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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第七十四話 大お見合い会。 

「まだかなぁ。カルラさん。早く来ないかなぁ」

 あの面倒な紛争が終わり、ようやく通常の生活が戻ってくる。
 延期されていた大お見合い会の準備もローデリヒによって進められ、それが三日後と迫った日。
 エルは一人バウルブルク郊外の魔導飛行船専用の港で、しまらない笑顔を浮かべながら船の到着を待っていた。

 ブロワ家によって翻弄されていた末の娘カルラが、このバウルブルクにお礼を言いに訪ねてくるという連絡があったからだ。

 現在の彼女は、新ブロワ辺境伯によってブロワ家の籍から抜かれ、今は自由の身となっている。
 先代の看病やお飾りの総大将をした謝礼をゲルトさんから貰うと、母親に会うために王都に戻っていたのだ。

 そして、今日改めてバウルブルクに来るという。

「きっと、俺の奥さんになりに来たんだ。うん。ああいうシッカリした人なら、家を任せても安心だ」

 俺からすると少し怖いのだが、エルはカルラが賢妻になれると思っているらしい。
 間違いなくなれるであろうが、どこか怖い気がしてしまう。
 エリーゼなど比べ物にならない、底の知れない怖さという物を感じてしまうのだ。

「一度、あの男の頭の中を見てみたいものですわ」

 うちの女性陣も、カタリーナはヴィルマと同じく脈が無いと思っていて、百%カルラが自分の妻になると思っているエルをお目出度い奴だと思っている。

「エリーゼ。カルラさんって、誰かと噂になっていた?」

「いえ。聞いた事がありません。ですが……」

「ですが?」

「カルラさんほどの方だと、密かにそういう関係の人がいても不思議は無いかと……」

「確かになぁ……」

 カルラが男性にだらしないとか、そういう意味ではない。 
 父親を嫌っていたりして、むしろ男性には一途なタイプに見える。
 例え、以前のブロワ家の娘の立場では難しい相手でも、それを上手く隠しつつ、その困難を乗り越えて恋愛を成就させるような。
 そういう人に見えるのだ。

 実際に、俺もゲルトさんも上手く利用されたような懸念がいつまでも脳裏から消えない。
 しかし、それはあくまでも俺達の予想でしかなかった。

「私には、不可能な芸当です」

「俺も無理」

 恋愛偏差値が低い俺には、リア充の行動規範など解らないのだから当然だ。
 エリーゼは、黙っていても男性にはモテそうではあるが。

「私は、お爺様からヴェンデリン様を紹介されたので、そういうのは必要ありませんし。ヴェンデリン様が旦那様で良かったです」

 そう言いながら、顔を赤く染めるエリーゼは可愛かった。

「エリーゼは、たまにヴェルのハートを鷲づかみにするね。ボクにコツを教えてよ」

「コツですか? 私はルイーゼさんが羨ましいですけど……」

 よく体が小さくて軽いのを利用して、俺におぶさっているのを羨ましいと思っているのであろう。

「駄目だよ。エリーゼがおぶさったら、ボクの優位が消えてしまうし」

「消えてしまうのですか?」

「ヴェルの背中に、ダブルインパクトがねぇ……」

 あの胸が背中に当たるとか、確かに男のロマンではあった。

「胸がですか? ヴェンデリン様は、そういうのが嬉しいのでしょうか?」

「男なら、みんな嬉しいはず」

 ルイーゼも温かくて良い匂いがするので素晴らしいのだが、エリーゼが俺の背中におぶさってくればもっと素晴らしい事になるはずだ。

「ヴェンデリン様がそう仰るのなら」

「あんたらねぇ……。船が来たわよ」

「わーーーん。イーナの意地悪」

「何でそうなるのよ……」

 エリーゼが俺におぶさるのを止めてしまい、その原因になったイーナにルイーゼが文句を言っている間に魔導飛行船は無事に到着していた。
 新規仕官者、魔の森を探索する冒険者、出稼ぎ・移民志望者と、増便された魔導飛行船によって多くの人達がバウルブルクを訪れる。

