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第八十五話 第一次ソビット大荒地会戦。

「絶景であるな!」


「いや、絶景とか言っている場合じゃないだろうに……」


 ソビット大荒地に陣を張ってから一週間、遂に反乱軍は先鋒隊を送り出していた。

 南端の街道沿いに俺達が設置した馬避けの塹壕や石造りの柵などを挟んで、両軍が睨み合う。


 反乱軍の推定戦力は四万人ほどで、味方は合計で二万五千人ほど。

 数では不利であったが、質ではそう負けていないはず。

 それに防衛戦なので、よほどのヘマをとしないと負けないはず……だと思いたい。


 初めての戦争なので俺達はガチガチに緊張していたが、導師はどこ吹く風といつも通りのままであった。

 ブランタークさんも、その神経の太さに呆れているようだ。

 きっと、導師の心臓には竜の体毛でも生えているのであろう。


「帝都の『青白ダイコン』共を切り裂いてくれようぞ!」


「おおっーーー!」


 更に味方の中で一番戦意が高いのは、今回初めて防衛戦闘以外で出兵しているミズホ伯国の面々であろう。

 彼らからすると、帝国中央部や南部にいるアーカート族至上主義者は許しがたい存在で、攻めてくるのであれば皆殺しにしてやるまで、という気持ちが強い。


 防衛陣地の東側にいる彼らは、ミズホ刀を抜いて掲げながら反乱軍を挑発していた。

 なお『青白ダイコン』とは、ミズホ人が帝都などにいる中央の人達を指して言う侮蔑の名称である。


 個人的には大根は大好きなので、あまり侮蔑には使って欲しくないのだが。

 昨日の晩にミズホ上級伯爵からご馳走になった『おでん』にソックリな料理と、『沢庵』に似た漬け物は美味しかった。

 これとミズホ酒の熱燗とが、今の寒い季節と相まって良く合うのだ。


「戦意は高いか。救われるねぇ」


 そして陣地の中央部に、総大将代理のアルフォンスがフィリップ公爵家近衛騎士隊と共に陣取っている。


「数では不利だけど、防衛戦闘で数を減らす戦いなら何とかなりますか?」


「犠牲を減らすために、バウマイスター伯爵に期待しているよ。導師とブランターク殿も宜しく」


「わかったのである!」


「まあ、俺達は中央にいるしかないよな」


 こういう本気の戦の際には、魔法使いの配置が重要であったりする。

 魔法使いは魔力が残っている間は、一般兵士を虐殺可能なジョーカーのような存在だ。


 当然、本陣には一番数を置く。

 総大将が殺されてしまうと、一気に軍勢が瓦解してしまうからだ。

 ところが逆の手を打って本陣の守りをあえて薄くし、右翼や左翼に強力な魔法使いを配置して一気に数を減らすという奇策に出る可能性もある。


 その辺の配置は軍略の一種なのだが、実は例の『通信』と『移動』の魔法を抑制する装置のせいで、魔法使いの配置に悩む事態になっていたのだ。


 飛んで応援にいけないので、安全策を取って中央には俺達を、残りの魔法使いは満遍なくと言った感じだ。

 フィリップ公爵家は一名の上級レベルの魔法使いに、四名の中級レベル、十五名の初級レベルと実はブライヒレーダー辺境伯などとは比べ物にならない数の魔法使いを抱えていて、他の貴族家でも意外と多くの魔法使いを抱えている。

