2‐3‐4 Arrive
『座標空間』と呼ばれるフィールドで、鏡とセルゲイの両者は対峙していた。
その地形は、無数の線と透明なフロアパネルの床が組み合わされて構築されている人間味のない空間だった。無数の線は物体の運動を阻むことはないが、宇宙空間に線が引かれているような奇妙な感覚風景が両者の視界に映し出される。
「明の戦闘は、終わったみたいだね」
仮想の任意の地点、任意の情報を全て知ることができる『神眼』の力で明の戦闘終了を確認する鏡。彼女の操る真紅のウィザードの前には、全身の至るところを金色に装飾された煌びやかなエンペラーのAAの姿があった。
「出来損ないの分際で、ずいぶんと余裕だな。このセルゲイ・ロマノフを前にして!」
怒りは感じないが、高圧的な性格ゆえに強い言葉を並べ立てるセルゲイ。激しい性格ゆえに誤解されやすいが、本当に怒ってはいない。
「それは、『私達』への嫉妬なのかしら? そういえば、あなたが使っているオートレスポンスムーブシステムだって、私が昔使っていたものの劣化版じゃないの」
「あの魔女の紛い物が偉そうにほざくな!」
「ふふ、別にあなただけが憎しみを持っていたわけじゃあないのよ。当然、私だって彼女が憎かった」
「かもしれんな。さて、昔話はこの辺でいいだろう。ここは戦場、ならば意見を言えるのは勝者のみ」
「珍しく意見が合うわね、お礼にすぐに終わらせてあげる」
「あの魔女の出来損ないが、俺に勝つつもりか。笑わせる」
「つもりではなく、これから起きるただの現実よ」
鏡が最後にいった言葉は、静かな殺気を放っていた。そして、戦闘開始後からもしばらく続いていた会話はこれで終了した。
「ソードビット展開」
ウィザードを中心に幾重にも重なり合う魔方陣、そして、それの円周を囲むように展開されたルビーの輝きを放つ赤く透き通った刃。
「貪欲なる刃よ、汝が敵を喰らい尽くせ!」
数十からなる輝く剣が彼女の号令に従い、猛獣の群れの如くその敵に対し牙を向ける。彼女があえて声に出して行動を指定するのは、対人戦闘時のブラフと自身の戦意高揚の意味を持っていた。
当たり前のことだが、技名をわざわざ言うのは相手に余分な情報を与える以外の何物でもないからだ。
「この俺にそんな攻撃が通じるとでも思っているのか?」
エンペラーは、向かい来る剣を全てビットの射撃で打ち落とす。
「いえ、これで終わりですから」
「戯言を」
エンペラーは自身を守るように展開されているビットとは別にさらに攻撃用に複数のビット兵器を展開する。
数十からなる砲身が彼の意思に従い一斉に動くその様子は、さながら王の命令に従う兵士を思わせる。
「最期にいいものを見せてあげる」
叩き落され弾かれた剣がエンペラーを包囲するかのように展開されている。装甲の役割も兼ねるウィザードのソードビットは他の射撃タイプのビットに比べ圧倒的な耐久力を誇る。
「減らず口を」
エンペラーに再度向かう刃を順次、システムに自動で制御された無数の銃口が迎撃していく。その間にウィザードは自身の装甲を兼ねるソードビットをさらに展開する。
――《Magic Circle》(魔方円)――
ゆったりとしたローブのようだった装甲は、上着のようになり、肩口にあるものを残すのみとなる。
彼女の周囲を覆うかのように三重に連ねられた円形の電磁障壁が展開される。その円の内の一つが彼女の正面にリングのように配置される。
ウィザードはリングをくぐるように走り、自身の機体が重なった瞬間さらに加速する。勢いをそのままに背中にある大剣を引き抜くウィザード。弾丸が如き速さで放たれた攻撃をエンペラーは体を反らすことでかわす。
普段、鏡は電磁障壁を用いて相手の攻撃をそらし受け止めることに利用している。だが、これはその逆で物体の運動を加速させることに利用していた。
「あっけないな、出来損ないはその程度なのか」
「私の攻撃がこれで終わりなんて、誰が言ったの?」
くすりと笑い、鏡はエンペラーを包囲する剣の一振りにぶつかるかのようにそのまま加速を続ける。そして、ぶつかる直前に弾かれるように加速し、今度はエンペラーの真横から切り付ける。
