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ROG(real online game)  作者: 近衛
三章
72/151

3‐5‐2 Election

 白と黒が溶け合った混沌とした空が続く。

 天上の闇には星が、空には雲と雷が混ざり合い、時に黒く、時に白く、その目に映る世界を塗り替えていく。

 追走を開始してから約一分がたった。

 明達は、『教皇』を捉えきれずにいた。

 薄暗い空、雷光に合せて白く埋め尽くされる視界。おそらくはアビリティによって過剰に表現された光による妨害なのだろうが、明とクロエの両名を足止めするには十分過ぎる効果を発揮していた。

 大小様々な形を持つ雲の影に隠れつつ、光によって再度間合いを取り直されるという流れを繰り返され、彼我の距離は縮むことはない。

 暗さに慣れた頃に強制的に光を浴びせられ目を眩まされるという行為は常に視界を奪うことに成功し、距離感を失った状態ではまともに近付くことすらできない現状だった。

 それでも強引に距離を近づけること自体は不可能ではないが、視界を失った状態で勝てるほど安易な相手ではないとわかっているために攻めあぐねていた。

 相手が身を隠し奇襲するのに最適な雲の群れ、直前の戦闘で見せ付けられた自身との実力差、失った視界に仲間の死で乱れたメンタル。

 ネガティブな要素はいくらでもあったがそれが戦闘直後にやってくるであろう確実な死を避けるための言い訳だとも感じていた。

 

 (俺は、恐れているのか?)

 

 それが『教皇』の力を恐れてのことなのか、自身の死への恐怖なのか、それとも、それ以外の何かであるのかはわからない。復讐と言う正義と死への原始的な恐怖がない交ぜになり雲をつかむような思考に飲み込まれていく。

 とうの昔に克服したと思っていた死への恐怖が圧倒的な強者を前にして明の決意をくじく。

 

 (近接戦闘はほぼ不可能だ。射撃で仕留めるしかないのか?)

 

 近接戦闘以上に命中精度の悪い遠距離射撃によってあの『教皇』を仕留められる可能性は限りなくゼロに近い。悪天候に視界を遮る幾つもの障害、相手の高度な操縦技術、そもそも最初から無傷とは言えない状態の機体。

 

 (できるのか? いや、可能性がゼロではないならやるべきだ。命を賭けてでも!)

 

 徐々に加速し距離を縮めていくフェアリーとその後ろを追従するウィザード。

 その両者を一気に引き離すつもりなのか、それとも単なる目くらましのつもりなのか嵐の中を突き進んでいくミカエルのAA。

 二振りの剣を収め、リニアライフルとプラズマライフルを引き抜き、瞬時に組み合わせる。コアユニットたるリアクターの完全な制御を可能にするフェアリーのアビリティ『』を使った急速充填からの射撃は伝家の宝刀だった。

 アビリティによる恩恵を受けているとはいえ、高出力をリアクターに強要することは自爆の可能性が常に付きまとい、有利な戦局さえ自らの手で覆す理由になってしまう。

 抜けば勝てる剣であっても、抜きたくはない諸刃の剣だ。

  熱によって揺らぐ視界を補正プログラムで修正、照準をオートで合せつつ、複数の項目を瞬間的に再確認する。明滅する光が晴れた瞬間に合わせ、明は引き金を引く。充填率と連動してフェアリーのまとう光の羽が輝きと共にその大きさを増していく。

 リアクターの出力と充填率を示す数字が上昇し、絶望的な命中率を示すだけの文字列が視界の端から端へと流れていく。一向に定まらない自動照準のエラーメッセージを無視して照準をマニュアルへと変更する。

  

  ――充填率94%――

  

  高速で移動し大きくぶれる照準を四本の腕で腰に抱えるように固定する。

  

  ――照準固定――

  

  砲身が熱を帯び、大気が震える。

  

  ――エネルギー還流完了――

  

  ――《All readiness》――

  

  ――充填率102%――

  

  ほんの数秒の間に無数の文字列と記号が頭の中を駆け巡る中で視線だけは、相手の背中を捉え続ける。流れていく景色、吹き抜ける風、視界を遮る雲や雷さえクリアに見えるほどに意識が研ぎ澄まされていく。

