3‐1‐5 Return
三島平治の場合。
「初回から来られないなんて、あいつらしいというかなんというか」
「我々の中では、彼が一番教師に向いている人材だと思うのだが」
「平治君、優しいもんね」
時は、正午。
学生食堂にて、昼食を取る明、鏡、水月の姿があった。
「あいつが担当していた中東エリアで、何かトラブルがあったらしいな。それが片付き次第こちらにくるそうだ」
「人事異動なら、適当に引き継いで置けばいいものを」
カップに注がれた有機紅茶を飲みつつ、鏡がいう。
「辛いところをいきなり新人には任せられない、なんて平治君らしいよね」
「損な性格だよ、あいつは」
「案外、君とは似たもの同士だと思うが。ところで、彼が受け持っていた講義はどうしたんだい?」
「休暇中の本物の教師を引っ張ってきたそうだ。まあ、外界とはかなり無縁な学校だからな代えもあまりいないのだろう」
「私達が教えているぐらいだし、適当に卒業生引っ張ってくればいいんじゃないの?」
「一応、電研の任務という扱いでの赴任だし、機密保持みたいな側面があるんじゃないのか? 例によって、俺は何も聞いていないが」
「相変わらず使えない奴だな、君は」
カップをテーブルに置きつつ鏡がぐさりと一言。
「ほっとけ」
「それはそうと、私は二人が演習している間どうすればいいの?」
「暇なら、見学している振りしながら生徒の様子を観察でもしていろ」
「教職に夢中で本来の任務を忘れないようにね、水月」
苦笑しながら明と鏡が言う。
「うう、いじめられた。酷いよ、二人とも」
うつむき軽く涙目になる、水月。
「明、君は鬼だな」
「さりげなく責任を俺だけに押し付けようとするな。鏡」
「私だけ、のけ者なんて酷いよ」
「って、そっちの方か。といっても、俺は生徒に決闘申し込まれただけだしな。本来なら、今日は演習なんてないし」
「私も売り言葉に買い言葉で、ついつい男子全員と演習すると言ってしまった。これが若さゆえの過ちというやつか」
さらに言うならば、鏡の発言で明の方にも何人か勝手に送り込んでしまった訳だが、そこは伏せておく彼女だった。
「そういうことなら、二人の言うように適当に見学していることにするよ」
「そうだな、好きな方を見ているといい」
とりあえず、普通に戻った水月をみて安心する明。
「それだと、どちらに行くか確定しちゃうんだけど」
とは、水月。
「馬鹿、それは違うだろ! 水月」
思わず突っ込みを入れる鏡の顔は少し赤い。
「冗談だよ、鏡。ほんと、鏡は可愛いなあ」
鏡を抱き寄せ、頭をなでる水月。
「やめろ、馬鹿」
と、口では抵抗するが、本気で振りほどこうとはしない鏡。
そんな様子を明は、どうしたものかと悩ましげな表情で眺めるのであった。
***
「全力でいかせてもらいますよ、新城先生」
「決闘ということならば、加減はしない。こちらも全力で迎え撃つ」
放課後、演習室から仮想に没入した明と四葉の二人が向かい合っていた。
転送されたエリアは、アリーナ。
黒木と幾度となく演習を繰り返した明にとっては、少し懐かしい場所への帰還だった。
「それでは、参ります」
「来い、四葉」
――《Translation》――
祈るように思考し、『GENESIS』を起動する。仮想空間上での肉体である二人の意識体は、その意思を反映し情報を上書きしていく。薄い透明な壁を抜けるような感覚の直後に、肉体は強靭な兵器、AAへと姿を変える。
明にとっては、見慣れたビジュアルエフェクトと共にシステムアナウンスが響く。
――【DUEL】――
「戦闘開始だ。いざ、尋常に」
「「勝負!」」
二人の声が重なりオープン回線上で響き渡る。
二人で戦闘するのにはいささか広大すぎるアリーナのグラウンドに、淡い光の羽を広げた青い機械の妖精、フェアリーと漆黒のローブをった黒い魔法使い、メイジがそれぞれの得物を手に対峙した瞬間に明は始動する。
――《Double strike》――
得意の速射を開始と同時にお見舞いする明、これで仕留められた過去のクラスメイトは開始一秒以内で決着という最高に不名誉な記録を手に入れ、二度と明とは戦闘しなかったそうだ。
「これで終わってくれるなよ」
着弾を示す轟音と白煙。
メイジは、左手に盾を持ちフェアリーの攻撃を防いでいた。メイジは盾に隠れるように半身になり、右手にはミスリルソードを構えて、弓を引くように剣を掲げる。
「神代先生から話を聞いていなければ、瞬殺でしたよ」
そして、半身の体勢を維持したまま突進してくるメイジに明は、喜びすら感じる。
(へえ、それなりにいい人材がいるんだな)
たとえ、事前に話を聞いていたからといっても、反応できなければ攻撃は防げない。圧倒的な速度で放たれた弾丸を防いだのは、彼の実力があってこその芸当だ。
胸部装甲、おそらくはその先にあるコアユニットを破壊するために放たれたすさまじい速さの突きを、わずかに身を反らすことで回避するフェアリー。細身の機体は、装甲が薄いが回避には適している。
盾という死角からに潜り込むフェアリーは右手に剣を、もう片方の手にリニアライフルを構え、斬りつけつつも弾丸を放つ。
メイジが剣を盾でパリイするが斬撃は脇からローブを突き抜ける。
仕留められなかったが、そのまま終わらせるつもりのない明は、腰を落とし脚払いで相手の体勢を崩しに掛かる。前のめりに倒れる相手の顔面にブースターを吹かし、ひざをめり込ませる。
ブリッジのような体勢から地面に手を付き、逆立ちするようにさらにあごに蹴りを打ち込み、そのまま空中へと離脱する。
両者の間合いが離れるとメイジの武装がこつ然と消える。メイジの持つアビリティ『』の効果を利用した、戦闘中の武装変更。
一瞬で装備を変更した四葉はリニアライフルを両手に構え、レーザービットで構成されたローブが彼の前で蜂の群れのように展開される。
「一斉攻撃での即時制圧か。だが、残念だったな」
銃口が淡く輝き攻撃が放たれる刹那、明は予見していたかのように滑らかにリニアライフルとプラズマライフルを両手に構え正確にレーザービットを撃ち抜いていた。
その攻撃は、以前の彼の言葉を体現するかのようであり、四葉が一瞬見とれてしまう程に鮮やか手際だった。
「……美しい」
そうつぶやいた四葉が我に返ったのは、中空から炎の剣を持って襲い掛かるフェアリーの姿に戦慄したからであった。
恐怖から反射的に放たれた数十の弾丸は、実体のない蜃気楼を突き抜けるばかりであり、直後に襲い掛かる本体がメイジの身体を両断した。
――【THE END】――
二人の白熱した勝負を見ることができて興奮しているのか、アリーナには割れんばかりの歓声がこだまする。なぜか演習に参加することになった十名程度の生徒の面倒を見ることはできそうになかったので、明は見学という名目で観戦させていた。
「……負けました」
「だが、いい勝負だった」
砕けたガラスのようにポリゴンが霧散する一瞬、二人はそんな言葉を交わした。
明は、そんな光景にどこか懐かしさを覚えるのだった。
それから数十分後、演習室に駆け込む男の姿があった。
「待たせたな諸君、真打ちの登場だ。主役は最後に帰還するのだ」
息を切らせながら現れたのは、高速で引継ぎを終わらせた三島平治。
しかし、そこでは明が演習を終わらせて戸締りをしようとしているところであった。