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四、長男十六歳、フリージアとリアル。


 例えば、母さんが何だかヤバい雰囲気になっていたから逃げ出して、数時間後に戻ってきたらその母さんがロープに吊られてブラブラしていた時。俺はどんな反応をすべきなのだろうか。

 警察に通報するとか? けど、猫と母と弟と妹の死体があって、あと姉ちゃんが倒れてる今の状況を見れば俺が犯人だと勘違いされかねない。つうか家族みんな身元不詳だし、めんどくさいよなあ。


 とか、悩んでたのが昨日の話。

 ちなみに現在、部屋に生き残っていた二人、つまりずっと動かなかった方の妹と、姉ちゃんは二人とももういない。と言うのも、姉ちゃんは意識を取り戻したかと思ったらぷらぷら揺れている母さんの死体を見た瞬間ナイフで自分の頸動脈を切って自殺してしまったし、妹はいつの間にか何処かに消えてしまったのだ。

 まあ姉ちゃんは多分死ぬだろうなぁとは思っていたけど(しっかり者に見えて実際のところかなりの母依存症だったから)、妹三女バージョンがいなくなったのは割と衝撃だった。全然動かない、と言うか食事を取っているところすら見たこと無かったのに、まさか出て行くなんて。

 まあ、でも昨日母さんが死んでから何処かおかしかったのは確かだ。今までずっと体育座りしたその膝の間に顔を埋めていたのに、昨日はずっと吊られて揺れる母さんを見つめていた。じぃ、と。母さんが揺れるのを目で追っていた。

 きっと母の死に何か思うところがあったに違いない。そしてその思うところって奴が妹三女バージョンをどこか遠くに連れて行ってしまったんだろう。だけどさ、この前俺が気に入って買って、冷蔵庫に入れておいた造花のフリージアまで持って行くことは無かったんじゃないだろうか。何処を探しても見つからないんだ、どうせお前が持って行ったんだろう?

 あ、あとどうでもいいけど多分死んでた方の妹、つまり妹次女バージョンを殺したのは姉ちゃんだと思う。

 妹次女バージョンは何故か割とまともな感性の持ち主で、俺たちの家族システムをいつも「おかしい、こわい」って言ってたから。まあ普通に考えたら兄弟姉妹でも何でも無い人間がまるで血が繋がっているかのように暮らしているのはおかしいし、怖いと思うのも当然だ。まあそんな感じで多分あいつはまた「おかしい、こわい」とか喚き始めて、多分それが姉ちゃんの逆鱗に触れたんだろう。自業自得だ。


 なんて、妹次女エクストリーム(あれ、何か違う気がする)を罵ったところで何かが起きるわけでも無く、俺は一人きりになってしまった部屋に寝転がって天井を見上げていた。いや、一人きりでは無いな。他の奴は皆死体だけど、それでも数えてあげないのは余りに可哀想だ。

 そうだ、死体専用の新しい数え方を考えてやればいい。なんて思いついたけれど、これが意外と難しい。匹とか、個とか、本とか、羽とか、そんなのを考えついた人は天才じゃないだろうか。

「…全然駄目だ。」

 色々取りとめも無く考えを巡らしても、寂しさは紛れない。溜め息を吐いた。

 家族はいなくなったし、アキにはもう電話してくるなって言われたし。何か思い出したら笑えてきた。笑えてきたのに何故か眼尻からは温かな液体が溢れだしてきた。詰まったトイレから下水が溢れてるみたい。ああ、姉ちゃんのこと、母依存症とか言ってバカにしてたけど、実際のところ俺も相当の家族及びにアキ依存症だったんだ。寂しいなぁ、寂しいなぁ。

 煙草が欲しくなった。けれど家を出て火の点いている煙草を探すのは面倒だったから、諦めた。床は何故かべたべたになっていて気持ち悪い。何だこれ、甘い匂いがする。誰かがジュースでも溢したのだろうか。

 べたべたしていない床を求めて寝返りをうったらポケットからケータイが転がり落ちた。先月頑張って金を貯めて買ったケータイ。アドレス帳に入っているのはアキの電話番号とメールアドレスだけ。けどそれももう役に立たない。勿体ないからカメラ機能を使ってみることにした。

「っつうか寝返りとかうったらもっとべたべたなるやんけー。」

 なんて似非大阪弁で呟きながら、カシャリ。画面には母さんが揺れずにしっかりと吊り下がっていた。ポチ、保存。

 満足して二つ折りに閉じようとしたその時、急にケータイが震えだした。

「う、わ…!」

 思わず落として、拾おうとして、画面に表示された名前を見て、躊躇った。電話してくんなって言ったのそっちだろ、何で掛けてきてんだよ。誰が出るかこの野郎。

「もしもし」

 俺が出たぜこの野郎。

「弘二、弘二…!?」

 大きすぎて割れた金切り声がスピーカーから響いてくる。そんなに叫ばなくたって俺はいつでも弘二だって。あ、でもどうなんだろう。家族といる時は俺は弘二じゃなくて長男だった。弘二は要らなかった。

「良かった…出てくれないと思った……!」

 アキは泣きじゃくっているらしい。台詞は途切れ途切れで、その途切れ途切れに「ひっく」としゃっくりが挟まっていた。

「出ないでおこうと思ったんだけど。」

「あのね、ごめんね、本当にごめんね、あたし、どうかしてた。弘二のどんなところだって、全部、私は受け入れるから、だから、」

 その後はもう何と言ってるかすら分からないくらいに涙がずびずびーって感じで。ずびずびー。きたねー。醜い自己陶酔。俺たちの家族には微塵も無かった、穢れ切った感情。

「もういいよ、全然怒ったりしてないから。」

 その生々しい欲望が、新鮮だった。この部屋で求められていたのは長男だけれど、いまアキが求めているのは弘二だ。それが嬉しかった。決して俺そのものが求められているわけではないけれど、それでも“私の愛する弘二”と言う存在が求められていると言うのは、死ぬ程生きている心地がする。俺が今まで家族と言うモノを持ちながらそれでもアキを求めていたのは、そう言うことなのかも知れなかった。

 この部屋に来た日の記憶が、脳をジャックする。あの日、誰からも必要とされていなかった俺は、家族のみんなに必要とされたのが凄く嬉しかったんだ。あの日からずっと、長男を求めているみんなを俺は求めていた。そして、今は、嗚呼、そうだぜ。俺は、弘二を求めているアキを求めてるんだぜ。

「ねえ、今日そっち泊まっていい?」

「え? いや、普通に親いるし、」

「じゃあ今からそっち行くから。」

 もう、死ぬ程幸せで死ぬ程残酷でみんな死んじゃったりいなくなっちゃりした夢の世界は、終わり。

 この部屋を出よう。

 血の香りと甘ったるい臭いが満ちたこの部屋を。

 そして俺はリアルへと。



 お供えに、ピアスは全部置いていくことにした。

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