敗でしょう」


「でも、ヴェル。普通に砦は落ちたぜ」


「エルさんの言う通りです。しかも、味方の死傷者はゼロですよ」


「ハルカさんの言う通りだ。犠牲がゼロなのは素晴らしい」


 白旗が上がったターベル山地砦は、特に大した混乱もなくミズホ伯国軍によって占領されていた。

 狙撃とはいえ部隊長以下の幹部を討ち、もし攻城戦を行ったとしたら犠牲が出る最大の要因であろうバリスタと弓隊の無力化にも成功、オマケにターベル山地砦は無傷で修復なども必要ない。


 俺達の功績は一番であったが、実は褒美を出すのはテレーゼである。

 なぜなら、俺達はテレーゼから雇われた傭兵であるからだ。


 一応戦功を記録する武官が同伴しているので、戦功と恩賞の誤魔化しは発生しないはずだ。

 ミズホ伯国軍を率いる、ミズホ上級伯爵の実弟にして分家当主のトヨツグ・タムラ・ミズホさんの表情は険しいが、別に俺の戦果に嫉妬しているわけではない。

 別の理由が、彼を不機嫌にしているのだ。


「俺らはハメられたんだよ」


「であるな。倉庫が空であった」


 ターベル山地砦にある倉庫や、司令部の建物にあるはずの金庫に入っている活動資金などはミズホ伯国軍に権利が発生するのだが、そこをトヨツグさんが家臣に改めさせたところ、ほとんど何も入っていなかったらしい。

 食糧が保管されている倉庫も、守備兵の一週間分くらいしか保管されていなかったそうだ。


「ハメられた?」


「そうだ。こういう山頂にある砦の備蓄食料が残り一週間分とか普通あるか?」


「でも、山賊とかも特にいない山の砦だったんでしょう?」


「ポスト目当ての砦だったそうだが、今は反乱軍の防衛拠点になっている。食料くらい普通は運び込むだろう? それにな。普段だってこんな山頂に細々と物資なんて補給しないさ。経費がかかるからな」


 ブランタークさんの推論に、エルは納得したような表情を見せていた。


「それよりも問題なのは、ここと同じ対応を他の拠点の反乱軍がしていた時の事であるな」


「伯父様。誘いの罠という事ですか?」


 戦闘後に敵軍には死者しかいなかったので、エリーゼは治癒魔法を使う必要がなく導師と一緒にいた。

 イーナ達も特にする事が無かったのでここにいるが、暇つぶしのはずの話が次第に深刻になっていく。


「わざと食料や物資を少なく、守備も薄くして味方を引き入れた?」


「イーナが予想している通りだろうね」


 簡単に攻略はできたが、この時点で兵を出したこちらが消費した食料や物資を考えると赤字である。

 何しろ、わずかな食料しか接収できていないのだから。

 それでも占領した町や砦を維持出来れば黒字になるが、それには補給が必要でありまた経費もかかる。

 

「というか、その前に食料不足の状態で囲まれるよね」


 ルイーゼの言う通りで、我々は急ぎ攻勢に出たのであまり食料を持っていない。

 それは後発の補給部隊に任せる事になっていたが、反乱軍に補給路を断たれれば万事休すである。

 我々がその補給部隊を守ろうとしても、その前に砦を敵軍に囲まれれば終わりであろう。


 特にこのターベル山地砦は、本来であれば堅牢で守りやすい砦である。

 山頂にあって攻略ルートが一本しかないからであるが、逆に言えばその山道を抑えられれば出口が無くなる。


「二百名分で一週間分の食料しか倉庫になくて、こちらもそれほど手持ちがあるわけではない」


 ヴィルマは事実だけしか語らない。 

 だが、逆に事態は深刻とも言えた。


 俺の脳裏にある悪い予感が浮かぶが、それはすぐに現実の物となっていた。


「ヴェンデリンさん!」


 城壁の上で警戒を行っていたカタリーナが、こちらに大急ぎで駈け込んできたのだ。


「私達。反乱軍に包囲されているようです」


「やっぱりなぁ……」


 こちらがターベル山地砦を占領したのを見計らったかのように、正門前の山道に多数の反乱軍が出現したとカタリーナが報告する。

 

「つまり、これで出られなくなったというわけだ」


 反乱軍は味方よりも多いはずだが、多分無理攻めはしてこないはずだ。

 何しろこちらは、食糧に余裕がないと思われているのだから。

 山道だけ塞いで待っていれば、こちらは一週間ほどで食料が尽きてしまう。

 テレーゼが補給を送ろうにも、届くはずもない。


「ターベル山地砦にいる私達は極端な例として、他の攻略に向かった味方は敗北必至なのでは?」


 他の城塞攻略組も同じ事をされている可能性があるし、ハーバット攻略組のバーデン公爵公子達は単純に優勢な反乱軍に包囲されているかもしれない。

 どうやらせっかくの先の大勝も、今回の敗北で無駄になってしまう可能性があった。


「テレーゼめ。バーデン公爵公子を抑えきれないから」


 バカな事はしてくれたが、このままバーデン公爵公子達が戦死するとまずい。

 だが、今の俺達は自分の事で精一杯である。


「トヨツグ殿と対応を協議する。しかし、困ったな」


 外の反乱軍の数がわからない以上は、下手に動くとかえって犠牲が増えて危険だ。

 俺達は急ぎ足で、トヨツグ殿の元へと急ぐ。

 少しでも、俺達を包囲する敵軍の情報を得るために。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] スポーツドリンクといわれているのは麹で作った方の甘酒です。
[気になる点] 銃のライフリングですが、銃弾が銃身内を擦りながら進むことで螺旋回転して飛んでいくので、銃口より銃弾のほうが若干大きい。 なので、前込め…銃口から弾は入れられないかと。 スルリと入ったら…
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