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ROG(real online game)  作者: 近衛
三章
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3‐1‐4 Return

 天宮水月の場合。

 

 「本日より、皆さんに一部の科目を教えることになりました、天宮水月です。私自身、宗光学院を卒業して間もないので、教える事以上に皆さんから教えられることも多いと思います。初めての事ばかりですから、わからないと思ったらどんどん質問してくださいね」

 

 無難なあいさつを済ませる水月。神代の前例もあるので、若干おとなしくなっているがそこは若い学生。

 質問していいとなれば行動が早かった。

 

 「天宮先生、神代先生、新城先生の三人は、電脳技術研究所のポスターになっていましたがどのようなご関係で?」

 

 これは姫川からの質問。

 

 「学院生時代からの友達ですね。あのポスター、鏡と明の二人はすごく格好良く映っていたから取りなおして欲しかったなあ」

 

 あと平治君も友達だよ、と慌てて付け足す水月。

 

 「……無難な解答ですね」

 

  ぼそりとつぶやく白百合。

  しかし、その言葉は笑顔の水月には全く届いていない。

 

 「それでは、最近になっていきなり電研に新制服が導入された経緯について何かご存知でしょうか?」

 

 「単純に宗光学院生のためのPR目的、それとあとは新城大佐の趣味らしいね。男子の制服については、適当に流してデザインして。女子の制服は、その何倍もの時間を掛けて打ち合わせして作成したらしいよ」

 

 これ、言っていいのかな。と完全に言い切ったあとに言い出す水月。

 そんな彼女の様子にしばしクラス全体が呆然とする。

 

 「ふふ、新城大佐とは話が合いそうです」

 

 誰もが沈黙する中、白百合だけが目を輝かせて答える。

 

 「ほんと、格好良さと可愛さが上手く融合しているよね。それに、私としても服を選ぶ必要がなくなってすごく助かっているのです」

 

 暗に自分がずぼらである、ということを自白しているのだが、そんなことは気にも止めずに水月が話す。


 「特に女性は助かりそうですね。ええとそれでは次の質問に移ります。お聞きしたところによると新城先生と神代先生はかなり強いらしいですが、天宮先生と三島先生も同じくらい強いのでしょうか?」

 

 戦闘での実力が彼らと同じか、それ以上のものであれば割と死活問題なので、姫川は三角関係などのスキャンダルより実利を選んだ。

 

 「うーんと。私は二人に助けられたばかりだし、平治君は最近会ってないからよく解からないかな。でも、学院生時代に明、鏡、平治君の三人は、チームを組んで大会に参加したりしていたから同じくらいの強さなんじゃないのかな」


 姫川は教師を選択するタイプである演習系の授業は、天宮先生にしておけば平気であると確信して足元で小さくガッツポーズをした。三人が同じ程度、そして、助けられたという発言からそこまで推測したのは悪くはなかったが、その選択が正しいのは定かではない。


 「ところで、天宮先生はどのような講義を担当しているのでしょうか?」


 四葉が、根が真面目過ぎるのか本気で興味があるような様子で講義について質問する。

 

 「そうだった、講義しなくちゃいけないんだ。忘れていたよ、ありがとうね」


 手を軽く叩き、水月が満面の笑みで感謝すると、四葉がたじろぐ。

 そして、クラスの中で彼女の印象が固まり始める。

 どうやらこの人は、天然という奴なのではなかろうか、と。

 

 「それでは、仮想空間における現象の発生に関して説明します。多少難しいかもしれませんが頑張って理解してください。いきますよう」

 

 そういって、生徒達に微笑みかける水月。

 

「が、頑張ります」

 

「はい」

 

 そんな様子に生徒達は少々緊張して応じた。しかし、鏡のときに比べれば穏やかだったのは言うまでもない。

 

 「まず、前提となる基本的な知識として、仮想空間は現実を模倣したものではありますが、イコールではないということは皆さん知っていますね」

 

 「ふぁあ、そりゃ、あんな訳のわからない建築物やら、フィールドなんて現実にないしな」

 

 眠そうな目をこすりながら、三井が相槌を打つ。

 

 「うんうん」

 

 内容が想像していたものよりは簡単で安心したのか、にわかに活気付く教室内。

 

 「それは、もちろんその通りなのですが私が言いたいのは、仮想空間は現実の世界とは異なるロジックで構成されているという点ですね。世界が構成される要素から、物理法則に至るまで全てが違うといってもいいのかもしれません」

