1‐1‐4 Crossroad
2032年6月
木造の洋館のテラスに少女が一人。
木製のラウンドテーブルで物憂げに紅茶を口に運ぶ。ぼんやりと外を眺める彼女は、どこか達観しているようでもありあるいは諦観しているようにもみえた。プラタナスの木漏れ日の加減か、それとも礼服のような白いドレスに身を包んでいるからか、彼女の存在自体がどこか儚げにも映る。
草原から風が吹き抜け、肩口まである茶色がかった巻き毛がふわりと揺れると、樹木の葉っぱがこすれる音がどこか涼しげに聞こえる。さわやかな香りが鼻腔をくすぐるティーカップをソーサーに置き、彼女は話す。
「この景色も、ダージリンの香りも、風に揺れる木々も、小鳥のさえずりでさえも作られた紛い物。ここにあるものは全てがにせものでしかないのかな」
しかし、彼女の前に話し相手はいなかった。
どこか自分自身に言い聞かせるようには話す少女、天宮水月。
日時の感覚は曖昧で、あの日からどれだけ時間が経ったのかよく解からなかった。自分だけが取り残されて、彼らはどうなってしまったのだろう。
彼女のとっては、そんなことばかりが気掛かりだった。
そんなことを考えながら、彼女は日課となった散策を開始する。何もせずに過ごすよりは幾分ましだろうと始めた朝の森林浴だったが、思いのほか気晴らしになっていた。建物の中にピアノもあったが、聞かせる相手もいないのに演奏するのは気分が暗くなるだけと思い弾かなかった。
巨大な湖を眺めながら歩く道は、花々で彩られ豊かな色彩を帯びていて、ただ見ているだけで暗く沈んだ気持ちも紛らわすことができた。彼女が特に気に入っているのは、小高い丘になっている場所だった。
吹き抜ける風が心地よいし、湖面の広範囲を見渡すことができるからだ。
今日は霧も無く、水面はどこまでも透き通っていた。
「きれいな景色だけど、これも偽物か」
溜め息をつくように、つぶやく水月。
遠めに眺めることは何度もあった、注視してみたのは気まぐれだった。だから、それに気付いたのは偶然だった。
見下ろす水面の先に見える懐かしい姿。
夢か幻か、はたまたホームシックが生み出した妄想か。それが現実の物であるかそうでないのかはどうでも良かったのかもしれない。
(夢なら覚めないで)
それは、切実な願いだった。
彼女にとっての幻想は、ほんの少し手を伸ばせば届く距離に見える。おそらくここが境界なのだろう。彼女は仮想での小さな発見を素直に嬉しいと思った。けれども、一握りの喜びは直後に寂しさへと変わり、嫉妬へとその姿を変えた。
(……なぜ、あそこにいるのが自分ではないのだろう?)
岸から手を伸ばしても、空を切るだけのこの手は何もつかめないでいる。
(……なんで、彼女が彼の隣にいるの?)
そんなことは解かり切っているのだが、その事実を認めたくない自分がいた。手の平から零れ落ちる水滴が、自分の無力さが悔しい。
こんなに近くにいるのに、触れることすらできないでいる自分に涙が流れる。自分のことを必死に探してくれている親友にさえ、嫉妬してしまう自分が悲しかった。
(……ずるくて、自分勝手で、嫌になる)
それでも、思わずにはいられない。
この声が、届くなら。
この手が、触れるなら。
この想いが、叶うのなら。
もう、何も惜しくは無いとさえ思う。
透明な障壁を隔てた先に、『愛しい人』がいるのだ。
彼らは、自分のために命を賭けて闘っている。
だから、彼女は泣いてなんかいられなかった。
少女の目の前で、大剣が振るわれ、彼らの敵を両断する。
そうして、彼女は再び見えることとなる。
彼女にとって『親しい人』と。
修正キャンペーンまだまだ続きます。三章あたりまで一気に直していければいいと思ってます。