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第八十六話 テレーゼ様、前線に出る。

「フランク! しっかりするんだ!」


「ううっ……。母さん……」


 凄惨な戦闘が終わってから数時間後、俺はエリーゼがいる野戦治療所において治療の手伝いをしていた。

 魔力が枯渇していたので数時間の仮眠である程度回復させ、あとは手持ちの魔晶石も用いて数多くいる負傷者の救護に当たっていたのだ。


 治癒魔法はエリーゼ頼りであまり練習していなかったのと、魔晶石も全て使うわけにもいかない。

 どうしても治療には優先順位ができてしまい、中には間に合わないかもしれない者が出てくる。


 今もこうして、重傷者の意識が朦朧としてきて、戦友達が励ましの声をかけている場面に遭遇していた。

 俺とあまり年齢も違わない少年が、迫り来る死と戦っていたのだ。


「伯爵様! フランクを助けてください!」


「……」

 

 助けたいのは山々なのだが、既に仮眠して回復した分の魔力も無く、魔晶石もかなり使用してしまった。

 これから先に何があるかわからないので、アルフォンスからも決められた魔晶石の保持が厳命されている。


 悔しいが、彼の生命力にかけるしかないのだ。


「すまないが、魔力が……」


「そんな……。フランク! しっかりするんだ!」


 今にも死にそうな戦友に声をかけている少年を見ていると、ただ罪悪感だけが湧いてくる。

 助けられない事もないが、彼を助けると他の負傷者達も助けないと不公平になってしまう。

 魔晶石を消耗し尽したところで、もし再び敵軍の襲来があったとしたら?

 

 可哀想ではあったが、今は冷酷に彼を見捨てるしかなかった。

 冷たい、戦場における計算だ。


「あなた……」


「すまない」


 隣にいるエリーゼも、既に魔力が枯渇している。

 魔晶石や、前に俺が贈った指輪の魔力すら全て使い切っていた。

 良くみると修道着は血で汚れていて、彼女は今まで懸命に治療に専念していたようだ。


「フランク! 気を確かに!」


「ああ……。亡くなった母さんが……」


 フランクという重傷の少年は、既に母親を亡くしているらしい。

 その幻影が見えるという事は、彼が天に召される時が迫ってきたのであろう。


 付き添っている戦友の少年達が声をかけ続けるが、彼の意識は徐々に遠のいていく。

 フランク少年の死は、すぐそこにまで迫っていた。


「すいません。私がもっと強力な治癒魔法を使えれば……」


「いや。使える魔法はその人の個性なんだ。カタリーナは悪く無い」


「ヴェンデリンさん……」


 こればかりは、向き・不向きがあるので仕方が無い。

 カタリーナも魔力が枯渇していたし、彼女の治癒魔法では軽傷の治療で精一杯だ。

 

「あなた……」


「ヴェンデリンさん……」


 三人とも申し訳ない気持ちで一杯になってしまい、俺はただ二人の肩を抱いて慰めるしか術がなかった。


「母さん……」


「フランク!」


 いよいよ駄目だと思ったその時に、一番良いタイミングであの人物が現れた。

 主人公には見えないが、常に騒動の中心にはいそうなあの人物である。


「負傷者はここであるか!」


 作戦の都合上で魔力を温存していて、更に誰も頼んでいないのに追撃戦に参加した導師が姿を現したのだ。


「導師?」


「伯父様?」


「話はあとである!」


 なぜ、導師が追撃戦に参加したのかは不明である。

 どこかから手に入れたアームストロング伯爵家の者が良く使う六角棒を片手に、ドサンコ馬に乗って勢い良く飛び出していく。


 突然の事にアルフォンスは唖然としていたが、こうして無事に帰還には成功している。  

 ただし、ローブは血塗れでエリーゼは素で引いていたが。

 移動系魔法の制限により三次元を利用した戦闘が不可能だったので、色々とストレスが溜まっていたのではないかと俺は予想する。


「若者よ! しっかりするのである!」


 導師は『聖』の治癒魔法を覚えたが、効果を発揮させるためにその相手に抱きつかないといけない。

 導師は青白い『聖』の光に包まれながら、両手を思いっきり広げていた。

 

「急いでください(何だろう? 物凄く良い話なのに見た目が……)」

 

