4‐2‐4 Irregular
そこに広がっているのは、幾度と無く見たことのある光景のはずだった。
翼を構築する羽の一つ一つ、羽を形作る細やかな繊維の一本一本さえもが輝いているかのように鮮やかに映し出されたびやかな世界。大地に跪き翼を広げる天使は、一振りの剣を天に向けて差し出していた。
その姿は、騎士が王や貴族に忠誠を誓う儀式のようにも映る。そして、刃は返され彼の敵へと向けられることとなる。自らの敵を必ず殺すと誓いを立てた騎士は、立ち上がり長大な剣をその敵へと振りかざす。
「我は力、我は剣、我は神の意思を伝えるものなり」
男性とも女性ともつくような、低さと高さ、力強さと穏やかな優しさをせ持った音声が鏡と水月の脳に響く。
「AIが自我を獲得した? それとも、これがシナリオの一部だとでも? ああもう、訳がわからないわよ」
「鏡、落ち着いて。敵が言葉を話したからって、やることは変わらないでしょ」
奇妙な声を発しているのは、目の前にいるAAだと解かるが、その言葉は抽象的でいまいち要領を得ない。
「ふう、……どうやらこいつ『神』シリーズのアビリティを持っているみたいね」
「以前に鏡が倒したガーディアンとは、別のものを持っているの?」
「『』とかいう名前らしいわね、効果は不明だけど。それと『転送』もあるから離脱されないように警戒して」
自身の持つ『』で相手のアビリティをスキャンする鏡だったが、位置情報や名称までは把握できてもその効果までは知りえない。そして、再確認したのはアークエンジェルが所持するアビリティは『神の手』、『』、『』、『』、『』の五つ、ツールコードとしては『フロアマスター』を相手が所有しているということだ。
「神の一部を持つ者よ、汝、力を欲するか」
無防備に両手を広げ、演説するかのように天使は言葉を形にする。その動作は、インプットとアウトプットから表現されるNPCの動作としては、あまりにも人間くさい。否、ただの文字列でしかないはずのプログラムが表現した現象にしては相手の感情に働きかける何かがあるように思えた。
「されば求め訴えよ、汝が自身の力を持って」
塔の頂が赤く輝き、周囲に転々と炎が点火されていく。
「今ここに、聖戦を始めよう」
距離感をつかませない声が、どこからとなく響き渡ると、円形の塔の頂を炎の連なりが環となって三者を囲うように燃え上がる。
「わかりやすく言うとボス戦、ってことなのかしら」
「来るよ、鏡」
口上を聞いていて呆けている訳ではなかった。しかし、一瞬で詰めるには遠い間合いを詰められ武器を展開する暇も無く肉薄されるウィザード。
(く、早過ぎる。ビットは間に合わない、回避を)
正面から突進、その勢いのままに振り下ろされる無慈悲な剣をウィンディーネの槍が横から受け止める。とっさに体を反らし、回避する運動から反転する力を利用して大剣で正面を薙ぎ払うウィザード。
まるでその動きを予期していたかのように、後ろへ飛ぶことで攻撃を交わす機械の天使。
「援護ありがとう、水月。それで、作戦はどうする?」
「あいつは、あの時の敵と同じで私達の思考を読んでくるよ、鏡。注意して」
「……思考を読む、って対策不能じゃない!」
そもそもAAというツール自体がプレイヤーの思考を反映して動きを再現するという都合、思考せずに動かすことは自己矛盾を孕んでいる。そして、『共感』のアビリティはそのシステムを利用して対象の思考の一部を自身の中に映し出すというものだ。決して、超常現象でもなければオカルトのようなものでもない。
「事前に相手のする事がわかっているからって、何でもできる訳じゃないでしょ。それに、そういう対策もしてこなかった訳じゃないんでしょ」
直接的に敗北した訳ではないが、以前に苦戦した相手に対する対策を全く練っていない鏡ではない。それは負けず嫌いの明も同様で、彼であれば相手が反応できない程の速度を身につけていた。
相手が事前に攻撃を察知していようが、いなかろうが反応できないのであれば、読まれていることなど関係ないからだ。
そして、彼女達の場合は……。
「ぶっつけ本番になるわよ」
離れた間合いで距離を維持しつつ自身の周囲を周回するように全てのソードビットを展開する鏡のウィザード。その隣では、詠唱するかのように儀式槍を掲げながら大気中の水気を自身の周りへと集めていくウィンディーネ。
「私が『共感』のアビリティで合せるから、鏡は好きに攻撃して」
「そういうことなら、任せるわよ水月」
対面の天使は、空中から『倉庫』によって引き出された二振り目の剣を引き抜く。無尽蔵と言わないまでも大量の武装を所持しているのであれば、武器破壊による勝利の可能性は低いことがうかがえる。
「でも、これって私に対する対策にもなるような……」
もともと相手の動きを読んで戦闘するタイプだった水月には、『共感』のアビリティは良く馴染んだらしく前回の大会ではグレゴリーの操るヘッジホッグを鮮やかに一蹴した。彼の動きは優れていたが、正確で規則正しい攻撃は読み易く結果として無傷での勝利となる。
「事前に手の内を明かしてあげるんだから文句言わないの。それに、お互いこんなところでつまずいている訳にはいかないでしょう」
「そうだね。死ぬわけにはいかないし、苦戦なんてもってのほかだね」
「いくわよ、水月」
「言われなくても感じているよ、鏡」
単純に比較はできないが、三対一だったあの時よりも不利な状況にもかかわらず、二人の意思は固くゆるぎないものとなっていた。
絶対に負けない、と。