4‐1‐5 Faith
――【JIHAD】――
かつて、自身が黒木師と戦った際に現れたエフェクトが明の前にあった。
「既に戦闘中だと? こんな僻地で」
「誰かはわからないけど、かなり強いみたいだね。援軍、いるかなあ?」
「彼の実力的には不要だろうね」
「彼? 鏡の知り合いなのか?」
NPCと戦闘中の何者かは、こちらのことなど意に介さないのか、視線を一度くれただけで襲い掛かるアークエンジェルの群れを軽々と捌き続ける。
「私の古巣、つまり、『黒の旅団』のリーダーだ。仮想で使用されている『GENESIS』の開発チームの一員で、その実力は『教皇』に匹敵するとも言われていた。ただ、彼に仮想の管理権限はなく、AIとアハリ・カフリのみが持っていると言う話だ」
「対立組織のリーダー格だからな、納得できる話だ。それにシステムについて熟知しているなら、普通の上級者とはランクが違う強さなのも当然なのかもしれないな」
こちらに降りかかる火の粉があるのならば振り払おうとも思うが、今のところNPCが襲い掛かってくる気配は無い。彼こと『黒の旅団』総帥のマクト・ロートシルトからのアクションも今のところはない。
「鏡。ちなみにその管理権限っていうのは、どこまでのことができるの?」
「どこまででも、と言うのが正解なのかな。この仮想という世界においては、『神』そのものだといってもいいだろうね。生殺与奪の権利に財産の没収、仮想の行動を支配している物理法則から、戒律となるシステムの操作さえ可能なのだから」
「限定的なものなら、俺の持っている『フロアマスター』による権利もそれに近いのかもしれないな。特定フィールド上のエネミーに関するポップアップの制御、フィールド内部の構成の変更となんでもござれだ」
明達が見ているだけで、二十体ほどのエンジェルシリーズを葬ったところでオープン回線越しに声が聞こえる。
「『電研』の者達だな、私に敵対の意思は無い。任務として私を討伐に来ているのならば相手になるが、違うのであれば助力願いたい」
「ずいぶんと他人行儀ね。知らない仲でもないでしょうに」
「君以外は初対面なのでね。それに世間的に私は、テロリストの親玉と言う認識だからね。多少は、警戒されていても仕方がない」
「そうね。あなたはそういう人だったわね」
「っと、余所見は良くないな君達」
フェアリーとウィンディーネに背後に向かって大型チャクラムを轟という音と共に投げ放つビショップ。
意識の間隙ともいうべきタイミングでの攻撃に全く反応できない二人だったが、彼が狙っていたのは、その背後からポップアップしかけていたAAだった。
出現時の硬直タイミングを狙い澄ました一撃に成す術もなく、二体のアークエンジェルが空中で粉々に砕け散る。そして、風評によって思い描いていたイメージと実物があまりにもかけ離れていたために、明と水月は呆然としている。
「何ぼうっとしているの二人とも。マクトがその気なら、あなた達死んでいたわよ」
呆れるような声で神代が言う。
「さて、神代君。さっきの話に戻るが私と取引しないか?」
「それは、内容次第ね」
「君の協力が欲しい。正直、こいつらの相手をするのは骨が折れる」
「私達は『転送』のアビリティが欲しい。それと元開発チームであるあなたの協力も」
「アビリティについてはなんら問題ないが、それ以外の部分のデータについては、私が全てのデータを引き取りたい。その条件が飲めるのであれば、協力して欲しいという件についても可能な範囲で協力しよう」
「明。ここまでは、これで構わないわね?」
「あ、ああ。だが、上官としてあとで詳しい話を聞かせてもらう」
たとえ形式的な上官であっても立場上は彼女の上官であると自分に言い聞かせ、あえて不遜に振舞う明。現時点での彼の役職は、称号程度の意味しか持っていない。しかし、それが彼の意識を変えつつあるのは確かだった。
「それで、私達に『信仰』について指導して欲しいの。存在こそ知っていても、具体的な発動条件や効果については調べていなかったから」
あくまでも、調べればわかるという体を装いつつ、鏡が条件を提示する。
「部隊を動かして、特定のギルドを潰してくれとでも言ってくると思っていたが。その程度のことならお安い御用だ。ただし、時間と場所はこちらが指定する。それでいいかい?」
回転運動を続けながら手元に返ってくる武器をつかみつつマクトは返答する。彼にとっては、システムに関する情報は、秘匿すべきものという認識ではなかった。そして、深層の情報を知る彼がギルドの存在を認めたことは、実際に複数のギルドが存在していることを意味する。
「取引成立ね。すぐにこの戦闘を終わらせましょう」
「前払いとして、一つ忠告しておこう。力への信仰は、仮想への進行へと繋がり、神功へと至る道となる。だが、大きな力は歪みを生み破壊をもたらす」
「随分と詩的ね。本体は私達が引き受けるから、残りは任せるわ」
「一応、教祖様だからな。あらゆる欲望を全て肯定する我ら黒の旅団だが、自身の破滅までは肯定していない。だから、力に喰われるな。私がもしも道半ばで倒れることがあれば君達が、いや、これは戯言か」
「なんにせよ、進行開始と行きましょう。明、水月、私に続いて」
「お前が指示するな、っての」
「明、落ち込まないで」
フォローになっていないフォローをする水月を見やり、マクトは笑う。
「これでしばらくは、退屈しないで済みそうだ」