「ええと……。お願いします。伯父様」


 同性愛禁止の教会で育ったエリーゼからすると、自分の尊敬すべき伯父が少年に抱き付くなど悪夢のような光景であろう。

 だが、これも少年の命を救うためである。

 彼女も、余計な事は考えずに導師に治療をお願いしていた。


 導師が『聖』の青白い光を全身から発しながら少年に抱き付くと、次第にその傷が消えていく。

 相変わらず抱き付かないと発動しないが、元の魔力が凄まじいのでその効果は素晴らしい物があった。


「ううっ……。母さん」


 今にも死にそうであった少年は導師からの治療の甲斐もあって、次第に意識も戻ってきたようだ。

 ただ、一つだけ可哀想な現実がある。


「フランクさん。あなたに抱き付いているのはお母さんでは……」


「駄目ぇーーー! それは言っては駄目ぇーーー!」


 真面目なエリーゼは事実を語ってしまうが、この場でそれを言っては駄目なのだ。


「あの少年は助かったんだ。それ以上は……」


「わかりました」


 今にも死にそうな少年を治癒魔法で救う導師。

 エリーゼのような教会関係者から見ると、本に残したくなるような奇跡なのであろうが、絵面からして記憶を封印したくなるような光景である。


 筋肉オヤジが、少年に思いっきり抱き付いているのだから。

 間違いなく本に残そうとすると、教会から禁書扱いされるであろう。


「導師。普通に治癒魔法が使えればいいのに……」


「はい……」


 先ほどの悲しみから一転して、俺とエリーゼからは乾いた笑いしか浮かばない。

 そして、助かったフランク少年にも悲劇が及んでいた。


「母さん?」


「ふむ。母さんではないが、助かって良かったな」


「……」


 少年が絶句するのも当然であろう。

 死に掛けて意識が朦朧としている時に亡くなった母親の姿が頭に浮かんだのに、目を醒ませば筋肉の塊でヤクザも真っ青な強面に抱き付かれているのだから。


 同時に導師はその少年に笑みを送っていたが、やはり導師なので額面通りには受け取れない。

 彼からすれば、導師は筋肉質な死神に見えるのかもしれない。

 暫くは、硬直したままであった。


「硬いぃーーー! 母さんが硬いぃーーー!」


 どうやら彼は、自分の身に起こった現実に耐えられなかったようだ。

 耳を切り裂くような悲鳴をあげていた。


「あはははっ! これだけ元気ならばもう大丈夫であろう!」


「ねえ、リヒテル! コンラート! これはどういう事なの?」


 負傷が癒えたフランク少年は周囲の友人達に尋ねるが、まさか導師の前で妙な事を言うわけにもいかず、友人達は視線を外して下を向いていた。


「導師様が助けてくれたのさ」


 ただ一言だけ、小声で事実だけを伝えて。


「フランク。助かったんだから良かったじゃないか」


「そうであるぞ。少年! 生きてさえいれば、人生はまだまだ楽しめるのである!」


 せっかくの感動のシーンも導師のせいで台無しとなり、助かった少年は他の負傷者達から同情的な視線を送られる。

 だが、彼らはすぐに気が付く事となる。

 自分達もすぐに導師に抱き付かれて、声にならない悲鳴をあげる事になるのだという事に。


「導師。魔力は大丈夫なのですか?」


「追撃ではほとんど使っておらぬよ。後ろから追い付いて、この棒で殴り殺しただけなのである」


「そうですか……」


 魔法使いが追撃に出て、敵兵を六角棒で殴り殺す事の是非はともかくとして、導師のおかげで多くの負傷兵達が助かったのは事実であった。


 みんな抱き付かれて、心の中でも悲鳴をあげていたと思われるが。




「そのまま死ぬか、導師に抱きつかれて助かるか。後者を選んで当然なのに、心情的には迷うよな」


「唯一の救いは、恋愛感情が皆無な点ですわね」


「何気に酷い事を言うな。カタリーナの嬢ちゃんは」


「お師匠様。私はもう人妻なのですが……」


「おっとすまねえ。だが、それでも抱き付かれるのは年頃の女性としてはどうよ?」


「負傷しないようにして、してもエリーゼさんかヴェンデリンさんに任せますわ」


「極めて普通の回答だな」


「お師匠様は、私に何を求めておいでなのです?」


 戦いのあった翌日、俺、ブランタークさん、カタリーナの三人は野戦陣地の修復と増改築を行いながら話を続けていた。


 敵兵を防ぐのに役に立ったものの、戦いの後半では死体が折り重なって高さ不足になったので、増築をアルフォンスに頼まれていたのだ。


 あとは、騎馬隊を防ぐ堀の深さや数を増す工事も頼まれているが、これは明日以降の予定になっている。

 なぜなら、今はそこに敵軍の大量の死体が散乱していて、兵士と雇われた地元の住民達によって埋葬されていたからだ。


 今は冬なので腐敗の進行は遅いが、そういつまでも大量の死体を放置できない。

 参戦していた他の魔法使いが穴を掘り、身元が確認できる者はメモを取ってから、使える物を剥いで穴に放り込む。

 最後に、燃える物や油を撒いて魔法使いが火を付けて火葬にした。


 火葬にして嵩を減らさないと、万を超える死体の処理などそう簡単に終わるわけがない。

 死体から戦利品を漁る行為も、これも戦費や褒美の一部なので綺麗事ではすまなかったので普通に行われていた。

 見ていて、あまり良い光景ではなかったが。


 野戦陣地が築かれた石塀の前では、死体を燃やす臭いが鼻につく。

 これも戦場の現実であった。


「それでも、負けてあの死体の仲間入りだけはゴメンだな」


「新婚ですからね」


「俺も伯爵様もな。ところでエルの坊主は?」


「デートなのかな?」

 

