1‐2‐2 Heart
【THE END】
戦闘終了を告げるシステムアナウンスが彼の脳に響く。
「傭兵家業の末路なんかそんなものさ。いや、海賊といった方が正しいのかな」
黒煙を上げていた金属片が、ポリゴンになり空中に霧散していく。さっきまで明が相手にしていたのは、この近辺を根城にしていた仮想空間上で『海賊』と蔑称される手合い。
敵を破壊すると仮想ハードウェア内部のデータバンクにある相手の武装、電子マネー、個人情報などを含む無数の情報が自動で統合されるというロジックを利用して、待ち伏せして無差別殺人の後、結果的に金品を強奪する連中だ。
とはいえ、受け渡されるデータに罪はない。
元の所有者がどうあれ、明としても有効利用はさせてもらうつもりだった。自動で統合されたデータに選別アルゴリズムを通してふるいをかけ、不要な情報を取り除く。
「いつもいつも、すまないですねえ」
明の耳に、戦場には似つかわしくない明るい声が響く。声の主は、今回の彼の雇い主であるヘイフォン。名前からすると中国人なのかとも思うが国籍は不明だった。自己申告では東洋中華圏の人間らしいが、情報屋の自己申告が当てになるとも思えなかった。
「仕事だからな。不満はない」
「それは重畳。末の長い付き合いになればいいと思っている」
「俺としても、あんたとは敵対したくない」
付き合いはそこそこだが、この男にはどこか得体の知れないところがあった。昔の仲間を殺したくはない、というより敵に回したくない相手というのが明の本心だ。
すっと静かにヘイフォンの操る黒いフレームのソルジャーが廃墟の影から現れる。危険を顧みずにこんな場所でやり取りをするには、それなりの理由があった。
まずは、そこでやり取りされる情報の秘匿性の高さ。
これは実際には筒抜けであるのだが、情報を管理するサーバーの所在地が宇宙であり、何れの国の政府管理下に無く、そこでやり取りされる全情報をAIが管理していた。そして、そこで行われている何もかもが治外法権的な扱いになるからである。
また、旧来のインターネットや電話回線などの通信回線も依然として存在しているが、それら全てが政府のアルゴリズムの管理下におかれていて、実際に不正な取引や犯罪をするか、ほのめかす行動を取れば超高確率で捕まってしまうためだ。
つまり、仮想空間は現在の法律の抜け穴であり、堂々と裏取引や違法行為ができることから多くの『合法的犯罪者』に利用されていた。
くすくすと笑い、ヘイフォンが答える。
「それは喜ばしいことです。あなたくらいの凄腕の『傭兵』は貴重な人材ですから」
「お世辞はいらない、とっととゲートまで移動するぞ」
「仕事熱心なことで」
「そいつは逆だな。仕事を早く終わらせたいからこそ、急かすんだよ。仕事熱心なら営業トークでも差し挟んでいるさ」
「ごもっとも。では、行くとしましょう」
AAと呼ばれる彼らの機体は、ハッキングツールとしての側面と護身用の武器の側面を併せ持っていた。加えて仮想空間での『死』は、あらゆるデータを失うといった社会的な死という意味も持つ。
そして、自身の意識を没入した状態で行われる性質上、脳死による現実的な死を内包していることを考慮すれば、この程度の武装は当然のことともいえるだろう。自身が先行し、護衛と斥候を兼ねる布陣でゲートに向けて進行する。
護衛を専門に請け負う『護衛』に人数を割かないのは、彼自身が強いからだと明は踏んでいた。単に高額な報酬を複数名に払いたくないからとも考えられるが、それでも彼一人だけというのは少なすぎる人数だ。
それに、明は自身の雇い主であるヘイフォンという人物が余波で被弾するところを今まで一度もみたことが無い。一般的に、護衛を雇う人物の戦闘能力は低く、それゆえに外部の人間に身を守ってもらうことを考えれば不自然でもあった。
廃墟と化した街を抜け、荒野を飛ばす二人。
日本国内のエリアから中国エリアへのゲートは、荒野を突き抜けた先のポートエリアにある。チャイナブロックへ向かうゲートが一つとは限らないが今のところ彼らが開拓したルートはこれだけである。そのルートにしても、命懸けでガーディアンと戦闘して何とかパスコードを入手してやっと安全に通過できるようになったばかりだった。
「ここを通ると、あの戦闘を思い出しますねえ」
「昔のことだ」
「彼女は、どうしているんでしょうね」
「あいつには、あいつの事情があるんだろ」
経験を積む目的でフリーの傭兵をやっていた学生時代の明にも、短いながらチームを組んでいる時期がある。
思えば先駆的な集団だったのだろう。ガーディアンを少数精鋭で撃破するという、最新の攻略法と同じやり方でチャイナブロックのガーディアンを攻略したのだから。その当時はギルドと呼ばれる一個中隊ないし一個大隊並みの戦力で一気に攻撃をして倒すやり方が主流であった。
しかし、これはギルドを率いる雇用者としてはコストが掛かってしょうがないし、被害が出るときは数十名以上の規模でメンバーが犠牲になる。そして何より、有能な人材を多数集めることと、それを完璧に統率することの難しさが廃れた原因だろう。
「それはそうですが、あそこにいるのは彼女ではないのですか?」
ソルジャーのAAが指差した先で戦闘しているのは、ウィザードと呼ばれる魔法使いを抽象化したようなAAで、彼女が使用していたものと同系統の機体だった。遠めに眺めているので詳細は不明であるが、どうやらガーディアンと交戦中らしい。
「そんな偶然があるわけないだろ」
『GENESIS』は、基本的にはバーチャルロボットアクションゲームである。同系統で、カラーリングが一致している程度の偶然はいくらでも起こる。不自然な偶然に、明は思わず否定の言葉を口にする。
「でも、もしも本人だったら寝覚めが悪いでしょう。追加料金を払いますから、あのAAに助太刀してくれませんか?」
「追加料金は、いらない。というより、わかっていて聞いているんだろう? 本当に抜け目の無い人だよ、あんたは」
ヘイフォンに言われるよりも早く、明はすでに動き出していた。皮肉げに言葉を言いつつも、損な性格であると自覚はしていた。前方に加速して天使系統のガーディアンと交戦しているウィザードタイプの戦闘に割って入るのだった。
修正、修正。