4‐3‐1 Enlighten
「さて、戦利品の分配としようか」
『転送』によって瞬時に移動したマクトに遅れて明も集合する。
「フロアマスターをそちらに、それ以外はこちらで分配して構わない、という話よね」
「こちらとしては、それが最優先事項でね。本音を言ってしまえばアビリティや何かは正直どうでもいい。領土の拡大とその先にあるものを見たいだけだからね」
「意味深ね。現実の世界の覇権なら既に貴方の手が届く範囲でしょうに」
現実においてもマクトは、小国程度なら潰せる程度の財力を持っている。仮想だろうが現実だろうが大きな組織を維持するには、財力というものが必要となってくる。低層の海賊連中を倒す程度では、軍隊という規模の組織はとてもではないが維持不能だった。
「開発チームの一員だったこの僕でさえ知らない部分が仮想にはある。そして、そこには未知の何かが待っているでしょう。僕はそこに向かうための条件が『フロアマスター』ないし別の何かを集めることだと踏んでいる」
「『アビリティ』ではないと踏んでいるのか?」
可能性としては、そちらであることも否定できない。そう思い、明が確認する。
「既に多くのアビリティを回収してきましたが、それで何か特殊なイベントが発生したことはありませんね。とはいえ、全ての『フロアマスター』を回収することははっきり言って現実的ではありませんが」
最低でも一度は到達しなければ『転送』を使用できないことを考えれば、地球複数個分あるとされる仮想空間上をくまなく探し、ガーディアンを葬り続けることは実現不能といってもいいだろう。
効率的に回収する手段として、他人から複数個まとめて奪うことも可能だが、不確定要素が多過ぎるのも事実だった。
「『フロアマスター』を譲渡された人間が、仮想空間上にログインしない状況では達成不可能なフラグであることを考えれば、一定程度の要件を満たせば何かしらの変化が起こり得るということかしら」
「ご明察。さて、時は金なりだ」
「急いてはことを仕損じる、とも言うわよ。譲渡したから、確認して」
「確認した。こちらからは、『転送』を二つ譲渡と、ここのエリアのパスコードを送付した。それと、約束の件に関しては後日連絡するよ」
言うが早いか、マクトはポリゴンとなって霧散し仮想から消えた。おそらくは、戦利品を確認しつつもリターンプロセスを起動していたのだろう。
「慌しいやつだな」
「ただの一兵卒ほど暇ではないのは確かね。といっても、彼にとっては趣味で世界征服するようなものだから、そこまで忙しい訳でもないと思うけど」
「お金持ちでも、スケールが違うんだね」
資産が多過ぎて普通に使う程度では、利子を減らすことすら困難なレベルの金持ちは少なからず実在する。
「いわゆるサラリーマンに比べれば俺たちも金持ちに分類されると思うが、精々企業の社長レベルだからな。平治なんかはどちらかと言えばそちら側の人間になりつつあるが」
「玉の輿が地の底まで落ちて、さらにそこから浮上したからね。彼が天正院の家に婿に行くという形にはなったが彼自身はもう一族の人間になったと考えて問題ないだろう。さて、我々も分配を開始しよう」
「そうだな」
「早く早く」
「落ち着け、落ち着くんだ、水月。別にアビリティは逃げないぞ」
そうは言う明の声もどこか上ずり、動揺を隠せていない。部隊全体の戦力の増加、移動時間の大幅な短縮が実現し、さらには師となる人物まで見つかったのだ。興奮する水月を前にしているために冷静さを装っていても、喜びを隠しきれていなかった。
「皆も嬉しいくせに。私にはお見通しだよ」
「水月に嘘はつけないな。ふう、分配の指示は、君に任せるよ」
「俺が決めていいのか?」
システム的には最後の攻撃を決めたプレイヤーの総取りとなる。しかし、集団であれば戦利品の分配という事後処理がつき物だ。その際には、手を下したプレイヤーが分配を受け持ち優先的に戦利品を受け取るのが一般的だった。
単純にデータがそのプレイヤーに集約しているために効率を考えてのことと、多くの場合命懸けで戦った最大の功労者であるからだ。
「ふん、君がリーダーなのだから当然だろう」
「あ、そういえばそうだったね。鏡」
今思い出した、という様子で水月がうなずく。
「とりあえず、『転送』は全員に分配するとして。他は、希望を聞こう」
プライドとか色々なものを、とりあえず、どこかにおいて明は話す。
「了解したよ。二人とも、受け取ってくれ」
一時的に全てのアビリティを取得した鏡が、明と水月にデータを即座に送りつける。
「じゃあ、私は『支配者』が欲しいかな。名前がかっこいいし」
「水月は既に『共感』を持っているんだったね。なら、私はシリーズをコンプリートしてみたいから『神の手』を希望するよ」
「それなら、俺は『倉庫』が欲しいな。鏡や水月みたいに再利用し易い武器ばかりじゃないからな」
「射撃系の武器は、弾数は事実上無制限だが、割りとあっさりと壊れるからね。保険としては悪くはないだろう。さて、余りはどうする?」
「今回の立役者は、どう考えても鏡だ。余分に受け取っておけ」
「うんうん。ガーディアン倒したし、交渉とかも実質一人でやってくれたしね」
「ならば、お言葉に甘えて。私がいただくとしよう」
「そうしておけ。それが正当な報酬だ」
「じゃあ、私達もそろそろ帰ろうか」
誰とも無くうなずきあい、三人は現実に帰還するのだった。