3‐3‐1 Untrue
再び演習室にて、今度は明と鏡が机越しに対面していた。
「鏡のチームが勝ったようだな」
「ああ。しかし、最終的には個別戦闘での実力差が現れる形になったから水月に勝ったというよりは、単純に生徒の質の問題だろう」
基本的には生徒の希望を優先する形で教師陣に生徒が割り振られているために、その実力までは均等になってはいない。かといって、成績順で割り振ったからと言って均等になるというものでもないのだが。
「そうは言うが、相当鍛え上げたそうじゃないか」
「それは明も同じだろう? それにリアルタイムでの指揮が認められていれば、おそらくはこちらの敗北だった。ブランクはあっても彼女は強いよ」
「そうだな。何でも先読みしてすぐに諦めるくせもなくなったからな」
「主に君の影響でね」
「仲間が強くなるのはいいことじゃないか」
「相手にさせられたこちらの身にもなってくれ」
「……お疲れさまでした」
愚痴るように言う鏡に頭を下げる明。しかし、そんなやりとりも明にとっては不快ではなく、むしろどこか微笑ましいとさえ思えた。
「よろしい」
「さて、観戦するとしよう」
どこか大げさに話す鏡に対して明は薄っすらと微笑み、今という時を楽しむ。
「そうしようか。明」
そうして二人は祈るように十字架を握るのであった。
遮蔽物の何もない空間が地平まで続く『座標空間』で両チームは交戦していた。
破壊不能な無色の地面と触れることのできない縦横高さの三種類のラインが続く広大なフィールド。そしてそれは、何もないがゆえに地形の相性や初期配置での運の要素が限りなくゼロになる地形ということでもある。
「形式的には決勝でしたっけ?」
「たったの二回戦だけど、それでもそう呼びたいのなら」
「相変わらず手厳しいですね、白百合さんは」
「わかりきったことを確認するのは嫌味に聞こえる。特に四葉みたいに優秀だと」
「褒め言葉として受け取っておきましょうか」
「私はあなたの能力を認めてはいるが、性格は大嫌いだ」
軽くはき捨てるように白百合が言い放つ。
「それは残念だ。白百合さんのようにストレートなタイプは、私は好みなのですが」
「生憎と私には心に決めた相手がいる」
二人は会話をしながら、地上すれすれで加速と減速を繰り返す。ある程度は宙に浮いている方が回避に際しては自由度が高いが、防御に際しては警戒しなければいけない領域が半減する地面を背にする方が効率的であるという判断だった。
「愛は障害があった方が盛り上がるそうですよ。正面に敵四機確認、迎撃準備を」
「それについては同意するわ。でも今は、こちらから障壁を展開する」
自身と四葉の操るメイジを守るようにビットを媒介とした電磁障壁を瞬時に展開してみせる白百合のウィザード。
「瞬間的に六枚のシールドを展開とは、おみそれしました。しかし、同じ機体を使用している神代先生の指導を受ければよかったのでは?」
指導の傾向も新城先生と神代先生は近いようであり、どちらを選んだとしても似たような成果が得られた事は想像に難くない。であれば、単純に同じ機体を使用している教師を選ぶのが正解のように四葉は感じていた。
「彼女の理論は確かに便利、でも、彼女の模倣をしても彼女を超えることはできないから」
「正論ですね。さて、引きつけて何体かは仕留めたいところですね」
「それまでは私が守るから。だから、攻撃は任せたわよ」
「やれやれ、性格的にはあなたの方がリーダーに向いていますよ。予測射線のデータを転送します、できるべく受けるのではなく弾く形で防いでください」
牽制のつもりなのだろうか、無駄弾と思われる攻撃も多い。
アシストプログラムを起動すると視界に重なる形で提示ざれる破滅を帯びた赤い線。数秒後に二体のヘッジホッグが展開する死の雨が降り注ぐが、磁気の盾を以って完璧にいなす白百合。
しかし、透過迷彩で盾の死角に潜り込んだソルジャーがウィザードに踊りかかる。位置情報だけは把握しているが、相手が今現在どのような武器を持ち、斬りかかろうとしているのか、撃ち殺そうとしているのかさえ解からない。
見えざる脅威に対して白百合は、レーダーに映る方向のみを指定して大剣でコアユニットの保護を図る。大した時間稼ぎにもならないが、一瞬で十分だった。
「動かないで下さいね、白百合さん」
予知されていた奇襲は、数十からなるレーザービットが焼き尽くした。高さ等の正確な位置が把握できず無作為に座標に向かって打ち込まれた攻撃は、ソルジャーを見るも無残な鉄塊へと変えた。
ミサイルなどの遠隔武装を受けるのではなく、いなすことによって爆発による燃焼の発生を避け、防御の時間を短縮即座に攻撃へと繋げることで敵勢力を削ぐことに成功した。しかし、味方の敗北を悟ると敵は容赦のない続ける。
「ラスト一体は、エンペラーだったわよね。援軍が到着しないとこっちも不味いわよ」
「そうですね、私達には前回の例もあることですし。赤木君、桜井さん、そろそろ援護をお願いします」
上空をゆっくりと飛翔する一体の天使の背から、火線が走り一体のヘッジホッグを仕留める。アークエンジェルの背中からもう一体へと狙いをつける赤木だったが、そちらは即座にチャフを展開し遠隔起爆タイプの武装以外を完全に無効化した。
「こんな子供騙しだけじゃ、勝たせてくれないか」
次なる獲物であるエンペラーへと射線を向けようとした赤木と周囲を警戒していたはずの桜井の視界が弾丸と光線に埋め尽くされる。
「嘘、本体は有効射程圏外なのに」
「雲にビットを隠してたんだろ、しくったぜ」
本来であれば機動力の高いエンジェルシリーズも味方一体を乗せたままではその能力を十分に発揮できず、動く砲台はただの的となり打ち砕かれた。レーダー上では高さの座標が表示されない性質を利用した透過迷彩とのコンボだったが、相手の方が一枚上手だったようだ。
「四葉、お前は俺が倒す」
エンペラーの操縦者、三井が上空から四葉に宣言する。もともと四葉に対してライバル心を燃やしていた彼であったが、鏡の訓練を受けて闘争本能に火がついた。
手を出させないように指示をしているのか、ヘッジホッグからの攻撃が止む。
「一対一をお望みと言うことでいいのかい?」
「タイマンといこうじゃないか」
展開していたビットを自身へと集約させつつ三井が言い放つ。
その様子からは、以前の彼のようなお茶らけた雰囲気は微塵も感じられなかった。どうやら、神代の訓練で人格までも大幅に変わったようである。
「授業を私物化するな、アホ共め」
口ではそう言っているが、なんだかんだで一歩下がってくれるあたり、彼女もこの真剣な空気が読めないわけでもなかった。
「やはり、あなたは優しい。感謝しますよ、白百合さん」
四葉と白百合は、二手に別れそれぞれの敵へと向かう。二対二ではなく、個人対個人の戦闘が火蓋を切って落とされたのだった。