4‐5‐1 Devil
夕闇に幾ばくかの光が瞬く。
「見えているよ、君の、全てが」
仮想を通して伝わってくる無数の情報の流れが、これから起こり得る行動、引き起こされる現象を示す。そこから導かれる未来を、なすべき動きを読み取っていく。それは最早、単純な戦闘行為というよりは、むしろ心理戦だった。
「それは、こちらとて同じこと」
白と黒の騎士が強く剣をぶつけ合い火花を散らす。
掴み、殴り、蹴り合うが、しかし、深追いは決してしない。
それは最強と呼ばれる者同士の戦いとしては、至ってシンプルな序曲だった。
目の前にいる相手が、どの動きから連続攻撃してくるのか、波状攻撃へと繋げてくるかがわかっているからこそ、その予備動作や初動を封じ込めることに終始していた。結局のところ、マウントポジションを取ってさえしまえばどんな技術も意味をなさないからだ。
「演舞は終わりだ。殺し合いを始めようじゃないか」
ビショップが後退の動作から、うごめく鎧が新たな武器を形作る。夕闇に漆黒の羽が舞うような光景は、無数の剣が降り注ぐ地獄。
「粛清」
口頭で発せられた発動キーに、登録された動きをシステムが再現する。雨のように殺到する無数の殺意を悉くたたき伏せるミカエル。
「誰よりも君は強い、戦う君は美しくすらある、何よりも君は正しい。それでも」
大きく空を薙ぎ払う動作に合わせてとビショップの周囲の空間が歪んでいく。それは武器の装填と波状攻撃への布石でもある。歪みは波紋のように広がり、静かに消えていく。
「それでも、我々は勝利しなければならない」
「『倉庫』を利用した波状攻撃か。陽動、再構築からの必殺の一撃」
無数の情報の流れが、アティドに未来を示す。
複数の未来を予測したデータから瞬時に自身の行動へと反映させていく。予測は必ずしも正しい訳ではないが、彼には自身の行動に確信があり、不測の事態が起きたとしても対処できる実力があった。
「逃げ場は存在しない。防御もさせない、ここで運命を変えて見せる」
演算による未来視、そこには現実に起こり得る未来も存在するが、到底ありえない未来や、あってはならない未来も存在する。そして、機械は無差別に未来の情報を提供する。たとえ、それが自らの破滅の運命であったとしても。
「縛られているのは、お前も同じか。解放してやろう、全てから」
自虐するような言葉とともに、剣の雨の中を加速していくミカエル。今の彼には光の道ともいうべきビジョンが見えていた。自分がしているのが不確かな博打などではなく、確実に正しい選択をして運命を掴み取っているという自負があった。
「終わりにしよう」
【Ten Commandments(十戒)】
アティドの力強い言葉とともに光の奔流が天に向けて放たれる。
一閃の先にあった何もかもが砕けていく様は、あたかも神の啓示か。
【Reverse cross(背教者)】
マクトは悟るような静かな声で闇に溶けた剣を振り降ろす。
それは、闇の中に浮かんだ光を虚無が呑み込むようにさえ映る。
堕落するかのように落ちていくマクト、天に導かれるように昇ってくるアティド。いったい、彼我にどれだけの違いがあったというのだろうか。機械の司祭は余波を受けてぼろきれのようになったマントをはためかせ大剣を轟と鳴らして斬りつける。
「お前では俺は殺せない」
光が瞬く。
剣が触れる直前、ミカエルの姿が歪む。
決着が訪れる刹那、刃を突き立てられたのはビショップの方だった。
装束を貫通しあと一刺しで致命の一撃が本体に加えられる。
「知っていたよ、この程度では殺せないことくらい」
闇が白い世界を覆い尽くしていく。
マントの内側から円を描くように刃が広がっていき、同時にミカエルに回避され虚空を漂う幾つもの剣からワイヤーアンカーが射出されていく。内外から同時に獲物を捕えようとするその姿は、闇夜に乱れ咲く椿が如く。
「花は散ればこそ、美しい」
光が闇を照らし出す。
完全に捕縛されたはずのミカエルの姿はそこになく、黒い籠を包囲するように複数の天使が武器を構える。剣、槍、弓、戦斧、槌、手にする武器はいずれも装飾が施された独特の意匠を漂わせていた。
「……データの収集は終わったよ」
夕闇が燃える。
ぼろぼろの装束が淡い光となって、闇に溶けていく。
鎧をはがれた司祭は、自らの体を槍そのものへと変化させていく。
「しばしの別れだ。眠るといい」
光が輝く。
「我々の勝利だ」
魔王は笑う。
「さらば、親しき友よ」
教皇は祈りの言葉をささげる。
戦場さえも闇に呑まれ、
ただ星だけが輝いていた。