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翌日、外には死者を慰めるかのように雨が降っていた。
宗光学院内に併設されている教会にて、今回の件で死亡した六名に対する略式の葬儀が執り行われた。
教会という施設そのものに過度な装飾はなく、中央にある祭壇の他は長椅子が並ぶだけの簡易なものだった。
眠るように逝った遺体は遺族に返され、ここにはいない死者に黙祷を捧げるのみの簡易な儀式だったが、そこに参列する者は皆一様に冥福を祈る。
不幸中の幸いか、PTSDとなった生徒はいなかった。
もっとも、今は戦闘が終わった安心感に包まれ、恐怖することを忘れてしまっているのかもしれない。現在ここにいるのは、仲間の死を悼む者や自身の罪を悔いる者で、それぞれが異なる感情を胸に抱えながらもここに集まったのは、これを一つの区切りとしたいからだろう。
厳かな式はすぐに終わり、ある者は顔を上げ決意を胸に立ち去っていく、ある者は顔を俯け死者に対して思いを馳せて教会を後にする。
「あっさりしたものだったな」
祭壇の前にある長椅子の一つに腰掛けて明が口を開く。
「実技演習で死者が出るのは今回が初めてのことではないだろう。そもそも、同意の上でこの学校に入学しているし、給金も支給されている。カリキュラムの一部である演習の内容に不満を漏らす者などいないだろう」
「不満があることと死を受け入れることは、別問題だと思うなあ。鏡」
祭壇の脇にあるステップに並び立つ鏡と水月の二人が明の独白に返答する。
「俺の班が死者二名、天宮さんの班が三名、明の班が一名の計六名。俺以外の三人は、引き返して片端から敵を撃破していたみたいだが、結局のところ誰が正しい選択だったのかなんてわからない結果だったな」
明の横に腰掛けながら三島平治が会話に割り込む。
「正しい選択なんてないだろ。結果として正しくなったりするだけさ」
目をつむり十字架型のPITを握りながら明が言い。
「それもそうか」
平治がどこか達観するように答えた。
「未来が予測できてでもいない限り、本当に正しい選択をすることなんて誰にもできやしないことさ。今は、無事に生きて帰れたことを喜ぶべきだろう」
「明も平治君も、鏡も皆、生きていてよかった。よかったよ、本当に」
生徒達がいなくなって緊張の糸が切れたのか、笑顔のまま水月が涙を流す。よしよしと慰めるように隣にいる鏡が水月を抱き寄せ、頭をなでる。
「我々はよくやったさ。下手をすれば全滅してもおかしくなかったんだからね」
「……鏡が男の子ならよかったのに」
「残念ながら、私は女で水月の友達だ、それに」
「それに、何?」
慈しむような顔で、水月を見つめて鏡は告げる。
「いや、なんでもない」
瞳に映る互いの顔を二人は見つめ合う。
「素直じゃないなあ、鏡は。でも、大好きだよ」
「私も大好きだよ、水月。もし私が男ならきっと放って置かないだろうね」
女同士の美しい友情を明は、微笑ましいなと見守り。そんな明を平治は大きな溜め息一つ、苦々しい表情で見つめる。横目の女性陣と目があった平治は、苦笑しつつも肘で明をこづいてみせる。
「っと、水月。一曲お願いできるか」
「ふふ、わかったよ」
「そうだな。今はまだ、このままでいいのかもしれないな」
そんな彼の声に安堵したような笑みを浮かべる二人。立ち上がり告げられた明の答えに鏡はそっと手を離し、水月が祭壇の裏にあるパイプオルガンの方へと歩いていく。
「行こう、鏡」
「君達は、私達の分まで祈りを捧げてくれ」
壇上に一人登る鏡を並び立つ明と平治が見送る。
「鎮魂歌か、味な真似をする」
「ここで行われる葬儀は、形式的なものであっさりし過ぎているからな。歌えない俺と平治は死んでしまった奴らの分まで祈りを捧げよう」
水月の細く白い指が、鍵盤を叩くと紡がれた音が空気中に静かな熱を帯びて広がっていく。適度な湿度も手伝い、音響が計算された構造の教会に重厚な音が反響し、立体的な音響を作り出す。
そして、人がいないことで空気の振動がダイレクトに身体に伝わる。
全身が音楽に浸っているような感覚に包まれながら、鏡が祈りを込めて歌を捧げる。異国の歌などろくに聞かない明の耳にさえ音は浸透し、高められた感情は滴となって、心に波紋を広げていく。
ステンドガラスから注ぐ淡い光が壇上に立つ鏡をぼんやりと照らしだす。にじんだ明の目には彼女が死者を導く女神や妖艶な魔女のようにさえ映る。
このとき、初めて明は神代鏡という女性が、あるいは彼女を通して見える女神か魔女のようなものを美しいと思った。
彼女の背景となったステンドガラスに描かれた十字架は、一体誰のためのもので、何の罪を背負うのかは解からなかった。しかし、自身の選んだ道は既に血塗られている。引き返すことなど出来はしないのだ。
四葉の裏切りは、データを解析してすぐに判明したが明はそれを上層部に報告せずに複数の海賊連中と交戦中に白の教団が介入したこととして処理した。裏で手を引いていた黒の旅団を肯定するつもりはなかったが、死んでしまった自身の生徒に裏切り者のを押す必要は無いと考えたからだ。
理念や目的のために動く白の教団、破壊や殺戮を肯定する黒の旅団のどちらが正しいかなんてわからなかった。四葉は自身のデータを明に託し、自分の正義を信じろと言った、だからこれはそんな彼に対する明の礼儀だった。
彼がいなければ、そもそもこんなことにはならなかったかもしれないが、あの近辺を海賊連中が縄張りにしていて、そして、白の教団が介入するのであればどんな選択をしても結果に大きく変わらなかっただろうと明は思う。
死者に祈りを捧げる彼は、十字架を手に握り新たに誓う。
必ず俺が復讐を遂げると。
涙はもう、乾いていた。