2‐3‐2 Arrive
――【TRANSPORT(転送)】――
ビジュアルエフェクトが表示され、仮想の肉体である意識体が強制的にアリーナの一角へと移動される。転送された先のフィールドは何もないグラウンド。事前に確認した情報では、戦闘開始はプレイヤー二人が記号変換した直後ということになっていた。
「しかし、こんなところであなたと刃を交えることになるとは、思いませんでしたよ」
「こちらとしても予想外だよ、あんたが出場してくるとしたら東洋中華圏として、だと思っていたからな」
明の視線の先には、細身のアジア系の女性が立っていた。普段の声色がどちらとも付かない声だったので、明はなんとなく男性だと思っていたが正面にいるのはどうみても美しい女性だった。
「上の方で色々ありましてね。今回は、『傭兵』として参戦させていただいております。私としては勝ち負けなどそんなに興味はありませんが、料金分は働かないといけませんので悪しからず」
肩口当りで短めにまとめられたショートカットの黒髪。理知的な雰囲気を醸し出す金縁の眼鏡を掛けているその姿は、整い過ぎた容姿と相まってどこか機械を思わせる。そんな彼女は、あくまでも普段の態度を崩さずに淡々と話す。
どうやら、自分自身の正体を知られるということは彼女にとってそんなに重要なことではないらしい。
「それにしても、あんたは女性だったのか。知らなかったよ」
「特に隠していたつもりはないのですが、そういえば一度も会ったことがありませんでしたね。ふふ、見つめ過ぎですよ、私に惚れましたか?」
挑発するように眼鏡を指で押し上げ、口元に薄く笑みを浮かべるヘイフォン。
「対戦相手を観察するのは当然だろう。まあ、実際のところあんたみたいな難しい人間の相手は、仕事だけにしたいところだ。たとえ、それがどんなに美人であってもね」
「褒め言葉として受け取っておきましょう」
「さて、雑談はこれで終わりにしよう。一応、国家代表らしいからな。普段の関係は抜きにして本気で行かせてもらうぞ、ヘイフォン」
一応というところを強調して、明が話す。実際、代表などといいつつも、同じ国内から多数のチームが出場している。ただの月例大会にそこまで大きな意味などないのだが、だからといって無様をさらしていい理由にはならない。
「ふふ、本当にあなたらしい。それでは、参りましょうか」
ヘイフォンの中性的な声が聞こえたのを最後に視界が暗転する。
――《Translation》(記号変換)――
ビジュアルエフェクトが発生し二人の体を構成する数式が書き換えられていく。
脆弱な人間を模した肉体は、破壊を訴える頑強な機械の体へとその形を変える。人類に新しく与えられた仮想という楽園で最初に許された自由が、破壊活動をする自由とは、なんとも皮肉な話である。
アリーナのフィールドは、モザイクが掛かったようにぼやけた直後に、その姿を夜の密林へと変えた。雨の降りしきる南国めいたジャングル。水を吸い湿った地面の上で二体のAAが向かい合う。
明が姿を変えた青い機械の妖精、フェアリーが光の羽を広げ密林に舞い降りる。左右の腕にミスリルソードを構える。その正面には黒いソルジャーのAAが右腕に対物狙撃用ライフル、左腕にはサバイバルナイフの武装を携える。
両者は、それぞれの得物を手に対面し、フィールドへのポップアップが完了した段階で見慣れたビジュアルエフェクトが視界に映る。
――【MISSION START(任務開始)】――
戦闘開始の表記が互いの視線の先に映り戦いの火蓋が切られる事となる。
戦闘開始と同時に脚部にある車輪を利用してジャングルを高速で移動するヘイフォン。こういった遮蔽物が多いフィールドでは、フライトユニットであるフェアリーよりも歩兵型のソルジャー方が戦闘を有利に運べる。
そもそも、航空戦力の優位性は、相手に対して一方的に攻撃できることだが、障害物が無数にあればそれは相手にも類似した条件を与えることになる。
ならば、今回は隠れる場所や敵の攻撃を防ぐ場所がいくらでもある上に透過迷彩まで保持しているソルジャーにフィールドや機体のアドバンテージがあるといえる。この条件で相手を見失うのは得策ではないと明は判断し、二本のミスリルソードを構え地上すれすれの高度で相手を追跡する。
先行するソルジャーは、抜き身の刃を下段に構え反転しつつバックダッシュのような状態でフェアリーと向かい合いながら並走する。
「普通なら自殺行為と笑うんだが、後ろに目があるかのように障害物をかわしていくな」
「別段、現実の肉体と違って、前しか見られないわけではありませんからね。情報を処理できるならいくらでも視界も広げられますよ」
オープン回線越しに軽口を叩き合う二人。
互いを知ればこそ、安易な手は打てなかった。
青く茂った木々の陰から加速して、低空で跳躍するフェアリー。
飛び掛るように切り付ける一閃は、ひらりと身を交わされる。半歩引く動きに合わせ、ナイフを引き寄せ攻撃へと繋げるソルジャー。
即座に反撃へと転じたソルジャーの刺突を、もう一本の剣でいなす。しかし、いなした腕ごと、突きからの回し蹴りで吹き飛ばされ、地面に転がされるフェアリー。地面が抉れ、黒くにごった水滴が激しく飛び散り視界をふさぐ。
真横に吹き飛ばされた直後に、ソルジャーが対物狙撃銃を放つが、これは体を回転させることで何とか回避する。
間近に放たれた弾丸に戦慄する明。
(このまま、終われるかよ!)
