3‐1‐2 Return
新城明の場合。
宗光学院。
電脳技術研究所と提携している国立の学校であり、専門教育に特化した教育機関である。
新城明、神代鏡、天宮水月の三人はここに教育実習生として赴任することになる。
無論、一時的な赴任ではあるのだが、それぞれが講義を行うことになっていた。全員、服装は電研の新制服の着用が義務付けられており、近く配属されることになる電研の宣伝という側面もあった。
「今日からしばらく、ここで講義を行うことになった新城明だ。若輩者ではあるが、全力を尽くしたいと思うのでよろしく頼む。といっても、つい最近までは自分自身がここの学生だったのでそんなに堅苦しくしないで構わない、気楽にいこう。質問があれば、挙手してくれ」
一気にまくし立てるように明は話したが、最後の気楽にいこうという部分だけは伝わったのか、生徒達はそれぞれに挙手をして質問を始める。
「はい、先生は何の科目を受け持つんですか?」
「AAでの実技や座学なんかを担当する。同時に赴任してきた三島平治、神代鏡、天宮水月も細部は違うが似たような部分を担当することになっている」
「二股を掛けているんですか?」
連続して質問をしてくる女子生徒。
PITを介して事前に渡された画像付きの生徒名簿の情報を照会しながら確認すると、名前は姫川だったか。
ウェーブの掛かったロングの茶髪がなかなか印象的な学生だ。
「元クラスメイトだよ、全員な」
とりあえず、さらりと流す。
「そもそも恋仲ですか?」
案外ねばるようだ。
「ただの同僚だ」
まだまだ流す明。
「好きな料理はなんですか?」
これは、別な生徒。
普通な質問をしてきたのは姫川のお隣、白百合。
なんとなく、お嬢様然とした雰囲気の生徒だった。近縁メガネをかけて整った身だしなみに、切り揃えられた黒髪はどこか育ちのよさを感じさせる。
「ラーメンだ。特にとんこつが好きだな」
「実技担当ということは、強いんですか?」
やはり男子生徒の興味はそういった部分が大きいのだろうか、質問に性別がある程度関っているように明は感じた。少し感心して事前に渡されていた生徒のプロフィールをARで確認しつつ話を聞く。
(こいつの名前は、か。確かかなり成績がいい生徒だったな)
「まあ、それなりに。多分、学生よりは強い」
「曖昧ですね」
ポーズなのか、それとも単にずれているからなのか眼鏡の位置を直しつつ長めの髪をかき上げ口を開く四葉。
「そちらの実力を完全に把握している訳ではないからな」
「巨乳派ですか、貧乳派ですか?」
再び姫川。
彼女はゴシップ好きなのだろうか。
「別段、胸の大小で相手を判断しないよ。敢えて言うなら美乳派だ」
たまにはこういったふざけた質問にも答えてやる明。女教師相手ならば普通にセクハラな気がするが、年齢は一つしか離れてはいないとはいえ相手は学生だ。
「眼鏡はかけますか?」
と今度は、眼鏡の白百合が再度質問してくる。
彼女は、割とおとなしそうな印象だったがそうでもないようだ。
「視力はいい方だ」
無難に回答する。
「BLはいける方ですか?」
さらにもう一つ質問してくる。
「よくわからんが、いけない方だ」
(そもそもBLってなんだ? ベーコンレタスバーガーのことか?)
「神代先生のスリーサイズは?」
小生意気な感じの短髪の男子は、三井猛。
活発な奴は固まっているのか、四葉の隣だ。
(というか、それは俺を経由してまで知りたい情報なのか)
「死にたくなければやめておけ。まあ、死ぬ覚悟があるなら自分で聞け」
かなりへこんだ様子の三井を放置して続きに移る。
「受けですか? 攻めですか?」
どうやら、おとなしいという印象は明の勘違いだったようで、マシンガンのように質問してくる白百合。
「そもそも質問が意味不明だ」
「新城先生の趣味はなんですか?」
助け舟のつもりなのか、四葉がまともな質問をしてくる。
「読書。質問をそろそろ打ち切るぞ、本当にしたい質問にしぼれよ」
「神代先生と天宮先生はどちらのスタイルが好きですか?」
これは三井、案外こりない性格のようだ。
(こいつは確かにこりないが、体の凹凸がはっきりした鏡とスレンダーな水月ねえ。どちらが好みかと言われても、性格まで含めて考慮してしまうな)
「どちらも敵には回したくないバトルスタイルではあるな」
明は内心で苦笑しつつ、あえて別の回答をしておく。
「あ、逃げた」
と姫川。
「大人の処世術だ」
「攻略するならどちらが楽ですか?」
とは、三井。
本当にこりない奴である。
「又、意味深な。危険球は投げたくないのでノーコメントで。次で最後だ」
姫川の小さく舌打ちする音が聞こえる。
(あぶね)
「是非とも私と付き合ってください」
何故か目を輝かせつつ白百合が質問する。
「ご遠慮させてもらいます。というより、それは質問ではない」
多少は残念がってはいるようだが、イエスと言った場合がどうなっていたのかは想像したくもなかった。
「じゃあ、私と決闘してもらえますか?」
これは四葉だった。
彼は明達と同じ人種なのかもしれない。
「疑問系にすればいいという問題でもないような。まあ、実技演習なら付き合ってやる。放課後にでも待っていろ。そろそろ、講義を開始する」
「はーい」
割と和やかな雰囲気で授業が開始される。