 これに加えて冒険者ギルドにも、臨時で魔法使いの徴集命令を出していた。

 戦時に備えてそういう制度があるらしく、これに応じた魔法使いも多い。


 帝国の冒険者ギルドは、現在二つに割れている。

 北方の支部は、内戦勝利後に帝都本部へ栄転できるというテレーゼからの餌に釣られてこちらに味方している。

 中央や南部の支部は、反乱軍に完全協力しているようだ。

 中には中立を宣言している支部もあり、他のギルドもそれぞれに対応がマチマチで分裂状態にあった。

 戦後に再統合する際に、テレーゼは苦労する羽目になるであろう。


「どちらの勢力も、可能な限り魔法使いを集めているか。そういうのが嫌いで拒否する連中も多いが、暫くは魔物の素材や魔道具の供給が減るな」


 ブランタークさんは経済への影響を心配しているようだが、こればかりは内戦が終わらないとしょうがない。

 それに、それを考えるのはテレーゼ達帝国人の仕事である。


「ラン族とミズホ人の魔法使いが多いかな?」


「自民族の危急存亡の瀬戸際だからな」


 ニュルンベルク公爵のやり口を見れば、危機感を感じて当然かもしれない。

 褐色の肌色をしたラン族とミズホ人の魔法使いが多く、特にミズホ伯国が独自に抱えている魔法使いは多いようで、その質でも中央には負けていないはずだ。


「救護部隊の質も良いからね」


「バウマイスター伯爵の奥方は、優れた治癒魔法使いだし」


 アルフォンスは、エリーゼの治癒魔法使いとしての力量に期待しているようだ。

 兵士の怪我が早く大量に治れば、それは軍の力を大幅に引き上げるからであろう。

 エリーゼは教会から派遣された治癒魔法の使い手と共に、少し後方で救護部隊に所属している。

 前線に出ても攻撃手段が乏しいので、後方で治癒に専念して貰うためだ。


 ところが、そこでひと騒動起こってしまったのだ。




『ええっ! ミズホ伯国とは救護部隊を分けるのですか?』


『エリーゼ殿。あなたが教会の司祭でもある事実は知っていますけど、ここは大人の配慮でね』


『噂には聞いていましたが……』


 帝国がミズホ伯国を保護国にする際に一番揉めた問題が、この宗教の問題であった。

 実は、ミズホ伯国は教会とは別の宗教を信仰していたからだ。

 日本風だからかは知らないが、仏教と神道が混じったような宗教で、俺達も鳥居のある寺院のような建物を幾つかミズホ伯国内で見ている。


『教会でも過激なのは、ミズホ人に改宗させろと迫ってね』


 もしそんな事をすれば、ミズホ人が一丸となって宗教戦争を仕掛けかねない。

 双方に多大な犠牲が出てしまうであろう。

 

『帝国が国教をプロテスタントにする時に、物凄い血が流れたから』


 カソリックの信徒で強硬な連中がプロテスタントへの襲撃を行い、プロテスタント側も仕返しに走って内乱寸前にまでいったらしい。

 同じ宗教でもこれなのだ。

 ミズホ人に無理矢理改宗など迫れば、大変な事になってしまう。


『そこで、妥協策が出てね』


 同じ神を祭っているけど、少し形態が違う。

 ミズホの宗教は、教会の分派のような物。

 という事に、強引にしたそうだ。


『秘密協定で、教会はミズホ伯国内で布教を行わない。ミズホ教側も、他の帝国領内で布教を行わないというね』


 外地にいるミズホ人で教会の信者になったり、ミズホ伯国を生活の拠点にしている他の民族でミズホ教の信者になる者達もいるそうだが、これは極少数なのであまり気にもされていなかった。


『わかりました……』


 エリーゼは、バカでもないし狂信者でもない。

 他の宗教を信仰する人達を理解はしていたが、どこか納得できない部分もあるのであろう。

 子供の頃から教会に関わっているので、仕方がないのかもしれない。


『自分と宗教が違うから認められないだと、ニュルンベルク公爵と大差ないからなぁ……』


『すいません。あなた』


『エリーゼは子供の頃から教会しか見ていないから、どこか納得できないのも理解しているんだけどね』


 偉そうな物言いだが、これも宗教観が曖昧な元日本人らしい考え方なのかもしれない。


『そうであるぞ。エリーゼよ。宗教などとは方便なのだから』


『導師は一応は王宮筆頭魔導師だから、それなりに配慮しろよ』


 俺とは違う意味で宗教など全く信じていない導師の本音に、ブランタークさんが苦言を呈していた。


『伯爵様はどうなんだ?』


『全く信じていないわけでもないですよ。ほら、こういう戦いの前には祈りたくもなる』


 『イワシの頭も信心』の類だが、普段から献金だの利権で教会に貢献しているのだから、たまには役に立っても良いはずだ。


『私は、頭が固いのでしょうか?』


『それは無いんじゃないのかしら?』


『そうだよね。本当に固い人なら、強引に改宗を迫ったりすると思うし』


 俺と同じく教会に対してはドライな感覚を持つイーナとルイーゼが、エリーゼを慰めていた。


『それに、戦争が始まればそんな事は気にしていられない』


『宗派が違うから治療しないとか言えませんからね』


 ヴィルマとカタリーナの言う通りで、戦争が始まると治癒を担当する神官や魔法使いなどは大忙しとなる。

 負傷者を素早く治すのは戦力の保持に必要な事であったし、実は治す順番なども時には考慮しないといけない。


 ある魔法使いの魔力が残り治癒魔法一回分だったとして、目の前に二人の負傷者が運ばれてくる。

 片方は普通の兵士で、もう一人は高名な騎士であった。


 戦闘力から考えると騎士の方を優先するとして、もし兵士の方が瀕死の重傷であったらどうするのか?

