3‐3‐4 Untrue
同日、夜半。
草原に風が吹き、青々とした草がたなびく。
明の視界に同時に投射される幾つものウィンドウパネルと映像データ。いわゆる、達人と言われる人間の動き、武道のある種の到達点とも言える型。
未熟な者が行えば、演技以上の効果を成さないが、一定の技量や練度を持つものがそれを行えば武器と相成る。
人間の骨格、筋肉のデータをキャプチャーし、データとして自身の『ARM』を利用した近接戦闘用のアクションに組み込んでいく。見様見真似でもそれなりの効果を得られるものも少なからず存在するが、多くのAAが人型であるという最大の利点を活かすならば少なくともこの程度の訓練はしておくべきだと考えていた。
武装がなくなった際にも戦闘を継続できる点、特定の武術を学んだ者への対策、近接戦闘自体の錬度の完成など、利点は多い。
『GENESIS』がゲームであるという点や、派手な演出や過剰な攻撃力に目が行きこういった地味な作業をしようというものはほとんどいない。
実際、剣術など学んでなくとも盾ごと両断する程の破壊力を持つ剣を振るえば正しい斬り方など関係なく破壊するという目的は達成できる。
そのためか中途半端に剣術の知識があるものにとっては、ありえない行動をとる手合いが多くそれが思考の足かせになる場合も少なくない。例えば、剣を相手に投げることなど普通に剣を学んだ者にとっては邪法であり想定しない動きと言えるだろう。
しかし、明にとってこういった地道な作業は苦痛ではなく、そして通常ならばありえないやり方で様々な動きをマスターしていったことが戦闘科目主席の理由と言えるだろう。正攻法でそれぞれの動きをマスターしようとすればどうしても受けてしまう思考の呪縛が彼にはなく、正攻法も邪法も好きに組み合わせることができるのだから。
「なにか面白いことをやっていますね。是非とも『ARM』に登録する技名は、是非とも世紀末な拳法漫画を参考にして欲しいです」
「黒木か。勝手に人のプライベートエリアに入ってきて欲しくないのだが。というか、なぜにそんなに古いものを参考にしろと」
相も変わらず唐突に現れた客人に対して、明は戸惑う。そもそも運営システムの一部である彼女の侵入を防ぐ手段は存在しなかった。
「愛ちゃんです」
笑顔で言っているが、有無を言わせない迫力がある。
「いやだから、勝手に……」
「愛ちゃんとお呼び下さい」
感情が読めないのがむしろ怖い。顔こそ笑顔だが、怒っているのかもしれない。
「ええと、愛ちゃん。お願いだから、勝手に入らないで頂けるとありがたいのだが」
「ですが、こうやって意識体として仮想に顕現しなくても全てチェックしていますのでもとよりプライベートは存在しませんよ」
「はあ。それなら、見ていますよと理解できる現状の方が幾分かましか。しかし、いいのか仮にも『神』である愛ちゃんがこんなところで油売っていて」
「全体であり一部である私は、並列して作業することになんら問題はありませんから。ですから今は、黒木愛の意識を優先して暇そうにしていたあなたのところに来たわけです」
「つまり、暇つぶしに付き合えと」
「まあ、そんなところです。ネット上に散乱するサブカルの映像や画像を漁るのにも飽きてきたことですし。やることと言えば、監視とデータの調整くらいですし、ほとんど自動で処理されてしまうので私自身の意識としては暇なのですよ、すごく」
「話はわかるが、俺がそちらに付き合う理由にはならないような」
「そんな、ご無体な。そんなこというと四六時中監視しますよ」
半分涙目になりながら、愛が懇願する。面白いと思う反面、どんどん彼女の持っていた神秘的なイメージが崩れていく。
「わかった、付き合おう。しかし、ストーカーしますよと脅されるとは」
展開していたウィンドウパネルを閉じ、肩をすくめる明。
「ふふふ、今の私は暇を潰すためならなんでもしますよ。最初は、こんな生活も悪くないかな等と思っていましたが誰も話せる相手がいないし、暇で暇でしょうがないんです」
「まあ、事情がわかっている人間ほとんどいないか。でも、昔の友達とかと会ったりしないのか?」
「私、友達いませんので」
背筋を伸ばしてはっきりと言い放つ愛からは、妙な悲壮感が漂っていた。しかし、保健室登校のような状態になっていたことを考えれば無理もないことなのかもしれない。
「いや、そんな自信満々に言われても困るんだが」
「ですので、あなたには私の話し相手になってもらいます。覚悟してください」
「そんな覚悟しなきゃいけないような内容なのか?」
「私にとっては、それはもう重要なんです」
「おお、覚悟しよう」
「わ、私と友達になってください」
沈黙を草原に吹く風が破る。
「ええと、その、愛ちゃんは俺のことを友達と思っているからこそ、俺に話し相手になって欲しいと思ったんじゃないのか?」
慌てふためいた顔は、放心、思考、ひらめきと変わる。
「なんと、私達は既に友達だったんですね!」
「まあ、数回話した程度だが、そこら辺の線引きは個人個人だからな」
「じゃあ、友達認定ですね。マブダチです。夕日の照らす川原で殴りあったくらいの仲でお願いします」
「正直、女の子と正面から殴りあう状況にはなりたくないのだが」
「AAの状態だと色々な人間と阿呆みたいな回数やっているじゃないですか。今更です」
「性別わからないからな、あの状態だと」
「そういえば、ここのところ不審な動きをしている連中が多いみたいですから、後日行われる仮想での実技演習はご注意下さい」
「おいおい、特定の誰かに対してそういった情報を公開するのは、まずいんじゃないのか? 一応、運営システムそのものでもあるんだろう」
「日常会話の範囲内です。雨が降りそうだから、傘を用意した方がいいですよという程度のものですから、特に規律に違反する行為ではありません」
AIの公正さを示す、規律は思っている以上には緩やかにできているのかもしれない。あるいは黒木愛という人格が存在し、行動すること自体が想定されていなかったのだろう。
「しかし、本当に全部筒抜けなんだな。実技演習の日程まで知っているとは」
「ですから、学校を眺めているくらいしか私個人の暇つぶしがないのですよ。泡沫ギルドがうろちょろしているとか、大型ギルドが何か起こしそうだぞとか、私が把握しても面白くもなんともないですし」
「それはそうかも知れんが、その情報を命懸けで入手しようとしている連中がなんとなく不憫に思えてくるな」
「私、こう見えて『神』ですから」
そこまで大きくない胸を張り、偉そうに言う黒木愛。
「友達は少ないがな」
「それは言わないでー」
笑顔から、すぐに涙目になる彼女を相手にしつつ夜は更けていくのだった。