 護衛はアルフォンスが新たに手配してくれたので、エルとハルカはそこまで護衛に徹する必要がなくなっている。

 そこで、早くに刀術を覚えようと鍛錬に没頭していたのだ。

 ハルカは教師役で、一緒に鍛錬に参加している。


「追撃戦に続いてご苦労さんだな」


 フィリップ公爵家軍の精鋭、ミズホ伯国軍の抜刀隊を含めた精鋭によって行われた追撃で、反乱軍四万の内半数の二万人ほどがその屍を曝していた。

 負傷者や捕虜も出たが、これは二千人ほどしかいない。


 負けて戻ると主君が処刑されるかもしれないし、自分だけ降伏すると家族に害があるかもしれないと、最後まで奮戦して戦死する兵士達が後を絶たなかったからだ。


 治療も味方優先だったので、昨日の内に死んでしまった負傷者も多い。

 あまりの死体の多さに、みんなゲンナリとしながら処理をしている状態であった。


「味方も結構死んだらしいな」


「ええ」


 味方の戦死傷者は、合計で二千五百六十七名であった。

 キルレートで考えると圧倒的に有利であったが、今回の反乱軍はそこまで精鋭でもなかった。

 駄目なら使い捨てにする軍勢で、こちらに十%以上の損害を与えている。

 ニュルンベルク公爵は、決して自分達が不利だとは思っていないであろう。


「アルフォンスさんは頭を抱えていると?」


「そういう事だな」


 手を抜けば殺させるので本気で戦わざるを得ないが、殺せば殺すほど帝国の国力は落ちる。

 テレーゼからしても、頭が痛い懸案なのであろう。


「戦うよりも、石塀の増設の方がマシですわね」


「だよなぁ……」


 頼まれた修復と増設工事が終わったので、今度は後方に下がって荒地を耕す。

 屯田兵というわけではないが、ある作物の種を植えるためであった。


「ヴェル!」


「待ってたよ」


 現場の荒地を魔法で掘り返していると、種蒔きを手伝っていたイーナとルイーゼが姿を見せる。


「何の種を蒔いているんだ?」


「バカダイコンだって」


「これが現物よ」


 イーナが、桜島大根ほどの大きなカブを見せてくれる。

 名前はバカダイコンなのに、実際にはカブの仲間のようだ。


「馬の餌になるそうよ」


 バカダイコンとは、馬の餌用の作物らしい。

 硬くて人間が食べると不味いが、どんな荒地にでも簡単に育つ。

 水はある程度必要であったが、これは井戸を大量に掘って対応していた。

 『どんなバカにでも育てられる』から、バカダイコンという名なのだそうだ。


「原産はミズホ伯国だって。カブの品種改良の過程で生まれたそうだよ」


「ふーーーん」


 俺は、ルイーゼからの説明を静かに聞いていた。

 大根と聞くと、おでんや沢庵が食べたくなってくる。

 焼いたサンマに大根おろしや、シラスとの組み合わせも思い出して、どうやってミズホ伯国から手に入れようかなどと思案に耽っていた。 


「種を蒔くと二ヶ月で出来る。寒さにも強い。荒地でも大丈夫。唯一不味いのが欠点かな?」


 馬が食べる分には問題は無いようだ。

 荒地でバカダイコンを収穫してから牧草の種を蒔き、今度は馬糞を土に混ぜて稗・粟・蕎麦などを植える。

 こうやって徐々に、麦などが作れる土に改良していくのだそうだ。


「バウマイスター伯爵領でも栽培可能かね?」


「駄目みたい。暑さに弱いそうよ」


 俺の問いに、種を蒔いていたイーナが答える。


「それは残念だな」


「そんな回りくどい手を使うよりも、ヴェルが開墾した方が早いと思うよ」


「いやいや。俺もそう開墾ばかりしてられないから」


 元々兵士の大半が普段は農民などをしているのだから、屯田は彼らに任せるべきであろう。

 俺には、井戸を掘るとか道を舗装するなどの仕事があるのだから。


「バウマイスター伯爵領にいる時と、あまり変わらないわね」 