 

 淀みのない澄んだ水月の声は、それだけで注意をひきつける。

 活気付いた教室は、水を打ったように和いでゆく。

 

 「これは、地球複数個分あるといわれる仮想空間すべてに対して、分子レベルで再現することが困難とされるからです。例えば、意識体は内蔵などの器官を保有していますが、そこで再現される肺は呼吸を必要としません。空気がいらないなら、そもそも外見だけ再現すればいいのではないか、という話になりますが、そういうわけにもいかない理由があります」

 

 何故だかわかりますか、と繋げ教室を見渡す水月。

 真っ先に挙手したのは、四葉だった。

 

 「四葉君でしたね、どうぞ」

 

 「はい。それは、人間が本来あるべき姿をイメージしやすく、また、感覚の誤認をなくすためと言われています」

 

 「正解です。四葉君は賢いですね。そもそもが、人間の脳に作用してこれが本物の肉体であると勘違いさせることで操作する意識体には都合がよいといわれています。しかし、この感覚はどこまでいっても錯覚でしかなく、意識体がAAに姿を変えても問題は発生しません」

 

 そもそも、呼吸も食事も排泄も仮想においては全て不要であり、これが第二の現実であるという感覚を促すための材料以上の存在にはなりえない。

 

 「話を少し戻します。異なるロジックで構成されている、と言いましたが。それではどのような論理で構成されているか、といいますと。かなりいい加減なルールで構成されています。例えば物質の落下は、現実において物体はA地点からB地点において無数の点を通過し、重力に引かれ、空気による摩擦を受け、地面に衝突し、衝撃を地面に伝え、均衡が取れた状態になることで停止します」

 

 まくし立てた内容を同時に背面にあるホワイトボードに投影しながら、教壇にペンを落としてみせる水月。ちなみに、ここに投影されている内容はPIT経由でダウンロードが可能であり板書しているから、少し待ってくださいなどという前時代的な言い訳は通用しない。

 そして、人間を模した肉体が機械に変わってもそれが自分の肉体であると勘違いできる程度には雑な認識なのだといえば、いい加減という表現もあながち間違ってはいないのだろう。


 「しかし、仮想においては忠実にこれを再現する必要性は全くなく。人間が信じてしまう程度に偽装ができればそれでいいのです。つまり、何か物体が落下したように見えて、最終的にそれが停止すればいいということです」

 

 「それは、結局どういうことなんでしょうか?」

 

 さっぱりわからない、という表情で三井が質問する。

 

 「早い話が魔法に近いんです。特定の物体に対して、一定の働きかけをすることで、結果を引き出す。魔法使いが呪文を唱えて火を生み出すように、仮想で走ろうとする我々の意志が、意識体を走らせるということかな」

 

 「そして、そこには複雑な筋肉の連動や空気の摩擦などの障害は存在せず、結果として動いているように見える現象が発生している。ということでしょうか、天宮先生」

 

 捕捉するように四葉がつぶやく。

 

 「そういうことです。そして、これがAAでの戦闘ではより顕著に現れますね。例えば、銃で相手を攻撃したとすると、物体が移動するであろう時間だけ選択の余地がありますが、攻撃が発生した時点で相手へのダメージが先に決定してしまいます」

 

 つまり、向けられた銃口、放たれた弾丸は、途中で回避や相殺という選択がされない限り、着弾というエフェクトを発生させ、破壊という効果を発生させる。その過程にある地点間の移動は視覚上に再現されるものでしかなく、全てが数式化された物理現象ではない。

  

 「そして、ほとんどの現象は特定の経過を経る事で結果を引き出すのであって、厳密に計算され現実を模倣したものではありません。これが現実と仮想の違いです。難しい話でしたけど、理解できましたか? 皆さん」

 

 「はい、すごく賢くなった気分です。先生」

 

 とは、三井。

 

 「それこそ錯覚だろうが、三井」

 

 さりげなく毒を放つ、白百合。

 彼女は特定の対象以外には、かなり厳しい性格のようだ。

 

 「皆さん、講義をきちんと静かに聞いていて偉いです。私なんて、ほとんど学校にいませんでしたから尊敬してしまいます」

 

 これは、どう突っ込むべきなのかとクラスが短い沈黙に包まれると、その静寂を破るように終業のチャイムが響くのであった。

 

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