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ROG(real online game)  作者: 近衛
三章
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3‐1‐3 Return

 神代鏡の場合。

 

 「神代鏡だ。本日より、授業を受け持つことになった。以上だ」


 電研の制服に身を包んだ彼女の姿は、新制服のお披露目と同時に宣伝の効果も兼ねていた。そして、スタイルの良い神代が纏う白い制服は、下手なモデル並みに視覚に訴えるものがあった。


 「質問タイムとかはないんですか?」


 お調子者の学生こと三井が声をあげるが、美人を前に緊張したのか声が若干上ずっている。


 「ない。しかし、質問は認めよう」


 あくまでも淡々と答える鏡だが、生徒と自分の間に相互理解は必要と判断したのか質問そのものには応じる姿勢だ。


 「じゃあ、先生のスリーサイズは?」


 どうやら、明の忠告は無駄に終わったようだ。

 

 「ほお。いい度胸だ。今死ぬか、後で死ぬか選ばしてやろう。どちらがいい?」

 

 殺気だけで相手が殺せるような強烈な念を相手にぶつける鏡。

 顔は笑っているが、その声は強烈な殺意に満ちていた。

 

「……あとで死ぬ方でお願いします」


 足元にあったカバンからスタンガンのようなものを取り出そうとしていた鏡の姿をみて学生達はそれ以上危険な質問をしようとはしなかった。三井は、お調子者ではあっても自殺志願者ではないようだった。


 「放課後に演習室にこい。戦いの何たるかを体に刻んでやる」


 「……死なない程度にお願いします」


 「それはお前次第だ。保障しかねる」


 「ひいいいいいぃぃっ。てか、そこは約束してくださいよ」


 悲鳴が教室に響き渡るがそんなことはどこ吹く風と、授業を開始する鏡。


 「さて、馬鹿は放って置いて授業を開始しよう。仮想における物体の運動とその操作に関して説明する。いいな」


 「は、はい」


 「イエス、サー」


 「りょ、了解しました」


 「お願いします」


 その迫力にびびってしまったのか、一部のクラスのメンバーは変な解答を返すが、やはりそんなことなど全く気にしない鏡。


 「一般的に複数の対象を並列して処理することは困難だ。遠距離武装、特に遠隔操作系の武装が好まれないのは、その扱いの難しさ故といえる。これは、右の手で円を、左の手で三角形を同時に描こうとするときれいに描けないことからも解かるだろう」


 「操作する対象が多くなればなるだけ、その操作は煩雑を極めることになる。ならばその問題点を解決する策がどういったものか、わかるものはいるか?」


 「はい」


 優等生然とした態度で四葉が、その場で挙手して答える。


 「言ってみろ」


 「アシストプログラムを起動し、対象の処理をグループ化して自己の処理する情報量を減らすこと。訓練による習熟などが考えられます」


 「悪くはない。だが、プログラムによる固定的な動作では対処法が画一的になってしまう欠点がある。訓練による習熟については、確かにそれで操作する対象をある程度は増やすことが可能になるだろうが、限度がある。それも大した上昇も見込めないだろう」


 「テストでは、それで正解だったと思うのですけど。何がおかしいんですか?」

 

 姫川が合いの手を入れる。


 「私の話の途中だ、できるべく遮るな。それに、悪くはないと言っている。だが、根本的に自己の処理する情報量を減らすこと。これが、一番の早道だ。複数の対象を操作するのが難しいなら単一の対象にしてしまえばいい。それだけのことだ」


 「それって、矛盾していませんか? 複数の対象を操作するのに単一の対象にするって」


 なんとか絶望の淵から復活した三井が聞く。

 

 「そうだな、少々説明が足りなかったな。ふむ、お前達は普段文章を読む際にどうやってそれをこなしているか説明できるか?」

 

 「えっと、まず文字を追って、それを黙読して、頭の中で文を復唱しているというところでしょうか?」


 それがいったいなんの関係があるのか、と疑問に思いつつも三井が答える。


 「ね正解だ。一文字一文字を認識し、単語化し、それらの組み合わせを読み取ることでこれが文章となるわけだ。では、本を早く読むにはどうしたらいいと思う?」


 「文字を早く追えばいいのでしょうか」


 「斜め読みをする」


 とは、三井の答え。


 「単語を拾い読みする」

 

 次いで、姫川が続く。

 