 治療しなければ死んでしまうが、戦況を考えれば騎士を復帰させた方が後の死傷者が減る。


 兵士を見殺しにして、騎士を治療する決断も必要だというわけだ。


『柔軟にミズホ伯国にも頼まないと駄目なのですね』


『向こうも余裕がないかもしれないけど、頼めないと死ぬ人が増えるケースもある。その辺は柔軟に動かないと』


『わかりました。あなた』


 こんな会話の後に、エリーゼは後方の野戦治療所へと向かっていた。

 それにしても、宗教とはなかなかに面倒である。


  


「しかしながら、戦争とは残酷な物だね」


 負傷者だと治療されて戦線復帰される危険があるので、本当の戦争では相手を必ず殺す事が要求される。

 この前の紛争などお遊びにしか見えないのが、二百年前に終わった本当の戦争なのだ。


 なかなか戦争にならないのには、こういう事情もあった。

 

「一応は、敵軍の大将が名乗りをあげるようだね」


 アルフォンスが顎で示した先には、豪華な鎧を着て綺麗な馬に乗った太っている中年男性と、護衛役と思われる二騎の若い騎士達の姿があった。

 彼からこちらに馬を走らせていたが、俺が作った馬避けの溝の前で立ち往生する。


「騎士の美学を心得ない野蛮人どもが! いいか良く聞け! 我こそは、陛下よりソビット大荒地の開放を命じられた帝国軍のクラーゼン将軍である!」


「美学ねえ……。戦は勝たないと意味が無いでしょうに」


「ふんっ! あの黒豚女の惰弱な従兄か!」

 

 テレーゼを黒豚扱いとか、普段からよほど彼女が気に入らなかったのであろう。

 人に美学だのと言っておいて、その悪口は無いと俺は思うのだが。


「クラーゼン将軍。管理職で偉そうにばかりして運動しないから白豚になっちゃって」


 反乱軍の大将は、帝国軍からの裏切り者らしい。

 口調からしてニュルンベルク公爵のお友達のようだが、彼の挑発にアルフォンスは同じ挑発で返していた。


「ぬぬっ! 今なら降伏すれば命だけは助けてやる」


 怒りで顔は真っ赤であったが、どうにか降伏を促すという戦闘前の儀礼だけは忘れずに行えたようだ。


「命だけ助けられてもねえ……」


「我らアーカート族の生存権を汚す野蛮人どもが! 生かして貰えるだけありがたく思え!」


「そのアーカート族とやらが幻なんだよ。そんな民族はいないから」


「ああ言えばこう言うか! 若造の癖に!」


「その若造に論破されないでよ。あんたは無能なんだからさ」


「若造の癖に偉そうに!」


 挑発するつもりが逆に挑発されて、クラーゼン将軍の顔は真っ赤であった。

 それと、もう少し挑発と悪口にセンスが欲しいところである。


「知っているのか?」


「有名なおバカさんだね」


 血筋が良いから将軍になれたが、でなければ兵長くらいが関の山くらいの人物らしい。

 実家が帝国成立前からの名家なのが自慢で、それが縁でニュルンベルク公爵についた物と思われる。

 アルフォンスの説明で、俺はこのクラーゼン将軍について理解した。


「お前らは皆殺しにしてやる!」


 四万人で二万五千人に勝つのならともかく、全滅させるのは不可能なはず。

 その程度の事もわからないから、アルフォンスに無能扱いされているのであろう。


 クラーゼン将軍は、戦闘を開始すべく後方へと下がっていた。 


「魔法で殺せば楽じゃない?」


「礼儀に反するからね。向こうも一応はルールを守っているから、今は見逃がしてあげようよ」


 反乱を起こした時点でルールもクソもないような気もするが、ここはアルフォンスの命令に従っておく。

 暫くすると、歩兵が前に出て俺が掘った馬避けの溝に板をかけて前進を開始していた。


「全軍! 射撃開始!」


 射程距離内に反乱軍が迫ったのでアルフォンスが射撃を指示するが、放たれた弓は全て弾かれてしまう。


「あーーーはっは! 我が軍の『広域魔法障壁』を見たか!」

 

 自分でかけたわけでもないのに、最初の矢による一撃が全て弾かれてクラーゼン将軍はご機嫌のようだ。

 多分、ほぼ全ての魔法使いに『魔法障壁』を使わせ、このまま前進を続けようとしているのであろう。


「上手くいけば、無傷でこの野戦陣地に取り掛かれるからね」


 こちらの攻撃を防いでしまうので、上手くすれば損害を出さずに先制可能かもしれない。

 だが、この戦法には罠がある。

 こちらの攻撃を『魔法障壁』で防いでいるので、自分達も一切攻撃できないのだ。


「こういう戦法を考える人はたまにいるんだけど、普通は妄想に留めるんだよねぇ……」


 確かに『魔法障壁』を解くまでは攻撃を受けないが、逆に自分達も全く攻撃できないし、魔力の大量消費で後が辛くなるはずだ。

 そういう考えに至らないからこそ、クラーゼン将軍は無能なのであろうが。


「それでも、これはチャンスか」

 