「プラス人殺しだが、これはしょうがない。あとは長引きそうだな」


「ええ。でも完全に持久戦なのね」


 いきなり四万人の軍勢を磨り潰し、それがダメージだとも思っていない連中と戦うのだ。 

 一発逆転で、帝都侵攻という博打は打てないのであろうと推測される。


「馬の飼料を栽培しているからな」


 補給の負担を減らすためなのであろう。

 いきなり麦などは不可能なので、バカダイコンで代用している。

 野戦陣地も、一種の防衛要塞としての機能拡大が続いている。

 魔法使い達が加工した石材と木材を積み上げて、兵舎や見張り用の櫓などが増設中であった。


「持久戦にも限界があるからね。さすがに、数ヶ月以内には何とかする予定だ」


 そこに、ブランタークさんを伴ったアルフォンスが姿を見せる。

 総大将である彼には、常にブランタークさんが護衛につくようになっていた。


「テレーゼが、本軍をここに出すそうだ」


「ある程度は味方を纏めたのですかね?」


「みたいだな。ねえ。アルフォンス様」


「北部の全諸侯と、東部と西部の北側の大半に、あとは個別に参加したり中立を宣言したりかな?」


 国内を二つに割っての内乱なので、どちらが勝ち組かを判断して付く方を決める。

 建て前は別として、本音では勝つ方を判断して付かなければいけないので、貴族というのも大変だ。


 関が原と同じで、判断を誤れば最悪改易なのだから。

 貴族によっては数千年も続いた家が消滅してしまうわけで、どちらに付くかの選択で胃が痛いはずであった。


「それで、いつ来られるのです?」


 彼女が総大将として陣頭に立てば、それだけ味方の士気もあがる。

 危険度は増すが、何も最前線で剣を振るえと言われているのではない。

 ここは覚悟を決めて前に出る事も必要であろう。


「明日の早朝だそうだ。結構な大軍だそうだから」


「了解」


 その日は野戦陣地の拡張工事に魔法を振るい、その翌日の朝には無事にテレーゼが率いる軍勢が姿を見せていた。


「防衛戦とはいえ、数に勝る敵を敗走させたアルフォンスの功績は大きい物があるの。ここに褒美を」


「はっ!」


 前にカルラが着ていた物よりも豪華なミスリル製のチェインメイルに身を包んだテレーゼが、出向かえに出たアルフォンスに直接声をかけ、続いて金貨の詰まった袋を渡していた。


「他の者にも褒美があるが、これは後で渡すゆえに」


「はっ!」


 テレーゼはすぐに、石材を積んで作った砦に本陣を置く。

 更にそこに諸侯や家臣達を集め、簡単な作戦会議を開始する。


「二万人近くを討ったのか。大戦果じゃの」


 敵軍の半数が死傷者などという戦いは、まず滅多にない大戦果なのだから褒めて士気を上げるのは当然であろう。

 ただし、必ずしも手放しで喜べる状況ではなかったが。

 

「こちらが防衛側だったのと、魔法使いの質の差が出ましたね」


 アルフォンスの発言で、テレーゼを含めた主だった連中の視線が全て俺達に向く。


「敵の魔法使いもかなり討ちました。ですが、大半は選帝侯家のお抱え達です」


 事前に報告書は読んでいるようであったが、テレーゼの顔は暗い。

 

「王国と帝国は、国力比で差が広がりつつあるのじゃがな。のうバウマイスター伯爵」


「さあて? 私は傭兵ですので」


「いや、そなたを責めてはおらぬよ。ヘルムート王国にはそなたがいて羨ましいと思っただけじゃ」


 テレーゼは、さすがに普段のように俺をヴェンデリンとは呼ばなかった。


「貧乏貴族の八男が足掻いただけですが」


「そなたの足掻きが、王国には恵みの雨となって降り注いだの。その上に、帝国は反乱で国力を消耗する。なるべく早く終わらせて、貿易も含めて国力の増大を行うしかない。本当に骨が折れる話じゃ」


