4‐4‐3 Laplace
新たに創造された仮想という世界。
ある者は、そこを楽園と呼ぶ。
また、あるものはそこを死者の住まう国だと表現する。
どちらも正しく、そして、間違ってもいる。
その場においては、全ての情報が定義されたものとして存在するが、その情報に対し本来ならば優越関係や善性や悪性等という概念は存在しないからだ。ただそこに情報があり、その世界としての在り方定義されているだけの意味しか与えられていない。
そこには敵もなく、そして、味方もない。
全てが等しく、不平等は不平等のまま是正されない。
痛みはあれども悲しみはなく、富はあっても喜びはない。
ただただ、システムという神の前においては、概念として存在する感情だけが異質なものとして切り離されていた。そして、分離された神の人格を担う存在としてあてがわれているのが現在の黒木愛という少女の実体だ。
生きた神を表現する顔としての意味を持つ彼女であるが、その本質は統合者ではなく、部分としての存在なのである。それは、知の原動機であり、魂の融合を表現するものであり、同時に彼であり、彼女であり、そして、死者であり、生者でもあった。
この世界の創造に際して、愚者と賢者は対立し、痛みを分かち合った後に、新たなる世界に『神』として君臨した。その後、その意思を引き継いだ白と黒の対なる両者は、破壊と再生を求めることとなる。そして、傍観者となった者たちは、あるいは狂い、あるいは何かを探し、あるいは力を求める。
全てを奪うという目的は、手段へと変わり、破壊者は革命を求めていく。
たとえその身が狂気に包まれ、返り血に赤く染まろうとも。
***
「さあ、聖なる戦いの序曲だ。戦士達よ存分にその力を振るうがいい!」
王は導く、機械の司祭にその身を変えて。
「久しいな、マクト・ロートシルト。君と再会した幸運に感謝を、再戦できたことに喜びを、そして、来るべき別れに嘆きを」
教皇は答える、御使いの偶像をその身に纏い。
「遅かれ速かれ戦う運命だったさ、だが君の相手はニクムだろう。対なる者達よ、終を求め暴虐に暴れ狂うがいい」
「我らが求めるのは、新たなる世界の創造と彼女の再生。しかしそれは、確定付けられた世界での予定調和でしかないのさ」
「全てがAIによって仮定された空間。それゆえにこの場を仮想空間とするなら、この世界における、君の存在は『神』にも等しいのかもしれないな」
全てが定義されるこの場所は、物理的には完全に制御され得る可能性を秘めていた。もっともその世界を構築する物質的な要素が現実によって定義されている以上、不確定要素の存在という例外は存在してしまうのだが。
「意味の無い仮定だ。全てを把握することができたとしても、因果そのものを定義する決定権は俺にはない。『神』こそが、戒律なのだから」
仮想を定義する戒律を聖典として、その理解を最も深くする者を聖者とするならば、おそらく彼こそが『教皇』なのだろう。
その信仰こそが、彼らに力を与えるのだから。
「君は、この広大な空間で彼女を探し続ける気なのかい?」
『神』という言葉に包み隠されたその意味を知る司祭は、試すかのように敢えて問う。
「無論だ。彼女の再生こそが、我ら『白の教団』の本懐」
「やれやれ。女々しいなどという言葉があるが、案外、男の方がセンチメンタルなのかもしれないな」
呆れたような口調、しかし、そのやり取りすら、司祭であり王でもある彼にとっては、ただの予定調和でしかなかった。
「そのための『白の教団』、そして、それこそが俺自身が生きる意味だ。その行く手を阻むのであれば、誰であろうと薙ぎ払い、殺すだけだ」
マクトのことを近しい人間としても、大きな力を持つ者としても認めているアティドであったが、しかし、それ故に強く言葉を投げかける。
「愚かしくも美しいな。いいだろう、ならば、華々しく散るがいい」
葬送の言葉。
だが、その言葉は一体誰に向けられたものだろうか。
「何にせよ、戦うしかないのさ。ラプラスの悪魔は、この世界そのものなのだから」
見えない何かを崇めるように天使の頂点は、空を見上げる。
「なるほど、だが、真実にたどり着けるのはただ一人だ」
悪魔の導き手は頷くように大地を見下ろし、来るべき未来をシュミレーションしていく。
「ならば、開戦といこうか」
既に幕は開かれていた、双方の対話さえもこの戦いの一部に過ぎないのだから。
「君には、死んでもらうよ」
ビショップは改めて武器を構える。天に掲げる杖には、自身の纏う鎧がはがれ巨大な剣へと可変していく。
「だが、こちらとて悪魔に踊らされるつもりはない。王たる君に、恨みはないが、目的のために消えてもらおう」
一振りの剣を手に御使いは、未来を宣告する。
「最強の称号は、いただくとするよ」
対なるものは、敢えて言う。
「ならば、来るがいい」
向き合う御使いと司祭は、互いに剣を天に掲げる。
「「全軍、攻撃を開始せよ!」」
ギルド対ギルドの長い永い戦いがこうして火蓋を切ったのだった。