 俺は魔法の袋から双眼鏡を取り出すと、敵陣にいる魔法使いを探し始める。

 初級・中級と満遍なく配置されていて、攻め寄せる反乱軍をほぼ均等に『魔法障壁』で覆っている。

 数において有利で、初戦の勝ちを狙っている反乱軍に相応しい魔法の使い方であろう。


 魔法の持久力を考慮しなければだが。


「上級クラスは……」


 数秒後に、ブランタークさんレベルの魔力を持つ魔法使いを一名見付ける。

 やはり中央を抑えているので、質の良い魔法使いを一定数を揃えているようだ。


「(まともにやれば、なかなか倒せないが……)」


 大軍全体を覆う『広域魔法障壁』の要となっているので、彼らは自由に行動できない。

 その証拠に、彼らは通常の兵士の格好をしている。

 こちらからの魔法による狙撃を防ぐために、わざとそういう格好をしているのだ。


「ヴィルマ」


 俺はヴィルマに顔を寄せると、双眼鏡を渡してその兵士に扮した魔法使いを教える。

 彼女に狙撃を頼むためだ。


「まだわからない……」


「魔力が増えて時間が経っていないからだ。じきに覚えるよ」


 ヴィルマは、まだ魔法使いを見分けるのに慣れていない。

 そこで、俺が彼女に指示する事にしたのだ。


「うーーーん。難しい」


 ヴィルマはそう言いながら、例の鉄弓に鉄製の矢を番えてその魔法使いを狙撃する。

 普通ならば『魔法障壁』で弾かれるし、フリーの上級魔法使いを狙撃できるはずもない。


 ところが今は、ほとんどの魔法使いによる共同作業で『広域魔法障壁』を展開中なのだ。

 それに全力を傾けているので、突然飛んできた鉄矢に反応できるはずがない。

 

 『広域魔法障壁』は強固な防御力を持つが、当然欠点はある。

 防御力を上回る攻撃力で突破すればいいのだ。


 ヴィルマが放った鉄矢は、俺が重ねがけした『ブースト』によって反乱軍の『広域魔法障壁』を貫通し、そのまま兵士に化けた魔法使いの頭部を木っ端微塵に砕く。

 見た目は地味な魔法だが、かなり強固な『魔法障壁』を貫くので大量の魔力を持って行かれる感覚を覚えていた。


 標的を貫いた鉄矢は、更に後方の兵士数名も貫通して死傷させていく。


「ひいっ!」


 上級魔法使いの死で混乱したようで周囲の隊列が乱れるが、『広域魔法障壁』は消えなかった。

 一人や二人の戦死で消すなと言われているのであろう。

 いくら素晴らしい魔法使いでも、その行動を縛れば呆気なく死んでしまう。

 そんな事もわからないクラーゼン将軍の能力はお察しであろう。


「ちっ!」


 ブランタークさんが舌打ちをする。

 『広域魔法障壁』が消えたら、すぐに手旗信号で味方に合図を出して弓と魔法を打ち込むつもりだったからだ。


「伯爵様。もっと殺せ」


「了解」


 『広域魔法障壁』を崩すには、そのかなりの部分を担っている上級レベルの魔力を持つ魔法使いを殺すしかない。


「イーナさん。あの人ですわ」


「変装していてわかり難いわね」


 カタリーナも、ブランタークさんの特訓の成果が出ているようだ。

 イーナに変装している魔法使いの位置を教え、彼女も向上した魔力を使用して槍を投擲する。

 これにもカタリーナの『ブースト』が入り、魔法使いは胴体の真ん中に穴を開けて倒れていた。


 間違いなく即死であろう。


「可哀想だが、負傷だと治療されて復帰するからな。絶対に殺せ」


 ブランタークさんの役割は、絶対にアルフォンスを死なせない事と、俺達への指示であった。

 やはりこういう時には、どうしても経験の差が出てしまう。

 導師ですら、大人しく彼の命令に従っていた。


「エルの坊主が未婚のままで死ぬと可哀想だからな」


「ブランタークさんこそ、新婚では死ねないですからね」


「そういうのは、結婚してから抜かせ」


「じきに結婚しますよ」


 俺の護衛をしているエルが、カタリーナを護衛しているハルカを見ながらブランタークさんに言い返すが、正直なところ脈があるのかは良くわからなかった。


「とにかく、魔力量が高いのを狙え。変装しているのは間違いなくそうだ」


「ねえ。ボク達の出番は?」


「某も退屈である」


「追撃が必ずあるからね。二人は、一人でも多く殺せるように温存しておくよ」


 冷徹に言い放つアルフォンスであったが、この意見は正しい。

 反乱を起こしたニュルンベルク公爵は悪で、それを打倒せんとするテレーゼは正しいのだが、南部と中央をほぼ把握しているニュルンベルク公爵に従わざるを得ない貴族は多いのだ。


