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ROG(real online game)  作者: 近衛
二章
50/151

2‐5‐5 Hell

 草原に風が吹き、草がたなびく。

 勝者となった明は、強制的にプライベートエリアに転送されていた。


 「また、お会いしましたね」

 

 「黒木愛か?」

 

 「半分は正解、半分は不正解」

 

 「イエスでもノーでもない解答ができるんだな」

 

 そこにいるのが、零と一以外の論理も内包したAIであると明は理解した。

 彼女との会話が自然に行えるのは、ただ単に似た事例を参照にしているだけではなかった。

 

 「擬似人格プログラムでもあり、人間でもあり、数式の羅列でもありそれらは全て私という情報体を構築する一面の真理ですから」

 

 「それで、俺はあんたをなんて呼べばいい」

 

 「愛ちゃんとでもお呼びください」

 

 明はハンマーで叩かれるような衝撃を受けていた。鉄面皮だと思っていた相手はどうやら、相当フレンドリーな神様らしい。

 

 「その参照データは、著しく不正確なのではないか? あんた、白の教団なんかには神だと崇められる存在じゃなかったか」

 

 「黒木愛なら、そう望むというだけの話です。今の私は、酷く人間くさいのです」

 

 どうやら彼女の自律思考において、ベースとなった人格である黒木愛の好みが多分に反映されているらしい。

 

 「はあ。で、その愛ちゃんは俺を呼び出してどうするつもりなんだ?」

 

 「勝者に祝福を与えるためです」

 

 落ち着き、鈴の音のような透き通る声で話す彼女は明の目に神秘的に映る。しかし、それは彼女の一部であり、先程のような一面も彼女は持ち合わせていた。

神であり人でもある、人であり神でもある。

 思えば、古来の神話の多くは、神に対して人格を与えているものばかりだ。人が生み出した神という概念は、どこまでいっても人間的な存在でしかないのだから、それは当然の帰結といえるのかもしれないが。

 

 「賞品の授与、ってところか。まあ、観客がいないというのは堅苦しくなくていいな」

 

 「そうですね。ですが、正直なところ貴方が優勝するとは思っていませんでした」

 

 「はは、俺もそう思う。それで、女神様は俺に何をくれるんだい?」

 

 明に女神と言われ照れているのか、黒木愛は頬を赤く染めて、軽く目を伏せながら明の方をちらちらと見つめる。その仕種は、プログラムが機械的に再現しているというよりは、本物の人間がそこにいるようにしか映らなかった。


 「こちらのものを進呈いたします」

 

 彼女が虚空に右手で線を描くとそこから物体が出現する。

 差し出された書状を明は、騎士の誓いを真似るかのように跪いて受け取る。紙を丸めた書簡のような物体は、実質的にはデータの塊で構成された『GENESIS』第一階層ゲートフリーパスだった。

 

 「使い道の無い特殊兵装や電子マネーなんかを予想はしていたが、案外実用的な賞品だな」

 

 「仮想空間中に散らばっていますから、頑張って集めて下さいね」

 

 「スタンプラリーのような気楽さで言ってくれるな。ガーディアンとの戦闘が必要条件なら一個集めるたびに命懸けになるんだが」

 

 「私がシステムの一部である以上は、そのようにしか言えません」

 

 「まあ、当たりませんよ、と言って売る宝くじはないか」

 

 「そういうことです。それに、誰に対しても平等な存在であるがゆえに、『白の教団』は『私』を神格化している訳ですしね」

 

 「まあ、君は仮想という世界においては秩序を司る存在だからな。君のする全てはシステムによって完全にコントロールされた神の博愛とも取れるか」

 

 「でもそれは、受け取り方次第なのですけどね。等しい、ということは、そこにある不平等を是正しないということでもありますから」

 

 「結局はコインの表と裏なんだよな。一見正しいことをしている白の教団も、その実態はエゴの押し付けだ。取り締まられる側の黒の旅団は、むしろ正しくシステムの法則を利用しているだけの存在であって悪ではない」

 

 これがただの感情論ならば、黒の旅団を断罪することは正しいことになるが、それは私刑を認めることであり、レナのような復讐者を肯定することになる。しかし、仮想の法は初めから明白だ。

 勝者は全てを手に入れ、敗者は全てを失う。

 今回の大会のようなケースや特定のエリアを除き、仮想において適用される大原則。

 ゆえに、殺されたくないなら、殺したくないのなら、そもそも利用しなければいいのだが、PITさえ持っていれば誰もが、無料でできるという安易さが落とし穴となっている。

 そして、そこでは殺人が肯定され、略奪が許されている。

 どんなに正義や理想を振りかざしても、欲望に負ける人間は後を絶たない。まして、それが犯罪であると見做されないのであればなおさらだ。

 

