4‐1‐1 Faith
眼前には天よりの使いが敵を排除すべく剣を構える。
赤々と炎熱する刃、その周辺の空気が熱を帯びてわずかに歪む。
「ここでは、死者との邂逅すら叶うとは。今でも私は貴方を尊敬するしている」
流れる雲を見送りながら、薄く笑うように独り言をつぶやく明。
果てしない空が広がる『天空』のフィールドでは、フェアリーとケルビムが対峙する。片や新城明が操る、機械の妖精。
そして、それと戦っているのはアシストプログラムによって自律思考する黒木智樹の動きを模したケルビムのAA。
学生時代はついぞ一度も勝てなかった黒木智樹。
その全盛期の力を前に、明は昂ぶりを抑え切れなかった。
一度も勝てないままで宗光学院を卒業して、自身の中で一種神格化されつつあった黒木智樹の偶像は、彼の狂気と共に崩れ去っていった。
そして、彼の残したデータを漁り、明はいくつかの情報を手に入れていた。一つは、今現在彼が戦闘している黒木智樹の戦闘データ。
フロアマスターに関する情報、そして、自身が倒されることを予期していたのか明に向けられたメッセージがフォルダ内部に作られていた。
「(私の戦闘データをここに残す。君が先に進む上で必要な力を与えてくれるだろう)」
夕闇の空で鋼鉄の刃がぶつかり合い大きく火花を散らす。
そして、明の脳裏に浮かべられたのは、伝えられた師の言葉。黒木智樹の動きを忠実に再現したデータが、一撃を打ち込む毎にその言葉がフラッシュバックしていく。
「(これを君が見ているとき、自分自身と強者との間に何らかの隔たりや違和感を覚えていると思う。そして、その感覚はおそらく正しい)」
機械の身体を軋ませて、鍔迫り合いを続ける二人。
「(ここで起きる全ての現象は、それが一見して非科学的なものであっても魔法やオカルトで動いているわけではない)」
燃え盛るかのようにケルビムの姿が揺らめき、脱力すると共にその姿を幾つもの幻影に紛れ込ませる。
「(全てはゲームの一部であり、それは明確なロジックによってのみ構成される。それは、決して超常現象などではなく、一定の法則にプログラムが従っているに過ぎない)」
(つまり、これは炎の剣を上手く使っているに過ぎないということか。いや、違うな。黒木師が言いたいのは、もっと根源的なものだ。つまり、物理法則や科学的なロジックではない、別の法則が仮想には存在していてそれに従っているということか)
左右から同時に迫る実体と虚像を二本の剣で受け止め、一体を掻き消す。
徐々に盛り上がっていく戦闘と自身の考えに薄く笑い明は思考する。
(そもそも、厳密に現実を再現しているのならこんな空気抵抗を無視した形状の物体が高速で動き回れる訳は無いか)
「(そして、そのはアビリティによって無視することもできるが、従うことによって得られる恩恵も存在する)」
『破戒』のアビリティのなどを使用すれば、AIの束縛を一定程度無視できるということは明もヘイフォンから聞いて知っていた。だが、逆に恩恵を受けると言う話は初耳だった。
「(我々、といっても私は元団員なのだが、白の教団はこれを信仰と呼んでいる。アティド、こと『教皇』はこれをAIの加護などとも言っていたね)」
受け止めた剣ごと投げ飛ばすかのように、自身の武器を肩に担ぐように肉薄、そのまま大きく薙ぎ払うケルビム。
吹き飛ばされるように雲の中へと突っ込むフェアリーの機体。真横から打ち据えられた方向を正面に合わせ、剣を向けたまま敵を引きつける。
周囲を埋め尽くす濃密な雲の水量に視界を奪われ、センサーの反応を頼りにサブアームに構えたリニアライフルとプラズマライフルを乱れ撃つ。しかし、放たれた弾丸が打ち抜いたのは、炎で作られた壁だった。
その赤々と燃え立つ炎を視界に捉えた瞬間、周囲の雲が急速に凪いでいく。
円形に切り取られた雲の中心には、炎を纏い剣舞するケルビムの姿が見える。
修羅の如き殺気を立ち昇らせように赤く燃える機体は、畏怖なる力を秘めているようにさえ映る。
(これが信仰の力なのか? 訓練中には、見たことがない)
信仰などと言い換えていても、結局これはゲームの補正効果なのだろう。
そして、そこから明が導き出した答えは、一定の工程を経た動作にはシステムによる上方ないし下方修正が加えられるのではないかという結論だった。
データの自動統合により、強いものに富と力が集約していくという資本主義の体系を再現したかのような悪趣味なゲームを作る連中が、早さと正確さ、それのみを競うだけのゲームデザインにするはずが無いと明は推測する。
複雑な工程を経ることや動作に時間を掛けると言う行為が、逆にアドバンテージとして働く、おそらくヘッジホッグの荷電粒子砲のチャージなどだけでなく近接武器を利用した予備動作などにも意味があるのだろう。
(強制じゃなく自由意志で殺し合いをさせる辺りが最悪だな。さて、武装展開)
銃火器類は効果が薄いと判断し、二本のサブアームで背面部にある炎の剣を抜剣。
そして、武装展開の指示に機体が可変していく。
すねに当たる部分のパーツが二つに分かれ、向き出しのになった脚部からは刃が露出する。武器を構えケルビムと対峙する機体は、彼自身の昂ぶりを示しているかのようにブースターが激しく燃焼する。
「……今一度、貴方を超えさせてもらう、我が師よ」
戦闘用思考ルーチンでしかないAIに感情など無いが、手招くような動作をするケルビムの機体。それが、もうここにいない黒木智樹の思考を反映した行動なのかはわからない。しかし、明には相手が楽しんでいるように映った。
「はっ、面白い」
ただのAIではありえない挑発的な態度に明は不敵に笑う。
わずかな憎しみと共に、自身の内側からわき上がってくる破壊衝動。
それは、内にいる獣が彼を狂気へと駆り立てていくかのようで。
そして、そんな変化を冷静に受け止めいかに効率よく相手を破壊するか思考する自分もいた。
「切り刻んでやるよ、ばらばらになあっ!」
赤と青の弾丸が空中でぶつかり合い、大気を震わせるのだった。
今回の章辺りから(キャラによっては既に変化しているのもいますが)徐々に内面が変わっていく予定です。キャラ変わっとるがな、というツッコミはストーリーの中で変化するのが仕様ですので無しの方向で。