 ここで大勝して、ニュルンベルク公爵の箍を外す必要があるというわけだ。


「戦争なんて損害しか出ないから、本当に困るけどね」


 既に俺達の狙撃で、上級レベルの魔法使いが二名、中級も八名が死んでいる。

 俺とカタリーナが指示して、ヴィルマとイーナが狙撃、『ブースト』をかけて『広域魔法障壁』をぶち破る。

 下手な戦略級攻撃魔法よりも多くの魔力を消費するが、ここで上位の魔法使いを殺しておけばあとが楽になるというわけだ。


「向こうは、大損害だな」


「アレの命令で、実力を発揮できないまま死ぬ魔法使いが憐れであるな」

 

 導師は、戦死した魔法使い達に憐憫の言葉をかけていた。

 なぜこんなバカな結果になるのかというと、クラーゼン将軍が臆病者で無能だからである。

 自由に行動させてこそ効果を発揮する魔法使いを、兵士達の損害を減らすために『広域魔法障壁』役として固定してしまったのだから。


「過去の戦争は、魔法使いの使い方で勝敗が左右した事が多かったみたいだね。敗軍にそれなりの力量の人が一人でも残って奮戦すると勝った方でも被害は甚大だったみたいだし」


 おかげで、戦争の頻度は低くなった。

 勝っても被害が甚大なのだから、損害の回復に時間がかかるからだ。


 あのブロワ辺境伯との紛争がああいう形になっていたのも、本当の戦争になると出る甚大な損害への忌避感からなのかもしれない。


「魔法使いへの狙撃を続けます。ヴィルマ。あいつ」


「わかった」


 俺が双眼鏡で探している魔法使いを、ヴィルマは目が良いので裸眼で簡単に確認してしまう。


「最近、また目が良くなった」


 英雄症候群のせいで常に体が魔力で強化されているため、魔力が増えた結果余計に身体能力が増しているようだ。

 その中には視力や聴覚もあるらしく、これは不思議な現象ではある。

 ヴィルマは、五感が鋭くなったと言っていた。


「大分威力が落ちたな」


 ブランタークさんは、反乱軍に張られている『広域魔法障壁』がかなり弱まったのを確認していた。


「普通なら、解除して突撃じゃありません?」


「だから、バカなんだろう。クラーゼン将軍は」


 大分こちらとの距離も稼げたのだし、あとは『広域魔法障壁』を解いて突撃すべきだと思うのだ。

 残された魔法使いを自由にすれば、塀や柵を破壊し、兵士もかなり殺せるはずなのだから。


「今のところは、損害は少ないからだろう」


「いや、魔法使いは被害甚大だろうが」


 死傷者は少ないが、大半は魔法使いなのだ。

 貴重な魔法使いの動きを封じて殺させているのだから、やはりクラーゼン将軍は無能なのであろう。


「ニュルンベルク公爵って、有能なんじゃないの?」


「さあな」


 イーナの言う通りに有能だったとしても、中央の帝国軍の助力を得るためにそれなりの譲歩が必要だったのかもしれない。

 そんな事を考えながら魔法使いへの狙撃を続けていると、遂に戦況が動いた。


 突然、左翼のミズホ伯国軍から、何かが弾けるような音が一斉に聞こえたのだ。

 

「アレは何だ?」


「まさか、『魔銃』を完成させたのか!」


 アルフォンスが驚きながらも口にした『魔銃』という単語で、俺は理解していた。

 戦国時代から江戸時代くらいの日本風文化を持つミズホ伯国なので、魔力で弾を撃つ火縄銃のような物を開発したのであろう。


「第一列交代! 第二列前へ!」


 ミズホ伯国軍と対峙している左翼反乱軍を見ると、その前衛が壊滅状態になっていた。

 俺達のせいで『広域魔法障壁』が弱体化したところに、魔力によって撃たれた銃弾が貫通して兵士達を襲ったからだ。


 しかも『魔銃』は、火縄銃とは違って射撃間隔が短いようだ。

 前込め式で銃身に弾だけ入れれば良いようで、魔力は付属している魔晶石から供給しているので、火薬式よりも連射性能には優れている。


 五発ほど撃つと銃身が加熱するので、そうなると交代して次の人員と交代するらしい。

 

