2‐5‐2 Hell
白銀に輝く長剣を手に銀翼の天使、ケルビムがドラゴンの姿となったサタンに切り掛かっていく。竜は黒い翼をはためかせて後方によけつつ、赤々とした炎を吐き出して天使を迎撃する。間断なしに続く炎の矢を軽々とよけつつ、天使がドラゴンに近付いていく。
「お前だけは、絶対に許さない」
オープン回線越しに響き渡る女性の声。
「おいおい、お前さんがついさっき俺の部下にやったことと俺がしたことに何の違いがあるって。ええ、おい、レナさんよ」
いかにも相手を馬鹿にしたような態度でサタンの使い手、ニクムが答える。
「黙れえぇぇっ!」
激昂と共に激しさを増していく剣舞。
大きく楕円を描くような剣の軌道は、幾重にも重なりもつれドラゴンの装甲を削っていく。しかし、いかに動作が俊敏であっても大振りな攻撃には隙がある。黒き竜が吐き出す炎がついに天使を捕らえ、そして、深紅の炎に飲み込まれていくケルビム。
「炎の剣よ。我が叫びに応え、焼き払ええぇぇっ!」
咆哮にも似た声が、炎の中から響き渡る。
火炎に飲み込まれていた天使を中心に逆巻く炎の渦。そう、この剣の真価は自身の周囲の炎や熱を自在に操れることにある。
炎を突きぬけ、白銀の天使が剣を振り上げる。その赤を写した白銀の騎士が、黒い天蓋を飛び交うドラゴンへと向かう。
牙を向く黒竜と、剣を手にした天使が交錯する。
「死ね、死ね、死ねえぇぇっ!」
鬼気迫る掛け声と共に何十もの突きが止めどなく繰り出され、サタンの装甲に同じ数の風穴を開けていく。
アビリティ『混沌』によって不定形な姿を持つことができるサタンは、コアユニットの位置を任意に設定できるために明確な急所が存在しない。それゆえに強引に装甲を引き剥がすか、まぐれ当たりを狙うしか倒す方法は存在しない。
「そうだ、それでいい。さあ、存分に殺し合おう」
ぼろぼろになった姿のサタンが、自ら弾けて戦闘開始直後と同じ姿で再構築される。
しかし、それさえも見越していたのか、再構築された頭部を即座に真二つに引き裂くケルビム。竜の頭頂部から腹部に掛けて上段から鋭い斬撃が走る。
「あんたの恋人と同じ姿になっちまったなあ。ええ、おい」
フィードバック現象で頭部に激痛が襲っているはずであるが、そんなことはまるで感じさせずにニクムがおどける。
「貴様あああぁぁぁっ!」
殺気と共に踊り掛かる、ケルビム。
しかし、その動きを待っていたとばかりに瞬時に肉体を再構築し、二つ首の竜が天使へと喰らいつく。
『混沌』のアビリティは、擬態とは異なり、自信のイメージ次第で同時にどのようなものでも再現が可能だった。
もっとも、強烈な催眠術に掛かっているような状態の操作するシステムの都合、肉体を変化させ再度構築するのは自殺するに等しい。
それゆえに、サタンが強力なユニットであるといわれながら使用するプレイヤーはほとんどいなかった。
「そうだ、もっと叫べ。醜くもがき、猛り狂って、怒りに染まれ」
剣に貫かれた竜の首が、切られた胴体が再構築されていく。
「もっともっと、俺をぎりぎりまで追い詰めてみせろおおおぉぉっ!」
喰らいついた胴体を引きちぎり、その場で前方に回転して長大な尻尾で地面に向かってケルビムを叩きつける。
二つ首のドラゴンは、彼の言葉に答えるかのように大きく胸を張り大地を揺るがすような咆哮を上げて灼熱の炎を吐き出す。
「退屈そうだな、アティド。どうだ、そろそろ再戦といくか?」
激情とは別に自らの脅威となり得る『教皇』に対しての警戒は、とかないでいるニクム。苛烈に攻め立てながらもその思考だけは、独立して別の誰かが操作しているかのように思えるほどだったが、それが彼の異常性でもある。
「遠慮しておこう。私は復讐劇に水を指すほど無粋ではない」
そっけなくアティドが答えるが、全くの嘘というわけでもなかった。
事実、一時戦闘を中断して彼女に相手を譲っているのだから。もっとも、復讐劇と呼ぶくらいにはありふれた光景に達観し、当て馬程度にしか考えていなかったが。
辛うじて叩きつけられるのを免れたケルビムは、上空のサタンを見上げる。遊ばれたという事実が、レナをさらに怒らせる。
「……許さない、許さない、許さない。『支配者』、我が意に応え、敵を討てえぇっ!」
彼女の支配下にある、二体のアークエンジェルが左右からサタンに迫る。
レナは、一人で三人分の登録を済ませ今回の戦いに参加していた。
一人であっても、複数の参加はルール的にはなんら問題ない行為であるが、実際にやっている人間はほとんどいない。
当たり前だが、複数人分の思考を同時にしなければAAの操作はできない。ルール的に可能であっても技術的には非常に困難だからだ。
「やっと、本気になったか。そうだ、そうでなきゃ潰し甲斐がねえ」
見下ろし、急降下しながら機械の双頭竜が咆える。
天を仰ぎ、地上から空へと舞い上がるのは三体の機械の天使。
ハイレベルな操縦技術を要求される空中での高速近接戦闘だが、それこそが『GENESIS』というゲームの一番の華ともいえる。
「お前は、お前だけは絶対に許さない!」
「許すだぁ? お前は神にでもなったつもりか、クソアマが。本当の戦いって奴をてめえの体に刻んでやるよ」
そうして、両者の叫び共に戦闘が苛烈さを増していくのだった。
微加筆。