4‐5‐3 Devil
「彼は、もう死んだのか。案外、あっけないものだね」
どこか虚ろな瞳で鏡は話す。
「マクトは鏡の友人だったのだろう? 泣きたいのなら泣けばいい」
明には悲しみよりも疑問が先立っていた。そもそもそこまで親しくなかったから、というのもあるが、彼の実力は教皇にすら匹敵すると思っていた。少なくとも乱戦に巻き込みながら戦えばあっさりとやられる事など無いように感じていた。
それが、両者を間近に見た明の実感だった。
「泣くのは後さ。どのみち今は、彼が死んだという実感がないんだ。そのうち嫌でも悲しみにくれることになるだろうさ。それに本当に彼を想うなら、きっと葬送の言葉などよりも教皇を倒すことの方が手向けになるさ」
彼女の言葉に悲壮感はなかった。しかし、それは前向きな言葉で真実を塗りつぶしているだけなのかもしれないが。
「ったく、ずいぶんと重い荷物を背負わせやがって」
明に彼らの意志を引き継ぐつもりはなかった。
しかし、過程はどうあれ結果的にそれは同じことを目指しているのかもしれない。
「ここまで見込んだ上ですべてを織り込んでいたのなら、彼は教祖というよりも魔王と形容する方が相応しいのかも知れないな」
黒の旅団という悪鬼の群れを統べる魔王、その頂点として君臨していたマクトは死んだ。
しかし、その死が逆に彼を不死なるものへと造り替えた。それは、悪意や憎しみという形になり、人から人へと伝染していく。つまり、彼は死を経ることによって、永遠に死ぬことのない概念へと昇華したのだった。
そして、白の教団の敵として存在するためだけに組織された黒の旅団は、ここで初めて明確に教団を敵として認識する共通の目標を手に入れたことになる。いわばこれは、神が神として君臨するために必要な十字架なのだ。
否、死してなお存在し続ける妄執は、むしろ彼を正しく魔王とした。
「私達、なんだか退くに退けなくなっちゃったね」
どちらにも属さない中立的な立場であったからこそ、今回の彼らの行動は引き金足り得た。それが改革派の暴発であろうがなんだろうが、見知らぬ誰かの恨みを買うには十分過ぎる理由だった。調べ、探り、辿り着いてくる人間だっているだろう。
それは、あるいは憎しみを持つ人間が既に電研の中にいるかもしれない。
「だが、私たちは進むことを選んだ。後悔なんてないさ、そうだろう」
学生時代に選んだ、選んでしまった戦い屍を積み重ねていく道。そして、戦いに生き残ったからこそ自分たちは、血塗られた道を行かねばならない。生き残るためにも、憎しみの連鎖を断ち切るためにも、敵対する全てを滅ぼさなくてはないのだ。
「そうさ、あとは前に進むだけだ。今更、死を恐れる必要がどこにある」
これは暴勇ではないと、誰かに肯定して欲しかった。
「修羅場を修羅場と感じないのが、明のいいところなのかもね、ふふ」
時には互いに道を誤ることもあるだろう、しかし、時には道を正し、あるいはそれらを含めた上で全てを無条件で受け入れてくれる、それがきっと仲間なのだろう。
「くくく、違いないね。水月はいいこと言うね」
それは歪な、あるいは、とてもまっすぐな愛情表現だった。
「人を殺戮機械みたいに言ってくれるな、二人とも」
これから先、何度も何度も強者と戦いを繰り返すだろう。
死への恐怖はある、だが、もう彼らの心に迷いはなかった。
支えてくれる仲間がいるから。
「最大級の皮肉だよ」
鏡は立ち上がり、髪をかき上げ大きく手を振りかざす。
静かに笑う彼女は聖女でもなければ、魔女でもない、しかし、その言葉には魔法のような響きがあった。
「最高の褒め言葉のつもりかな」
背中から明に抱き付き、水月が笑いかける。
伝わる熱は、とても優しく暖かい。
この心から湧き上がってくる、守りたいと思うもの、失いたくないと願うものこそがきっと愛しさなのだろう。
「心から愛しているよ、大馬鹿野郎」
照れくさそうに、どこか呆れるように明が言葉を投げかける。近い将来にか、それとも遠い未来で三人の感情がどうなるかは、まだ分からない。それでも、一つだけわかったことがある。
彼らは、友よりも強く、愛よりも確かな絆で結ばれていると。
「君らしくもない、だが、悪くはない言葉だ」
悲しみとも安堵とも取れるような声で、鏡が薄く笑う。
「似た者同士、ってことだよ。きっと」
少し強く、水月は明を抱きしめる。
それが愛情なのか嘆きなのかは本人にさえ不確かだ。
「なんにせよ、準備はできた。この先は、正義でもなければ悪でもない」
誰かに言われたからでも、必然でもない。
「全て個人的な感情さ」
全ての頂点に立ちたい訳ではなく、何の意味の無い決意なのかもしれない。
「でも、命を懸けるには十分な理由だね」
愚か者だけが英雄になる可能性を秘めているということも、また、事実なのだろう。