 こんな高性能な新兵器なので、当然相対していた反乱軍の動揺は大きい。

 だが撤退命令は出ていないようで、左翼反乱軍は前進を続けて無駄に犠牲を増やしていた。


「伯爵様。『広域魔法障壁』が消えたな」


「ええ」


 ようやく残っている魔法使いを自由に動かすために『広域魔法障壁』を解除したらしい。

 ブランタークさんがそれに気が付かないはずもなく、アルフォンスに目線を合わせると、中央の本陣に赤い旗が上がった。


 攻撃開始の合図を出す旗で、接近していた反乱軍に弓矢や魔法が容赦なく発射される。

 反乱軍からも反撃が始まって、遂に双方による本格的な死闘が始まる。


 この野戦陣地を落とさんと前進と攻撃を続ける反乱軍と、それを阻止しようとする味方の軍勢にと、犠牲は攻撃側である反乱軍に多く出ているようだが、向こうにも魔法使いは残っているのだ。


「第七櫓が完全に破壊されました! 死傷者多数!」


「フォーゲル大隊長が戦死! リンツ中隊長が指揮を引き継ぎます!」


 味方の犠牲が次々と報告されるが、応援には行けない。

 そこにも中級や初級の魔法使いが一定間隔で配置されているし、こちらの狙撃で魔法使いの数と質については優位に立っている。

 俺達は本陣の守りもあるし、正面の軍勢の撃破も手伝わないといけない。


 初めての殺し合う戦争で、俺達に余裕など一つもなかった。


「伯爵様。あまりデカイ魔法を打つな」


「了解しました」


 小規模の『ウィンドカッター』や『ファイヤーボール』を作り、次々と石塀を越えようとする反乱軍の兵士達にぶつけていく。

 切り裂かれ、焼け焦げて死んでいくが手加減は出来ない。

 負ければ殺されて終わりなのだから。


「全体的には優勢だよね」


 反乱軍の攻撃が始まってから三時間ほど、俺達の眼前には反乱軍兵士達の死体が多数倒れていた。

 正確に数えてはいないが、間違いなく数千に達する損害であろう。

 味方にも数百名の死傷者が出ていたが、攻撃側で魔法使いの数が減り、力押しなので反乱軍側の損害が大きい。


「クラーゼン将軍も今さら退けないのだろうな」


 突然、眼前に『ファイヤーボール』が飛んでくる。

 一発逆転の狙撃を試みたのであろうが、威力は低いし、ブランタークさんによって簡単に防がれてしまう。

 

「あいつだ」


「はいっ!」


 カタリーナが『ウィンドカッター』を飛ばして、その魔法使いを狙う。

 初撃は『魔法障壁』で弾いていたが、次に俺が銃弾を魔法で飛ばすと頭部に穴が開いてそのまま倒れてしまった。

 確実に殺したはずだ。


「その魔法は、『魔銃』を再現したのですか?」


「そうだよ」


 俺は銃の構造など知らないので、ただ魔力で前部をひしゃげさせた銃弾を魔法で撃ち出しているだけだ。

 材料は鉄と、一部にタングステンなどの金属も用いている。

 最近、『探知』で鉄と銅以外の金属もわかるようになったのだが、クロム、ニッケル、ボーキサイトなどは使い方がわからないのでただ『抽出』して死蔵していたのだ。


 銃にはライフリングとかをすると威力が上がるそうだが、魔銃にもそういう仕組みがあるのかはわからない。

 向こうも、今まで隠していた秘密兵器の詳細をそう簡単には教えてくれないであろう。


「私も覚えたいですわね」


「人殺しにしか使えない魔法だけど」


「それは今さらでしょう」


 カタリーナの言う通りで、目の前はえぐい死体だらけ。

 数千人もの損害が出ているのに反乱軍は攻撃を止めず、『広域魔法障壁』のために前進されていたので、既に味方の一部が石壁を登ってくる反乱軍の兵士や騎士達を槍で突いて落としている。


「キリがないな」


「そうですね」


 エルとハルカも、イーナから予備の槍を借りて石塀を登ってくる敵兵を落とし始めていた。

 

「指揮官を発見」

 

 ヴィルマも、鉄弓で指揮官を狙って狙撃を続けている。


「エリーゼは大丈夫かな?」


 まさか見にもいけず、俺は後方で負傷者の治療を続けているエリーゼが心配になってしまう。


「エリーゼ様は強いから大丈夫」


「そうか」


 彼女を慕っているヴィルマが弓を放ちながら、俺の懸念を払拭していた。

 

