2‐2‐3 Elimination
午前11時30分、国内YCYブロック。
そこには林立する超高層ビルディング、遠目から見ればオブジェに見えるような球体や円錐を組み合わせたようなアーティスティックなデザインの建物。
現実には物理的に建築できない透明なツリー上の建物などが立ち並ぶ。大会は、このブロック内のアリーナで行われることになっていた。
「やっと着いたか」
「ヴァーチャルとはいえ、広大すぎるのも考え物ね」
「はあ、はあ。AA化してない状態だとブロック単位の移動でもかなり掛かるんだね。車とか飛行機とかの有難みがよくわかった気がするよう」
妙に艶かしく息を切らせながら水月がいう。セキュリティエリアには観戦する民間人もそれなりにいるためにこの場でのAA化は禁止されている。
といっても、AA化してはいけないことになっているだけで、システム的にはAAになること自体は可能である。しかし、そうした場合テロと間違えられ本物の陸軍の一部やら民間のセキュリティ会社を敵に回すことになる。
「おいおい、仮想空間内部での運動なら、現実的な肉体への負荷はないはずだろ。しっかりしろよ、水月」
「私には、どちらが仮想で現実なのかというのは曖昧だから。半年も仮想にいたらそこが現実味を帯びてきて、よく解からなくなっちゃった」
照れたように二人に微笑む水月。
「ったく。言ってくれれば、おんぶでもなんでもしてやったのに」
「そこは、察してあげるべきだろう。この甲斐性なし」
自分のことを棚に上げて責任を転嫁する鏡。存外、それが事実である場合には、矛先を変える手段としては有効な戦術でもある。
「俺と一緒で気付かなかったお前が言うな、鏡」
「その手があったんだね。盲点だったよ」
ぽんと手を叩き水月がおどけてみせる。といっても、彼女の場合は素でやっている場合が非常に多いのだが。
「そうそう、ここに一匹都合のいい男がいるんだから。好きに使えばいいんだよ、水月」
「あはは。じゃあ、私は色々とできるチャンスを逃しちゃったんだ。ちょっと残念」
「その場合には何を要求されたんだか多少は気になるが、聞かないでおいてやる。しかし、移動する際に転送のアビリティは欲しいところだよな。AA化とポートエリアやゲートだけでも相当便利だが、瞬間移動には敵わないよな」
「無いものねだりしても始まらないだろう。それに、かなり希少なアビリティらしいし持っている相手から奪うにしても難しいだろうね」
そうそれは、入手出来るだけの実力を持っているということでもあり、また、それを利用して戦闘を避けることができるということでもあるからだ。
「それもそうか。じゃあ、アリーナに向かうとするか。確か、チーム毎にポートエリアで待機するんだったよな」
「……ねえ、少し迂回しない」
「そうだな、急に回り道がしたくなった」
「二人ともどうしたの? 顔色が悪いよ」
「いいから急いで、水月」
「いや、もう遅いみたいだ。諦めろ、鏡」
そういって、こちらに気付いたそぶりの男に視線をくれる明。それを一瞥して、鏡は大きく溜め息をつくのだった。
「あ、あなたは鏡様ではありませんか。おお、あなたにお会いできるとは、今日という素晴らしき日に感謝を」
純白のスーツ姿に、黒い長髪を後ろで縛り、ポニーテールのようにまとめた男、こと御堂風雅はそう言うと鏡の前で大げさにひざまずく。
「あんたは確か、神国皇族連の」
「……うっ。あなたは神国皇族連の」
明と鏡の声が重なる。
「おお。そういうあなたは鏡様のおまけのどなたでしたっけ?」
「……はあ、あんたの記憶の中での俺の立ち位置がどういうものか説明していただいてどうもありがとう。一応、再度名乗ると、新城明中尉だ。学院生時代の大会以来だな」
半ば呆れつつも、こういう面白いやつだと覚えていた自分も人のことは言えないなと明は少し内省していた。
「これは失礼、つい本音が出てしまいました。私御堂風雅は正直者でして」
「本当に失礼だよ、あんた」
妙なデジャブで少し頭が痛くなってきた明は、頭を抱えうつむいた。
「お前は、新城明。ここで会ったが百年目、決着をつけるぞ」
明がうつむいていると不意に大声で話し掛けられる。そこにいる御堂風雅と全く同じ格好をしているが、髪は少し赤茶けて短くスポーティな形でまとめられていた。
「めんどうくさいのがきたな。確か、あんたの弟だったよな」
頭をかきながら明は風雅に尋ねる。