 今日の便で、自由の身となったカルラがお世話になったからとお礼を言いに来る予定で、エルはそれを心待ちにしているわけだ。

「ところでヴェルは、エルとカルラさんはアリだと思っているの?」

「思っているけど……」

 イーナの疑問に、俺は有りだと答えていた。
 今のカルラは、現ブロワ家当主であるゲルトさんによってブロワ家の籍から抜かれている状態である。
 この世界の貴族は当主の権限が強いので、実はこういう現象がたまに発生する。

 昔の日本などでいう、子供を勘当したという行為に近いのかもしれない。

 ただこの場合は、カルラの方から望んで籍を抜けた形だ。
 俺達も、あの紛争の解決に情報を提供してくれた彼女の願いを受け入れて貰うために、ゲルトさんに口添えをしていた。

『私はそれなりに恩があったから動いたが、我が姪御殿はそうだよなぁ……』

 彼女からすると、ブロワ家には恩も良い想い出すらないのだから。
 ゲルトさんは、すんなりとカルラの除籍を受け入れていた。

『実は、除籍する人は多いのですがね』

 フィリップとクリストフ本人とその家族は、全て王都にあるブロワ家が所有する別屋敷に押し込められている。
 彼らが余計な事を考えるとまたブロワ辺境伯家が混乱するので、俺のようにブロワ家が権利を持っていた騎士爵を長男であるフィリップが継ぎ、ワケ有り法衣騎士爵家として家を運営する事になったのだ。

 家名はブロワ家を名乗ってもいいとゲルトさんが伝えたそうだが、辺境伯家の相続には子々孫々未来永劫関われないと王国が公式文書に記載していたし、今回の紛争に関わる不祥事は王都中で噂になっている。

 彼らは既に、別の家名を名乗っているそうだ。

 先代の正妻と側室と、嫁ぎ先を離縁された娘達は全員教会送りにされ、残された家族がフィリップとクリストフの肩に重く圧し掛かる。
 昔のうちの実家も真っ青な貧乏騎士爵家となり、フィリップはエドガー軍務卿のツテで軍の仕事に、クリストフは会計などの雑務をして生活費を稼ぎ始めたそうだ。

 あれだけの事をしておいて処刑されなかったのは恵まれているのかもしれないが、逆に言うと生き恥のような気もする。

 正直なところ、少し複雑な心境ではある。

「お互いに、その気があればの話だけどね」

 今の俺の立場なら、カルラに命じる事も可能なわけだ。
 一応籍を置いている母親の実家も、文句など言わないであろう。

「エルが好きな人だから、俺が強引に奥さんに指名してしまうという手もあるんだけど……」

 前にそれとなく聞いてみたのだが、それはエルに断られてしまっていた。

『ヴェルが気を使ってくれているのはわかるが、それだと俺が納得できない。俺がカルラさんを選び、カルラさんも俺を選ぶ。そういう形にしたいんだ』

 自信があるとも言えるが、恋愛感がどちらかと言うと俺の前世の基準になってしまっている。
 珍しいとは思うのだが、実は創作の世界ではとても多い。
 現実では家同士の都合で結婚する人が多いので、どうしてもそういう物に憧れてしまうのであろう。

 うちの女性陣も、たまにそういう本を読んでいるのを俺は目撃していた。

「イーナも、そういう本が好きだよね?」

 女性陣の中では一番本を読むのが好きなので、彼女の部屋には大きな本棚が置かれていた。

「物語として読むのは好きよ。でも、エルがそういう物に憧れを持っているとは思わなかったわ……」

 イーナは、自分の友人の意外性に少し驚いているようだ。

「そんなに長くはなかったけど、あの一緒に生活をした日々で自信があるのかしら?」

「かもしれないな」

 二人で話をしている間に、次々と港に着陸した魔導飛行船から人々が降りてくる。
 移住に、仕官に、商売にと。
 彼らは、新しい土地での生活に思いを馳せているのであろう。
 楽しそうに話をしながら、それぞれの目的地に散っていく。

「お久しぶりです。みなさん」

 最後の方で降りて来たカルラが、エルや俺達の前に姿を見せる。
 ブロワ家の娘であった頃とは違って、今日の彼女の服装は下級貴族の女性が着る地味な物であったが、それでも彼女の美しさは際立っていた。

