3‐3‐3 Untrue
クラス内の対抗演習が終了した放課後。
喫茶店『止まり木』のカウンター席にて。
「卒業後もこうして集まるなんて、想像してなかったぜ」
「そうだな。平治が本当に玉の輿になるとは想像していなかったな」
「正直、火の玉当りが妥当だと思っていたわ」
キリマンジュロブレンドをすすりながら鏡が静かにつぶやく。
「まあ、電研に入って以降は火の車とか火だるまという表現が適当だったとは否定しないぜ。今更なんにもならないが、俺もできるなら一緒に助けに行きたかった」
「天正院さんのグループが傾いていたんでしょ。仕方ないよ」
と店の奥にあるグランドピアノの方から水月が答える。注文したアイスミルクティを飲みながら次にどんな曲を演奏しようか迷っているようだ。
「人には人の道があるさ。望んでいた道、望まなかった道、前に進もうにも思う通りには行かないし、引き返すこともできないのが現実だ」
「明、かっこいい」
本心から思っているのだろうか、水月が笑顔を浮かべながら賞賛する。
「そうだな、だが誰しも自分の未来を選ばなくてはならない。望むと望まざるに関らず時がくれば選択を迫られることになるだろうね」
「魔女の片割れが面白いことを言うんだね。混沌を作り出し、死を積み上げる道を選んでしまった君が」
カウンター席の角にいた銀髪の少年が会話に割り込む。しわが一つもないシルバーグレーのスーツ姿はやり手のビジネスマンを思わせるが、少し幼く見える顔立ちが違和感を覚えさせる。
「あの『教皇』様がこんなところで時間を潰していていいのかい? 何かと忙しい身の上なのだろう」
苛立ちを隠すでもなく皮肉で応じる鏡。
「コーヒーが飲めないほど忙しい訳ではないからね。もっとも、仕事のついでではあるが」
「勧誘も仕事の内だったか? アティド・ハレさん。現実で会うのは初めてだったな」
「これは失礼した。初対面の方もいるのでしたね。初めまして皆さん、私はアティド・ハレと申します。以後、お見知りおきを」
飲んでいたコーヒーを置き、立ち上がり一礼する。無駄のない滑らかな動作は、どこか研ぎ澄まされた刃を思わせる。
「なんでこんなところに、『教皇』が」
放心していたのか、平治が今頃になって声をあげる。地元の喫茶店に同業者の間では世界的な有名人がくれば彼の反応の方がむしろ自然なのかもしれなかった。
「電研アジアブロック統括部長、三島平治中尉でしたね。中東ブロックではずいぶんと活躍してくれていたようで、こちらとしても助かりました。好きな食べ物は、奥様が作られるものでしたらなんでもいい、とはずいぶんと愛妻家なんですね」
「な、なんでそこまで知ってるんだ。新しい配属については、まだ明達にも説明していないし好きな食べ物は縁意外には教えていないぞ」
「『白の教団』は排他的な組織ではありませんから。電研内部にも私達の活動に賛同し、協力する者が少なからず存在します。もっともスパイや二重スパイも相互に存在しているのですが。それから、奥様はあなたのことになると何でも話してしまうようですので」
まだ、形式的な手続きは済ませていないので彼女さんでしたか。と続けられると顔を赤くした平治は口をパクパクとさせながら目を丸くする。
「持ちつ持たれつ、電研としても仕事さえこなしていれば文句は言わないか。それで俺達に何か用なのか?」
明に対して新城大地が釘を刺したように組織内部の人間には他の組織への所属を禁じている。しかし、それだけで徹底できるほど人間は簡単にはできてはいない。人によって、持っている思惑、思想、目的が違うのだ。
組織に従属することそのものを目的とする者、組織を利用して自分が成すべきことを叶えようとする者などそれぞれだ。
「近々ここら辺で何か起こるようでしてね。下調べに来たのですよ、あなた方の勧誘はただの偶然です。もし気が向きましたらこちらまでご連絡ください」
そういって、名刺を差し出してくるアティド。
「生憎とそちらの望みには応えられそうにないな」
「それは残念です。ですが、彼女の言うようにあなたは近いうちに選択を迫られることになるでしょう。そして、本当に自分自身が成すべきことをするためには何が最善かを選ぶことになるでしょう」
あっさりと名刺を引っ込めレジへと向かうアティド。会計を手早く済ませるとレジの対面にいる水月に対して会釈して店から退出する。
「よい演奏でした、天宮水月さん。いずれまた、お会いできる事を願います」
去り際にそんな言葉を残して。
「お前ら、俺が知らない間にすごい人物と会ってたんだな」
「AIが主催する大会、つまりは月例大会のことなんだが。そいつで少し顔を合せただけさ」
「縁はあまり話したがらなかったからな。どんな奴とやりあったのかと思えば、そういうことだったのか」
「天正院さんも全力で戦った結果ならば敗北でも受け入れられたろうが、片手間に戦いながら他のチームの戦力を掃討されては、屈辱以外の何物でもないだろう。倒すのは手間だが相手をしながら他の事をすることはできると言う評価だったのだろうね」
そして、最終的には戦闘していた自分達を差し置いて明を勧誘して離脱。始めから自分達とは目指しているものが違う、異質な存在だった。そして、目的を達成するためには他者を利用することをもいとわない。
「あいつには、悪いことを聞いてしまったな。ケーキでも買っていってやろう。マスター、ケーキセットをお土産に包んどいてくれ」
「ああいう気遣いが夫婦円満の秘訣なんだろうね、明」
飲み終えたミルクティをカウンターに置き、明の左側から水月が意味ありげに微笑む。
「そうだな、女性から愛されるためには、過去の詮索をせずに今目の前にいる相手を思いやる方がいいのだろうな。敗北した相手に対するねぎらいとか」
明の右側に座る鏡が、さっきまでの苛立ちが嘘のように笑いながら明を見つめる。
「ああもう、つまりはおごれと言うことだろ。マスター、ケーキセット三つと会計だ」
毎度あり、というマスターのスマイルは憎らしいほど爽やかだった。