「とにかくも、今の俺は傭兵ですので」


 バウマイスター伯爵として参加して功績をあげると、褒美の問題が出るので面倒なのだ。

 『両国の爵位と領地を、一人の人間が兼任可能なのか?』という、有史以来両国が経験した事がない議題のせいで政治が混乱しかねない。


 傭兵として金だけ貰って貸し借り無しが、双方にとって一番幸せであろう。


「とにかくも、ニュルンベルク公爵には困ったものじゃ」


「先の四万人の敵軍を送った意図は何なのでしょうか?」


 最近では、良くハルカと一緒に刀術の訓練をしているエルが、珍しく真面目な質問をしていた。

 少しは家臣としての自覚が出来たのであろうか?


「(ハルカに良い所を見せようとしているのか?)」


 どちらにしても、俺もそれは聞きたかったのだ。


「勝っても負けても、ニュルンベルク公爵には得になるからの」


 もしテレーゼ達の準備が遅くて勝利を挙げられれば、内乱で対立した双方の天秤はニュルンベルク公爵側に傾いたであろう。

 北方諸侯の領地では、ラン族ばかりが住んでいるわけではない。

 力の差を見て裏切る者も多かったはずだ。


「負けて半数を失っても勝ち?」


「それはな。あの四万人の内訳のせいだ」


 俺は、エルに持論を説明する。


「帝国軍中央で無能ではあるが力があるクラーゼン将軍に、当主を人質にされている各選帝侯の軍勢で構成されているからな。いくら死んでも、ニュルンベルク公爵の懐は痛まない」


 クーデターにより帝国中枢を掌握しているニュルンベルク公爵の命令で出兵して失敗している。

 兵力を失った挙句に作戦の失敗を責めて処罰をされれば、自分は何もせずに彼らの力を落とせるのだから。


「それで、兵を出した選帝侯は処刑でもされましたか?」


「いや。密偵からの情報によれば総大将のクラーゼン将軍は改易されたそうじゃが、あとの連中は罰金となっている」


 テレーゼがここに来るのが遅れたのは、魔法や魔道具に頼らない諜報網の再構築に忙しかったからというのもあるのであろう。


「クラーゼン将軍は戦死しましたからね。処分も楽であったと?」


「あの伯爵家は、当主も跡取りもバカであったからの。ニュルンベルク公爵からすれば、何の躊躇いもなく処分したのであろう。幸いというか、兵力の半数を失う大失敗も犯している」


「それで、他の選帝侯家は罰金ですか?」


「中枢たる兵力や家臣を大量に失って、挙句に作戦の失敗で罰金を取られる。戦争をしていた時代には罰金で敗戦の責を償う事は良くあったらしいからの。そう無法でもないから文句も言えまいて」


 当主を人質に取られている時点で、断る事も出来ないのであろう。

 

「戦死者への保障などもあるのですから、選帝侯家の屋台骨に皹が入ったのでは?」


「好都合であろう。払えなければ、利権や領地で補填せざるを得ない。形式上は帝国政府に払われるが、その主人は今やニュルンベルク公爵なのじゃから」


 中央集権を目指す、ニュルンベルク公爵らしい手法と言える。


「えげつな」


「エルの言う通りに、本当にえげつないわ」


「幸いにして、中央の皇家の一族は処刑はされておらぬようじゃの」


 一族皆殺しなどにすると中央の法衣貴族や帝国軍の反発があるので、今のところは軟禁に留めているらしい。

 彼の言う中央集権が進めば、処分される可能性は大であったが。


「では、選帝侯家はどこも味方してくれませんか」


「いや、そこに居るアンスガー殿はこちらに付いてくれた」


 テレーゼは、隣にいる身なりの良い青年を紹介する。


「アンスガー・ヘルガー・フォン・バーデン公爵公子と申す。バウマイスター伯爵の高名は良く耳にしているよ」


 まだ二十歳前後の金髪の青年で、とても育ちが良い貴公子然とした風貌が特徴の人物であった。


「あれ? バーデン公爵公子殿ですか?」


 確か、皇帝選出の選挙に父親のバーデン公爵は出馬していたはずだ。

 眠たい目を擦りながら演説を聞いていたのを記憶している。


「父であるバーデン公爵や、一部重臣達は捕らえられたままさ。だが、うちはあの四万人の軍勢には兵を出していないよ」


 バーデン公爵領は、帝国の東北部に存在している。

 下手に兵を出せば、その留守をテレーゼに攻められる可能性があった。


「最初に不法を行ったのはニュルンベルク公爵であるし、彼に一時的に付いても将来が不安でもある。我がバーデン公爵家はテレーゼ殿に付くとして、父や重臣達は我がバーデン公爵の礎になって貰わないとな」


