3‐2‐3 Opposition
とある古城の一室にて。
黒のロングコートを着た銀髪の大男と白いワイシャツにジーンズを着たブラウンヘアの小柄な青年が向き合っていた。
「米帝は、仮想の完全掌握を目標としているようだね」
「何せ実質的には犯罪ギルドである我々にまで声が掛かるくらいだ。そうだろう、皇帝陛下」
ウェーブが掛かった銀のロングヘアをなびかせて、ニクム・ツァラーが青年に話しかける。
「陛下はやめてくれ、ニクム」
白いワイシャツを着た青年こと、マクト・ロートシルトが窓際でワインを片手に呆れたような声で苦笑いする。
「あなたは俺の王だ。そして、それには相応しい呼び方がある」
「はあ、好きに呼べと言ったのはこちらだったな。首尾は?」
一転、真剣な表情で問うマクト。
「既に複数の国が統括するエリアを完全に制圧しました。今は、人材の供給を絶つべく俺の部下が動いている」
「面白いことになってきたな。ゲーム自体の進行はどこまで行っている?」
「あと数階層というところまで着ている。最後に、あのクソ野郎を見つけ出して始末するだけという段階だ」
「問題は、彼がどの程度実権を握っているかどうかだね。AIも含めた全てのコントロールを奪われたらこちらに勝ち目はない」
「だが、『GENESIS』を利用した戦闘なら勝ち目は十分にあるはずだ。来るべき決戦のための『黒の旅団』というギルドだろう」
「終末は、まだ先だよ。『白の教団』という障害もある、すぐに結果は出ないだろう」
「俺は、何年も待ってきた。あいつらに復讐するためだけに生きてきた。あんたもそうなんだろう?」
「なればこそ、焦ってはいけないんだニクム。年単位で費やした時間を絶対に無駄にしたくはないからね。完璧に完全に叩き潰して、あいつが創ったこの世界ごと吹き飛ばしてやる」
マクトの冷静さの奥には、抑え切れない狂気の炎が見え隠れしていた。
「くく、米帝もとんだ怪物を腹の中に入れちまったな。我々を御し切れるつもりなのかね」
「自分達が戦う前の当て馬くらいに考えているのだろう? 今頃は、漁夫の利を得ようと精々二枚舌三枚舌のピエロを演じているころだろうさ」
「最後には現実の武力がものをいうと信じているんだろうが、そちらも既にこちらが掌握しつつあるというのにな」
基本的には裏金の流通経路としての機能を持つ仮想は、広いエリアを統括すればするだけ莫大な利益を手に入れることができる。
そして、仮想を利用し不正に手を染める企業の実態をつかむことも容易い。幾千、幾億もの簒奪行為で稼いだ膨大な不正マネーを背景に『黒の旅団』は米帝の軍需産業を少しずつ、しかし、確実に侵食していた。
「の道はというが、我々を利用するつもりが我々に食われることになるとは考えてもいなかったのだろうね。とはいえ、完全に管理された社会などいずれは崩壊する運命だったのかもしれないが」
「人が創ったアルゴリズムが人を管理する。まったく、ペットに飼われる主人ほど滑稽な存在はないだろうに。あはははははは」
「飼われていることに気が付きさえしなければ、案外幸せなものさ。飼育されているブタが、自分の境遇を不幸だと思っているとは思わないね。そんなものは、人間側からの勝手な想像の押し付けに過ぎないんだから」
「実際、野生で生きているよりも楽に生活ができていることは間違いではないしな」
「それに、飼育されている状態と言うのは彼らにとっては適切に進化した結果なのかも知れないしね。野生で増えるよりも人間に飼育されている現状の方がはるかに効率よく種族を繁栄させているのだから」
「案外、家畜にされているのは飼育を義務付けられた人間の方なのかもしれないな。卵と鶏、あるいは、ウロボロスのような話だ」
「風が吹けば桶屋が儲かる、我々『黒の旅団』も特定の行為を別の側面から見てそれを肯定しただけの集団さ。ここで行われる戦闘は正しい権利であり、手に入れたものは自分のもの。倫理なんて不明確なものではなく、事実を受け入れただけだ」
略奪も殺人も仮想では肯定されうるものであり、感情や倫理で行動を否定する『白の教団』の方が異物であるという論理。ルールや戒律があるから悪と断じられる行為も、仮想においては否定される材料がないのだから現実のルールを持ち込む方がおかしいと言う話だ。
「まあ、正しいのか間違っているのかなんて、本人が決めればいいことだ。俺は、目的さえ達成できればあとはどうでもいい」
「君は、そうだったね」
クスリと笑い、窓辺にグラスを置く。
「では、征くとしようか」
「せのままに、マイロード」
朝日を背に進むマクトにニクムが追従するのだった。