3‐4‐3 Terror
鏡の視界を埋め尽くしていた白は徐々に輪郭を持ち、色付き始める。
――【BATTLE ROYAL】――
(第三勢力出現? このタイミングで?)
閃光の次に来たのは衝撃だった。
金属が衝突し火花を散らし、轟音が耳にぶつかる。
(受け止められた?)
目の前にはAAが一体。
忘れもしない。
純白のフレームに金の装飾が施された天使、ミカエルだった。
「……『教皇』だと。なぜ、こんな場所に?」
四葉の口から紡がれた疑問の声は、驚きと恐怖に震えていた。
その態度に先程までの余裕はなくミカエルに対して反射的に剣を向け、盾を構える。
そして、鏡と四葉の時間は停止したままだったが、その沈黙を『教皇』こと、アティドの声が破る。
「『白の教団』が望むのは、仮想の秩序の構築。で、あれば不穏分子がまとまっている好機を逃すはずがないだろう?」
圧倒的な数の敵を前にひるむことなく淡々と言葉を口にするアティド。
彼は自身が包囲網の中心にいるにもかかわらず全く気にした様子もない、逆に恐れを抱いているのは攻める側である四葉の方だった。
「勝てると思うのか? これだけの数を相手にして」
『GENESIS』はレベルによってパラメータが上昇していくRPGのようなゲームではない。いかにプレイヤースキルが優れていようとも、武装の性能や機体の強さが大きく変わるわけではない。
『アビリティ』という不確定要素を加味したとしても近接戦闘特化型のエンジェルシリーズが射撃武器に包囲されているこの状況を突破するのは困難だ。
客観的に分析すれば相手であるミカエルが勝てる要素はない。
しかし、第一射を防ぎ自分から爆心地に出現した相手にその分析がどこまで意味を持つのか四葉には判断ができなかった。
「勝つのではない、排除するだけだ。投降したいのなら、帰還するがいい」
ウィザードに背を向けたままの姿勢で抜剣しメイジに相対するミカエルのAA。戦いに勝つのではなく排除するというその発言は、言外にこの行為が戦闘と呼べる状況にならないという意味を含み、その事実が四葉を激高させる。
「いいさ、お前を殺し、俺は本当の英雄になってやるよ」
恐怖を怒りに変えて四葉が叫ぶ。
その視界にすでに鏡の姿は認識されておらず、アティドと鏡を無差別に第二射を開始する。功を焦るつもりなど毛頭もない彼であったが、今殺さねば確実に自身が殺されるという現実を直感的に理解していた。
「愚かな」
吐き捨てるようにつぶやくと静かにゆったりと中段に構えるミカエル。
限りなく優雅に行われたその動作は、一瞬。
だが、その動作はスローモーションであるかのような時間的錯覚。
「くそっ、間に合え」
加速装置として使い、置き去りにしてしまったソードビットを呼び戻し、何とかシールドを展開するウィザード。
鏡の前には前に一歩踏み出すミカエルの姿が見える。放たれた弾丸は、空気の壁を突き破り二人に向けて殺到する。
ミカエルは右に一歩、次に左に半歩踏み出し、そこで軽くスウェーするように身体を反らし、首を傾け下段に構えるがあくまで防御する様子を見せない。そして、弾丸の嵐は最初から彼のことなど狙っていなかったのかのようにその脇をすり抜けていく。
「馬鹿な、この距離では予測射線など意味を成さないはずだ!」
四葉の叫びとは無関係に殺到する弾丸は、ウィザードに牙を向く。
ミカエルは、特に相手の攻撃を無効化したわけではないので、その背後にいた彼女は完全に巻き添えを食った形だ。
そして、彼女には彼のように異常な回避技術はない。
(避け切れない。生存と死は五分五分といったところ?)
諦めと覚悟が入り混じった思考、弱点であるコアユニットを守るべく鏡はウィザードの固有アビリティ『磁界領域』を以って自身の周囲に磁場を発生させ弾丸を反らす。
しかし、全体に万遍なく張り巡らせたために、その強度は低く完全に防ぐことはできない。
一発、二発と着弾するたびに神経が削られていく鏡。
必死な彼女とは対照的にミカエルは、最小限の動きで攻撃を交わし続ける。攻撃を完全に交わすことができるにも拘らず反撃する様子を見せないアティドに業を煮やしたのかメイジの支配下にあるソルジャー達の攻撃は時と共に苛烈さを増していく。
(やれやれ、勝手に死なれては困るね)
二桁目の着弾を許し、焦りを感じ始めた鏡の思考に割り込むように声が響く。
「止めろ、くるな『魔女』! こんな時に入ってくるな」
鏡の怒鳴るような声も思考に割り込む相手にはまるで関係なく、脳の中を直接侵されるような感覚に徐々に遠のいていく彼女の意識。白くなっていく思考とは反対にウィザードの動きは別物のように鋭さを増していく。
「こんなところで『魔女』の登場ですか。でしたら、私も少し本気を出しましょう」
――《Lightning legion》(神の軍勢)――
眩い光と共に、右へ左に高速で剣を振り下ろす一瞬の剣舞。
ミカエルの剣が虚空を凪いだ直後、彼を中心に数十体のエンジェルシリーズが出現する。
「我が意に応え、敵を討て」
複数体のアークエンジェルやケルビムなどがそれぞれに得物を構え弾幕の中で敵となる四葉やソルジャーに対して向き合う。
「『転送』アビリティによる援軍? それとも、これが『教皇』の力だとでも」
一瞬の間に二転三転する状況に四葉の思考は、明確な答えを引き出せずにいた。確実に仕留められるはずの状況を作り出し、必殺の攻撃を放ち続けているはずであるにも拘らず未だに敵を倒すことができずにいる現状に対する焦り、一瞬で覆された戦力差、自身の理解の外にある敵の行動や言動。
「残念だが、君は英雄ではなく英霊になるようだ」
メイジ本体のビットによる攻撃や温存していたソルジャーやヘッジホッグも含めた総攻撃であってもミカエルの装甲に傷一つことさえ叶わない。ウィザードには自身を中心に防御壁を展開し致命傷は望めない。
「ほざけえええぇっ!」
アティド・ハレという存在が自身の遥か高みにいる相手であると理解していたが、まるで相手にならない現状。相手は格上であるが、それでも自身を鼓舞し、あらん限りの攻撃を放ち続ける四葉とその手勢。
「それでは、さようなら」
その言葉を合図に、天を衝くように掲げられた剣を振り下ろすミカエル。奇しくもそれは、数分前に四葉が取ったのと同じ行動。教皇たるアティドの命を受け、弾かれたように動き出すエンジェルシリーズ達は、まさしく神の軍勢だった。