腕を引きナイフを構えたソルジャーが、内心で毒づく明の眼前に迫る。突進からの突きがくるよりも早く、フェアリーがショットアンカーを地面に打ち込む。のけぞった姿勢のまま強引に地面の方へと体を引き寄せ、寸でのところで攻撃を回避する。
「やりますね」
余裕のつもりなのか、オープン回線越しにヘイフォンの声が聞こえる。実際、彼女は余裕なのだろう。下手をすれば明は最初の攻防の時点でやられていたのだから。
「そうですね何か賭けませんか? 」
「賭けか、悪くはないな」
焦る内心を隠すようにあえて同意の方向で話を進める明。自分はまだ不利ではない、勝てるのだぞという意味も込めていた。
「私を倒せたら、黒木智樹について私が知っていることを教えてあげましょう。いかがです?」
「その賭け、受けるとしよう。こちらが負けたら、そちらの言うことを何でも一つ聞くというのでどうだ?」
「ふふ、これで賭けは成立ですね。では、楽しむとしましょうか。この良き宴を」
「ああ、存分に戦おう」
闘志を燃やしつつ、明は冷静に状況を分析する。冷静に戦力を分析するのなら、相手の方が一枚上手だろう。
先程のやりとりで、こちらの攻撃が見えているかのように完璧に対処されたのは、互いの格闘技術の差だろうか。
追う者と追われる者の関係をそのままに戦闘は密林での追走劇へと戻る。フェアリーは加速、再加速、減速を交えつつ左右にジグザクに飛行する。対するソルジャーは、牽制射撃を続け、明の行動選択の余地を削いでいく。
フェアリーのフェイントからの斬撃も移動から攻撃に転じる瞬間を的確に見抜かれ、その攻撃は虚しく空を切るに終わる。攻撃後の隙を突くようにヘイフォンは再び先程のやり取りを実行する。
しかし、フェアリーは剣を振り下ろす勢いをそのままに前転、ソルジャーの突きからの回し蹴りはその上を通過する。
フェアリーは両の手を突き出し逆立ちするように両足でソルジャーを蹴り飛ばす勢いをそのままに宙へと跳躍し相手と上下逆さまに向かい合う。
浮遊するわずかな紆余、フェアリーは剣を収めると次なる攻撃のために脱力する。
「一発入れましたね、攻撃を食らうのは久しぶりですよ」
「これで終わらせてもらう」
――《Double strike》(二重攻撃)――
一瞬の思考と同時に肉体は的確に指定された動きを再現する。瞬時にホルスターからリニアライフルを取り出し、腰の位置で銃を固定、撃鉄を起こしハンマーが弾丸を叩くと同時にさらに銃撃を重ねる。
仰向けになるように吹き飛ばされたソルジャーに止めとばかりに弾丸が放たれる。
「ふふ、それがあなたの技ですか」
ソルジャーは瞬時に軌道を読みサバイバルナイフで弾丸を受けるが、衝撃に耐え切れずその刀身は粉々に砕け散る。破片をまき散らせ、ソルジャーはバックダッシュをしながら対物狙撃銃でフェアリーを迎撃する。
しかし、ソルジャーの苦し紛れの攻撃は初動を読まれ回避される。対するフェアリーは牽制射撃を続けつつ円を描くかのように移動し、再度互いに間合いを取り直す。
「これで終わりか、ヘイフォン」
「いえいえ。本当のお楽しみは、これからですよ。明さん」
「そうこなくては」
「ぞくぞくしますよ。ここまで本気になったのは、ずいぶんと久しぶりです」
「そいつは光栄だな」
「それでは、『(ミ)擬態』(ク)解放」
ヘイフォンがそう口にすると光に包まれるソルジャーの機体。ただ、勝ちに行くのなら今を狙うのがベストなのかもしれない。しかし、それでも手を出そうとは思えない昂揚感が明を包んでいた。
「さて、鬼が出るか仏が出るか」
ちょい加筆。