「あれからどうでしたか?」

「母の実家の方も何も言わないので、開放された気分です」

 表面的には、あの大貴族であるブロワ家から籍を抜かれた娘なので、実家の方も政略結婚には使えないと放置してくれているそうだ。

「それは良かったですね。それで、これからどうするのですか?」

「結婚します」

「結婚ですか……」

「勿論、バウマイスター伯爵様ではありませんよ」

「ですよねぇ……」

 既に俺は、彼女に一欠の恋愛感情も持っていない。
 前世の彼女に似ているという記憶はただの想い出となり、最初は弓の腕前に尊敬し、ブロワ家の新当主を擁立する一連の行動ではその策士ぶりに少し引いていたからだ。

「(結婚? 誰だ?)」

 エリーゼが言うにはそういう噂は聞いていなかったそうだし、かと言って相手がエルかと聞かれれば疑問を感じてしまう。
 だが、肝心のエルはその話を聞いてにこやかな笑みを浮かべていた。

「(自分だという自信があるのか?)」

 思えばここ暫く、暇さえあればエルからカルラと過ごした楽しい日々の話を聞いていたような気がする。
 多分エル視点では、二人は付き合っていたのと同じ感覚なのであろう。
 ところが、話の中に告白したとか結婚を約束したとかそういう物が無かった。
 それに疑問を呈するのも何だし、あまり突っ込んで聞いてはいけないような気がしたのだ。

「(でも、彼女はここまで来ているからなぁ……)」

 ブロワ家から先代の介護とお飾りの総大将としての報酬は貰っているが、基本的には貧乏貴族の娘である彼女が高い船賃を払ってここまで来ている。
 もしかすると、エルと結婚するつもりなのかもしれない。
 まるで物語のように、二人が結ばれる光景が見られるのかと。

「それは、おめでとうございます」

 エルが、にこやかに言い放つ。

「(エルって、自分が選ばれると思っているよな……)」

 物語的に言うと、『おめでとうございます』、『それは、どんな人なのです?』という流れから、カルラがエルの特徴を並べ立てて、最後にエルだと気が付かせて二人は結ばれるというパターンである。

 地球では使い古されたパターンの物語であったが、この世界では根強い人気を誇る作品であった。

「その方は、一つ年下でして……」

 カルラの語るその結婚相手の特徴は、物凄くエルに良く似ている。
 髪型、髪の色、背丈、年齢、自分が弓を教えたのが馴れ初めだと。
 エルは、絶対に自分の事だと思って満面の笑みを浮かべていた。 

「その方を紹介して欲しいですね」

「わかりました。あなた」

「へっ?」

 カルラは後ろを振り返り、港から出て来る人達の中から一人の少年を呼んでいた。
 その少年は、俺達とほぼ同じ歳であろう。
 しかも、髪型から雰囲気までエルに良く似ているのだ。

「今度、結婚する予定の」

「カミル・ローベルト・フォン・プルークです」

 嫌な予感はしたが、やはり別の男が存在していたようだ。
 カルラが朗らかな笑みを浮かべながら、自分の婚約者を紹介する。
 そしてもう一方のエルは、その笑顔が凍りついたままであった。
 何が起こっているのかを、脳が処理し切れないのであろう。

「彼は、プルーク騎士爵家の三男なのです」

 貧乏な法衣貴族家の子供同士で、幼い頃からの知己であったそうだ。
 ただ、ある程度の年齢になって二人でいると噂になってしまう。
 特にブロワ家が五月蝿いので、二人は弓を教え教わる師匠と弟子のような関係でその間柄を隠していたそうだ。