 「根本的な勘違いをしているな。もっと効率的なやり方があるだろう。ページ毎の文章を一枚の絵として認識すればいい。そうすれば、君達が認識するべきものは何百もの文字ではなく、たった一枚の絵に変わる。ページごとに何十秒と掛かっていた時間は、一秒かそこらに短縮される」

 

 「要するに、速読のメカニズムの応用ですか」


 無駄に眼鏡を押し上げ、静かに答える四葉。

 

 「なかなか察しがいいじゃないか。複数の対象を同時に操作使用とするのではなく、一枚の絵が切り替わっているようなイメージで操作をすれば、結果的には同じ効果が得られるというわけ。どちらが簡単なのかは言うまでのないでしょう」

 

 右手と左手で別のことをすると意識するよりは、現実の自分がどう動いているかをイメージする方が簡単なのは言うまでもない。無論、実際にそれだけで何とかなるほど楽なものではないのだが、イメージという思考が直接的に結果として働く仮想空間ではそれで十分だった。

 

 「すげえ、二年以上聞いてきてさっぱりだった座学が一時間で理解できたぞ。あのクソ教師どんだけぽんこつなんだよ」

 

 「あの無能は、まだいたのか。って、一年しか経ってないか」

 

 「無能って、教師的にはまずい台詞な気がしますが……」

 

 さりげなく白百合が突っ込む。

 

 「事実だろう。どうせ運動に対して、適切な物理エネルギーが伝わるようにルーチン化した運動をどうたらとか意味不明な内容を永遠と続けていたんだろう」

 

 「まあ、その通りなんだけどさ」

 

 おどけるように三井が言う。

 

 「とりあえず、ポンコツが誰を指しているか伏せておけば問題ないだろう。ここまでで質問があるものはいるか?」

 

 「スリーサイズをお願いします」

 

 さりげなく、質問する三井。

 ここまでくるといっそ清々しい。

 

 「カップがFで上から96……、しまった、条件反射的に回答してしまった」

 

 鏡が顔を真っ赤にして口を覆うが、既に遅い。

 一部の男子生徒たちが大いに盛り上がり、女子生徒たちは可愛いなどとはやし立てる。

 

「そうか、男子諸君は死にたいらしいな。四葉以外全員で、放課後に演習室にこい。まとめて相手をしてやる」


 どす黒い殺気をみなぎらせ、不気味に目を輝かせて鏡が不敵に笑う。

 その笑顔は本来、笑うという行為が攻撃的な行為であることを強く感じさせた。女子生徒たちは自分達が対象から外れたことに安堵している。

 

 「ちょ、なんで四葉以外なんすか! 不公平だ」


 恐怖に一瞬たじろぐが、一方的な言い方に至る所から不平不満がする。

 

 「ただ単に先約があるならそちらを優先させた方がいいと思っただけだ。新城先生と決闘するのだろう?」

 

「はい」


 静かに四葉が答える。


 「とりあえず、私の方に来てもあちらに行っても同じ結果になるだろう。不満があるものは、あちらに行っても構わないぞ。ただし、そちらの方が楽だとは思わないことだ」

 

 「それは、一体どういうことですか?」

 

 ふと、疑問を口にする四葉。

 

「演習室のレコードは全て学生時代のあいつものだからな。同じ水準を要求されるとは言わないが、かなりハードなものになるだろう」

 

 沈黙する教室。

 

「あれって、デフォルトで設定されているスコアじゃなかったんだ。全部同じ名前だったから気にしたことなかった」


 呆けたように姫川が口を開く。


 「どうやら、とんでもない人にを売ってしまったようだ」


 いなのか、軽く体を震わせる四葉。

 明本人はそれほど自覚していないが、学生時代から彼はそれなりに有名な人物だった。電脳技術研究所の所長でもある、新城大地の息子であることや、実技の実力がトップだったこともあり他の学年にまで名前が知れていた。

 

 「まあ、せいぜい瞬殺されないように注意しろ。トラウマになるから」

 

 『強いて言うならば、相手より先に制圧して、そもそも攻撃させないことだな』という明の発言が、彼の中で急に現実味を帯びてくる。

 

 「さて、そろそろ時間のようだ。理解しにくかった部分は実践で理解してもらうことにする」

 

 そのタイミングを見計らったかのように、終業のチャイムが鳴り響く。

 

 「それでは、放課後に会おう。男子諸君」

 

 死刑宣告にも等しいその言葉は、教室に絶叫をもたらしたのだった。

 

 

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