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ROG(real online game)  作者: 近衛
四章
99/151

4‐5‐4 Devil

 「陛下、すぐに私もそちらへ参ります」

 

 対面に座るマクトの死に顔は、眠るように穏やかだった。

 切り刻まれたことによる幻影の痛みがニクムの体を襲うが、現実には存在しないものだと言い聞かせ無理やり体を動かす。肉体の痛みはその内に消えるだろう、しかし、彼の心にある痛みと憎しみと怒りは、沸々とたぎるばかりだった。

 

 「しばしの、お待ちを」

 

 黒いロングコートをマクトの亡骸に被せる。

 軽々と、しかし、丁重に遺体を抱え、扉を開ける。

黄昏が近い。

赤から紅へ、紅から朱へと視界が染まっていく。

 それは、あたかも理性が狂気に埋め尽くされていくかのようだった。

 

 「辛そうだね。病院まで送った方がいいかい?」

 

 通路の支柱に背中を預けたまま東洋系の女性が彼に声を掛ける。

 

「情報屋か、政府の犬は消えろ」

 

 低く威厳のある声、だがその声に怒りはない。

 

「犬呼ばわりとは、心外ですね。貴方だって、忠誠を誓うのが個人というだけで、私とそれほど変わりはしないでしょう?」

 

「殺して欲しいなら、殺してやろう。ただし、楽に死ねるとは思うな」

 

 苛立ちの中に込められた僅かな殺気。

 ただそれだけで、ヘイフォンの肌を泡立たせ、武術に心得がある彼女を数歩下がらせた。彼女を見つめるその形相は、悪魔が乗り移ったのかのようにさえ映る。

 

「それは恐ろしいですね。仕事ができなくなってしまう」

 

 言葉ほどには彼女に余裕はないが、隙を見せる訳にはいかった。銃火器を以てしても勝てないであろう相手に警戒をし過ぎる、ということなどはないだろう。

 マクトの遺体に被せられたロングコートがゆったりとした歩みとともに揺らめく。

 

「まあいい。お前など何時でも殺せるからな」

 

 殺気を消し去り、ニクムは静かに告げる。それは、彼が一定の歩調で通り過ぎるまでのほんの数秒のやり取りだった。しかし、その間にヘイフォンは感じていた、この場を支配していたのは彼だと。

 そして、ある意味では、自分は既に殺されたのだと理解した。

 

 「あれで不完全。冗談も程々にして欲しいな」

 

 倒れ掛かるように支柱に体を預けるヘイフォン。

 冷静さと狂気を併せ持った怪物。

 それが彼を見た彼女の感想だった。

 これまでに何度か戦場で見かけたニクムの実力は、多彩ではあったが達人のそれというには稚拙だった。しかし、彼はその度に変化していった。動きを最適化しているとでもいうべきなのだろうか、戦闘中の学習能力が恐ろしく高いのだ。

 だから、マクトは、今はまだ、と言ったのだろう。そして、『教皇』と彼自身の戦闘データを手に入れたニクムは爆発的に強くなるだろう。

 

 「現時点ですら、正攻法での撃破は困難を極めるでしょうね。プランの変更を打診しておくとしましょう。あれは、正直、私の手には余る。あるいは、全盛期のマスターですら勝てるか怪しいですし」

 

 畏れによって、意識と肉体が切り離されたような虚脱症状から、なんとか体を動かし冷静に思考する彼女だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 「うむ、ご苦労」

 

 電研の本部ビルから、コーヒーを片手に眼下の街を見下ろす新城大地。幾つもの光が夜の闇を照らし、光が漂うかのような幻想的な街が映し出される。そんな街を眺めつつ、部下達からの報告を受けて思考を巡らせていた。

 

 (厄介なものを残してくれたな、友よ)

 

 大学の研究室でのんきに対戦していた頃を思い出しながら、大地はため息をつく。当時から誰に対してもゲームで負けたことはなかったが、こんな形で再戦をすることになるとは思っていなかった。

 

 (ゲームの本来の所有者である教授にすら負けなしで、ついたあだ名がプロフェッサーとは、お笑い草だな)

 

 「再戦を望んでいるのか? 友よ」

 

 肉体的には衰えを感じてきていたが、頭脳の方はまだいけるという自負はあった。コーヒーの苦みが乾いたのどに染み渡る。そして、かつて友でありライバルでもあったアハリ・カフリが死んだとは思っていない。

 勝気な性格の彼が、新城大地に対して負けっぱなしという状況を放置とする訳がないのだ。だからこそ、こんな馬鹿げたシステムを作り待っているのだろう。世界のどこかで、あるいは、仮想というフィールドのどこかで。

 

 「やれやれ、ロートルには辛い時代のようだ」

 

 マグカップを手近なテーブルに預け、彼は、短く、強く思考する。

 仮想への扉が開かれ、意識が電脳の海へと引き込まれていく。

 それは、彼が久しく味わっていない感覚。

 精神と肉体が切り離され、情報の海へと溶けていくような錯覚。

 分割された肉体が再構築される感覚の果てに、彼は再び仮想へと還ってきたのだった。

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