「私が一歳年上なので、彼に弓を教えていました。でも、今では彼の方が上手なのですよ」

 なんと、俺が無様に一回戦負けした武芸大会で弓の部において見事に優勝したのは、彼であったようだ。

「ヴェル。武芸大会の結果とか興味ないものね」

「悪いか……。俺だって弓の部に出れば三回戦突破くらい……」

「ちょっとセコいね。ヴェル」

「ルイーゼは、かなり上まで行けたからいいじゃないか……」

 どうせ俺は一回戦負けの身だが、武芸大会の成績と貴族としての格に関連性などないのだと負け惜しみでも心の中で思っておく。

「その成果を認められて、この度ホールミア辺境伯家の弓術指南の一人として仕官が叶ったのです」

 『芸は身を助ける』。
 貧乏貴族の三男でも、そこまで弓の才能があれば救いの手はあるわけだ。
 中央で軍務につかないのは、西部の雄であるホールミア辺境伯家に仕官すれば、継承権のある陪臣扱いだからなのであろう。

「そうですか。それは、おめでとうございます」

 傍から見たエルは、既に笑顔が張り付いたまま内部が崩壊しつつあったが、まさか俺もそれに倣うわけにもいかない。
 常識に則って、お祝いの言葉をかけていた。

「それほどの腕前ならば、うちがスカウトすれば良かったかな?」

 これも社交辞令の一種である。
 二人がいればエルの精神がヤバいかもしれないし、いくら縁を切ってもカルラがブロワ家の係累であるという事実に変わりはない。

 彼女もそれをわかっていて、結婚して西部に移り住むのであろう。
 その辺の察しの良さは、貴族である俺からするととても助かる。

「カルラが、大変にお世話になりました」

 エルに似たカミルという少年は、とても礼儀正しく俺達にお礼を述べていた。
 大変に好青年であり、彼に文句を言うわけにはいかなかった。
 エルの笑顔は凍りついたままであったが。

「エルヴィンさんには、カルラにとても良くしていただいたそうで」

「いや、そこまでの事は……」

 これが、常識の無い悪党ならばまだ救いはあったはず。
 ところがカミルという少年は、心から俺達に感謝していて丁寧にお礼を言うのだ。
 しかも、彼はエルに似ている。

 今現在のエルの心境は、俺達にでも正確には察する事ができないであろう。
 あのカタリーナですら、エルを気の毒そうに見ていた。

「エルヴィンさんが親切にしてくれたので、私も安心して陣地の中で過ごす事ができました。エルヴィンさんはカミルに似ているから、お話をしていると安心できたのです」

「それは良かった……」

 その一言は、今のエルがようやく搾り出した一言であった。

「あの。お二人は、これからの予定は?」

 さすがに、このままだとエルが拙いと思ったのか?
 エリーゼが割って入って、二人の予定を聞いていた。

「新婚旅行も兼ねて、魔の森に行きます」

「少し物騒な新婚旅行ですわね」

「こういうのが好きなんですよね。夫婦して。『暴風』さんもそうでしょう?」

「ホールミア辺境伯家繋がりで、私の事もご存知でしたか」

「西部で、『暴風』さんを知らない人はいませんから」

 まだホールミア辺境伯家に行くまで時間があるので、弓の鍛錬も兼ねて魔の森に入るそうだ。
 知己である貴族の子弟達に冒険者になった人達がいて、彼らと組んで魔の森で狩りや採集を行なう計画だと語っていた。

「今度仕える主君に少しお土産でも持っていけば、良い印象も得られるでしょう」

 若造の弓術指南役なので、少し腕前を披露して周囲との軋轢を防ぎたいという事らしい。
 本人の考えかもしれないが、カルラの意見かもしれない。

 カタリーナも、しっかりとしたカミルの考えにカルラの影を感じているようだ。

「そうですか。でも、気を付けてくださいね」

 カルラは、冒険者としても優秀であった。 
 旦那はそれよりも腕が上なので、多分危険は少ないはずだ。

「みなさんと一緒に狩りが出来れば良かったのですが……」

 俺達はこれから始まる大お見合い会の準備で忙しいし、二人には二人の交友関係がある。
 今回は、縁が無かったという事なのであろう。

「魔の森でしたら、すぐにここから船が出るのでは?」

 バウルブルク~魔の森間の小型魔導飛行船は、もうさほど待つ事もなく発進する。
 二人は、その船に乗って魔の森に向かう予定だそうだ。

「そろそろ時間ですね。本当にありがとうございました」

「このご恩は忘れません」

 そう最後に挨拶をしながら俺達の元を辞して、二人は港に停泊している小型魔導飛行船へと歩いていく。
 その姿はまさしくお似合いのカップルで、あれがリア充という生き物なのであろうと俺は心の中で思っていた。

