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ROG(real online game)  作者: 近衛
三章
74/151

3‐5‐4 Election

 

 雲に囲まれた機械の天使がポリゴンとなって空中に分解されていく。

 それは、この世界から情報が失われていく光景だった。

 

 「仕留め損ねたのか」

 

 「ですが、この場合は逃げ切られたと言う方が正解かと」

 

 「そちらにデータ統合されなかったということは、離脱ないし転送で消えたのか。勝てるとは思っていなかったが、とんでもないやつだな」

 

 抱えるようにしていたウィザードを解放する明。

 

 「そもそも、あなたが彼に挑んだということの方が余程理解し難いのですがね」

 

 離されるとすぐに肩をすくめるウィザードの機体。

 ご丁寧に余ったソードビットを利用して背後に漫画化何かのようにクエスチョンマークの文字を形作っている。

 

 「復讐では理由として足りないのか? 目の前で仲間を殺されて黙ってみているなんて俺には考えられない選択だ。といっても体はガタガタと震えていたのだが」

 

 そういう奴なのだと受け入れて、明は会話を続ける。

 

 「面白いですね、あなたは。だからこそあの子の背中を押したくなるのですけどね」

 

 「お前のが何を言っているのかはよくわからんが、とりあえず地上に降りるか」

 

 「ふむふむ。女性を待たせるのは、私の主義にも反しますしね」

 

 「あんたも女じゃないのか?」

 

 「そうですが、私は女性には優しいんですよ。男性にはそうでもありませんが」

 

 「はあ、さようでございますか」

 

 はっきりとわかるようにオープン回線越しに溜め息をつく明。

 

 「でも、あなたはなかなか悪くないですね。男性の中では」

 

 「どちらでもいけるのか。ったく、少しも嬉しくない賛辞をありがとうな」

 

 「では、行きましょう。『女神』の元へ」

 

 「協力者と言う意味なら、その言葉に間違いは無いな。だが、誰なんだ?」

 

 「行けばわかりますよ」

 

 「了解した」

 

 そうして明はクロエと共に地上に向けて加速するのだった。

 

 

 ***

 

 

 

 ポートエリア付近。

 AA化を解除して、人型のアヴァターとなった二人の男女と一人の女性が向かい合っていた。

 

 「よかった。本当によかったよ」

 

 自身を見つめる彼女の潤んだ瞳に明は、ほんの少しの罪悪感を覚える。

 

 「クロエの言う『女神』は、水月のことだったのか。助かったよ」

 

 「どういたしまして、明。私は『女神』なんて言われるほど大した人物ではないのだけど、明にそうやって言われると照れるね」

 

 水月は恥ずかしくなったのか、少し頬を赤く染め明を上目遣いに見つめていた丸みを帯びた瞳が、隣にいるクロエに視線を移す。彼女の容姿は神代鏡そのものであったが、話し方やその内容が本人のものとは明確に異なるために、明は彼女が別人であると理解していた。

 

 「一部のコミュニティで彼女は有名人ですからね。あなたもそれなりに有名になりつつありますが」

 

 「明、そちらの方は?」

 

 一致しない容姿と話し方に、疑問符を浮かべながら水月が質問する。

 

 「クロエというよくわからん奴だ。なんか、なし崩し的に行動を共にすることになった」

 

 「あなたも大概、失礼な人ですね。そもそも私は、あえてわからないように話しているんですからわからなくて当然じゃないですか」

 

 「お前、いい性格しているよ」

 

 「そうでしょうそうでしょう」

 

 「あははは。ええと、面白い方だね」

 

 引きつったようななんともいえない笑みを浮かべながら、首を少し傾けて水月が笑う。

 

 「面白いのはいいことです。つまらないよりは」

 

 「まあ、なんだ、こういう奴なんだ。わかったか、水月?」

 

 「クロエさん、でいいのかな? 初めまして、私は天宮水月と申します。それから、明を助けてくれてありがとう」

 