  刃のように澄んだ意識。

  全ての雑音が消え、狙うべき的のみがフォーカスされていく。

  身体の一部であるかのように自然に引き金を引く。

  

  「アアアァァァッ!」

  

  恐怖さえもかき消す程に強く叫ぶ。

  加熱された銃口を中心に、中空に薄く光の輪が重なり黒き闇を照らす。大きく空を羽ばたくかのように燃え盛る羽をはためかせ、雷轟の如き暴力を解き放つ。

  直後、光の矢が夜天を駆け抜ける。

 衝撃波が雲を裂き、弾丸が音を越えて空を突き抜ける。

 そんな必殺の一撃をミカエルは、振り向きもせずにわずかに横移動するだけで回避する。着弾までのライムラグを考えれば誤差を修正し回避運動をとらせただけでも十分過ぎる精度だった。

 

 「たいしたものだね。電研のエース君」


  「見え透いた世辞は止めろ、クロエ。電研内部には俺よりも強い奴なんかごろごろいる」

  

  「過ぎた謙遜は嫌味でしかないよ、相手を立てることも覚えるといい。さて、私は射撃の援護はできないから防御とサポートに徹しようと思う。存分に攻撃してくれたまえ」

  

  「死ぬなよ」

  

  「それを君がいいますか」

  

  呆れるような声でクロエが答えるとウィザードとフェアリーは配置を入れ替え、再度攻撃を仕掛ける。

  

  ――充填率110%――

  

  リニアレールガンの砲身が徐々に加熱し、オーバードライブとエラーメッセージが視界に表示されるが無視して充填率をさらに増加させながら二撃目を放つ。ミカエルは右へ左へと狙いを外し、明達の勝利をより絶望的なものへと変えていく。

  照準に再度補正を掛け、マーカーを目視で重ねさらに弾丸を放つ。

  

  ――充填率125%――

  

  カウンターを警戒して抑えていた速度を上昇させて一気に距離を詰める。距離が縮まるたびに自分の命が削られていくような錯覚を明は感じていた。狙うべく的が果てしなく遠く引き金が恐ろしく重い。

  

  ――充填率138%――

  

  砲身が熱を帯び、その熱が空気を伝わる。

 徐々に加熱する精神と砲身、一撃ごとに精度を増していく射撃。

  恐怖と昂ぶりに震える身体。

  

  ――充填率151%――

  

 「新城明。奴の回避のパターンを分析したデータを転送する。十秒で目を通して理解しろ」

 

 「これは!」

 

 それは、明が見ていなかったメイジとの戦闘データも含めたうえでの『教皇』の回避運動のパターンをまとめた資料だった。

 そして、そのデータをから明が導き出した選択は息も付かせぬ連続攻撃で仕留めるというものだった。

 神鳴る剣が空を照らし、吹き荒れる嵐が行く手を阻む。

 

 「……行くぜ」

 

 「いつでもどうぞ」

 

 天を見上げ、一呼吸。

 吐き出す息と共に間接を連動、加速した意識と身体を思考の命じるままに動かす。陽動を兼ねた初撃と二撃目、目的を不明瞭にするための射線をやや下げた攻撃を二発、そこから本命の一発を一息に放つ。

 弾丸を放つ度に光が瞬き、明滅する光があたかもコマ送りの映像のように天使の動きを映しだしていく。

 白く黒く照らし出す光が映し出したミカエルの動きは、ハイスピードカメラの写真を並べたかのように明白で、こちらの発射モーションから敵の回避運動までのパターンはクロエの分析と告示していた。

 初撃を右に回避、二撃目を下に動くことで交わし、その足元を狙う弾丸を上に避け、胴部を捉えたかに見えた攻撃を左上に交わす。

 弾丸が届く前に雷が照らし、嵐が視界を隠す。

  

  ――充填率198%――

  

 負荷を掛け過ぎて一気に加熱したレールガンから蒸気が立ち上る。

 自壊する可能性もでてきたが、安全圏まで冷やしている時間など残っていない。

 明の中で手応えはあった。

 しかし、確信は無い。

 着弾の炎も音も全て掻き消され、真偽は自身の目で確認しなければわからない。

 行く手を阻む空は、白と黒をはっきりはさせてはくれないようだった。

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