3‐4‐1 Terror
(いやだ、いやだ。死にたくない)
ろくに狙いもつけずに敵に右腕に構えたリニアライフルの弾丸を放つ姫川のライトグリーンのメイジ。彼女は、本当に初めての実戦で自身に向けられた無数の殺意、そして、仲間の死を目の当たりにして半ば狂乱していた。
(怖い、怖い、誰か助けてよ)
そんな状態であっても訓練した動きを刻み込んだAAの攻撃は相手を破壊し、少しずつであるが数を減らしていく。こんな場所からは一秒でも早く帰還したかったが、完全に静止した状態で一定時間待機することが条件の帰還は混戦状態ではまず使えない。
現在、姫川のチームは彼女を残し全滅し完全に孤立していた。
殿となって天宮先生が敵を引きつけてくれているからなのか後方からの敵はほとんどいない。しかし、脱出しようと前に進めば一体どれだけの敵が押し寄せてくるかもわからない。
目の前で仲間を三人殺された彼女は、恐怖で立ちすくんでいた。後ろに行く方が今は安全、しかし、前に進まないと脱出できない現実。加えて、何人もの相手を殺した罪悪感がない訳でもなかったが今は恐怖が勝っていた。
(もうやだ、なんでこんなことを私はしているの?)
答える者もいなければ、自分自身の中にさえ答えはない。
(なんで、私だけが生き延びているの?)
何人目になるかわからない海賊連中のソルジャーを破壊し、完全に沈黙したレーダーを再度確認する。人数に応じて加算されるそれは、自分達の索敵とジャミングの両方を無効化し余りある戦力差だった。
個々の実力やチームでの戦術はこちらの方が上であることはまず間違いがなかったが、いきなりの実戦、想定をはるかに越えた物量、そして、親しかった味方の死という現実、それらのネガティブな要素が必要以上に彼女や彼らの精神を蝕み本来の実力を発揮できずにいた。
同士討ちだろうか?
遠目に見える真紅のウィザードがヘッジホッグを的確に破壊し、次なる得物をマークする。無機質な機械の視線が彼女を突き刺し、すくませる。
その機体は自分に向かって一直線に迫ってくる。
迎撃のつもりで申し訳程度に放った数発の弾丸は、全て回避される。
(私も死ぬの?)
目の前でゆっくりと展開されていくソードビットは、実際には高速で動いているはずだった。
(あれ、これが走馬灯とかいうやつなのかな?)
死の影が目の前にちらつき、恐怖に絶望した身体が凍りつく。
(死んじゃう、死んじゃうよ)
動きたくても動けなかった。
(あははは、怖すぎて笑える。泣きたいのに、涙さえ流せないよ)
悲鳴を上げたいのに、口を開けない、そして、開いている時間も残されていない。
思考だけが妙に落ち着いていて、自分自身のことであるはずなのにどこか他人事のように目の前の現実を認識していた。振り上げられたウィザードの大剣は、目の前の敵であるはずの自分に向けて迫る。
包囲するように展開されたビットが視界の端に映る。
(逃げ場は、ないか。あ、どうせ動けないから関係ないか)
「百合、百合」
不思議とゆったりとした時間感覚の中で声が響く。
自分の名前を呼んでいる声だ。
(これが、お迎えというやつなのだろうか? 一足先に行ったみんなに会えるのかな)
「はあああぁぁっ!」
裂帛の気合と共に振り下ろされた大剣が金属でできた身体を切断する耳障りな音が聞こえる。消えかかる意識の中で見たのは、ウィザードが彼女の肉体を守るように抱きかかえ彼女の真後ろにいたソルジャーを切り裂く姿だった。
「馬鹿、何で止まっているの、百合! 起きているのなら返事して」
聞きなれた友人、白百合真菜の声。
数秒の沈黙の後、はっと我に返る姫川。
「真菜っ!」
「百合っ!」
途切れかけた意識を呼び戻し、叫ぶように愛しい人の名前を呼ぶ。そして、救援がきたという事実が今更のように彼女を安堵させる。
「真菜、真菜なんだね。もう、会えないと思ってたよ」
「よかった、よかった。よかったよ」
少し涙ぐむような声でよかったと繰り返す白百合は、姫川の操るメイジから離れるとすぐに警戒態勢に戻る。
一時は錯乱しかけていた姫川も、幾分落ち着きを取り戻し、周囲を見渡す。ソルジャータイプに反射的に攻撃を仕掛けようとするが目の前に差し出されたウィザードの手がそれを制す。
「あれは味方、撃っちゃだめ。百合」
「先に行き過ぎだっての、白百合」
「そうそう。ただでさえ四葉君がいなくなって戦力が低下しているんだから、なるべく私達と一緒に行動してもらわないと主に私が困ります」
赤木の後ろからふわふわと漂うように桜井のアークエンジェルが追従する。
「ある程度は急がないと合流できる戦力にも合流できなくなる。時間が経てば経つほど数的不利にあるこちらが劣勢になるのは目に見えている」
教師陣のみならば誰も死なずに敵を全滅させることはできたのかもしれないが、敵の数の多さと守るべき対象が多すぎたことが事態を混乱させていた。
移動しつつ全員を守ることが不可能であると判断した教師陣は、自身が標的となり学生に合流を急がせた。離脱が困難だったとしても数がそろえばそれなりの戦力になるし、後方から迫る敵をさばくのは足手まといがいない方が効率的だという判断だ。
「今は少しでも戦力が多い方がいいか。次は、出入り口付近の分岐点に向かおうぜ」
「そうだね、助けられる仲間は助けないとね。お互いの、そう、お互いのために」
わざわざ二回言って『お互い』という部分を強調する桜井。
(……どうして私のチームのことについて聞かないのだろう?)
「行こう、百合。今は仲間を助けることだけ考えてればいい。それが自分自身を助けることにもなるから」
人を殺すという現実、殺したという事実。
彼らもそれについて考えていなかった訳ではない。
最終的には電研に入り、そういった仕事をするために宗光学院に入学したと頭では理解していたつもりだった。
だが、それは正しくない理解だったと姫川は再認識する。あるいは、意図的に考えないようにしていたのかもしれない。そう、人を殺すだけではない、同時に自分が殺される可能性も内包しているのだという現実を改めて認識していた。
(ああ、そうか。現実逃避や気遣いで聞かないのではなく、冷静に自分自身が生き延びるために現実を受け止めているのか)
「うん。私達の仲間を助けに行こう」
彼女の中に恐怖はまだある、だが、強く答えるその声にはもう絶望はなかった。