2‐2‐5 Elimination
「開始一分で、四割近くのチームが戦線を離脱か。一体どこまでいなくなった段階で予選終了なんだかな」
「君はそんなことも調べていないのか。まあ、例年通りなら16チームまで減るまでじゃないのかな。それと、一人でも生き残っていればチームとして生存になるらしい」
「考えてみれば、私たち行き当たりばったりだね」
「考えなくても行き当たりばったりだな。参加表明したのは昨日だし」
建物の影に隠れながら神眼によって手に入れた情報を共有し、敵の少ない方へと移動を繰り返す。
こういった乱戦状態では、アビリティの絶対的な優位性を再認識することになる。チームによっては、レーダーが完全に沈黙している間に先のヘッジホッグの攻撃で訳も分からずに消えることになったはずだからだ。
「それにしても、鏡のアビリティは便利だね。何もしないで逃げてればそれだけで勝ち抜けるよ」
「そうもいかないさ。また、さっきみたいな攻撃をされてはいけないから、射線に警戒しつつ比較的敵が少ない方に移動しているだけだからね。そのうち、戦闘になるさ」
「お、共有されたデータでそれらしき奴らがでてきたな」
「明、後方から敵性個体を確認した。射撃武器で即時迎撃して。水月は私と一緒に周辺を警戒しつつ明を援護」
「やっと、戦闘らしくなってきたな。行くぜ」
「上空にはなるべく飛ばないように。低空で仕留めるように」
「了解。って、リーダーに命令するな、鏡」
「適材適所ということさ、ふふ」
低空で加速しつつ、正面に見えるアークエンジェルに向かう。カラーリングはメタリックシルバーとやや悪趣味なようだ。右腕でミスリルソードを抜剣、左手はホルスターに掛けて敵襲に備える。
「いざ、尋常に、勝負」
静かにつぶやいたその言葉が聞こえるはずもないが、剣を振りかざし敵性機体がわずかに宙へと浮かびこちらへと加速する。
一瞬で間合いを詰め、交錯する直前に螺旋を描く軌道で体にひねりを入れる。自身が通過したわずかに横の地面には風穴が開く。
切り捨てたアークエンジェルとすれ違いざまに建築物の陰に隠れていた、これまたメタリックシルバーのソルジャータイプ二体にリニアライフルとプラズマライフルをそれぞれ打ち込む。反応する間も無く三体のAAが残骸となって崩れ落ちる。
「今更だが、レーダーと別枠で相手の配置がわかっているって、相当ずるいな」
明は、破壊される直前まで透過迷彩で風景と同化していたソルジャーの位置を神の眼の情報を共有することで即時に対応して迎撃して見せた。無論、わずかでもタイミングがずれれば自身が破壊されるために、知っていれば誰でもできるという芸当ではない。
「君の反応速度と射撃精度があってこそ、だよ。その能力だけなら君はトッププレイヤーにも引けを取らないと思うよ、私は」
「明、かっこいい」
普段のように冷静な鏡、久しぶりの戦闘でハイになっているのかやけに上機嫌な水月の声がチーム回線内に響く。どうせ周辺に敵はいないから問題はないが、のんきなものだと明は苦笑しつつ剣を納める。
戦況は刻一刻と変化する。そして、現在は、共産主義連合国共同体のチームの辺りに戦力が集中しているようだった。残りの勢力はAIから伝えられる数字だけから判断すれば初期の四割程度だった。
しかし、一人だけで生存しているチームもあるだろうからチーム数だけならばおそらく半分程度の数が戦場に残っている。
本当の戦いはむしろこれからだろう。
これからの戦闘プランを三人で立てつつ移動していると、不意に荒野となったフィールド上に一体のAAが漂ってくる。エンペラーと呼ばれるAAが複数の敵に囲まれつつ逃げ延びているようにも映るがよく見ればそれが全く違うということがわかる。
「あははは、死んじゃえよ。お前らさ」
オープン回線越しに響く狂笑。
声の主はエンペラー操縦者であるセルゲイ・ロマノフ。黄金に輝く機体を取り囲むように数十からなるレーザービット、ガトリングビットなどの遠隔射撃タイプの武装が見える。エンペラーを取り囲む敵は、攻撃を仕掛けようとした側から逆に撃墜されていく。
「あいつも共産主義連合国共同体だったよな。まったく、共産の連中はどいつもこんなに派手好きなのか?」
遠めに見える異常な光景に明の視線は釘付けになる。
「馬鹿、ぼうっとしているな! 上から攻撃がくるぞ」
「大丈夫、私が守るから」
――《Water Sprite》(水の精霊)――
――《Magic Circle》(魔方円)――