 「そうかもしれませんね。それでも、認めたくない、と思ってしまうのはAIとしてはいけないことなのでしょうか? おかしいですね、人間としての私はもう死んでいるのに」

 

 「自分で思い、考えることができるあなたは人間だ。そして、その事実に対してどういった判断を下し、どんな結論に至るとしてもそれは間違いじゃない」

 

 「あなたはとても優しくて、そして、卑怯です」

 

 彼女はそっと微笑み、涙を流す。

 

 「そうかもしれない。でも、俺の言葉は、死者への憐憫ではないつもりだ」

 

 「死とは、何なのでしょうか。ここではそれが、酷く曖昧です」

 

 これがただのゲームであれば死ぬ訳がない。

 だが、ここで殺されたのであれば全てを失うことになる。

 今の彼女は、その手に生殺与奪を全て握っているとさえ言える。

 その彼女自身は、生きているのか、死んでいるのかはっきりとはしていない。

 AIとして生きているのか、人間としての生の延長なのか、そもそも植物人間状態の自分が見ている夢なのかもしれない、真実がどうであれ、他人からどう言われたとしてもそれが本当であると確認する術を彼女は持っていないのだから。

 そんな彼女の質問に、明は短くこう答えた。


 「答えは、あなたの自身の中にある」

 

 それは、どんな答えを与えるよりも、確かなものだと明は思う。

 デカルトは『我思う、ゆえに我あり』という言葉を残した。

 彼は意識の内容は疑い得てもその存在は疑い得ないとした。そして、意識が生きる者の特権であれば、死者には思考することはできない道理だ。


 「本当に、あなたは、ずるい人です」


 ゆっくりと、呼吸に合せて黒木愛は、言葉を紡ぐ。

 それがどんな存在であったとしても、彼女は確かに、ここに生きている。

 そして、その状態をどう定義するかは誰かに言われるものではなく、彼女自身が決めることだった。

 

 「だから、あなたの好きなようにするべきだ」

 

 突き放すような言葉は、絶対の真実よりもよほど優しかった。

 なぜなら、今の彼女は願うとおりの自分になれるのだから。


 「それでは、私のことを愛と呼んでください」

 

 少々意表を突かれたが、明は笑い答える。

 

 「それが君の出した答えなんだな。愛」

 

 「だって、その方が楽しいじゃないですか。明さん」

 

 「そうだな。さて、俺はそろそろ戻るとするよ。控え室まで転送してくれるかい?」

 

 「お安い御用です。それでは、また会う時まで」

  

 「ありがとう、愛」

 

 転送され始めた明に愛は、さらに言葉を掛ける。


 「さようなら、明さん。ふふ、そういえば私の趣味は手紙を書くことだったんですよ」

 

 明の口がわずかに開く。

 愛は何も言わずに微笑む。

 草原に風が吹く。

 二人の言葉は、ただ電子の海へと消えていった。

 

 

 

***



 

 同時刻、選手控え室にして。

 水月が駄々をこねていた。

 

 「明一人だけ表彰されるなんて、ずるい」

 

 「チームリーダーとして登録されている人物が行くのだから仕方ないだろう。だが、我々としては協力した分はしっかりと返してもらうとしようじゃないか」

 

 邪悪な笑みを浮かべて、鏡が笑う。

 

 「しかし、私の忠告は全く意味がなかったようですね」

 

 一人お茶を飲みながらマイペースにしているのは、ウー。

 ちなみに、飲んでいるのは緑茶だ。

 

 「確かに忠告は意味がなかったかもしれませんが、情報はかなり役立ちました。まさか完全にコアユニットを分離しているとは予想外でしたが」

 

 「でも、鏡はAAとコアユニットの位置情報が異なるって事は気付いていたんでしょ」

 

 「それでも、やぶを突いて蛇を出したくはないよ。正直、私はウーさんの意見に賛成だったからね。教皇とあの男の戦闘を放置して、機を見て介入するのがいいと思っていた」

 

 全てのAAに標準装備されているレーダー機能のみであれば、からくりに気付かずに最終的には破壊されていたことだろう。

 レーダー機能は平面図での相手の位置を示すだけのものであり、その座標に確かにサタンは存在していたのだ。

 鏡は、アビリティ『神の眼』をもって早々にトリック見破っていた。明も戦闘直前に、そのことに自力で気が付いていた。

 

