4‐3‐4 Enlighten
――【JIHAD】――
「既に戦闘中なのか?」
「あるいは、罠の可能性もゼロではないがね。もっとも、彼はそんなことをする人間でもなければ、私達を罠に掛ける意味も必要も無い」
「それに、私達が目的なら前回のときにどうとでもできたはずだよね」
XDX―772座標に転送された明達は、例のエフェクトを確認する三人。流れている音楽は、ドヴォルザーク作曲の『新世界』。蒸気機関をイメージして作成された激しい音程は、新たなことに臨む三人に、力強い躍動とこれから訪れるであろう革新を感じさせた。
「とんだ勉強会になりそうだ」
「その割には嬉しそうだな」
「なんにしても、援護して助けないと教えてもらえないしね」
新たな敵を視認しつつ、三人は黒いビショップの姿を捉える。
「丁度いい、君達に説明する手間が省けた。そこから見ているがいい、この世界においては本質を知るものには多大な恩恵が与えられるということを」
「ふん、援軍でないのならなんでもいい。二流三流の雑魚共に邪魔立てされるなど、興ざめもいいところだからな」
明達を興味なさそうに一瞥だけすると、すぐに臨戦体勢に戻る黒いウィザードのAA。
「フリーの傭兵、ゲイルといったかい。決闘主義者といううわさは本当だったようだね」
「光栄だな。『黒の旅団』の首領様に覚えていただけるなんて」
「すぐに不要な情報となるさ。なんにせよ、御託はもういいだろう」
「ならば、ここで討たせてもらう」
大剣を抜き放ち、自身を中心に赤い方陣を展開しその円周にビットを展開するゲイル。
「いいだろう。殺してやるから、掛かってこい。破壊こそが我らの存在意義だ」
ビショップのギミックブレードで構成されたローブが可変し、新たな武器を形作る。互いの得意とする戦闘態勢で両者は向かい合う。
「いざ、参る」
「……来い」
黒い魔術師と黒い司祭が暴れ狂う。
ビットをアビリティによって吸着させ、巨大な一振りの剣としたウィザードと杖を軸に螺旋状に剣を束ねランスとしたビショップがその得物をぶつけ合う。ごくごくシンプルな戦闘はその実、速度、硬度、破壊力の三要素を変化させたデータの読み合いだった。
溜めの一呼吸から信じられない程の速度まで加速させられたランスの突き、しかし、それをウィザードは巨剣で難無く受け止める。否、受けた瞬間にわずかに剣を反らし受け流し、同時に吸着していたビットを引き剥がす。
「……掛かったな」
「分離からの包囲攻撃、基本戦術の域を出ないな」
見越していたとばかりに、ランスを大きく振り回し残らずビットを弾き飛ばすマクト。振り回す動作と連動し槍は可変し傘のように開くと数十から成るワイヤーアンカーが射出される。周囲の石柱を巻き込みながら前進するビショップの猛攻を大剣一つとバックステップのみで回避を続けるウィザード。
刻まれた破片を吹き飛ばしつつ石柱を絡め取り、即席のハンマーとして攻撃は徐々に苛烈さを増していく。
「くくく、俺がただ逃げ回っていたとでも思うか? あんたの攻撃が激しすぎて、ばれないように作るのは少々手間取ったがな」
攻め続けるビショップ周囲にはソードビットが形作る方陣が展開されていた。初撃で仕留められればそれでよし、だめなら更なる攻撃、それでも撃破することができないのならその攻撃そのものを次の攻撃への伏線とする。
戦い慣れた『傭兵』だからこそできる戦術だった。
「なるほど、束縛からの一撃必殺狙いか、悪くはない戦術だ」
「疾風怒濤といかせてもらう、さらばだ」
動きの止まった瞬間に合わせて、本体とビットが殺到する。
アビリティによる操作を併用しているのか、ばらばらに弾け飛んだビットが疾風の速度で怒涛が如くに押し寄せる。これが単純に包囲して同時攻撃であれば、先程と同じ回避方法が可能であったろうが速度も位置関係もタイミングも不規則な攻撃を振りほどくのは困難だ。
「守人よ我を守れ、そして、汝が敵を討て」
複数体の悪魔型のAA、デーモンがマクトを守る壁となり現れる。同時に敵を包囲するべく悪魔が空から舞い降りる。自身を中心に囲うように三体、敵の上空に三体、自身も含めて計七体の同時操作をよどみ無くこなすマクト。
「『支配者』からのコンボか。ならば」
敵へと振り下ろすはずだった斬撃を大地へと突き立て、高飛びの要領で地面から空へと加速するウィザード。足元の方陣を同時に加速装置へと見立てて飛び立ったゲイルは、両手を交錯させて『倉庫』から二振りのミスリルソードを引き出す。
虚空に現れた悪魔が顕現すると同時に斬撃が通り抜け、刻まれた機体が地面に降り注ぐ。
「では、そろそろ本気を出そう」
瞬く間に刻まれた合計六体の破片を自身のものとして再構築し、司祭が新たに自身の武器として創造したものは一振りの無骨な黒剣。そして、自身の武装はローブへと戻し、守りを磐石のものとする。
「やれやれ、任務達成は難しそうだな」
焦りともつかない言葉を紡ぎつつも、ミスリルソードを収めビットを回収するゲイル。地面に突き刺さった剣を大仰に引き抜くと同時にステップを刻む。機体の動きと武器の攻撃の連動こそがシステムの補正の要である以上、特定の流れに対して効果は発生する。
「刺し違える気かい?」
「戦いは好きだが、俺は傭兵でね。自分から死ぬ気はないよ」
鎧のように纏うビットが、彼の闘志に応えるかのようにの大気を振るわせる。青白い火花が空気を焦がし、一際大きな音がした瞬間。
彼は、地面を大きく蹴って加速する。
二段、三段と分離していく鎧は、分離式のブースターとなって強制的に機体を加速させていく。突き刺すように構えていた剣の刃を返し、地面すれすれを擦るように身を低く進撃し、引き寄せた左脚が強く地面を蹴る。
アッパーカットのような斬撃に対して、予備動作からの加速で追いついた機械仕掛けの黒剣が叩き伏せる。重なった刃は火花を散らし、黒剣のチェーンソーのように連なった刃が激しい金属音を奏でる。
蒸気を噴出して、赤熱する黒剣は剣を両断するも、振り下ろした刃は『倉庫』によって引き出された二本のミスリルソードを交差させた即席の杭で封じ込められる。そして、止めとなる一撃を入れる絶好のタイミングがゲイルに訪れる。
機械の肉体を通じ視線が交錯する。
(好機、いや、これは誘いなのか?)
無二に一つの好機、
勝利を手に入れろと本能が叫ぶ。
だが、
同時に傭兵として戦場を渡り歩いてきた経験が告げる、
逃げろと。
そして、彼が選んだのは。
ウィザードは、地面に突き刺さっていたビットを手に持ちすれ違い様に切り付け、司祭の後方へと大きく跳躍する。ギミックブレードから無数の棘が伸び、マクトの周囲を覆いつくすが既にそこにはゲイルの姿は無い。
「『透過迷彩』まで持っているとはね、してやられたということかな」
縦と横の座標を参照に地点間を移動させる『転送』は、高さという軸に対しては無作為だ。そして、空中で『透過迷彩』を起動した彼の高さを把握する術はもはや存在しない。つまり、彼の離脱は成功したのだった。
――【THE END】――