3‐4‐5 Terror
手を伸ばしても届かない、触れたところで何も変えられない。
それでもその手は、求めてやまない。
(あの人はいつも無茶を言う。そして、本当に諦めが悪い)
「あなたは、あなた自身の正義を信じてください」
(そんなあなただからこそ。この言葉を送りたい)
3‐4‐5 Terror
断ち切られたメイジの両腕。
切断されることもいとわずにあえて踏み込むことでコアユニットの破壊を防ぐ四葉。
縦の斬撃から半身に反らす動きにあわせ剣を引き、続け様に放たれるミカエルの突き。必殺の一撃をあえて踏み込み脚のみの動きでサマーソルトを放つことで牽制するが、四葉の攻撃は空を切り背中から胸部装甲に受けることとなる。
「かなり痛いですね、ですがその程度なら」
ほとんど密着することで蹴りをかわしたミカエルの足元にはメイジのアビリティ『倉庫』によって引き出されたカチューシャの武装。自爆すらいとわないメイジの攻撃を寸でのところで回避するミカエル。近付きすぎた間合い、背面部に肘鉄を打ち込み自分共々強引に前に進み避けられたロケット砲は天上に突き刺さる。
赤々とした爆炎と共にばらばらと崩れ落ちる無数の金属片。
敵に背を向けながら視線を明に走らせる四葉は、明にデータファイルを転送する。すれ違い様の返す刃でその肉体はコアユニットもろとも両断される。
「四葉ああああああああああぁぁぁっ!」
目の前で砕け散る命。
今回のテロの首謀者であることや彼の裏切りの事実をまだ知らない明は、仲間を想いほとんど反射的に絶叫する。宙に浮き自分を見つめる無機質なAAのフェイスマスクは、なぜか笑っているような気がした。
動かない鏡のウィザード、ゆったりとした動きで再度間合いを取り直すミカエルのことなど明の目には映っていない。頭の片隅で意味の無い行為であると理解しつつも、消えつつある四葉に対して動き出す身体を止められない。
「……来るのが遅いですよ、新城先生。あと少しで英雄が誕生していたはずなんですがね」
飛散する金属片、自身の意識と共に崩れていく機械の身体、直後に迫る死を前に四葉の意識はむしろ冷静だった。
「違う、違うだろ、そうじゃないんだ、四葉。自分よりも、俺よりも強大な敵に立ち向かい、勇敢に戦ったお前はもう英雄だ!」
伝えたい言葉が溢れて自分でも何を言っているのかよく解からない状態になる明。
「はは、そうですね。最期の講義、ありが……ござ……」
身体中に焼け付くような痛みを感じ四葉には、ただ思考して音声として表現することすらままならない。
それでも最期の力を振り絞り、一言を言葉にしたいと彼は思った。
殺してしまおうと思っていた相手に特別な感情などおかしな話だと思いつつも、彼に感謝したいという矛盾した思惑がそこにあった。それが短い期間であったが、本気で自分の事を考えてくれた相手に対する誠意だと思ったからだ。
(馬鹿な人だ。俺にはあなたに悲しまれる資格なんてないのに)
明にとって本来の任務である内部調査以上に本気で取り組んでしまった教職。彼自身の性格の問題なのか、いずれ仲間になる相手を本気で疑いたくないと言う無意識の拒絶があったのかもしれない。
先程四葉が明に転送したデータは、その期待を裏切る証拠でしかない。その中には今回の件に関った人物のリストと戦闘や通信のファイルがまとめられている。だが、今だけはこの下らない茶番を演じ続けていようと思っていた。
「あなたと出会えた事を感謝します。そして、」
(他の何が嘘であっても、これだけは真実です)
いずれ倒すべき敵である明に近付き、データを収集。自身より強者であると感じてはいたが、データを集めればその程度の差は何とかできると思っていた。実際に今回の作戦も『教皇』の出現までは順調に推移していた。
仮に明や鏡などの教師陣を倒せなかったとしても、海賊連中をデコイにでもすれば離脱は可能だったろうし、それだけでも宗光学院の生徒達に対して壊滅的な打撃を与えることはできていたはずだった。
「死ぬなあああぁぁっ!」
手を伸ばしても届かない、触れたところで何も変えられない。
それでもその手は、求めてやまない。
(あの人はいつも無茶を言う。そして、本当に諦めが悪い)
「あなたは、あなた自身の正義を信じてください」
(そんなあなただからこそ。この言葉を送りたい)
臨界するコアユニット。
薄暗い室内を炎が覆い尽くす。
明の視界を埋め尽くす赤の炎と黒い破片。
もう何度も見てきた光景。
任務のために組んだ傭兵達が、
守ると誓った仲間達が、
自身を殺そうとする敵がその身を燃やし最期に生み出す光。
この世界の死。
「ああああああああぁぁぁっ!」
自分が完璧でもなければ完全でもないことは理解していた。何もかもを守れるわけでもなければ、何をなせるわけもでないのだ。
それでも、誰かの死を嘆かずにはいられない。
生きることを諦めたくない、
生きることを諦めて欲しくない。
彼が復讐を望んでいるかなんてわからない。
だが、事実がどうあったとしても。
目の前にある恐怖に抗い、
彼が望んでいたことを引き継ごうと思った。
自分自身の意思で。
自分が進むべき道は示された。
それが正しいかなんてわからない。
(だから、俺は自分の道を信じる)
二振りの剣を抜き、炎の向こうにいる相手に構える。
「『教皇』、お前を殺す」
剣を振りかざし、高らかに声をあげる。
その声には、恐れも迷いも無く。
「それが俺の正義だ」
ただ、
決意だけがあった。
なんとか更新。奇跡はなかなか起きないから奇跡なんですね。一応、四葉が勝ってしまう展開も考えてなくはなかったですが、彼はここで退場ですね。そして、賢明なる読者様は既になんとなく想像がついてると思いますが、次のアルファベットはEですね。
なんのことかわからないぜという方は適当にスルーしといてください。まあ、別個にあるネタバレのコーナーを見ればわかると思います。資料の方は、こちらが完了したらあわせて更新するつもりです。ではまた