「やっぱり、予想通りだな……」

「はい」

 俺とエリーゼからは、この言葉しか出なかった。
 では、親友としてエルとカルラをくっ付ける策はと聞かれると、正直全く思い浮かばない。
 俺が結婚を命じるという案自体をエルが拒否していて、彼は相思相愛で結婚する事こそが大切だと思っていた。

 そうなると、その分野で特に経験豊富でもない俺には手が打てなかったのだ。
 完全にお手上げである。

「さすがに、可哀想になってきましたわ……」

 今まで散々にエルを非難していたカタリーナも、目の前で笑顔が凍りついたままの彼に同情を始めていた。

「エル。元気だしなよ」

「この世には、女は一杯いる」

 ルイーゼとヴィルマも続けてエルを慰めるが、ヴィルマの慰め方はどうなんだろうと、少し不謹慎にも思ってしまう。

「エル。魂が抜けかかっているようだな……。クラウス。人生経験が豊富なところで何か無いのか?」

 反乱の首謀者から、紛争で活躍してかなりのボーナスを貰ってそのまま俺の個人的な知恵袋役に滑り込んだクラウスに、エルを慰める方法を尋ねてみる。

「前にエルに妙な事を吹き込んでいたんだから、責任を取るように」

「誤解無きように言っておきますが、カルラ様の立場を落とすために懸命に働いた方が良いと言っただけですよ」

 他に助言できる事などないはずだが、一応言ってみただけである。

「わかっているけど、念のためだ。それで、何か無いのか?」

「そうでございますね。エルヴィンさん。人生には山あり谷ありでございます。女など、星の数ほども居りますれば……」

「それって……」

 随分と丁寧に言ってはいるが、基本的にはヴィルマが言っている事と大差はなかった。

「クラウス。もっと何か無いのか?」

「ヴェンデリン様。私には、亡くなった妻とくらいしかそういう経験はないのですが……。失恋した経験もございませんし……」

「それは、実は自慢か?」

「婚約者が五人もいらっしゃるヴェンデリン様の方が、経験豊富なのでは?」

「切っ掛けは、恋愛じゃないし」

「その割には、毎日とても楽しそうですね……」

「悪いか?」

「いえいえ。御家繁栄には大切でございましょう」

 次第に話が脱線していく俺とクラウスの横で、エルはいつまでも失恋のショックで笑顔を凍りつかせたままであった。

「ねえ。エルの魂が抜けかかっているように見えるけど」

 イーナの指摘は、クラウスとの話の方が忙しくてあまり聞いていなかったが。



「ふーーーん。失恋ねえ……。まあ、そういう予感はしていたよ」

 エルの失恋から三日後、八割以上が完成したバウマイスター伯爵家領主館の広大な庭で『大お見合い会』が始まっていた。
 我が家に仕える独身の家臣達と、彼らと結婚したい貴族の子女が、食事をしたり話をしながら良い相手を見つける。

 俺は参加した事がなかったが、日本におけるお見合いパーティーに似た物になっているはずだ。

 参加資格は正規雇用されていて俺が認めた者達で、実は既婚者も含まれている。
 幹部か幹部候補のみであったが、大身の陪臣になるのだから複数の妻は当たり前だと言われて強引に参加させられている者も多かった。

「しかし、凄い参加者だな」

 王都~ブライヒブルク~バウルブルク間の魔導飛行船の経費をうちとブライヒレーダー辺境伯家の負担にしたので、沢山の若い女性が参加していた。

 そしてその女性達に、未だ失恋のショックから立ち直れていないエル、ルックナー財務卿の孫である八歳の少女を隣に置いているローデリヒ、エドガー軍務卿からの手紙を持参した少女達に囲まれているトリスタン、ヘルタニア渓谷の開発で忙しいモーリッツとフェリクスも参加していた。

 彼らは日帰りで、俺が瞬間移動でここまで連れて来ていた。
 ちなみに、帰りは確実に奥さんになる人を連れて帰れと親から釘を刺されているらしく、若干顔を引き攣らせながら女性達と話をしていた。