「御堂雷雅、推参! 前回は負けたが、今回は俺がお前を倒すからな。ぐしゃぐしゃのコテンパンにしてやるからな、覚えとけよ! 新城明!」
「はいはい、忘れるまでは覚えといてやるよ」
まともに取り合うのもめんどうであるが、かといって無視するとそれ以上にめんどうくさくなるので明は適当に返答をする。
「はあ、君たち兄弟は似たもの同士なのだな。しかし、君たちがいると言うことは彼女もいるのかい?」
本日、何度目かになる溜め息をついて鏡が御堂兄弟に確認する。
「御前のことですか? おられますよ、すぐそこに」
「新城明様、神代鏡様、久しゅうございます。それから、そこの可愛らしいお嬢様も御機嫌麗しゅう。お初お目に掛かります。当方、天正院縁と申します」
そういって現れたのは、赤い生地白い花柄、縁には金の刺繍を施された和服を纏った少女。しかし、彼女の顔つきこそあどけないが、黒く長いストレートの髪と落ち着いた立ち振る舞いのせいかむしろ大人の女性を思わせる艶やかさを持っていた。
「わ、わ、私は天宮水月と申します。よ、よろしくお願いします」
彼女の持つ高貴な雰囲気に緊張してしまったのか、水月がどもりながら天正院に名乗る。実際に彼女の場合、貴族であり本物のお嬢様であった訳であり初対面であればこういった反応をしてしまうのも無理もないことなのかもしれなかった。
もっとも、水月の場合どちらかといえば、そちら側の人間なので単に人見知りしているだけなのかもしれないが。
「あら、あなたが。新城様や神代様のお話と一緒に、主人からよくお聞きしております」
「はあ、主人ですか。天正院さん、すごく若いのにもう結婚なされているんですね」
気の抜けた顔で水月が聞き返す。
「はい。三島平治様とは、懇意にお付き合いをさせていただいております。天宮様も夫のご学友の方だと聞き及んでいます」
「なるほど、だからあいつはこの大会のメンバーから辞退したのか」
「なんだかんだで、争いごとの嫌いな方ですから。私かあなた方かという選択がしたくなかったのでしょう」
「かもな。あいつは本当にいいやつだからな」
「ええ。一度は没落しかけた天正院家がこうして再興できたのも、全ては平治様のご助力があってのことです。私は、本当にいい夫を持ちました」
ちなみに彼女と三島が違う苗字である理由は、元の家柄が良かったために三島の性を受け入れたくないと言う両親の激しい抵抗を受けたためらしい。
旧家のしがらみとでもところであろうが、当の本人たちはそのことをそんなに気にしていないようである。
「いい人止まりで終わってしまうタイプだと思っていたが、まさか貴女とくっつくとは思いませんでしたよ」
いつものように少々トゲがある言い方をする鏡だったが、当人には無自覚なようだった。しかし、そんな発言など、どこ吹く風としている天正院。もっとも彼女の場合、鏡はこういう性格であるということもある程度理解した上での対応だった。
「ふふ、思えば運命的な出会いでした。戦場で互いに死力を尽くし、そして、結ばれることができたのでしたから」
「なんだかんだで、弱くはないからなあ平治も。俺には一度も勝っていないが」
「そうだな、一般的な水準から見れば三島は十分強いな」
そんな少し毒を含んだような二人の言い方も、妄想でトリップ仕掛けている彼女には意味がないようだった。
「そう、私とあの方は運命の赤い糸で結ばれていますの」
何を思い出しているのか頬を染めて恥じらうかのように口元を隠す天正院。
「っと、いけない。御前、そろそろ時間です」
そう言ってトリップ仕掛けた天正院の肩を叩く御堂兄。
「ふふ、楽しい時間とは過ぎるのが早いですね。それでは、皆さん大会でも互いの健闘を祈りましょう」
お辞儀をして軽く手を振りながら立ち去る天正院。
「新城明! 俺が倒すまで、絶対に負けるんじゃねえ!」
こちらを指差し、強く言い放ったのは御堂雷雅。
「それでは、鏡様。決勝で会える事を信じております」
そうして最後に続くのは御堂風雅。どうやら彼には他の人間は見えていないらしい。
「ずいぶんと個性的な方達だね、明」
「あの兄弟、二人とも雅という文字を使っているが、雅とは程遠いな」
「名は体を表すというが、風と雷の部分しか合っていないな。君もそう思うだろう?」
「以前からそうだが、嵐のような連中だったな。まあいい、あいつらの言うとおりそろそろ行かないと間に合わない。試合会場に向かうポートエリアに行くぞ」
微加筆。