「AAでの戦闘に関する技術について、説明する。といっても、俺の場合は体で覚えた口なので実技部分が多くなる。説明も下手だと思うが、そこは諦めろ」
「しゃー。実技だ」
三井が大げさに喜ぶ。
しかし、彼らは知らないのであった。
これから起こるであろう地獄を。
「まあ、軽く流すつもりでやるが、希望者は四葉のように俺に挑んできても構わん。俺自身、先生に指名されて何度も戦闘訓練をしてきたからな。とりあえず、今日は座学だ。いいな」
「はい、新城先生」
クラスで声が重なる。
くすぐったいような気もするが、悪くはないと思う明。
「まずは、仮想空間での戦闘で最優先されるのは、相手の破壊でも、任務の完遂でもない。自身の生存である。ゆえに、俺は基本的な戦闘技術についてレクチャーする」
教壇に手をつき、クラスを見渡す。
(俺は、値踏みされているのか? 最初ぐらいはみんな真剣だな)
「AAでの戦闘は、基本的に二種類の武器を使用することで行われる。一つ目は近接武器、二つ目が遠距離武装だ。そして、遠距離武装の最大の利点は一方的に相手を制圧できることにあるが、戦闘において近接武器が未だに使われていることには理由がある」
疑問に思ったのか、考え込むような生徒がちらほらみえる。
「それは遠距離武装の命中精度の悪さだ。これは、使用される兵器の性能が低いということではなく、直進しかしない弾丸が立体的な軌道で、なおかつ高速で動き回るAAを捕捉できないことに起因する」
一定以上の距離を保ってさえいれば、相手が発射モーションに入った直後に始動しても回避がほぼ確実に成功する。これはAAが初速からかなりの速度を発揮できることと、一方的に攻撃できる間合いでは、両者の距離が相当程度離れているなどの理由がある。
追尾性能のあるミサイルなどもあるが、追尾性能がそこまで高くないこともあり射撃武器の絶対的な優位性を確保できる、というレベルの差にはなってないのが現状だ。ベースとなっているのはゲームであるがゆえに、現実の近代兵器とは勝手が異なるということだろう。
「ゆえに、相手に確実に命中させるためにはかなり近付かないといけない、というメリットとは矛盾した状況が発生する。これが、我々が戦闘の際には一定程度の距離を保ちつつ円を描くように移動しつつ戦闘する理由だ」
フィールドによっては、円の形が途切れたりすることや、楕円を描く場合、あるいは八の字を描く場合もあるが基本となるのは円だ。
「ゆえに、相手の動きに反応さえできれば射撃武器はほぼ当らない。また、索敵の範囲を最大レベルである5に設定しておけば弾丸が認識できた直後に回避に移ることで回避が可能だ。無論、相手のジャミングによる相殺があるので理論どおりには行かないが」
索敵とジャミングは対応関係にあり、合計五段階に割り振ることで設定する。自身を中心とした円状の範囲にレベルに応じて拡大する。しかし、ジャミングに対して索敵は優先されるので一定程度の視界、レベルゼロであっても有視界のみは常に確保される。
これは、ゲームとしての『GENESIS』の名残なのだろうといわれている。おそらく互いにジャミングを高レベルに設定して共に視界が完全になくなり、両者が盲目状態で戦闘するという状況をなくすための処置ではないかといわれている。
ただし、『神の眼』という、完全な上位互換の索敵方法が存在しているため、概念としては形骸化している部分でもある。
「しかし、機体の運動のみで完全に回避することは困難な場合もある。そこで登場するのが近接武器だ。刀剣によるパリィ、盾による防御が比較的容易だ。これ以外にも弾丸による相殺、チャフによる妨害などが有効な対処手段といえる」
「えーと、剣で防ぐ方が弾丸による相殺より難しいのではないでしょうか?」
勉強に関しては自信がないのか、おどおどとしながら三井が質問する。
「いい質問だ。これは簡単な話だが、剣や盾で防ぐのは重要な部分だけをカバーすればいいから、自分は相手の攻撃を受けるだけだ。逆に弾丸は相手の攻撃に対してある程度は正確に命中させなければ意味がなく能動的な動作か必要となる。どちらが簡単かは、わかるだろう?」
納得したのか、してないのかよくわからない表情で三井が引き下がる。
「まあ、言われても理解しにくいだろうから演習のときにでも実演してやる。見て理解しろ。その方が手っ取り早い。捕捉となるが、弾幕での相殺も有効だが、無駄弾が多く弾丸の再装填までの時間が掛かること、ときたま抜けてくる攻撃に対処が遅れることがあるのでベストな選択とは言いにくい」
とはいえ、どの対処の方法もかなりの訓練が必要であることは言うまでもない。
又、弾丸の再装填についてはゲームのシステムがオートで行うために一定以上の速度に変化する事はない。
「ベストな選択ではないのでしたら、ベストな選択はなんなのでしょうか?」
これは、四葉だった。
真面目そうな性格が質問からもにじみ出ている。
「答えなど状況に応じていくらでも変わると言ってしまえばそうだが、これはか無責任な解答だな。強いて言うならば、相手を先に制圧して、そもそも攻撃させないことだな」
唖然とした顔で四葉が引き下がる。
それができれば苦労はしないとでも言いたげだ。
終業のチャイムが鳴り響く。
こうして、明の初めての授業はつつがなく終了した。