「あの二人は、暫くヘルタニア渓谷から動けないからな」

 大規模なミスリル鉱床があるバウマイスター伯爵家の金蔵なので、その開発と防衛に責任重大であったからだ。
 今日中に奥さんを決めて、現地で式をあげる。
 これが既に決まっていたのだ。

「何かお取りしましょうか? コリンナ様」

「ローデリヒ様。私はフルーツが食べたいです」

「お取りしましょう」

 ローデリヒとルックナー財務卿の孫娘のコンビは、傍から見ていると親子にも見えてしまう。
 八歳の小娘でも彼女はルックナー財務卿の直孫なので、ローデリヒはえらく気を使っているようだ。

「あとは……」

 何気に若い神官も多かった。
 教会の建設ラッシュで、そこを管理する司祭の人事も決まっていたし、バウルブルクには南端部を統括する教区の本部も設置されるので、本部から来た枢機卿に幹部や下っ端の神官の数も多い。

 神官が結婚禁止なのは極一部の宗派だけなので、ここで結婚相手を見つけて教会の仕事を手伝って貰うつもりなのだ。

 あとは、結婚式の予約を取るという商売上の話もあった。
 大変に商売熱心と言えよう。

「何とも欲に塗れたお話だな」

「ブランタークさん。残念ですが、人ごとではないのでは?」

「わかっているけどよ……」

 俺と話をするブランタークさんの後ろには、多くの若い女性が待ち構えていた。

 今回の大お見合い会では、花嫁候補を輸送する大型魔導飛行船の代金はブライヒレーダー辺境伯家と折半であった。
 なぜ折半なのかと言えば、この大お見合い会にブライヒレーダー辺境伯家の人達も参加しているからだ。

 男性は妻を、女性は夫を探しにだ。

 そして彼らを引率するリーダーは、今をときめくブライヒレーダー辺境伯家の筆頭お抱え魔法使いであり、陪臣としても地位が高く、しかも未だに独身のブランタークさんであったというわけだ。

「俺。このまま、死ぬまで独身でいたいんだけど……」

 半世紀も独身でいたので、今さら結婚などしたくないのであろう。
 それに彼は、文字通り独身貴族なのだ。
 元々資産家なのに、俺達と組んで色々と仕事をしたらまた資産が増えている。
 仕事を終えて家に帰ると、そのまま家でノンビリと酒を飲むか、ブライヒブルクの歓楽街に遊びに行ってしまう。

 一応屋敷は持っているが、年配の女性をメイドに雇って掃除と洗濯を任せているだけらしい。

「気楽なお一人様生活がなぁ……」

 そんなブランタークさんの生活についにキレたのが、その主人であるブライヒレーダー辺境伯であった。



『いいですか。ブランターク……』

 年下ではあるが一家の主としては先輩の主君に、ブランタークさんは説教をされていた。

『仮にも、我が家の筆頭お抱え魔法使いが歓楽街の常連では色々と風聞がですね』

『お館様だって、たまに行くじゃないですか』

『あれは、付き合いですから……。それに、私が行くのは綺麗なお姉さんがお勺をしてくれるレベルのお店でしょう?』

 ブライヒレーダー辺境伯によって、その先の娼館まで行っているのを咎められたようだ。

『しかも、エルヴィン君まで連れて行って……』

 王都でも、ブライヒブルクでも、エルまでそんな場所に連れて行った事を問題視していた。

『さすがに、伯爵様は連れて行けませんからね』

『絶対に止めてください! 変な娼婦とかが、この子はバウマイスター伯爵の子ですとか言って騒ぎ始めたら、私が困るんですから』

 ブライヒレーダー辺境伯による謀略だと周囲の貴族が騒げば、せっかく良好な両家の仲に皹が入りかねないからだ。

『病気とか避妊とか、ちゃんと対応している高級店ですよ』

『そういう問題ではないのです。おっと、話が逸れましたね……』

 ブライヒレーダー辺境伯は、ブランタークさんに結婚をして子供を作り、その子に家を継がせるようにと命じたそうだ。

『あなたは気楽でいいかもしれませんが、あなたの死後が面倒なんですよ』

 師匠が死んだ時に、その財産を巡って多くの有象無象の詐欺師達が出てきた。
 それよりも資産が多いブランタークさんの死後となると、どれだけ手間がかかるか怖くて堪らないとブライヒレーダー辺境伯は語ったそうだ。