「しかし、変だな……」


 反乱軍の攻撃は、既に六時間近くも続いていた。

 既に万に近い死体が折り重なり、おかげで敵軍は石塀を登りやすくなっている。

 損害比でいえば圧倒的に不利なのに、彼らは攻撃を一向に止めないのだ。


「簡単な事ですよ。主力は選帝侯の諸侯軍なのだから」


 主君を人質に取られていて、彼らは退く事が出来ない。

 失敗は主君の処罰に繋がるので、相手と刺し違えてもこの野戦陣地を落とすのだと無理をしている。


「だから、クラーゼン将軍が大将なのか」


 中央の法衣軍系貴族である彼からすれば、他の貴族の諸侯軍などいくら磨り潰しても腹は痛まない。

 しかも、クラーゼン将軍は帝国軍の重鎮ではあるが無能でもある。

 失敗したら処断してニュルンベルク公爵の独裁性を強められるし、選帝侯の軍勢が潰されればその領地の完全制圧も容易なのだから。


「俺達に、選帝侯の軍勢を始末させているのか……」

 

 選帝侯本人達は人質だが、名目上は責任者なので敗戦の責任を取らされて処断される。

 領地は没収で、ニュルンベルク公爵に吸収されるというシナリオなのであろう。


「だから意地でも退かないであろうな」


 その結果が、この万を超える死体の山である。

 双方から大量の弓や魔法が飛び交い、ミズホ伯国軍は魔銃を連発している。

 味方の死傷者は千人ほどであるが、これはこちらが防衛側なのと、エリーゼ達の治癒部隊が頑張っているからに他ならない。


 敵軍は、負傷者を後方に下げようとする時にも狙われて損害を増やしているのだから。 


「夜戦に突入するかな?」


「出来れば避けたい」


「なぜ?」


「ニュルンベルク公爵軍なら可能かもしれないけど、夜は警戒に集中したい」


 反乱による皇位奪取を狙っている以上は、そういう訓練を領軍に課していてもおかしくないとアルフォンスは考えているのであろう。

 元々、ニュルンベルク公爵軍は精強で有名だそうだし。


「なら早く決着をつけないと」


「それには、クラーゼン将軍を討つ必要がある。出来るか?」


 損害が大きいので、クラーゼン将軍はかなり前に出て狂ったように督戦を行っている。

 だが、その両脇にはとっておきの上級クラスの魔法使いが二名いて、彼らはクラーゼン将軍の護衛のみに専念しているので魔法による狙撃も難しかった。


 彼らがクラーゼン将軍と自分達だけを守る強固な『魔法障壁』を展開すると、そう簡単には打ち破れないからだ。


「魔力を枯渇するほど使えば可能だけど……」


 戦場では何が起こるかわからないので、出来れば魔力はある程度温存しておきたいものである。

 