 見捨てるという事なのであろうが、親子二人だけの問題でもないので仕方がない。

 そういう決断が出来なければ、選帝侯家の当主にはなれないというのも辛いかもしれないが。


「(聞いてはいけないんだろうな……)」


 実の父親を見捨てるのだ。

 平静でいられるはずが無いのだから。


「バーデン公爵家の参加で、かなり勢力比的には近付いたので助かったの」


 暫く話をしてから、今度は主だった貴族達との顔合わせも兼ねた夕食会が行われ、その席でテレーゼは全員に自身の考えを述べていた。


「この内乱で、帝国貴族の再編がおきようの」


 公式には宣言していないが、反逆者ニュルンベルク公爵に対抗するテレーゼは次期皇帝の有力候補である。

 先日に決まったアーカート十七世は、生きて救出されても捕らえられた無様のせいで皇帝として用を成さないであろうからだ。


 そして、その次期皇帝候補が貴族の再編が起きると明言しているのだ。

 内乱の当事者であるニュルンベルク公爵家は当然改易として、他にも改易や、減封される者や内乱で有力な一族が全て滅ぶ者も出てこよう。

 そうやって得た領地は、当然勝者に配分されなければいけない。


 テレーゼに味方する事は、その権利を得たにも等しいと宣言しているのだ。


「(まあ。当然だよな)」


 いくら内乱でも、無料奉仕で働く貴族どころか人間などまず存在しないのだから。


「果たして、ニュルンベルク公爵がいつ全軍を挙げて攻めて来るのかは知らぬが、その戦いが天下分け目の戦いになろうの」


 夕食後、貴族達はそれぞれの陣地に戻っていた。

 野戦陣地の拡張や屯田を続けながら、彼らは北上するニュルンベルク公爵の軍勢を待ち受けるのだ。

 ニュルンベルク公爵は、テレーゼを討たなければ帝国を統一できない。

 必ず北上するはずだ。


 状況が変われば作戦も変化するかもしれないが、今のところはそういう方針になっている。


「それで、ここがヴェンデリンの家か?」


「ええ。自分で造りました」


 夕食後に他の貴族がいなくなったので、テレーゼは俺をまたヴェンデリンと呼び、更に家に押しかけてきた。

 一応、口実は存在している。

 俺達への報酬の確認という物で、勿論それが名目上だけなのは誰の目から見ても明らかである。


 なぜなら、ブランタークさんはアルフォンスの護衛役だからと出かけてしまい、導師もどこかに出かけてしまったからだ。


「えらく豪勢じゃの」


 傭兵は、基本的には衣食住は自己負担である。

 一応アルフォンスから土地は分け与えられていて、そこに廃鉱などから切り出した石材を積んで広さはかなりの物になっている。

 暖房は暖炉ではなくて魔道具のヒーターのような物やエアコンを使い、風呂も台所なども完備されている。

 家の中の壁塗りなどの内装も丁寧に行ってから家具や他の魔道具も置かれ、テレーゼはその豪華さに驚いているようであった。


「見た事がない魔道具じゃの」


「発掘品ですから」


 エアコンやヒーターは、例の魔の森の遺跡で見つけた物だ。

 

