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ROG(real online game)  作者: 近衛
四章
77/151

4‐1‐2  Faith

 同日、午後。

 新城明が居住するマンションにて。


 「暇なので遊びにきてみたよ、明」


 生体認証による個体識別をマスターキーデータによってあっさりとパスして天宮水月が訪問してきた。現在、彼女と鏡、明と平治の四人はまとめて休暇を取らされているために、彼女だけでなく明もまた暇であるのは確かだった。


 「ったく、セキュリティの厳重さが売りであるマンションに、なぜお前らは、そんなに簡単に侵入できる」


 いきなり開いた扉の音に何事かとリビングから顔を出しつつ、自分のよく知った顔をみて落ち着きを取り戻す明。ちなみに、いかにマスターキーデータであっても、部屋の入退出の際には個体識別の工程を経るので悪用はできない。


 「それは、ええと鏡に事情を聞いて、以下略ね」


 「あの管理人、絶対楽しんでいるだろ」


 頭を抱えてうなりつつも、来客をもてなすべく準備を始める明。面白ければそれでいいという感じで生きているあの人の相手など、真面目にする方が馬鹿らしかった。

 以前、鏡が浸入した際と同様に自称明の恋人ないし妻だということで鍵のデータを提供したのだろう。

 実際に何度か連れ立って尋ねてきているので、納得してしまうのも無理は無いが、それ以上に天野雀という管理人自体がこの状況を楽しんでいる節がある。

 

「というか、あの人は一夫多妻制容認派なのか、それとも単に泥沼風に見える状況を楽しんでいるのか……。ああ、もうどうでもいいや」


 ふと愛人だと名乗ったのか、本妻だと名乗ったのかが気になった明だったがいちいち確認するようなことでもないと思考を切り替える。


 「お邪魔します」


 薄手のブラウスにチェック柄のロングスカート、手には麦藁帽子と手土産らしきものが見て取れる。今日のように直射日光がきつい日は、露出が高い服よりはむしろこういった服装の方が案外涼しかったりする。

 もっとも、彼女の場合、単に室内に入ると冷房がきつい、とか好きな格好をしているだけなのかもしれないが。


 「水月さん、水月さん。今度からは他人の家で遊ぶ時は、まず本人に許可を取ってから遊びに来ましょうね」


 「他人じゃなくて友達だから問題ないよ」


 「はあ。さようなら、俺のプライバシー」


 「こんにちは、愛の巣だね」


 「お前、それ意味わかって言っているのか?」


 「さあ、どうでしょう?」


 今の明には、彼女のコケティッシュな笑みでさえ少し毒が混じっているように映る。


 「逆に警戒するわ。管理人が証人になるし」


 「ふふふ。洗面所借りるね」


 「うう、俺にはお前が悪魔にみえるぜ」


 相手が許可する前提の質問など鏡で慣れているので、特には気にせずにキッチンでお湯を沸かし始める明。


 「そうそう、鏡もそのうち来るかもしれないから」


 「そうか、奴にも一番重要なはずである本人への確認をスルーしないで話を進めないように言っておけ」


 「鏡は、立地的にもプライバシー的にも何も問題ないと太鼓判押していたよ」


 「まあ、確かに俺の住んでいる場所は三人の住所の中間点ではあるが、俺のプライバシーは完全に無視ですか」


 「ええと紅茶は、ダージリンでお願いするね」


 手を白いハンカチで拭きながら水月が注文をつける。


 「華麗にスルーされた!」


 ツッコミを入れつつも茶葉を用意する辺りは律儀である。


 「まあまあ、怒らないでケーキあげるから」


 通路に置いた『風見鶏』の紙袋を持ち上げつつ水月が言う。


 「ったく、俺は子供か」


 呆れつつも、こんな現状も悪くないと思う自分がいた。

 物事を重く受け止めてしまいがちな彼にとって、こういったぬるま湯のような感覚はどこか心地よい。

 案外、新城大地はガス抜きの意味を含めた上で彼女達と同じ部隊にしたのかもしれない。


 「あはは。それで納得しちゃうから、こういう扱いなんだと思うよ」


 「ケーキに罪はないし、俺が暇なのも事実だからな。ちょうど、お茶請けが欲しいと思っていたところでもあった」


 照れ隠しとも負け惜しみとも取れる返答をしつつ、皿をテーブルに並べる。悲しいかな、その手つきは非常に手馴れたものであった。


 「適当にくつろいでいてくれ。最低限、客はもてなしてやる」

 

 「エッチな本とかないの?」


 「ノーコメントで」


 「今時書籍とは、さぞマニアックなものを購入しているのですね」


 「突っ込むところは、そこですか。ミルクとレモンがあるがどうする?」


 「ストレートでお願いするね、明」


 「実に俺好みの解答だ。コーヒーに砂糖や牛乳を入れまくってコーヒー牛乳状態にして飲む奴の気が知れないからな」


 そういう奴に限って銘柄なんかをこだわったりするから、世の中はわからない。有名でないものであってもおいしいものなどいくらでもあるし、混ぜ物をして本来の味が損なわれるようでは高くつくだけである。


 「初めの一杯くらいは茶葉本来の香りを楽しみたいよね」


 「お湯が沸いたようだな。茶葉を蒸らしたりするから少し時間が掛かるぞ」


 「その分は、おいしさと愛情で補ってね」


 「さてね。だが、俺好みな味であることは確かだ」


 一時とはいえ好きだった相手に愛情などと言われて、どきりとするが自然な微笑をみてそれが本意ではないのだろうと再確認して明が返答する。


 「スコーンとは合うかな?」


 ケーキ以外にも色々と買い込んだのか、袋の中身を漁りながら水月が質問する。


 「なかなか悪くないチョイスだと思うぞ。しかし、俺が許可を出す前提で、しかも複数人で長時間いるような量を買い込んできたな」


 天然と言うより、やはりこいつは策士なのでなかろうかと、疑いのまなざしを向ける明。


 「みんなで遊ぶって言ったらマスターが色々おまけを付けてくれたの。それで最初に買った分と合わせるとすごい量になりました」


 なんだかんだで常連には優しいマスターだった。そして、ふと沸いて出た天宮水月策士説は、明の中で即座に蒸発した。


 「ふう、適当に並べておいてくれ。俺は、紅茶を準備する」

 

 茶器や食器を加熱するために入れておいたお湯を捨てて、時間を計っていたARの機能を停止する。


 「了解しました、中尉殿」


 「そう思うなら、部下が上司に茶を入れさせるなよ」


 苦笑しつつも、悪くないと思う明だった。

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