3‐4‐4 Terror
戦場に明滅する光。
そして、光が瞬くたびに破壊されていく四葉のAA。
一部とはいえ思考を共有している状態での撃墜は、それを操縦しているプレイヤーである四葉にもダメージをフィードバックする。近接格闘のような精緻な運動を要求されない今回のような使用法であってもそれは同じだった。
「がああっ、くそっ、あいつは本当に人間なのか?」
黒木智樹のように半狂乱ではない状態でのフィードバック現象に苦痛を実感しつつ何とか迎撃を続ける四葉。気を抜けば即座に殺される、実感を伴って迫る恐怖が苦痛を凌駕し彼の意識を戦闘へと向けさせる。
おそらくは自分と同じ方法で、これだけの数のAAを同時に操作し自身の軍勢のみが一方的に蹂躙されている状況を省みて四葉は戦慄する。
『白の教団』のメンバーを呼び出しただけと言う可能性もないわけではないが、それなりの規模の戦闘とはいえ最前線で戦闘しているメンバーをわざわざ呼び出してくるような事態ではないはずだった。
「いや、単に認めたくないだけなのか?」
仮に全く同じやり方で正面から激突しているのだとしたら、目の前で起きている現実は四葉とアティドの実力の違いを明確に示しているだけの話だ。ならば、と四葉は『支配者』による支配を解放し、機体の運動から無駄な部分を削ぎ落とす。
「戦場であなたに挑めたことを感謝します」
メイジの全武装を展開して正面からミカエルに挑む四葉。普段の彼ならばカミカゼアタックであると笑い飛ばしているだろうが、不思議とそんな思いはなかった。
「いい気迫だ。死を覚悟して、なお立ち向かう勇気は賞賛に値する」
アティドが操るミカエルが、その正面に立つメイジに対して左手で小さく十字を切ると周囲に展開されていたエンジェルシリーズが無数のポリゴンとなって霧散する。フィールドには破壊されつくした鉄くずが残るのみである。
「つい最近、最後まで諦めないことを教えてくれた人がいましてね。まあ、そのうち殺すつもりだったんですが」
「なるほど。だが、君の判断は結果的に正しい」
肉薄するまでの一瞬。
自身を追従するビットの攻撃はことごとく交わされるが、先程までの一斉射撃よりも手ぬるい攻撃が当るとは最初から考えていなかった四葉は、即座に次の行動へと移る。盾を前に突き出し、肉薄した敵の視界をふさぎ反対の腕で仕留めるべくコアユニットへとこれまでの加速を上乗せした鋭い突きを放つ。
剣の刀身を滑るように走る相手の斬撃が彼の腕を切断する。盾が邪魔をして必殺の一撃にはならなかった攻撃は予定調和。盾とともに身体ごと相手にぶつけ強引に付け入る隙を作り出す。そして、事前に攻撃の予備動作に入っていた状態のレーザービットをアビリティ『倉庫』を用いて自身とミカエルの周囲に展開。
自身が被弾することもいとわずにタイムラグ無しの攻撃を仕掛ける四葉。
「訂正しよう。排除するのではなく、君を倒すと」
――《Flash void》(虚無の閃光)――
ミカエルを中心に放たれた強烈な光が周囲を白く染めていく。
間近で太陽を見たような強い光に眼前の敵の姿を完全に見失う四葉。
そして、視界を奪われて再度視力を取り戻した四葉の正面にいたのは傷一つないミカエルの姿だった。
「こちらより強力な光でレーザーを無効化したんですね。光を使うアビリティは精々目くらましくらいにしか使えないと思っていましたよ」
「こんな手を使わずとも回避できると思っていたのだが、流石に自爆覚悟で射線を増やすのは予想外だったよ。君の先生はなかなか面白いことを教えているようだ」
行きがけの駄賃とでも思ったのだろうか、四葉の周囲に配置されていたレーザービットは全て破壊されていた。片腕を失い視界も失っていたメイジを倒すことなど容易かっただろうが、アティドはそれをしなかったようだ。
彼なりの流儀でもあるのか、あるいはただの気まぐれか。
「これは、認めてもらえたことを喜ぶべきなのでしょうか? それとも、眠れる獅子を起こしてしまった事を嘆くべきなのでしょうか? 全く不測の事態とは重なるものです」
呆れるようにつぶやくと盾を放り投げるメイジ。
対するミカエルは、自然体で相対する。
「ならば安心するといい、私と仮想で向き合う事以上に不幸なことは存在しない。それからそこの『魔女』殿は傍観を決め込むようだ」
胎児のように丸まったウィザードは、自身の周囲に球体状に展開したビットに包まれて完全防御の構えだった。眼前で展開されている戦闘に興味がないのか、単に待っているのかは不明だった。
「どの道活路は前にしか存在しませんしね。今更ですが、改めて勝負といきましょう」
『倉庫』でミスリルソードを呼び出し構えるメイジ。
失った腕の側を前に突き出し、脇構えを取る。
「それでは、君の命を神に捧げよう」
「参る!」
敵に向けて加速する四葉が取った作戦は、後の先を狙った特攻だった。
ただ単に早く攻撃するのならば上段からの攻撃やクイックドロウなどによる射撃が理想的なのだろう。
しかし、まともな攻撃はもとより奇襲すら回避されたのなら正攻法で勝てる見込みは薄い。
正面からの勝負にこだわり、わざわざ自分を仕留めなかった相手がこちらの攻撃を受けないはずがないという推論。勝機があるとすれば正面から相手を出し抜くしかない。それが四葉の出した結論だった。
(まったく、最初から矛盾しているな。要するに正攻法での奇襲なんていうありもしない幻想なのだから)
これまで収集した数少ないデータから相手の動きを予想して初撃のみに意識を集中する。
このまま行けば彼我の距離は半瞬でぶつかる。
直後にぶつかる距離で左足を前に突き出し減速、相手は動揺した様子もなく中段の構えを維持し続ける。
振り上げる剣を隠すように身体を前に突き出す。
コアユニットに向けて放たれた突きを自身と接触する距離で呼び出した盾で防ぐ。
刺突からの切り返しに合わせ一歩を踏み出すミカエル。
(防がれた瞬間に次の攻撃に移るその反応速度には脱帽しますよ。出鱈目さ加減は、新城先生以上ですね)
頭部からコアを両断するように振り下ろされる『教皇』の攻撃。
後の先狙いであったがこれほどの速度で反撃されれば望む効果は得られるはずもない。
しかし、頭部を破壊するために構えられた腕には剣はなく、ミカエルの背後から慣性を保存したミスリルソードの攻撃が迫る。
「俺は、英雄になってみせる」
自身の意思を貫くために振り下ろされる二振りの剣。
メイジの手に引き寄せられたリニアライフルが即座に火を放つ。
断ち切られる腕。
白銀の刃に反射するフラッシュマズルがまぶしい程に光る。
火花を散らし金属が断ち切られる音が室内に反響する。
幾つもの屍を積み重ねて辿り着いた戦場。
明はそこで目にすることとなる、
一つの結末を。