 「漁夫の利という奴ですね。まあ、最初から戦わずに降参するというもの安全策としてはありなんですが、そんな選択をする明さんではありませんね」

 

 「そうですね、それに命懸けの戦いだから今回の戦闘は避けよう、というのは本当に今更過ぎますね。死罰が怖いのならそもそもこんな仕事やっていませんし」

 

 「思えば学生時代から、結構無茶ばかりしていたものね。私達」

 

 「我々の総合的な戦力を考えればガーディアンとの戦闘ぐらいは不可能ではない、という戦力分析だったのだが、あいつは例外的な強さだった」

 

 明、水月、鏡の三人で卒業記念ということで決行されたガーディアンの討伐作戦は、辛くも成功したが結果的に水月は仮想に捕われることとなった。

 その後の記憶の方が強烈過ぎるために色あせてしまっているが、作戦はすぐに終了し思い出となるだけのはずだった。

 

 「ふむ、それは希少種という奴かと思われます。ごく一部の敵がそのような存在として出現するようです」

 

 「情報屋の本領発揮、ですか。確かに、ガーディアンの強さは均質ではありませんね」

 

 「そんなことどうでもいいから、ガールズトークしようよ。今は、男の子いないし」

 

 「それもそうですね、水月さん。これ以上は有料ですし」

 

 そこは商人らしく、ちゃっかりしているウー。

 

 「それは陰口になるではないか」

 

 普段は毒舌なのに、本人がいないときは妙に気を使う鏡。

 

 「まあまあ。こういうときじゃないと話せないし」

 

 しかし、そんなことはどこ吹く風とマイペースな水月。

 

 「そうですね、私も加わって四角関係が形成されつつあるこの状況をどうすべきか考えないといけませんし」

 

 「ハーレムだね、鏡」

 

 「ふん。最終的にどうするか決めるのはあいつだ」

 

 実は、既に五角関係になりつつあることを彼女達は知らない。

 

 「それではまず、彼は巨乳派なんでしょうか、貧乳派なんでしょうか? お二人に確認したいです」

 

 「難しい問題だね。今度、家探しでもしようか?」

 

 あごに手を掛け、考え込むような表情で水月が答える。

 

 「ぶっ。いきなり、何を言い出すんですか二人とも」

 

 飲んでいたアールグレイ風の紅茶を吹き出しかけながら、鏡が突っ込む。とはいえ、以前に犯罪同然のやり方で明の家に侵入した彼女が言えるようなことではなかった。

 

 「まあ、いずれにしても彼の好みを後で変えてしまえばいいことです。色仕掛けでもなんでもして適当にたらしこみましょう」

 

 「当たって砕けろ、だね」

 

 「いや、くだけてしまったら、そこで試合終了だろう」

 

 軽く頭を抱える鏡。

 

 「ですが、私が思うに、彼は押しに弱いと思いますので、そういった直接的なアプローチは悪くはない戦術かと」

 

 「言われて見ればそうかも」

 

 ウーに言われて思い返すように水月が思案する。


 「考えてみれば、あの朴念仁相手ならストレート過ぎるくらいの方が丁度いいか」

 

 そういえば、自分も正面から攻めたことはなかったと思う鏡。色仕掛けのようなことはしてみたが、自分自身のキャラクターではなく。返ってありのままの自分で攻める方が正解だったのかもしれないと思い直す。


 「まあ、あなた方とは末の長いお付き合いになりそうですし、楽しみながら行かせてもらいましょう」

 

 そんなことを話していると、ソファの近くの空間が歪み出す。

 三者に走る一瞬の緊張、しかし、それが見知った人の輪郭を持ち始めると安堵する。

 何かが転送されてくる兆候が現れた後、明の姿が出現しだす。

 

 「これでガールズトークは終了だね」

 

 鏡とウーに笑いかけて水月がいう。


 「そう、だな」

 

 少し安心したような、残念そうな表情で鏡が話す。

 

 「酒池肉林の始まりですね」

 

 どこまでが本気なのか、さわやかな営業スマイルを浮かべてそんなことをいうウー。

 

 「いつの間にか仲良くなったようだな、三人とも」

 

 かしましい様子の三人をみて、明が少し微笑む。

 

 「ううん。四人だよ」

 

 水月が笑ってそういうと、全員が笑顔になる。

 仮想という戦場が、殺伐とした、何かを奪うだけの地獄であっても、そこで生まれる絆も確かに存在するのだと、そこにある笑顔の花をみて明はそう思うのだった。

 とりあえずここまでは修正&加筆終了。

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