回避運動するよりも早く、フェアリーを囲うように複数の水球が合わさり巨大な水の防御壁が展開される。さらに上掛けされるように鏡の電磁障壁が展開される。そして、二重に展開された防御壁が三人への攻撃を防いだ。
「助かった。ありがとう、水月、それから鏡も」
「どういたしまして、明」
「私はついでか。全く」
少し不機嫌そうな声で話す鏡。
「なかなか強いようだな。しかし、何か引っかかる」
正面からでも相手集団を潰せるという絶対的な自分自身の強さへの信頼もあるのかもしれないが、それにしても彼の行動パターンは、ただ単に数が多い方へとがむしゃらに突進を繰り返しているように映る。
「遠隔武装をパターンαで展開、『オートレスポンスムーブシステム』を起動」
オープン回線越しにセルゲイの声が聞こえる。遠隔操作が可能な移動式砲台を複数空中に展開させると同時に彼の視界には幾重にも重なったウィンドウパネルが投影される。
「ざっと、戦力比は一対百ってところか。まあ、『GENESIS』のイロハも知らないような連中はご退場願うとしようか」
武装を展開したまま、敵対勢力の中へと無造作に突っ込むエンペラー。無謀とも思える特攻だが、敵性機体であるソルジャーの射線が彼を捉えた瞬間にそれは起こった。相手が彼を捕捉した瞬間にビットによって無力化したのだ。
武術でいうならば後の先とでも言うべき動きであるが、矢継ぎ早に二体、三体と進行方向にいるAAを次々と無力化していく姿は卓越した技術によるものと言うよりは、どこか予定調和の演舞のようにさえ映る。
しかも先制攻撃ではなく、相手が動くのを確認してから仕留めている。これは、お互いの技術や速度などの力量に余程の差が無ければできないことだった。
「あははははははっ、あは、踊り狂って死ねよ。カスどもが!」
狂気染みた言葉とは裏腹に数十個の遠隔武器を的確に操り、進行方向上に現れるAAを紙くずのように次々と撃破していく。エンペラーの名に恥じず、まさしく皇帝が行軍するが如く、ただ真っ直ぐに進んでいく。
ストップウォッチが逆に進むかのように残存勢力の数字が刻一刻と減っていく。しかし、そんなものを見るまでもなく眼の前で何十体ものAAが次々とガラクタとなって散っているのは明らかだった。
そして、残存勢力が『18』を示したとき、エンペラーのAAの前にデモムービーでもみたあの純白の天使のAA、ミカエルが現れた。
「皇帝である俺の前に立塞がるのは誰であろうと、許さん。それが白の教団のリーダーであろうと、なんであろうと、ただ破壊するのみ!」
ミカエルは手を腰に携えた剣へと下ろし、わずかに腰を落とす。それは、居合いにおける抜刀術のように映った。正面に留まった相手をなぶり殺すつもりなのか、エンペラーは自身を中心にどの方向にも対応できるように銃器を展開する。
「さあ、死ねよ。まがいもんの『教皇』様があっ!」
「ふん。周りが勝手に呼んでいるだけだ」
初めて口を開いたミカエルの操縦者は、確か白の教団のリーダーであるアティド・ハレ。そして、その次の瞬間には無数の幻影、あるいは複体がエンペラーの周辺を取り囲む。
「幻影か? そんな程度の技なら、どの方向に対しても攻撃すればいいだけのことだ。所詮は教皇などというのは名前だけな……」
「もう、終わっている」
セルゲイが言葉を言い切る前にミカエルのAAが横を通過しエンペラーのAAがばらばらに切り刻まれた。
否、アティドが言うようにもう既に切り刻まれていた。
実際の攻撃からわずかに遅れて、斬撃の残像だけがエンペラーとのすれ違いざまに幾重にも重なり合ってかろうじて明の目には見えていた。
「皇帝である、この俺が、馬鹿な……」
「ふん、AIの加護のあらんことを」
その場で剣を収め十字を切る動作をするミカエル。
廃墟と化した戦場に漂うように浮かぶその姿は、まさしく神の代行者に相応しかった。
流れるようでいて破壊的な動作は、神々しく、見ている者を無条件に引寄せられるような怪しい美しさを孕んでいた。
「おいおい、噓だろ。あのデモムービーの動きはただの合成じゃなかったのか。はっははは、震えが止まらない」
寒気すら感じ、武装を取り落としそうになる明。
「だけど、おかしいな、……あいつと戦いたい」
無意識に自分に向けた明の腕は小さく震えていた。
そして、それから数秒後に見計らったかのようなタイミングでフィールド全体に鐘の音が鳴り響く。残存勢力はちょうど『16』にまで減っていた。
――【THE END(戦闘終了)】――
そうして、波乱の内に予選が終了したのだった。
時間かなりあいてしまいましたが、修正版。
とりあえず、今はここまでで。