3‐5‐1 Election
「それが君の選択か」
視界を覆っていた炎が消えていく。
「そうだ、愚かで、無謀で、最悪な選択だ」
格下だということは明自身も百も承知だった。
目の前にいる強者に立ち向かうということは、すなわち自身の死という未来を含んでいるということであるとも理解していた。
それでも前に進まなくてはいけないと四葉に教えられた。
自身が成すべき正義を貫くために、戦わねばならない時があるのだと。
「交渉は決裂か、残念だ。君が選んだ道の先には、混沌とした闇と残酷な死が待っているがそれでも歩みを止めるつもりはないのだろう?」
「無論だ。地獄の果てまでも追い詰めて、お前を殺す」
「黒木智樹といい、君の教え子といい本当に諦めが悪いな。ならば、来るがいい。仮想の深層へと」
平然と明に対して背中を向けるミカエルのAA。
見せ付けられたその背中には、小さな傷が一つ。
「逃がすと思うのか? 手負いのお前を」
その程度の傷など戦闘においては何の意味も成さないことはわかっていた。ただ、四葉の死を肯定するためにあえて口にする言葉。無意味な死ではなかった、その意思を引き継ぎ自分自身の手で『教皇』を殺すと決めた明。
「逃げるさ。弱者は強者に何も強制などできないのだから」
ふわりと宙に浮かぶミカエル。
「待てよ、お前の相手は」
「生憎と私が先約だ、坊や」
沈黙していたウィザードから声が聞こえる。
フェアリーの前に押し入った機体から聞こえる声は、よく似てはいるが鏡とはまるで別人を思わせるものだった。
「『魔女』殿のお目覚めですか。できれば永遠に眠っていてくれるとありがたかったのだが」
「私を袖にするとは、いい度胸ではないか。そんなに姫君が愛しいか、騎士殿」
「もとよりこの身は主君に捧げている。すべては神の座につくべき彼女のためにある」
「色ボケ男が、ガーディアンにでも殺されればいいものを。まあ、ちょうどここに一匹味方がいることだ少し付き合ってもらうぞ」
「なんなんだよお前、勝手に俺を巻き込むな」
いきなり割り込み、そして話を進められ明は混乱していた。
目の前にいる鏡のようであるが鏡でない存在に対してどうすればいいのか決めかねていた。
「敵の敵は味方、今はそれでいいだろう。どうせお前だけじゃあいつに勝てないのだろう?」
「それは、その通りだが」
「何より、私個人としても君に興味がある。神代鏡という女がどんな奴に興味を持っていたのかということを」
「お前、やっぱり鏡の関係者なのか」
「さあな。いくぞ、ついて来い坊や」
メイジがカチューシャで空けた穴に向かい飛び立つミカエル、その背中に追いすがるように加速するウィザード。
形式的なフライトユニットや地上向けのユニットという区分は実のところそこまで大きな意味を持っていないために、どんな機体であっても全てのフィールドに対して最低限の適応はできる。
とはいえ、適正が低いユニットはただの的にしかならないために無理をしてヘッジホッグが空を飛んだりフェアリーがよたよたと地上を歩いたりはしないのがセオリーだ。
「くそ、後で話を聞かせてもらうぞ」
これまでの会話の流れからそれなりの実力がありそうな『魔女』と呼ばれるウィザード使いだったが、目の前の機体から伝えられる情報は相変わらず神代鏡のそれであり、明の疑問は増すばかりだった。
見上げる夜空。
一目だけくれる視線。
『機械都市』の後方では、おそらくは避難を完了した生徒達の姿、そして、三島平治の操るソルジャーのAAが見える。しかし、天宮水月の姿はない。
(あいつが死ぬなんてことはないと思うが、不安だな)
幸か不幸か海賊連中は、眼前の敵である『教皇』が破壊し尽くしてくれていたので結果として安全に避難することに成功していたのだが、直前に行われた破壊行為を見ていない明にはそんなことを知る由も無い。
(まあ、地上の方は平治がなんとかしてくれるだろ)
いつも苦労を掛けるな、と思いつつ明は夜空へと機械の妖精を羽ばたかせる。淡い燐光を放ち光の羽が闇を照らしていく。その先を飛行する、というよりは浮遊するように鋼鉄の魔術師が疾走する。
戦闘可能な範囲はポートエリアまでであり、それまでに決着をつけねば手出しは不能になる。
タイムリミットは、五分足らず。
そもそもまともに相手をすればその時間すら耐え切れる保障はない。
「なにか作戦はあるのか? あんた」
「さあ? 私や『女神』があいつにとって今仕留める対象でなければ、逃げ切られて終わりだと踏んでいる」
機体を包み込む白い雲。
「なんだそりゃ? そもそも俺達で倒せるのか、あの化物を」
「面白いこと言うんだね、君は。勝てるから戦う、勝てないから戦わないという理由であいつに挑んだんじゃないのだろう?」
夜天に雲が流れていく、澄んだ空に煌々と輝く天上の星達。
「勝手に他人の命を私闘に組み込んだりはしない。共闘である以上、互いに生存できる道を探すべきだ」
「仮想最強と言われる相手にフェアプレー精神とは、あははは。いいね、君のその馬鹿さ加減は最高だ」
「失礼な奴だな、まあいい。あんた、名前は? 一時とは互いに命を預ける身だ、それくらいは知っておきたい」
「クロエだ。まあ、次があるなら覚えておくといい」
中性的な声でクロエがいう。
「俺のことは知っているみたいだが、一応名乗っておく。新城明だ、よろしく頼む」
「知っているよ」
「形式的なものだ。やらないと気持ち悪いだろう」
「本当に面白い人間だな、君は。さて、運が良ければ『女神』がチャンスを作り出してくれるはずだからそのときにでも攻撃を仕掛けよう。その際は、私は君のサポートにでも回るとしよう」
「俺が馬鹿なら、あんたはいい加減だ。『教皇』を相手にチャンスを作るって、そもそもどうやってだよ。そんなことができるなら誰も苦労しないだろ。この楽観論者が」
明は、先程みた情報とそれまでに見たミカエルの戦闘データを元に脳内でシミュレーションしてみても勝利という結論を導き出せないでいた。
「だから、今回は幸運なのだよ。やつは、一度はこの雲海を抜けなければいけないのだから」
「そりゃまあ、地上に行くために一度は雲を突き抜けるだろうがそれだけだろ」
「まあ、『女神』の寵愛があればなんとかなるさ」
「だんだん不安になってきた」
「そうかい? 私は楽しいよ」
こうして奇妙な共闘関係が結ばれたのであった。