「妾の屋敷はストーブと暖炉じゃがの。それでも、兵士達よりは遥かに恵まれておる。その魔道具は売って貰えるのかの?」


「残念ですが、王国の許可が必要ですね」


 魔の森産の魔道具は、また魔道具ギルドが大金を叩いて購入して行ったが、量産には相当な時間がかかると予想されていた。

 現物があっても、そう簡単には作れないのが魔道具だからだ。


「やれやれ。帝国は魔道具でも劣勢になる可能性があるの」


「ミズホ伯国はどうなのです?」


「あそこは、独立独歩の気運が高いからの。侵略はせぬが、わが道を行く。今回の内乱で勝てたら、選帝侯にでもして縛るかの」


 帝国が乗っ取られる可能性があったが、テレーゼは内側に入れた方が利益があると思っているのであろう。


「ところで、そなた達への報酬であるが」


 契約では、基本的には金銭で払われる。

 人殺しから、野戦陣地の工事、井戸掘り、畑の開墾、怪我人の治療などと。

 アルフォンスが作業量を記載して認定し、相場に基づいた額がプラスされていく。


 今の時点でも、かなりの金額にはなっていた。


「あとは、ミズホ伯国とバウマイスター伯爵領との貿易許可と……」


 このソビット大荒地にある廃鉱から、鉱物を取る許可である。

 当然、過去に帝国の魔法使いによってそれは行われていたので、この条件はすんなりと許可が出ていた。


「金や銀は沢山採れたかの?」


「まあまあですよ」


「まあまあか。それは良かったの」


 こういう時に魔力が多いと得である。

 廃鉱の地下数百メートルにあるような、今の帝国の技術では採掘不可能な鉱脈から自由に魔法で抽出できるのだから。

 今までに回収した金と銀で、報酬をチャラにされても困らないほどであった。


「(まさに知らぬが仏。どうせ、あんな地下の鉱脈には手が出ないだろうし)」


 出ていれば、とっくに採掘されていたであろう。


「アルフォンスから聞いておるが、活躍したそうじゃの」


「それなりには」


「謙遜するでない。敵の先手には上級レベルの魔法使いが複数存在していたと報告を受けておる。先の四兄弟も同じく帝国では凄腕だと言われていた連中だ」


 俺は自分を、戦闘では威力のある放出系魔法と強固な防御力だけで対応するガサツな魔法使いだと思っている。

 師匠の境地に達するには、まだ相当な時間がかかるはずだ。


 ところが、帝国の魔法使いには魔力がある事に安心して俺よりもガサツで引き出しが少ない魔法使いが多かった。

 だからこそ俺にみならず、カタリーナ、ブランタークさん、導師によって一方的に撃破されているような気がするのだ。


「帝国の魔法使いのお手本は導師じゃよ」


「つまり、何かに特化すると?」


「左様じゃ。何でも昔に高名な魔法使いが言ったそうじゃ。何か一つを極めると、その魔法が強固になると」


 間違っているとは思わない。

 実際に一つの魔法を極めると、消費魔力効率や威力が上がるからだ。

 ただそれで、絶対的に強くなるという保障も無い。

 導師ほど極めれば最強になれるが、俺のような魔法使いは多くの引き出しを持っていた方がいいわけで、その人によるとしか言えないからだ。


「これから、多くの魔法使いが死ぬの」


 更に言えば、帝国内での内乱なので俺達を除けば全て帝国の魔法使いである。

 テレーゼとしては頭が痛いのであろう。


「嘆いても仕方がないがの。早く内乱を収めて、帝国の国力増強を進めなければなるまいて」


「初の女帝陛下ですか」


「この状況で回ってくるとはの。それに、ニュルンベルク公爵に勝てたらという条件もある」


「俺は勝つ気でいますよ。死にたくないし」


 こんな内乱で死ぬのはゴメンである。

 そのために、やりたくもない人殺しをしているのだから。


「正論じゃの。話を戻すが、功績の大きいそなたに妾から特別に褒美があっての」


「あの夜伽とかはいらないですよ」


「おおっ! ヴェンデリンは冷たい男じゃの。仕方なしに皇帝にならざるを得ない妾にお情けをくれぬとは……」


「同じ国内から夫は探してください」


「ヴェンデリン様の仰る通りです。テレーゼ様は次期皇帝陛下の最有力候補なのですから、妻がいる男性との醜聞は避けるべきです」


 俺がテレーゼと話をしていたリビングの隣にある寝室の扉が開き、そこからはネグリジェ姿のエリーゼが姿を見せていた。


 テレーゼの露骨な誘惑に、また腹を立てたのであろう。


「エリーゼ殿か。妾が女帝になると夫君の人選が難しくての。少しだけ貸してくれればよい」


「男性の貸し借りとは、とても帝国淑女たるテレーゼ様の発言とは思えませんが……」


「未婚を貫くにしても、妾も子供くらいは欲しいからの。ヴェンデリンの種だとは決して漏らさぬ事を約束する」


「詭弁ですね。政治状況によっては、躊躇わずに公表するのでは?」


 エリーゼの問いに、テレーゼは答えなかった。

 

「もしこの内乱で敗北が決定した時には、テレーゼ様は亡命なさるおつもりでしょう?」


 その時に俺と関係があって、更に子供まで妊娠していたら?