「すまんがやってくれ」


「わかった。だそうです」


「後ろでふんぞり返って駄目な将軍であるな!」


 俺が合図を出すと、退屈なのか敵軍に岩を投げていた導師が膨大な魔力を込めて巨石を数百メートルも離れたクラーゼン将軍達に投げる。


「良くあんなに飛ぶよねぇ」


「ルイーゼ。いいから早く!」


「当てるのはそう難しくないけど……」


 他にも、ルイーゼも導師ほどではないが巨石を、イーナも投擲用の槍を連続して、ヴィルマも鉄弓を連射し始める。

 狙いは正確で次々とクラーゼン将軍の元に到達するが、護衛の魔法使い二人が使う『魔法障壁』によって全て防がれてしまう。


「カタリーナ!」


「はいっ!」


 だが、それは囮である。

 その直後に俺が複数の銃弾を魔法で発射し、それに強固な『ブースト』をかける。

 更にタイミングを合わせて、カタリーナも『ブースト』を重ねがけしていた。


 いきなりは不可能な芸当なのだが、前にたまたま練習をしていて良かったと思う。

 複数の銃弾が、とてつもない貫通力を得てクラーゼン将軍達に向かう。





「いくら攻撃が来ても、『鉄壁』『硬壁』の我ら兄弟の前には!」


「兄者! まずい!」


 いくら強固な盾でも、それを上回る攻撃力で攻撃すれば壊れてしまう。

 小さな銃弾によって『魔法障壁』が一点突破され、立て続けに二人の魔法使いとクラーゼン将軍の体を貫通する。

 しかも、銃弾には回転も加えてあり、対人用にダムダム弾仕様にもなっているのだ。


 体の内臓を大分持っていかれて、血反吐を吐きながら三人は倒れていた。


「クラーゼン将軍が!」


「総大将が!」


 周囲にいた兵士達に動揺が広がり、それが全軍へとウェーブのように伝播していく。

 いくら無能な総大将でも、一応総大将ではあるのだ。

 戦死すれば、当然士気は低下していく。


「撤退だ!」


 加えて、今まで合同訓練もした事がない複数の諸侯軍の混成部隊である弱点も出ていた。

 一部の指揮官が勝手に退却を始めてしまう。

 こうなると、この流れが全軍に広がるのも時間の問題であろう。


「アルフォンス。魔力切れだ」


「私も駄目ですわ」


 俺とカタリーナは、その場に背中合わせにしてへたり込んでしまう。

 気絶まではいかないが、もう碌な魔法は使えないであろう。


「助かった。これでこちらの勝ちだ。追撃部隊を出す!」


「伏兵の危険は?」


「無いな。『探知』を使える魔法使いも連れていくから」


「『遮蔽』の魔法に気をつけろよ」


 やはり戦争なので、綺麗事は存在しないようだ。

 アルフォンスは、温存していた騎士隊などに追撃命令を出していた。


「追撃が必要なのですか?」


「必要だな」


 貴族になる事を目指していたカタリーナからすると、背中を見せる敵を追撃する行為が貴族に相応しく無いと思っているのであろう。


「追撃が一番敵を減らせる。背中を向けているからな」


 それに、逃げられれば再編されてまた俺達に立ち向かってくる。

 減らせる時に減らすのが、未来の味方の犠牲を減らす最善の方法なのだから。


「私が言っているのは綺麗事なのでしょうか?」


「普段はそれでいいんだと思う」


「今は戦争だから、仕方が無いと?」


「そう思わないと、人なんて殺せないだろうに」


「そうですわね……」


 今までに大量の魔物を殺してはいるが、目の前で本格的に人間を殺したのは帝国に来てからだ。

 クーデター軍から逃げるために兵士達を殺し、今日も攻め寄せる敵を大量に殺している。


 戦っている時には夢中で何も思わなかったが、眼下に広がる血塗れの死体を見ていると、途端に震えが止まらなくなるのだ。


 俺でもそうなのだから、女性にはもっと辛いであろう。

 いつの間にか、俺は四人を抱き抱えるようにして座り込んでいたのだから。


「すまないね。うちの事情で」


「仕事だからな。死体を見て震えている駄目な傭兵だが」


「いや。うちも似たようなものだ……」


 良く見ると、アルフォンスも指先が震えている。

 周囲の兵士達も気が抜けて槍を杖のようにして立っている者もいたし、負傷した戦友に泣きながら声をかけている者もいる。


 唯一元気なのは、準備を整えて出撃した追撃隊のみであろう。


「それもカラ元気さ。本当の戦争の経験者なんて一人もいないからね」


 武勲を挙げて出世と褒美を得るため。

 そう自分に言い聞かせながら、表面上は勇んで出陣していく。

 だが、実際にはみんな怖くて仕方がないのだ。

 人殺しが大好きな人など、滅多に存在しないのだから。


「ヴェル。俺も行くぞ」


「いいのか?」


「まだ馬にも慣れていないし、あまり無理はしないよ」


 エルとしても、ここで武勲を挙げておきたいのであろう。

 バウマイスター伯爵家が大きくなり過ぎたので、エルを縁故だけの男だと批判する人も増えていたのだから。


「未帰還とかは勘弁してくれよ」


「気を付けるさ。それに、ハルカさんも一緒だし」


「血生臭いデートだな」


「言ってくれるな。じゃあ俺はいくから」


 エルはハルカの縁で、ミズホ伯国軍の追撃隊に加わるようだ。

 新しく作って貰ったミズホ刀を掲げながら、例の『抜刀隊』の面々と追撃に出かけていた。

 その隣には、ハルカも一緒にいるようだ。


「バウマイスター伯爵。もう休んでくれていいよ」


「大丈夫か?」


「今日はね」


 戦闘に参加しているのは追撃隊だけになってしまったし、今は敗走した敵軍による逆襲や、他の敵軍による夜襲などに備えて斥候を出しているだけらしい。


「戦場の後片付けはこちらでやっておく。有効な戦力であるバウマイスター伯爵達をこういう作業で疲れさせるわけにはいかないし」


「わかった。エリーゼの元に行くか」


 魔力が無い俺が役に立つとも思えないが、とにかく今はエリーゼの顔が見たかった。

 いくら勝ち戦とはいえ、あまり気分が良くない。

 アルフォンスの護衛をブランタークさんに任せて、俺達は後方へと下がるのであった。

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