『今なら、子供が成人する頃でもあなたは元気でしょう?』

『さあて? どうなんでしょうかね?』

『魔法使いは、長生きな人が多いじゃないですか』

 確かに、魔法使いには長生きの人が多い。
 大量の魔力が体に影響するからという説が有力だが、体力が資本の剣士や武道家と違って、年配の人の方が魔法の精度などが上がる人も多く、八十歳を超えても現役の人も一定数存在していた。

 普通に生きるだけなら、百歳を超える人も珍しくないそうだ。
 ボケなければ仕事も出来るので、魔導ギルドや魔道具ギルドの上が詰まっている原因にもなっている。

『とにかくですね。陪臣家として相続を認めますから、結婚をして子供を作りなさい。大お見合い会ではうちの団長を任せますから、率先して奥さんを探すように』

『わかりましたよ。ところで、一ついいですか?』

『何です?』

『アニータ様は、どうなのですか?』

『子供が産めないじゃないですか。その前に、本当に叔母上を妻にしたいのですか?』

『すいません。ただ言ってみただけです……』



 以上のような経緯があり、ブランタークさんは大お見合い会のブライヒレーダー辺境伯家団長兼参加者として今日はローブの胸の部分に名札を付けていた。

 この名札は俺のアイデアで、これを付けている人は参加者ですよという合図でもある。

「なら、俺と話をしていても仕方がないですよ。ちゃんと、奥さんを見付けないと」

「伯爵様には、婚約者様が五人もいるからなぁ……。言い返せない」

 ほぼ十代と二十代の参加者しかいない会場内で、一人だけ五十歳を超えているブランタークさんが名札を付けている。
 この光景がツボに嵌ったようで、イーナ達は突然の婚姻命令で困惑しているブランタークさんを見てテーブルに突っ伏して笑っていた。

「ブランターク様の御家の一大事なのですから」

 唯一常識的に四人を窘めるエリーゼですら、ブランタークさんから視線を外している。
 まともに見ると、一緒に笑ってしまうからであろう。
 かく言う俺も、名札を付けた彼を見ないようにしていた。

「お前ら、覚えとけよ……」

 とは言いつつも、主君の命令なのでブランタークさんはお見合いに戻っていた。
 多くの女性に話しかけられるが、その中には二十代前半くらいの女性が多い。
 そろそろ賞味期限切れと呼ばれる年齢の人達が、資産家で年齢が高いブランタークさんに殺到していたのだ。

「助かったぁ……」

 同じく年齢が高めで、そういう女性が群がっていたトーマスが安堵の溜息を漏らす。
 彼は、二十二~三歳くらいの綺麗な女性と端のテーブルで楽しそうに話をしていた。

「トーマスは、こういうところが如才ないよな」

「そうね」

 イーナも、俺の意見に賛同していた。
 もう一方のブランタークさんは、砂糖に群がる蟻の群れのように多くの女性達に囲まれる。
 年齢は高めだが、資産家で、魔法使いで、実は彼も師匠と同じく孤児出身で家族がいない。

 嫁ぐと問題になる舅・姑・小姑などの問題が無いので、それも人気を加速させているのだ。

「主君命令だから、何とか選ぶと思うけど……」

 続けて周囲を見渡すと、同じく強制参加させられている俺の三人の兄達もいる。
 エーリッヒ兄さん、パウル兄さん、ヘルムート兄さんと。
 みんな、多くの女性に囲まれていた。
 側室になる人を探しにきたのだ。

「でも、さすがはエーリッヒ兄さん」

 他の二人とは違って、優雅にワイングラスを持ちながら女性達と話をしている。
 元々正統派のイケメンでなので、彼に集まっている女性達は全員ウットリとしていた。

「(リア充だ! 本物のリア充だ!)」

 昔から、エーリッヒ兄さんはバウマイスター家の人間とは思えないイケメンスキルを発動させていたが、結婚後もその能力は健在なようだ。
 むしろ、磨きがかかっているかもしれない。