 「どういたしまして。そうかそうか、君があの天宮水月ね。なるほど、これは厳しい戦いになりそうだな」

 

 「ようわからん奴だな。なんだって、またあんな所にいたんだ?」

 

 「平たく言うと深い事情があったんだ。神代鏡とは知り合いだから、彼女に色々と聞くといいと思うよ」

 

 「ええと、失礼ですか、ドッペルゲンガーさんだったりします?」

 

 何の解答にもなっていない深い事情という部分をスルーして水月は疑問をぶつける。

 

 「くははは、ドッペルゲンガーは新しいな。ただ、世界には同じ顔の人間が何人かいるらしいからね、近くて遠い関係の人だと言っておこう」

 

 くすくすと笑いを堪えきれない様子でクロエがなんとか言葉を形にする。

 

 「そこは、家族とか双子だろ水月」

 

 「深い事情があって、しかも知り合いだっていうから、何かそういう関係かと思ったんだけどおかしかったかな?」

 

 「いや、水月らしくて結構だ」

 

 「さて、私はそろそろ消えるとします。ここで戦い続けるつもりなら、その内に再会することになるでしょう」

 

 「今度も味方として再会したいものだな」

 

 「それはどうでしょうね」

 

 「なんにせよ、助かった。礼を言う」

 

 「できれば報酬が欲しいですね」

 

 「金か? 法外じゃなければそれなりに払えるぞ」

 

 「いえ、これですね」

 

 一歩前に踏み出すクロエの手が、明の首に巻きつく。何事かと彼女に向き直る明の唇に薄くやわらかい唇が重なる。

 

 「な、おま」

 

 言葉にならない言葉をあげる明にクロエはウィンクして一言。

 「またね」と。

 そして、彼女が目を閉じた次の瞬間。

 

 「っむ! あ、あ、あ、あの女あああっ!」

 

 明を突き飛ばすその声は、神代鏡のそれだった。

 

 「声は、鏡だよね?」

 

 「いててて、なにすんだよ」

 

 しりもちをつきながら明が言う。

 

 「ああ君か。運が悪かったと思って諦めてくれ、私もあの女には手を焼いているから」

 

 「……うらやましいな、鏡」

 

 「おほん。二人とも無事で何よりだ」

 

 わざとらしく咳払いして鏡が口を開く。

 

 「色々と言いたい事や聞きたい事もあるだろうが、まず聞いてくれ。あいつは、どうやら私の身体を操作できるらしいんだ。私自身は、二重人格ではないはずなのだが、おそらくPITが個人を塩基配列で識別している部分を利用して私の回線に割り込んでいるんだと思う」

 

 軽く目をつむり背筋を伸ばして鏡が一気に説明する。

 

 「というと、生き別れた双子の妹とかなのか?」

 

 「やっぱり、ドッペルゲンガーなの?」

 

 「一応、自称では姉だが。クロエという名前以外は、私もよくわからない。他人の回線に割り込む具体的なやり方も分からないから、こちらが逆に相手に割り込むこともできないし苦労しているよ」

 

 「自称でも姉なら、悪いようにはしないんじゃないか?」

 

 「それもどこまで本当だかな。安易に楽観はできないね」

 

 肩をすくめ鏡がいう。

 

 「とりあえず、帰還してから話さない。明、鏡」

 

 「そうだったな。平治も待たせているし、生徒の安否も確認しないといけないか」

 

 「私達はこれでも幾分なれているが、PTSD(post-traumatic stress disorder――心的外傷後ストレス障害)の危険性もあるしな。すぐに帰るべきだな」

 

 三人の身体がリターンプロセスを開始する。

 

 「きっと、乗り越えられるよ。そうじゃないと生きていけないから」

 

 ほどけるように分解されていく身体に、最後に聞こえた水月の声が残響のように響いた。

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