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作者: アザとー

 クリスマス商戦が終わったばかりのファミレスは客が少ない。まして深夜ともなれば、冷たい夜風に常連たちの足も遠のく。閑散とした店内には俺と学生らしい4人組しか客はいない。

 冬休みに浮かれているのか、彼らは遅くなってから入店してきた。『ハンバーグと大ライス』という、深夜には重すぎる食事をぺろりと平らげ、食後の談笑を楽しんでいる。

 時間は閉店三十分前。そろそろラストオーダーの時間だ。

 俺は読み掛けの本を伏せると、空になったフライドポテトの皿をテーブルの隅に寄せた。オーダーストップを告げに来た店員のために。

 空になったカップを皿の上に重ねる。カップなのがミソだ。これがグラスの類だと、陶器の肌とガラスの質感はうまくかみ合わず、さらにポテトの油が潤滑剤となって不安定になる。グラスは皿の横に並べておくのがベストだ。ポーションミルクやガムシロップの空き容器も皿の上にまとめると、テーブルの上には、飲んでいる最中のコーヒーだけが残る。

 俺ぐらいの常連ともなると、これが正しいファミレスの作法であることは心得ているのだ。

 今日の店員はおばちゃんというにはまだ若い、さりとてお姉さんと呼ぶには少しばかり年上すぎる年頃の、いわゆるベテラン。

 何も言わずとも、片手を軽く上げただけで俺の言いたいことは十二分に伝わった。彼女はにこやかに会釈すると、もうひと組の……あの賑やかな4人組のテーブルへと向かった。

 注文などあるわけがない。彼らは今まさにハードな夜食を食べ終えたばかり。

「失礼いたします。オーダーストップのお時間ですが……」

 彼らの答えは俺の、そして店員の期待をも裏切ったものだった。

「あ、じゃあ……ですね。」

 メニューをめくりながら注文する彼の声が店内に響く。

 フライドポテトをふた皿、デザートがパフェと、お勧めと……都合四つ。

 


 ラストオーダーだと!



 厨房の方ではすでに片付けも終わり、後はスイッチを落とすだけになっているはず。ここからのラストオーダーは、彼女たちが閉店時間を過ぎて『時給のつかない残業』を強いられることを示している。

 それでも彼女はにこやかな表情を崩さない。落ち着いて復唱しながら、オーダーを打ち込んでいく姿は素晴らしいとしか言いようがない。

 ラストオーダーを受けた店員の中には、あからさまにいやな顔をする者がいる。ひどい時には口調まで明らかにローテンションになるものがいるが、俺みたいな常連から言わせると論外である。深夜料金まで払っている客に対して、営業スマイルすらサービスできないようなやつは『接客業』を名乗る資格すら無い。まあ、そこまで悪質な者は少数だが。

 たいていの店員は笑顔だが、焦りが見てとれる。ろくろく復唱もせずにオーダーミスをするのはまだ序の口。パフェをテーブルに倒して、割れものと生クリームでぐちゃぐちゃになったテーブルを片づけているのを見たこともある。常連の俺に言わせれば、余計な仕事を増やすよりは落ち着いて行動した方がましなんじゃないか?ってところだ。

 だが、あの店員はそのどちらでもない。完璧だ。

 客に対する礼を決して損なわず、ミスを犯さないように細心の注意を払う態度は、俺の長いファミレス通人生の中でもトップクラスの素晴らしさだ。

 そんな彼女の足手まといにならないように、俺は帰るとしよう。このコーヒーを飲みほして……


 厨房の方はにわかに活気づいた。洗い終わった調理器具が油の中で派手な音を立てる。すでにしまい終わっていた食材をひっぱりだす為に、走り回っている様子も見える。

 そんな騒ぎが聞こえていないのか、例の4人組はまだメニューをのぞいている。

「どうする~?」

「まだ大丈夫なんじゃね?ポテトが来たら頼めば。」

 ……もちろん、彼女は笑顔のままでそれを受けるのだろう。だろうとは思うが、もしかしたら……

 酔っ払いの下ネタにも、わがままを言う客にも笑顔で対応する彼女を、俺はひそかに『笑顔という名の無表情』と呼んでいる。その無表情が崩れるようなことがあるのなら、ぜひとも見てみたい。

 俺は空になったカップをコーヒーで満たす為に、ドリンクバーへと向かった。

 



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― 新着の感想 ―
[良い点] これはよくある閉店前の光景 [一言] 残業代はつけましょう。マジで。
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