4‐2‐1 Irregular
「鏡君、新城君を少し借りるよ」
「すぐに片付けたいなら、戦力を減少させるのはいい選択とはいえないわね」
もともとマクトにとっては、無限エンカウントは時間が掛かることが問題であり、戦力的に不足している訳ではない。しかし、敵の複体を彼が引き付けるのであれば本体に割く戦力を削ることは得策といえなかった。
「君達なら、それでも問題ないでしょう。構わないということでよろしいので?」
「時間が掛かっても、報酬に変更は無しよ」
ビジネスライクと割り切ったように冷静に言い放つ鏡。
「早く終わっても、報酬を増やすつもりはありませんでしたので」
冷めた口調もどこ吹く風と落ち着いた様子で返すマクト。
「明、今は彼に従って。取引で嘘を付くような人間ではないし、信用はできるから」
「ううんと。たまには、こういう布陣もいいのかな」
少し考えるように水月がつぶやき、鏡につき従い二人はフィールド中央にある巨大な塔を目指していった。二人の方に数体のアークエンジェルが向かうが、特に苦にした様子も無く撃破していく。
「俺に何かいいたいことでもあるのか?」
わざわざ指名してきた相手に当然の疑問をぶつける明。
「プロフェッサーこと新城大地の息子がどんなものなのか、少し興味がありましてね」
青い空にぼんやりとした輪郭が浮かび、敵の姿を形作っていく。
天空の居城より舞い降りるのは、神の軍勢。
神に背き、楽園を追放された悪魔はかつての主に逆らい刃を向けることになる。その後、幾度と無く繰り返された天使と悪魔の闘争は、来るべき審判の日まで繰り返されることなった。
見上げる頭上、紛い物の身体に宿るのは黒い殺意。冷静な思考とは裏腹に、相手を打ち砕きたいと言う衝動が沸々と湧き上がってくる。強くなりたいという思い、その強さを誇示したいと思う欲望、相手を倒したいという勝利への渇望が自己を歪めていく。
「深層の連中と並ぶような力は、俺にはないぞ」
「ならば、私が君に必要な力を与えればいいだけですよ。きっと君はその力を使いこなすことができる」
司祭はいう、あたかも迷える子羊に導きを与えるように。
「断定するんだな」
「君は、数を頼りに奥に進んできた連中とは違う。君自身の力のみで、開発チームであった我々に匹敵することをしている」
演技のような口調は、その言葉が社交辞令であるのかそれとも本気であるのかつかませない。それをわずかでも心地よいと感じてしまうのは、教祖の持つカリスマともいうべきもののせいなのか、それとも明の自惚れでしかないのかはわからない。
「電研にいる人間ならば、これくらいできて当然だ」
電研の創設者である新城大地を除き、明や鏡、平治のことを指導していた教官や上司は立場と実力がそのままヒエラルキーとして存在している。自分以上の実力を持つ人間は、組織の中にいくらだっているだろう。
「君は色々と勘違いしているな。単純な実力のみでいえば、既に深層でも通用するほどの力を君は持っている。そして、あの組織の中で君より強い人間はそこまで多くない。これは内偵として探らせた者からの報告だよ」
「ずいぶんと適当な報告だな」
「この世界における強さは、一つじゃないってことですよ。謀略、詐術、贈賄、連携、戦術に戦略。そして、現実での攻撃的行為。少なくない資産が絡んでくる以上、文字通り何でもありなのさ。さて、少し暴れようか」
現実までも含めた情報戦、傭兵や敵対勢力の買収、個人や組織との連携、フィールドを利用した戦略や『信仰』や『アビリティ』といった戦術レベルの強さ。
その中では個人の強さなど要素の一つに過ぎないが、弱い者が強い者に喰われという大原則は動かない。
それでも過去のSF作品の中で描かれていたような、いわゆるリアルアタックがほとんどされないのはその方法で相手を倒すことの恩恵が敵対勢力の排除以上の意味を持たないからだ。
現実の人間を殺してしまえば、刑罰の対象になるのはもちろんのことデータ統合による報酬も無い。
「PKしないで済むのは、少し気楽だな」
「電研に所属して、数え切れないほどの未来を奪ってきた君がそれを言うのかい」
「だからといって、進んで人を殺したいわけじゃない。お前だってそうじゃないのか?」
明は数秒後に迫る敵襲に備えてサブアームにリニアライフルとプラズマライフルを構えつつメインアームで二本のミスリルソードを抜く。仮想で行われるPK行為による結果的な殺人はグレーゾーンだが、現実ではそんなことはありえない。
そして、単に敵対勢力を減らしたいなら別の勢力をぶつけるなり、内部分裂に追い込むなり方法はいくらでもある。それを押してまで殺される可能性があるのは、『黒の旅団』の首領であるマクトや『教皇』だが、事情を知るものが彼らを殺すことはなかった。
複数のサーバーの管理権を持つと推測される彼らを殺した場合、それが仮想であるならば所有権が移転されることで処理されるが、そうでない場合は最悪そのサーバー内部に存在する数万人以上とされる人間が同時に消去されてしまう可能性があるからだ。生ける爆弾と化した彼らをリアルアタックすることはそれだけのリスクを内包していた。
「どんなにきれいごとを並べ立てても、殺し殺されるのは世の常だ。そのことを意識しているかいないかの違いしかないよ」
例えば、国同士が貿易などによって食料を輸入する際の取引。
それそのものは、通貨などの共有する交換価値によって相互間に利益を与えることになる一般的な行為だ。
だがそれは、食料が目の前にあるにも拘らず餓死する多数の貧困者を作り出し、目に見えない殺人を生み出している側面もある。ただ安く買えればいいと言う消費者は、そんな現実があることを欠片ほどさえも意識しない。
「『黒の旅団』首領、その強さ。学ばせてもらおうか」
群れとなって襲い掛かる天使たちを司祭は、巨大な斧で薙ぎ払う。神に仕える司祭の名を持つ機体が神の御使いを破壊するという矛盾を孕んだ光景は、明の中に宿りつつある闇を増幅させるのであった。
何か今回ブラックです。今回については作者の精神状態が多少関係していますが、基本的には中立の立場の主人公が黒く染まっていく感じなので以降も少しずつ変わっていきます。三章で分岐して正義の味方かどちらにするか迷ったのですが、悪役の方がかっこよくねと現在の形に。