磁化したソードビットを中継地点として自身を強制的に移動させる。
「また、かわしたね。さて、何時までもつかな」
「く、舐めるなああぁっ!」
銃口が高速で動き回るウィザードを自動で補足し、攻撃をするがコンピュータの予測移動地点にウィザードの姿はない。
上下左右、前後に斜め、不規則に立体的な軌道で永遠と加速を続けるウィザードの姿は既にシステムで捕捉できる速度を完全に凌駕していた。
システムによって自動で放たれてしまう攻撃以外にも、手動で一部を制御して反撃を試みるセルゲイであったが、システムに依存しきった彼は、純粋に速度でそれを超える物には対処しきれない。
「何故私がそれを使うのを止めたか、理解出来たろう? 結局のところ欠陥品なんだよ、その戦闘スタイルは。相手の動きに対して自動で反応してしまうがゆえに簡単に誘導に引っかかってしまう」
「く、だが、俺はそれでも負けるわけにはいかんのだ。システムを高速化すれば、まだ対処は可能なはずだ」
セルゲイ本人は、回避を主体にアシストプログラムの改変を試みているが、既にビット武装の三分の一は破壊されていた。そして、敵を中心に自身の剣を経由してピンボールのように跳ね回るウィザードの姿は魔術師と言うよりも曲芸師という方が合っているだろう。
点から点への移動は直線的なものであるが、それを細分化し無数に繰り返すことでその動きは曲線となり、螺旋を描き、循環する。
「もういいだろう。終わりにしよう、セルゲイ・ロマノフ」
「それでも、俺には皇帝としての矜持がある。最後まで、戦いを続ける」
致命傷といえる攻撃こそ避けてはいるが、既にエンペラーの姿はぼろぼろだった。その姿にもはや君主としての威厳は感じられず、既に敗軍の将といったようすだ。
「ご立派。なら、取って置きをくれてあげよう」
高速で移動しつつ、ウィザードは大剣を左手に持ち、やや下段に構える。そして、左右に軽くステップした次の瞬間、数十の残像がエンペラーに襲い掛かる。それは、あたかも予選の最後にミカエルが見せた攻撃の再現のようでもあった。
「……やはり、そなたも天才だな。だからこそ、俺は目指し続けていた」
エンペラーの真横を通過した瞬間に、エンペラーは無数の斬撃に切り刻まれる。
加速し過ぎた自分自身の機体を前面に展開した魔方陣が受け止める。そして、背中に剣を収めると同時に展開されていたビットが自身に集まりローブとなって再構築される。
「目指しているだけでは、永遠に辿り着くことはできないよ。理想とは、目指すものの先にあるのだから」
「ふん。ならば、今度は俺自身の力でぶつかるとしよう」
うずくまる様に前のめりにエンペラーはよろける。無数の攻撃が突き抜けた衝撃が全身を駆け巡り、機体が弾ける。
「君のそういうところだけは評価しているよ。それに、あまり私から話しかけたことはなかったけれど、君のことはそこまで嫌いではなかったからね」
どちらかというと彼女は一方的に絡まれていたのだが、彼自身の性格もあり、煙たがったりするでもなく単なるライバルとして扱ってくれたのが結果的に心地よかった。もっとも『魔女』の方については、何も言えないのだが。
――【THE END(戦闘終了)】――
彼女の言葉を最後に、エンペラーの姿が空間から消失する。
そして、自分にとって本当に嫌いな相手であれば、顔も見たくないし言葉も交わしたくないと思うのが自然だろう。なればこそ、好意という感情の裏返しは憎悪などではなく、無関心なのだろう。
「彼の動きをトレースしたつもりだが、それでも再現率は半分以下といったところか。本当に化け物だな、教皇様は。果たして、誰があそこまで辿り着けるのだろうか」
鏡が、わざわざ予選での敗北を再現してまで屈辱を味合わせたかったのか、それとも彼に進むべき道を示したのかは定かではない。
ただ、真実がどうあれ問題点を指摘するという行為は、その後の変化を期待するものであるといえるだろう。
現時点で、チーム『水月と愉快な仲間たち』の二勝が確定した。
結構修正しました。整合性とるの長くなればなる程難しくなってきますね。