 その子は、バウマイスター伯爵家を継ぐ資格を持つ。

 テレーゼが亡命すれば、その家臣や家族達も集まってくるはずで、俺は立場上彼女らを保護しないといけない。

 家臣になって出世する者も多いはず。

 そして、そんなテレーゼ一派が王国内で祖国奪還に向けた政治闘争を始める可能性があると。


 エリーゼの推測は、決して現実からは遠い物ではないはずだ。

 

「(なるほど。テレーゼといたすのは、どんな高級娼婦よりも高く付くんだな)」


 女帝になれたとしても、その子を口実に王国に何か外交的な要求をしてくる可能性もあるのだ。

 つまりそれだけ、テレーゼの誘惑は危険なのであろう。


「それにですね」


 エリーゼは、俺に背中に抱き付きながら話を続ける。

 テレーゼにも負けない胸の感触が、俺の意識をそちらに向けていた。

 我が妻ながら、実に大した物である。


「ヴェンデリン様は毎晩お急がしいのです」


 エリーゼがそう言うと、寝室から同じくネグリジェ姿のイーナ達も姿を見せていた。


「テレーゼ様。横入りは感心できませんよ」


「五人も六人も同じだと思うのじゃがな」


「ヘルムート王国内なら、将来的にはそういう事もあるかもしれませんね」


 テレーゼに対しても、イーナはきっぱりと謝絶の意志を表す。


「テレーゼ様。夜這いはボクとヴィルマがいるから不可能だよ」


「そう。テレーゼ様は、アルフォンスとかに狙いを絞った方がいい」


「アルフォンスは、妾を女としてなど見ておらぬわ」


 ルイーゼとヴィルマが監視している状態で、テレーゼが夜這いなど出来るはずがない。

 彼女の実力では、どう足掻いてもルイーゼやヴィルマには勝てないのだから。


「それでは、バーデン公爵などはいかがなのです?」


「あの者の正妻は、あのアーカート十七世陛下の姪御なのじゃぞ。向こうでお断りであろうよ」


 やはり、選帝侯家と皇家による政略結婚は普通に行われているようだ。


「色々と大変なようですが、帝国内でお探しくださいませ」


「カタリーナよ。そちの言い様が一番残酷じゃ!」


「そう言われましても。それに、ヴェンデリンさんはお忙しいのですから。我がヴァイゲル家の跡取りを作っていただかないと」


 そう言うないなや、カタリーナは俺の腕を引いて寝室へと移動を開始していた。


「そなたら。まさか……」


「はい。私達は毎日全員でヴェンデリン様のお相手していますが何か?」


「ううっ!」


 エリーゼの真顔による返答に、テレーゼは若干引いてしまったようだ。

 昔のカタリーナと同じでその手の経験が無いので、本能的に引いてしまったのであろう。


「ヴェンデリンよ。毎日で大丈夫なのか?」


「大丈夫ですよ」


 師匠からの魔法もあったが、別に毎日そういう事をしているわけでもない。

 要は、テレーゼに対してエリーゼ達が隙を作らない事が重要なのだから。

 眠るまで話だけをしたり、ゲームなどで遊んでいる日も多いのだから。


「一対五でか?」


 やはりその手の経験が無いらしい。

 テレーゼ本人の気丈さで声には出していたが、彼女の顔はのぼせ上がっているように見える。

 内心では恥ずかしくて堪らないのであろう。


「テレーゼ様も六人目として加わりますか? 五人も六人も同じなのでは?」


 エリーゼの止めの一言が放たれると、それを聞いたテレーゼは反射的に席を立っていた。


「いや……。そういう事は……。初めての時には、二人きりでこうな……」

 

 次第に口調がしどろもどろになり、最後には大きな声でこう宣言していた。


「必ずや、ヴェンデリンと二人きりになって既成事実を作るからの!」


 そこまで言うと、逃げるようにして家を出て行ってしまう。


「少し可哀想な事をしたかな?」


「あなた。このくらい割り切らないと、第二・第三のテレーゼ様が現れますよ」


「だよなぁ……」


 既に、エリーゼ達の魔力が増えた件もあるので、下手に妻や愛人を増やすわけにはいかないのだから。


「あなた。そろそろ寝室に行きましょう」


「そうだな」


 外に出ても兵士ばかりで娯楽にはならないし、とっとと寝室に篭もった方が魔力も早く回復して生き残れる可能性も上がるのだから。


 という事にしておこうと思う。


「今にして思うと、ドミニクは大変だったのですね」


「ここ最近は、毎日結局こういう感じになるわね」


「ある種の現実逃避? 違うね。ボク達には子供が必要だし」


「戦争だから、そういう感情が高ぶっても仕方がない。前に義父が言っていた」


「ヴィルマさんは良くご存知ですわね」


「ベットの上は、俺が『浄化』の魔法で証拠を消しておくか……」


 翌朝に一緒に風呂に入りながら、ベッドの上の惨状を忘れるかのように話をする俺達であった。

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