4‐3‐2 Enlighten
後日、再び新城明の自宅にて。
作戦会議、という名の雑談会が開始されていた。
「さて、あいつとはどういった関係だったんだ?」
「マクトとは、古巣の仲間というだけだよ。ちなみに、恋仲ではないので安心したまえ」
「内容としては、かなり大事なはずなのに説明が簡潔過ぎるんだが」
過去の、そして、おそらく現代も最大勢力の一つである『黒の旅団』の首領と知り合いというだけでも驚きだったが、過去に所属していたという点も無視はできない。そして、そちらの驚きが大きかったために恋仲の情報についてはスルーした明だった。
「といっても、それ以上言いようが無いな」
そういいつつ、紅茶を口に含む鏡。
その顔には、若干の不機嫌さが漂う。
「まあ、馴れ初めやら、何をしてきたのかまで根堀り葉掘りと聞き出すつもりはないが」
「複数の組織に所属して情報を集めるのは、割と一般的な手法だからね。私の場合、たまたまそれが旅団だったというだけの話だよ。それと、掃き溜めに近い環境だから色々な情報が集まりやすい利点もある」
あくまでも説明口調で淡々と言葉を紡いでいく鏡。
「本日のオススメもなかなか、おいしいね」
二人の会話などお構い無しに『風見鶏』のアップルパイを食べる水月。何時の間に入居手続を済ませたのか、空き部屋だった右隣の部屋に入居していた彼女は自室の延長のつもりなのか赤いジャージ姿でくつろいでいた。
「まあ、昨日の帰りに買っておいたものなんだが。さて、水月は置いといて続きがあるなら聞かせてくれ、鏡」
「はあ、私も紅茶とパイを所望する。話はそれからだ」
溜め息を一つ、目をつむって嫉妬を隠し、ストレスを食欲に転化する。
これまでのなりゆきを鑑みればその程度のわがままは許されて然るべきなのだろう。早朝に突如開催されたお茶会は、明け方に突発的に召集を掛けたため、鏡は仕事の延長と誤解し電研の制服を着ていた。
これはこれでくつろげないことも無いのだが、水月のリラックス振りを見ると、ラフな服装の方がよかったのではないかと思えてくる。といっても、自分だけ着飾っていてもそれはそれで空しい気もするので結果論としてはこれでよかったのかもしれない。
「水月と同じもので構わないか? 他にも何種類かあるが」
「当然ながら、それも頂こう。一つで済ますなどと誰が言ったのだ」
早朝から色々と期待を膨らませていた鏡であったが、完全に空回りしていた。飲まなければやっていられないというのは、こういうことをいうのだろうか。もっともこの場合は、飲むのは紅茶で食べるのはケーキやらパイなのだが。
「いや、来客だし、もてなしはしますが、その居直りはどうなんよ」
「ふん。たかだかケーキやパイの一つでグダグダ言うなどとは、小さい男だな君は。仮に、本当に仮にだが人の上に立っている人間とは思えないね」
苛立ちの成分も加味されているからなのか、いつにも増して毒舌が冴える鏡。その無駄な威圧感に圧倒されてしまい、明は反論の言葉に詰まりうなだれる。父親から受け継いだ本能的な何かが告げる、こういうときの女には逆らわない方がいいと。
「なんだろう、この言いようの無い敗北感は」
ダメージを受けつつも手を休めずに給仕をする明。しかし、その背中にはどことなく哀愁のようなものが漂っていた。
「きっと、そういうのが負けた気がする、ってやつだよ明」
打ちひしがれていた明に水月から声が掛かる。
「家主以上にくつろいでいるお前がそれを言いますか」
「なら、いずれ家主になるよ。妻的な意味で」
「壁をぶち抜いて、ここも私の部屋とか言い出すなよ」
水月としては割と本気の発言なのだが、振られたと思っている明には冗談にしか映らない。結果的にだが、その感覚の相違が微妙に居心地のいい空間と雰囲気を作り出しているという側面も併せ持っていた。
「……その手があったか。なるほど」
「鏡も秘かに納得するな!」
普段の毒舌と特殊な感性を加味すると、そんな発言ですら冗談に聞こえないのが恐ろしい。
「それで、今更かもしれないけど、何で集まったんだっけ私達」
水月が本当に今更な疑問を浮かべる。
「俺達は休暇中だしな。まあ、謹慎処分的な意味でだが。とりあえず、暇だし今後の方針について話し合っておこうと思ってな」
そもそも前回のガーディアン攻略も、仮想の深層を目指すために必要なアビリティを回収しようという理由もあるが、仕事が無くて暇になったという理由も無いわけではない。
「く、そういえば」
顔に掌をかざして、無駄に格好良く言う鏡だったが精神的なダメージを受ける。
二人きりだからデート的なことができるのではないかとか、一人で浮かれたり妄想を膨らませていたりしたためにその痛みの大きさは計り知れなかった。
「まあ、『黒の旅団』の首魁が、直々に俺達を訓練してくれるというのなら暇なのに越したことは無いのだが」
「そ、その日程についてだが、明日が一日暇なので訓練してくれるそうだぞ」
ダメージから完全に立ち直っていないのか、その言葉は上ずっていた。
「て、もう連絡きていたのか」
「来る途中にメールが届いた。君達にもメールを転送しておこう」
目をつむって深呼吸し、冷静さを取り戻した鏡はARから即座にメールソフトを起動し送られてきたメールを明と水月の二人に転送する。
「XDX―772座標か」
「そのようだね」
「この間の戦闘の場所だな。まあ、『フロアマスター』のアドアンテージや利便性を考えれば一番安全に訓練できるか。現実だと、移動に時間的な束縛を受けるし、その分を活動時間に回せるのはありがたいな」
「一度、『転送』のアビリティも使ってみたかったから丁度いいね」
新しい玩具を与えられた子供、といった様子で水月が浮かれる。
「しかし、お前ら」
「なんだい」
「なにかな、明」
二人はそろってきょとんとした顔をする。
「食べるの早いな」
こうして用意していたケーキ類は全て彼女達のお腹に消えたのだった。