「同じ兄弟なのにね……(パウル兄さん、ヘルムート兄さん。どうにか上手く切り抜けるんだ)」

 まさか自分達に女性が群がるとは思っていなかったパウル兄さんとヘルムート兄さんの慌てぶりを見ると、俺は心の中で二人を応援していた。
 なぜなら、俺はどう考えてもあちら側の人種だからだ。

 人は皆、簡単にはエーリッヒ兄さんのようになれないのだから。

「パーティー開始から三時間か……」

 時間が経つに連れて、次第にカップルも生まれてくる。
 たまに、男子一人に女子二~三人というグループもあったが、これもこの世界の貴族や陪臣の仕様だ。
 余裕のある人ほど奥さんの数が増える。
 地球の一夫一婦制を信奉する人達からは攻撃されそうであったが、金持ちや政治家が非公式に愛人を囲うのを考えると、ある意味潔いとも言えよう。

「みんな。フットワークが軽いな」

 ある程度相手が決まると、会場から外に出かけていくカップルも現れ始める。
 まだ建設途上であるが、バウルブルクの町でデートのような事をしたり、自分の家や建設予定地に案内したりと。

 更に凄いのは、既に結婚するのを前提で荷物持参で来ている女性の多い事だ。
 相手が決まると、すぐにその人の家や官舎で一緒に生活を始めるつもりなのだ。

「おいおい。大丈夫なのか?」

「それなりの家の人は知らないけど、大半は『もう実家に帰って来るな。次に会うのは結婚式で』という人なのよ」

 イーナの言う通りで、うちの血筋が良い幹部連中狙いの貴族子女はともかく、そうではない人を狙っている陪臣や一代騎士の娘などは背水の陣でもあるわけだ。

「可哀想だとか思って、沢山囲わないようにね」

「一人も囲わないよ」

 もしそんな話が漏れたら、架空可哀想話を持つ若い女性が殺到しかねない。

「イーナの中で俺がどれだけ好色扱いなのかは知らないけど、絶対にないから」

「本当に、心当たりはないのかしら?」

「さあてね」

 大お見合い会初日は無事に終了し、翌日は初日に仕事があった者へのフォローと、自由行動日になっていた。
 参加者はみんな、それぞれにデートなどを楽しんでいるようだ。
 そして、早速神官達と式の予定を相談している者達もいた。

 脅威のフットワークの軽さであったが、そう感じるのは地球の知識がある俺だけのようだ。

「ブランタークさんも、相手を決めたみたいだな」

 一人の若い女性を連れて、彼はバウルブルクの町に出かけていた。
 若干目が死んでいるようにも見えたが、今までの夜の帝王生活ができなくなるので色々と思うところがあるのであろう。

 そして、つい数日前に失恋したばかりのエルであったが……。

「いかん……」

「まだ意識が半分飛んでいる!」

 ルイーゼの指摘通りに、パーティー会場内の昨日と同じ場所で一人佇んでいたのだ。
 いくら女性が話しかけても全く答えず、目の焦点が合っておらず完全に目が死んでいた。
 あまりの異様さに、話しかける女性がほとんどいないくらいだ。

 エルは今回のお見合い会のメインなのに、それが全く機能していないのだ。

「ヴェル。どうする?」

「今回はさすがに無理強いできない……。少し時間を置こう……」

 強引に結婚をさせると、俺の罪悪感が限界を超えてしまうからだ。

 今回の大お見合い会によって、バウマイスター伯爵家家臣の独身率は大幅に下がる事となる。
 だがその中に、エルは入っていない事だけは明記しておこうと思う。

「俺は、カルラさんよりも素晴らしい女性と結婚するんだぁーーー!」

 失恋から一週間後、ようやく現実に戻ってきたエルが一人絶叫する。

「そういう夢のような高望みは、独身期間を長くしますわよ」

 そんなエルに、カタリーナが冷静にツッコミを入れていたが。
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