4‐1‐4 Faith
それから数日後。
XDX―772座標にて。
【JIHAD】
「ようやく辿り着いたか」
全身を黒い装飾品で包んだ一つ目のAAが杖を構える。ビショップと呼ばれる、身体中に様々なギミックを仕込んでいる人型のAAだ。そのプレイヤーである、マクト・ロートシルトは対面する白い機体に向けて声を掛ける。
「どうせあなたも聞いているのだろう? それとも本当に消滅してしまったのかい?」
頭部のモノアイが不気味に赤く光る。
するとローブのような装飾品が開放され、戦闘を開始するべく可変していく。機械仕掛けの戦闘兵器がふわりと宙へと浮き、様子を伺うエンジェルシリーズの背後には同タイプのAAがポップアップしてくる。
「アハリ・カフリ!」
ビショップの装飾品に見えていた数十の剣の鞘が開き、円陣状に刃が展開される。右手に杖を構え、左に先程までは自身のローブであった巨大なチャクラムのような武器を持ち、無数のアークエンジェルによって構成される敵対勢力に向かって投げつける。
一撃の下に三体AAが両断され屠られるが、そんなことを意にも介さず残された敵が彼に向かって殺到する。それを見越していた彼は、チャクラムから伸びるアンカーを引き寄せ、敵の背後から刃が敵を突き刺したところで声を上げる。
「来い」
彼の声に従い、敵の背後から刃がその身体を突き刺したところでマクトはさらに繋げる。虚空に手を伸ばし、あたかも王が臣下に命ずるように言い放つ。
「展開しろ」
剣に内蔵されたワイヤーアンカーが四方に拡散し、彼を包囲しかけた敵に絡みつく。そして、直後にチャクラムは分解し、アンカーの下へと剣の本体が迫る。
「数だけが頼りの防衛プログラムなど、敵ではない。失せろ」
何本もの剣によって串刺しにされた機体が物言わぬ鉄くずとなり、地面へと次々に落下していく。実力差は明白であったが、本体を見つけない限り戦闘が終わることは無い。
「お前がそうなのか?」
武装を展開しつくした無防備な背後に迫る機体に向けて言葉を紡ぐ。仮想の深層へと連なるサーバーの守護者たるガーディアンであるが、開発チームの一人であった彼には、脅威とはなり得ない。
敵に背中を向けたまま、杖を肩に担ぐように後ろへと向ける。
「『再生』、我が意に答えろ」
飛散した破片が杖に向かい収束する。
ばらばらの部品それ自体が意思を持っているかのように新たな武器を構成していく。
「獣よ、暴虐に猛り狂え」
獣の顎を模したその武器は、アークエンジェルを攻撃もろとも噛み砕く。剣は折れ、腕は噛み千切られ、咀嚼するように何度も牙を付き立てられる。相手が人の形を模している分、その姿は惨殺の如き凄惨さを併せ持つ。
しかし、そんなことには全く興味が無いようにマクトは、独り言葉を吐き捨てる。
「やれやれ、こいつも偽者か。戻れ」
宙を漂っていた彼の武器が、巻き戻るかのようにローブ状に再構築されていく。次いで、獣のような武器が分解され、自身の持つ杖を柄の部分として巨大な斧が再構築される。
――【JIHAD】――
再度、ビジュアルエフェクトが視界をよぎる。サーバー戦の際に表示されるエフェクトは、相手が何人加わろうとこのエフェクトが常に表示される。
「こんなときに乱入者ですか。おもしろい」
必要ならば、どんな相手だろうと容赦なしに殺す。
そう感じさせる程のどす黒い殺気を纏い、巨大な斧を構えるビショップのAA。マクトは、一時的に増援が途切れた敵に対する警戒をしつつも、新たに登場する勢力に対しても注意を払うのだった。
***
同日、時刻は少し遡る。
「そろそろ目的地か?」
「間違っていたら、それはバグだな。私のアビリティの情報を疑うなら、君が直接サポートセンターにでも問い合わせてくれ」
「NPCの出現が多過ぎるから、うんざりしてきただけだ。外交用のゲートが無いこんな僻地になんでこんなに沸いてくるのやら」
サポートセンターと言われて黒木愛の姿が思い浮かぶが、彼女が明確な答えを持っているとは思えなかった。正解を知っているのならばシステムと言う枷に捕われ、知らないのであれば彼女の性格的に、きっと面白い解答をしてくれることだろう。
「それでも、明のフリーパスのおかげで大分楽ができているんだけどね」
電研所属の三体のAAが荒野を駆け抜ける。
目的とする座標はXDX―772。明の部屋の集会から数日、三人は情報屋を訪ね、足で探し、アビリティで情報を漁り。ついにそれらしきガーディアンを発見し、その座標にいる敵を倒せば『』のアビリティを入手できると踏んでいた。
「そうだな。偶然とはいえ、あの大会に参加したことにも意味があったんだな」
「案外、君は大佐の掌の上で踊っているかも知れんぞ」
「怖いこというな、鏡」
「身内に遊ばれると言う意味では、鏡も遊ばれているよね」
「あ、姉のことは、忘れてくれ。お願いだから」
「妹思いのいい姉さんじゃないか」
「シスコンの君が言っても説得力がないな」
「家族を大事にすることをそうやって蔑視するのはよくない風潮だろ。確かに、少し甘やかしてしまったとも思うが」
「少し、ね」
引きつったような声で水月が言う。
「正直、君と有栖君のやりとりを初めてみたときは、君に恋人がいるのかと思ったぞ」
「いやいや、互いの誕生日にプレゼントを贈り、手紙を書くくらいおかしくないだろ」
「既におかしい気もするが、まあ、置いておくとしよう」
「恋人同士がするような、歯が浮く言葉がられた手紙だったよね。プレゼントを選ぶのにも付き合わされたけど、まさか妹さんだとは思わなかったね、鏡」
様々な勘違いの原因となったものについて、同意を求めるように水月が言う。
「互いに別日程で呼び出され、プレゼントに関する相談をされて疑心暗鬼になったのもいい思い出だな」
女子にあげるプレゼントについてウィンドウショッピングなどを交えて、相談され。もしかしたら自分にくれるのでは等と浮ついていたが、同じことを二人に相談していた事が後に判明し一体これはどういうことかと糾弾することになった。
「最終的には、お前らにも有栖と同じものをプレゼントしただろ。当時から稼ぎがそれなりにあったとはいえ、自分の分も含めてPIT四台は、それなりに手痛い出費だったんだぞ」
「妹さんとおそろい、か」
「今でも、愛用させてもらっています」
結果として三人の仲は縮まったので、結果オーライとでもいったところだろうか。そうして目的地へと繋がるゲートをくぐるのだった。